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カテゴリー「暮らし」の記事

2020年10月19日 (月)

港町memory 145

まず、とある「明るいんっんっ」ニュースを紹介しておこう。ニイちゃんとおばさんが院外処方箋薬局の入り口付近でラジオ体操をしているうちに。
/新型コロナウイルスの感染爆発が起きたブラジルのマナウス地域で「集団免疫」ができ、流行が下火になったとする研究論文が発表された。/のだそうだ。9月に英医学誌ランセットに載った米国の透析患者の血液を解析した論文では、感染歴を示す抗体保有率は高い地域で27.6%、平均で9.3%だった。スウェーデン政府の調査ではストックホルムが12%だった。日本の調査では東京や大阪でも1%未満だった。そこへきて、マナウスでは「集団免疫」だ。つまり、ブラジルのマナウス地域では、/新型コロナでは基本再生産数が2.5だとすると、集団免疫閾(しきい)値は(1-1/2.5)x100 = 60%となり、6割の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要であることが示唆されます。(宮坂昌之老師曰く)/ということが計算上起こったというのだ。/致死率や重症化率を下げる新型コロナのワクチンが確立しないままの集団免疫の獲得戦略は、大きな犠牲を払う恐れがある。/のだが、それが、現実のものになったということになる。/通常の風邪の原因となるコロナウイルスも再感染するが「感染のたびに抗体が増えて免疫が強化される。感染を重ねると症状が軽くなるか無症状になる」(国立感染症研究所の松山州徳室長)。/という御意見は、あくまで「通常の」という理(断り)がついている。事実、COVID-19にいたっては、再感染者の容態は一次感染のときよりも悪いのだ。このCOVID-19、ちょっと狡猾な上に戦略が巧妙だ。先に記した宮坂昌之老師の計算法からいけば、マナウスでは、六割を超える人々がすでに感染していることになる。そうしてめでたく「集団免疫」獲得なのだが、ここで、今一度、宮坂昌之老師のコトバをおもいだしてみよう。/今まで集団免疫は、獲得免疫の、しかも抗体というパラメーターだけを見て判断していましたが、私は、それは間違っているのではないかと思っています。/(パラメータとは特定の事象や対象や状況などを決定したり分類したりする助けとなる任意の特徴量を言う。つまり、パラメータは、状態や振る舞いの評価、条件の特定などに際して有用あるいは重大な役割を果たす要素となるものである)。
要するに単純に六割の人々の感染という危険な経過(パラメーター)を経て、マナウスでは「集団免疫」を得たというのは、やや早計であるし、ここでも計測の精度が問題になるはずだ。よって、単純に「明るいんっんっ」ニュース、と諸手を挙げるワケにはいかないだろう。
産学共同のワクチン、治療薬は足踏み状態だということは前述したとおりだしなあ。
いましばらくは、私たちはニイちゃんやおばさんのように院外処方箋薬局の入り口付近でラジオ体操をしつつ、このかなり手強いウイルスへの「反撃」をかんがえなければならないだろう。
「んで、でけんのかいな、反撃とかいうの。もう、わしはケツ割るで」
「とにかく恐いのは、〈油断〉と「連鎖被害」です。オレたちゃ、人類絶滅の現在(いま)を生きているんですから」
 と、また、ええカッコいうて、ニイちゃんは右膝関節炎、左膝半月帯断裂、右肘腱鞘炎、頸椎損傷の痛みに耐えて院外処方箋薬局の入り口付近でラジオ体操をなんでか、やってるのであった。痛いんやったらヤメえや。

2020年10月18日 (日)

港町memory 144

港町memory 144

きたかチョーさん、待ってたワケではナイけれど。
ニイちゃんは屈託した顔で院外処方箋薬局の入り口付近でラジオ体操をしているおばさんをみつめていた。
ニイちゃんの脳裏にあったのはCOVID-19の「連鎖被害」のことだ。そのなかでも、もっと忌避すべき「連鎖差別」というものだ。
/「この顔に、ピンと来たらコロナ注意! 今治で初コロナ感染」新型コロナウイルスの感染者を誹謗中傷するチラシをバラまいたとして、愛媛県今治市の古物買い取り会社代表の野間翔太(26)と自動車整備士の岡本賢矢(26)の両容疑者が13日、名誉毀損の疑いで県警今治署に逮捕された。/(アットニフティニュース)
こういう手合いには、COVID-19を肺いっぱい吸入させればイイのだ。
/実は公表の前日、感染者の陽性が判明した時点で、一部で男性の名前が特定され、情報が爆発的に広がっていた。「〇〇が飲みに行きました」と感染者が出入りしていたとされる飲食店約10軒がリストアップされ、LINEで拡散されていた(同)/
SNSに善悪などはナイ。SNSは拳銃ではナイといっているのと同じで、人を殺すためのアイテムではナイということだが、ヒトも人心も殺すことが出来る。
/現地で飲食店を営む店主がこう振り返る。「LINEが回ってきた途端、街から人の姿が消えました。リストに載っていたスナックはちょうど周年記念で、店の前に飾ってあった花とスタンドが何者かに倒された。嫌がらせや『感染者がいるのか』といった電話が100件以上かかってきたそうです。この辺りの売り上げは、軒並みダウンしました」・・・別の飲食店の経営者もこう嘆く。「被害者の方はうちのお客さんではなかったのに、リストに載っていたため、直後から予約のキャンセルが相次ぎました。何の連絡もなく来なかったお客さんや無言電話もありました。狭い街ですから、すぐにSNSで噂が広まりました」/
これらは、「連鎖被害」の、直接被害からの深化、あるいは拡張していく〈関係の確率性〉の誤解(関係のナイものをさも関係があるかのように結びつける)のprocessを目の当たりに描いている。/『感染者がいるのか』といった電話が100件/は、やがて、「感染者と接触したものはいるのか」「感染者の友人はっ」「勤め先は」となり、「結婚はゆるせません。あの家の親戚には感染者が出たんですよ」と、かつての被差別部落民差別と似たようなchartとなる。私の祖母は京都の被差別部落出身者だったが、なにかの理由で日本から脱出しなければならないまでになった。(積極的に出たのかも知れないが)戦前のことゆえ、それが合法的な移民だったのかどうか、ワカラナイのだが、かのマレーの虎ハリマオと一緒に馬賊をやっていたらしく、ハリマオ捕縛投獄のあたりで帰国している。
と、そこまでニイちゃんの脳裏がハナシを広げていたかは別にして、
「うっとこは親戚縁者ちゅうのが多いねん、ほんなもん、誰かは感染しとるわ。ついでやさかいにラジオ体操第二までいっとこけ、と」
おばさんは、カラダ全体を使うわけではないので、手足を蛸みたいに動かして盆踊りしているかのようにみえる。おばさんくらいの年代のものは、ラジオ体操とは縁が深いのだ。そもそもラジオ体操は、帝国海軍において基礎体力向上のために考案された。それが、庶民に降りてきた。従ってキチンとやると、けっこうキツイが、速く歩いたりジョギングだったり、ジムだったり、岩盤浴だったり、ヨガだったり、スクワットだったり、なんかよりはほんとうは安全で効果があるのだ。「ゆっくり大きく、正しく」身体を動かすことが基本だからだ。そうして、この体操はそれがそのとおりに行われているかどうかが一目でワカル。この体操は、正しくヤルと、/動きが美しい/のだ。
おばさんの泥鰌すくい程度ではどうにもならないが、気休めもまたmentalにはタイセツだろう。
ニイちゃんはおもう。
「COVID-19に追われている。それが現在(いま)なら、ジョン・ウィックのように、追ってくる敵に対して出来るのは、同等の〈反撃〉、だな」
ニイちゃんは、スグに格好イイ妄想に陥るからナ。ジョン・ウィックが院外処方箋薬局の入り口付近でウロウロするかいな、ほんまに。
「攻撃は最大の防御なり、というのは、あれは囲碁の格言に過ぎない。そんなことを知っているのは、囲碁ファンの中でも少ない。まるで『孫子』に出てくるような格言だからな。けれど、『孫子』には、それと逆のことなら述べられている。なんだったかな、孫子の兵法には、「攻撃は・・」なんてことはいわれていない。その代わり、守備、守ることのタイセツさはあったとおもう。COVID-19から、心身を守る。防衛戦だ」
ニイちゃんは院外処方箋薬局の入り口付近でラジオ体操を始めた。ただし、おばさんよりは正確な。せめてブロガーの祖母くらいには/恐れず侮らず/の防御にはなるかもしれない・・・かな。

2020年10月14日 (水)

港町memory 143

ある意味では(というのも、免疫学者の予想ではそうなるのでは、という見識が多かった)予想通りの展開になってきた。
・米製薬大手イーライ・リリーが開発中の新型コロナウイルス抗体薬について、臨床試験(治験)を一時中断した。
・12日にジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が新型コロナワクチンの最終段階の治験を一時中断したと発表した。
・9月上旬にも、英製薬大手アストラゼネカが新型コロナワクチンの治験を中断。
・米ネバダ大の研究チームが、米西部ネバダ州の25歳男性が新型コロナウイルスに再感染したと発表した。研究チームが1回目と2回目の陽性時のウイルスを比較したところ、異なる系統の遺伝子を持つウイルスに感染していた。
・再感染が生じたとされる国・地域は世界で5例目という。人口の大部分が感染して免疫を得る「集団免疫」戦略に疑問符がついた格好だ。つまり、WHOの「人口の六割感染で、集団免疫」は、ここで吹っ飛んだ。(この理論のマチガイは、流行の第一波でとっくに否定されている)。

院外処方箋薬局の入り口付近。
「つまり、ニイちゃん、いま、サイコーにノーテンキなのは、アメリカ大統領のトランプやな。なんや、自分、治ったさけ、自分が治ったクスリをみんなに分けたる(もちろん、一票いれたらやろけどナ)いうとるで」
なるほど、おばさんのいうとおりかも知れないな、とニイちゃんは沈む夕陽に照らされていた。昇る夕陽など無いのに。
「ほんでなあ、ニイちゃん、どうなんねん。もうオワリか」
「えっ、ああ、COVID-19ですか。まだ始まったばかりですから、要するに功を焦った結果じゃないですかね。下手な鉄砲も数撃てば当たる、はずが、ことごとく外れたけれど、ここは慎重にというところで留まったというのは医学としてはイイことだとおもいますよ」
「トランプはどないなんやろな。ほんまに治ったんかいな」
「あんなもんは、政治の領域ですから、医学とはなんの関係もナイとおもいます。せいぜい、トランプの血清治療とか、やったらいいんです。前回の大統領選挙のとき、敗れた候補者のヒラリー・クリントン女史は、オバマさんに、こういったらしいです。/私は敗れたが、中国に負けたワケではナイ。アメリカには「神」が在る。中国にあるのは「権力」と「経済」だけだ。神の無い国がアメリカに勝てるワケはナイでしょう/。とは、いうものの、アメリカの「神」が、まあ、トランプを観ていたら、どんなものかよくワカルわけですから、中国は半世紀先には米国と拮抗くらいにまでは勢力を持つでしょう。それから、そのうちトランプは「私は神だ」といいだすのに決まっています」
「ほなら、今度の選挙、トランプ勝つんか」
「勝つというより負けない手だては幾つも使うでしょう」
「なんや、それ」
「無効票で、裁判とかね。そいで、私は神だから、米国大統領は永遠に私だとか、もう、あのひと、キの字入ってますから」
「そんな悠長なことしててええんかいな」
「ひょっとすると、南北戦争以来の内戦になるかも知れませんね。アメリカの憲法はそれを認めていますから」
「そこで中華ラーメンの高笑いか」
「中華は、もう地球上の戦略は全て立て終わったので、次は月面狙いに移行してるでしょう」
「えっ、月、行くのギョーザ」
「資源、豊富ですから。まず、tenantを月面に打ち込んで、ここは中華のもんやっ、とかいうんじゃナイかな。要するに、いまの暴力団の縄張り争いと同じ方法。これを『ハーロック』の、とはいいたくない。あの漫画家の作品の中では唯一好きな作品ですから」
「まあ、わしらは、生きていてもアト3~5年が精一杯や。これからの若いヒトは苦労やなあ」
「ともかく民主主義は10年以内にオワリますね。敗戦です。これからは独裁が有利だと、菅総理も気づいているでしょうから、日本もキビシクなるでしょうね。ともかく権力の名にかけてですね、菅総理が在任中にヤルことは、憲法改定だとおもいます。日本は法治国家になりますね」
「法治国家ならええやんけ」
「法が権力を持つんですよ。法に治められるんですぜ。その傾向は昨今、あからさまになってきてますからね」
「あのな、わしな、ちょっと、院外処方箋薬局行ってくるワ」
 いうとおばさんは、院外処方箋薬局の入り口付近でラジオ体操を始めた。ニイちゃんはこうおもっていた。/首都直下、富士山噴火、南海トラフ地震、何か起こらないことには、どうにもならんな/

2020年10月10日 (土)

港町memory 142

「私は非時間論者ですから、〈終り〉とか〈始まり〉はナイんです」
「なんや、どこに酒壜隠し持っとんねん」
「酔ってなんかいませんよ」
「ほんで、ヒジキがなんやて」
「COVID-19で世界の新しい時代が始まったとか、世界が終わるとか、とかは了解しないんです」
「えんえーっ、なんやようワカランなもう」
「ワカルようにいうと、良いワクチン、これは抗体寿命がせめては半年は在るものです。あるいはタミフル程度の治療薬が出来るまでには、アト2年はかかるだろうとかんがえてます。2年なんていうと、時間じゃないかといわれそうですが、それはニュートン力学的表現ではしょうがナイことです。具体的なことをいえば、マトモな演劇ができるようになるのは2023年からでしょう。アト2年は我慢、辛抱、忍耐がつづくとおもいます。それからシノギも。劇団にせよ、unitにせよ、produceにせよ、劇場側にせよ、それは覚悟というより諦念しなければならないでしょう。
マスコミ報道は、演劇集団の集団感染にすぐ飛びつきます。底の浅い、裏の薄い調査、見識、表の感覚だけでの、マス・イメージです。こういうものは切り貼りですぐに出来上がります。
何が関係の妄想性で紐付きになるのか、見当もつかない。しかし、カンブリア紀の大絶滅のようなことが起こらないように、ヒトは死ぬのです。血と遺伝子を固定化しない。定型させない。もし、ヒトが死ななければ、自然免疫機能は破壊され、やがて、同種のものが一斉に絶滅する危機がやってくる。そうならぬようにヒトは死ぬように出来ている。/ヒトの死はけして無駄ではナイ/のです。これが子孫を残すというほんとうの意味です。子孫を残すということは、ほんとうは希望を残すということでなければなりません。ヒトの死は希望なのです。
いっときの悲しみや苦しみに欺かれててはいけない。騙されてはいけない。攪乱されてはいけない。錯覚してはいけない。
ニュートン力学的表現だけが、ヒトの姿ではないのです。私たちはこの宇宙の一部であり、宇宙と関係するものであり、そうして宇宙全体と同じものなのです。ありきたりなことをいってしまいますが、私は希望の価値を信じます」
いうとニイちゃんは、その場に崩れた。
おばさんは慌てて院外処方箋薬局の入り口に走った。走ってどうなるねん。

2020年10月 8日 (木)

港町memory 141

「缶ビール片手に院外処方箋薬局の入り口付近でクスリ待ちしてるひとなんて、おばさんだけですよ」
「まあ、ええがな。もう秒読みやからなあ、処方薬は義理や。要するに、いまの内閣と一緒やな。ほんなもん、いっときの天下取りやさかいにな。デジタル庁を強化するたら、だいたい、そういうこというてることがもう時代遅れやちゅうのんが、ワカッテへんなあ。学術会議たらなんたら六人ほどアカンいうたらしいけど、学問の自由みたいなもんと関係あんのかいな。あんのやったら、そこんところを野党も攻めなアカンねんけど、野党は学問ナイのかアルのか、質疑も答弁も、なんの具体性もあらへん。そらな、与党がマトモに応えへんのはのっけの承知やろ。あのな、国民の、というか、わしなんか、そんなんが公務員やということ知らんかったワ。ほら、コムインやめさせられたら、食うていけへんからな。コムインで教授とか、ヨウワカランねんけど、そういう両刀というか、たしか、コムインて他に仕事持ったらアカンと聞いたんやけどな。まあ、なんでもかんでも銭ちゃうんか。菅総理は叩き上げやろ、ホイホイホイで塾で大学行って、シャボン玉ホリデーで教授になって、みたいなセンセの学問の自由みたいなもん、うちかて知らんワ。なんの研究してはんねん。いちいち「こういう学問してんねんけど、外されました」ていうたらええやんけ。ニイちゃん、あんたら芝居もんもよういわれたんとちゃうのか。/好きなことしてるんやからな、エエな。好きやからこそ出来るんやな/どやっ、いわれたやろ。あれはほめ言葉やナイくらい知ってるやろ。ひとが真面目に働いてんのに遊びくさっていわれてたんやで。ほやから、不要不急やねんで。この世の中、世間はな、/好きなことしてたら/アカンようになっとんねんで。さらにや、さらに/好きなことして/ほんで銭クレは、アカンねん。ほんなもん学問の自由たらと、なんの関係もナイねん。缶ビール片手のクスリ待ちとおんなじやねんで。あのな、いまの世界はいうてみたら「戦国時代」や。下克上ちゅうやっちゃ。なんど手柄とらな、何いうてもアカンわ。学問の自由を保証するのに銭クレみたいなもん、通るかいな。いまの総理大臣が、任命権があんねんやったら、任命したないんやったら、ヤメで、ええねん。いまの政治に都合の悪い学問みたいなもんしてもろたら困るに決まっとるやんけ。判事やったか、なんやったか、賭麻雀でやめさせられるんやで。麻雀と裁判とどこが関係あんねん。被疑者にリーチかけるんか。ニイちゃん、あんたもわしも、そう長いことこんな世間に付き合わんでもエエのだけが、不幸中の幸いやなあ。ニイちゃん、ほんで、うつ病て一日にニイちゃん、何回くらい自殺しとなんねん」
「おばさん、酔っぱらってようしゃべりましたね。うつ病でもどんな病気でも死んだら治りませんよ。生きていても治らんのですけど。治らないということで諦めるしかありませんね。私なんかは、そうね、自殺したくなるたびに、死んでも治らんぜ、と、そういいきかせますけど。まあ、せいぜい壊れきるまで使って、動かなくなったら、オワリでいいんじないでしょうか。演劇、不要不急、けっこうですね。世の中に不要不急のもの、そんなにナイですよ。ですから絶滅希種でいいんじゃナイですか。奇種でもイイですし」
おばさんが、少々自棄だったので、ニイちゃんもちょっとむくれた院外処方箋薬局の入り口付近だった。

2020年10月 1日 (木)

港町memory 140

港町memory 140

「おひさしぶりやんけ、ニイちゃんほいほいと」
おばさんはえらくご陽気に院外処方箋薬局の入り口付近に現れた。ニイちゃんは最近うつ病の症状がひどいので屈託している。
「どうしたんですか、ご機嫌ですね」
「なんやな、あれ、テレビで、ワクチン出来たいうとったんや。テレビ。COVID-19オワリやで」
「そうですか、ほんとなら嬉しいですね」
「ほんでな、ここの院外処方箋薬局にワクチン売ってへんかいなと、ノゾキに来たんや」
「ワクチンは治療薬じゃナイですよ」
「ほな、なんやねん。犀とカインとアベルとかいうのがそれか」
「サイトカインは免疫系を機能させる情報伝達物質の一種です。
「そうしたらあれけ、マックロファー爺、け」
「マクロファージはたしかにキラーT細胞のように侵入異物を殺しますが、白血球の一種ですね」
「ほんなら、ワクチンてなんやねん」
「〈獲得免疫〉を人工的につくったもんでしょ」
「獲得メン駅て、あれか、各停が停車する駅か」
「〈自然免疫〉もあるんです。どちらも身体の中で抗体・・・異物を抵抗殺傷する作用素、機能、このばあい「体」なので、抗体とは免疫によってつくりだされた身体のメカニズム機能と、簡単に覚えておけばイイとおもう・・・になるもんですけど」
「あっ、聞いたことがあるわ。集団免疫とかいうアレやろ。アレはユングのいう集団的無意識と関係あんのか、ニイちゃん」
おばさんは、いきなり賢くなる妄想性躁病だとかいってたなと、ニイちゃんはぼんやり記憶を辿った。
「ユングとは関係ナイですね。集団免疫というのは、うーんと、免疫学の宮坂昌之老師がいうには、/ウイルスに対するからだの防御というのは、獲得免疫だけが規定しているのではなくて、われわれの免疫は自然免疫と獲得免疫の2段構えになっている。自然免疫が強かったら獲得免疫が働かなくたってウイルスを撃退できる可能性がある。自然免疫だけでウイルスを撃退することもあるから、抗体の量や陽性率だけを見ていても集団免疫ができているかは判断できない可能性がある。今回はそういうことが起きているのかも/とおっしゃってますね」
「あら、ま、そんなんがあんのかいな」
「あっても、抗体の中には、善玉と悪玉と役なしの三つがあって、今度のCOVID-19にはこの三種類とも出来てしまうらしいです」
「つまり、要らんもんも出来る」
「というか、逆にキケンなものも出来るということですね」
「そやけど、人工ワクチンには、そんなんナイやろ。それは、COVID-19の獲得免疫各駅停車のハナシやろ」
「私は前々から不思議におもっていたんですが、クルーズ船みたいな密の濃いところで、たとえばWHOなんかがいうように人口の60%が感染しないと、獲得免疫は出来ない理論が、ぜんぜん通用していないことです。WHOの理屈は、いったように「集団の6割程度の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要である」です。実際にそうなってないんです。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で感染した人は全体の2割程度でした。集団の6割も感染をするようなことは観察されていません。つまり、多くの人は感染が成立する前にウイルスを撃退したとのかも知れないんです。
いい方を変えると、この集団免疫の考え方では「われわれはこのウイルスに対して免疫を持たないので、無防備の状態で感染が広がると人口の60%ぐらいの人たちが感染する」になります。実際、イギリスのファーガソン教授もスウェーデンの疫学者アンデシュ・テグネル氏も、さらには厚生労働省クラスター対策班の北海道大学大学院、西浦博教授もこの数字を挙げていました(2020/05)。しかし、この仮定は違うのではないかと免疫学の宮坂昌之老師は述べています。私もそうおもいます。それで納得してます。なぜなら、このようなことは発生地とされている武漢市でも、大密室殺人事件ダイヤモンド・プリンセスでも起こってナイからです。これはスペインでもイタリアでも起きてナイんです。
さらに宮坂老師が述べてらっしゃることを、私の記憶で復唱すれば、
/新型コロナウイルスは抗体のつくり方が弱くて、タイミングも遅い。抗体だけ測っていて良いのか。抗体検査による陽性率は、誰が測定するのか、サンプルの保存の仕方にもよるが、PCR検査の陽性率から見ると、東京では10%を切っているようだ。あれほどPCR検査を実施しているドイツでも陽性率は6%ぐらい。100人で6人ぐらいだ。このことを考えると、おそらく東京でも感染者は100人に数人かそれ以下になる。つまりCOVID-19のウイルスが起こす免疫はあまり高くなく、持続も短いようなので、免疫学者の目から見る限り、集団の60%もが免疫を獲得するような状況は、余程良いワクチンが出てこない限り起こり得ない/」
「なんど、そないなええワクチン売ってないか、いてみてこ」
おばさんは、ニイちゃんのハナシを聴くや、陽気さも薄れ、ご機嫌でもなくなって、院外処方箋薬局の入り口付近でラジオ体操を始めた。ニイちゃんは、「一寸一休」の重複になったなあと、また、うつ病の容態を悪くして、その場にへたり込んだ。あのな、早いとこ、院外処方箋薬局に行って、クスリもらえちゅうねん。

2020年9月29日 (火)

一寸一休③

さて「みっつ」かぞえる。
三幕目は幕間をはさんではいるが、三幕目のつづきということになるはずなんだが、こいつがうまく論理が整合されていない。(主には私の鬱疾患に因る)なので、箇条書きでフラグメントをおそれずに記す。
書かねばならないこと(かんがえねばならないこと)は、だいたい以下の如し。
1, 東京オリンピックは、COVID-19の状況とは関係なく行われる。(関係アルのだが、関係の仕方が巷とは、断層を異にする。IOC会長 トーマス・バッハはバッハならぬハッパをかけていた。(ハッパとは発破のことで、要するにドカンと山を崩したりするdynamiteみたいなものでしょう)。ところが公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長: 森喜朗氏は、このアトの談話で「みんな一緒に船に乗ったつもりで」とかなんとか、いつものように蜃気楼のような口調。(ところで、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会というのは、公益財団法人日本オリンピック委員会-Japanese Olympic Committee-とはチガウ組織で、なんかややこしいネ。どっちも泥船にならなきゃいいけど、とかくオレはそんな船からは降りたい)。
2, それ(開催事業)はCOVID-19に対して「安全・安心」で、それは人類のCOVID-19に対する凱歌として開かれねばならない。(ここはもう真珠湾からいっきょにインパールにいっちゃうなあ)
3, その二つのことを目的として開催されるそれは、じっさい、どうみても現状では不可能なのだが、(どうしたって、インパール白骨街道は、真珠湾奇襲にならないのだが)、可能であったという結果にしなければならない、し、ヤルからにゃそうするだろう。(せめてミッドウェー)
4, 以上のような「キチガイ沙汰総力戦」を権力がもし、力づくでやり遂げるとすれば、必ず何処かに何かの誰かに「犠牲」が生まれる。
5, その「犠牲」とは、COVID-19の犠牲者と等価であるはずだ。(と、私はかんがえている・・・このあたりの論理の整合化が不十分なんだけどネ)
5に関する論理の整合性、論理化が不十分なものだから、事例を挙げることしか出来ないのだが、その一つの事例は、まさしく虚空旅団の公演休止なんじゃねえのか。
それだけだとなんだから、とはいえ、まだ満州国は砂上なので、そこで、もう一つ、架空(illusion)ではあるが典型的な例をつくってみる。
/母子家庭があって、母親はhelperを生業としている。この母親の子供の通学している学校の一児童に陽性反応が出た。当然、学校はしばしの休校となる。他の児童のどれだけに感染しているかが判明するまでは、それなりに授業の時間は中断されるだろう。これは公共の手順、もはや仕来りであるからしょうがナイ/。
/さて、その母親にも累が及ぶのだ。あたかも、虚空旅団で起こったようなことと相似な累だ。これを「連鎖被害」と称しておく/。
丁度かの大災害ののちの風評被害がimageとしては近いのだが、本質はまるでチガウ。この「連鎖被害」は風の噂でも、人々のデマでもナイ。母親はhelperという職業柄、業務に差し止めをくらう。母親の業務と子供のガッコの児童の陽性反応にはなんの因果もナイのだが、すでに釈迦如来によって否定されている「因果応報」を権力は律として(戒のようだが、ここでは戒でも律でも作用素は同じだ)行使出来る。権力は弱い者の味方ではナイ(どうもすんません、橋爪さん)。神ではナイのだから(と、付け足しておきますね橋爪老師)。
ここで、こんところで、私は、ふいに、子供の頃おおいに盛り上がった日本における世界の祭り、前回の東京オリンピックをおもいだす。といっても、競技場の日本選手団行進の明るい場面ではナイ。私のイメージ、その頃はシートなどなかったから、橋の下を住処としていた大勢の〈コジキ〉と呼ばれていた人々が、忽然と、跡形もなくこの祭りの前に消えてしまったことだ。あっさり、スッキリ、テケレッツのパッ。 
このことは、お粥までご馳走になった子供の私に奇妙な衝撃をもたらした。漠然とした恐怖といってもいい。テケレッツのパッだからなあ。
まとめて書けば、以下の文言になる。
「COVID-19、コロナ禍における東京オリンピック開催にあって、如何なる「連鎖被害」が起こり得るのか。その「安全・安心」のsloganの錦の御旗、黄門さんの印籠の下、どのような「連鎖被害」が待っているのか。経済を損ねることなく、社会的に問題となることなく、あたかも彼の「構造改革」の如くに、弱きもの(別名を不要不急のもの)がこの世界から消去されていくのではなかろうか。そんなことの方針はアトヅケでいくらでも権力には可能なことだ。テケレッツのパッ、だもん。と、これが三幕目のはずだったのだが、いまの私の、鬱疾患で損なわれている力量ではそれを論文化することは出来ない。ただ、子供のあのときと同じような「漠然とした恐怖」だけが、今度は顕在して、胸を抉られるような恐怖感になっていることを小声で告知出来るだけだ。テケレッツのパッ。
と、幕。

2020年9月27日 (日)

一寸一休②

倫理と科学はときとして乖離することがある。(そのほうが多いのかな)。人倫は倫理の則だが、医学は科学の公理、定理だ(まだ法則までは発見出来ていない)。
虚空旅団「春はやて」は公演中止について、主催の高橋は何を「詫びた」のか、その倫理性については、主催者の筋道を求めるものではナイ。「ヤルヤラナイ」は主催者の権利だ。
感傷的にいえば、COVID-19との闘いに撤退を余儀なくされたということの重要さを噛みしめて膝をついたというしかナイ。勝敗は兵家の常(かちまけはへいかのつね)だ。それをこそ、闘っている証左という。大言壮語の後でケツを拭く間もない政治家より遥かに大事なことだ。
ただ私は、政治的、社会的、経済的、倫理的、さまざまに捉えられているCOVID-19について、医学的にお復習いをしておこうとおもう。虚空旅団が何を決としたのかは、深入りはしない。ただ、私はもう一度「医学」としてCOVID-19を見直してみたいのだ。とはいえ、私は医事労働者ではナイので、他人の褌を借りる。
以下は免疫学フロンティア研究センター招聘教授、宮坂昌之氏の、ヤフーニュース・インタビュー(5/16・土)から私が適当にひろって編集したものだ。要するに「集団免疫」についてもっぺん確認しておきたいのだ。「集団免疫」書き方を広義に変えれば「ワクチン」のことになる。先進医療国はワクチンの製造を違法ギリギリで競ってきた。ここで抗体寿命が、インフルエンザに遠く及ばないとすると、治療薬のナイいま人類は路頭に迷う。
――――――――
どうも、このウイルスは免疫を起こす力が非常に弱いし、起こっても遅い。抗体だけを見ていると、判断が非常につきにくい。
今まで集団免疫は、獲得免疫の、しかも抗体というパラメーターだけを見て判断していましたが、私は、それは間違っているのではないかと思っています。
ウイルスに対するからだの防御というのは、獲得免疫だけが規定しているのではなくて、われわれの免疫は自然免疫と獲得免疫の2段構えになっています。自然免疫が強かったら獲得免疫が働かなくたってウイルスを撃退できる可能性があります。自然免疫だけでウイルスを撃退することもあるから、抗体の量や陽性率だけを見ていても集団免疫ができているかは判断できない可能性があります。今回はそういうことが起きているのかもしれません。
問題は、集団免疫に対する考え方です。
/これは「特定の集団の何割が免疫を得たら感染流行が収まるか」を計算するものであって、もし免疫がなかったら何割死亡するのかということを示すものではありません/。

そこが間違って使われていると私は思います。

新型コロナでは基本再生産数(Ro)が2.5だとすると、集団免疫閾(しきい)値は(1-1/2.5)x100 = 60%となり、6割の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要であることが示唆されます。ただし注意すべきなのは、この場合、一般的には「免疫」とは抗体ができることを指していて、「獲得免疫」のことであるというのが暗黙の了解となっています。
しかし、個体レベルではウイルスに対する防御は2段構えであって、自然免疫と獲得免疫がウイルス排除に関与します。
もし自然免疫がうまく働けば、少数のウイルス粒子が侵入してきても自然免疫だけでウイルスを排除できる可能性があります。つまり獲得免疫が働かなくてもウイルスは排除できる可能性があります。
実際、最近の研究結果から、自然免疫はさまざまな刺激によって訓練され、強化されることがわかっています。集団免疫のことを語る際には、獲得免疫のことだけではなくて、個人レベルで働く自然免疫と獲得免疫の両方を考慮に入れる必要があると思われます。
新型コロナウイルスの場合、上に述べたように「6割程度の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要である」と信じられていますが、実際にそうなっているでしょうか?
例えばこれまで激しい流行があった中国湖北省武漢市でも、またクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも感染した人は全体の2割程度でした。集団の6割も感染をするようなことは観察されていないのです。
接触制限によってR値(基本再生産数)が1.2まで下がると、上記の公式で集団免疫閾値は20%以下(注:16.7%)となります。これが、実際に武漢市やダイヤモンド・プリンセスで起きていたことではないかと私は考えています。
つまり、一部の人たちは自然免疫と獲得免疫の両方を使って不顕性感染の形でウイルスを撃退したのかもしれませんが、かなりの人たちは自然免疫だけを使ってウイルスを撃退した可能性があるのかもしれないということです。
この集団免疫の考え方を援用して言われてきたのが「われわれはこのウイルスに対して免疫を持たないので、無防備の状態で感染が広がると集団の中の60%ぐらいの人たちが感染するであろう」ということです。
実際、イギリスのファーガソン教授もスウェーデンの疫学者アンデシュ・テグネル氏も、さらには厚生労働省クラスター対策班の北海道大学大学院、西浦博教授もこの数字を挙げていました。しかし、私はこの仮定は違うと思います。前述したように、このようなことは武漢市でもダイヤモンド・プリンセスでも起こってはいません。これはスペインでもイタリアでも起きていません。
特に/このウイルスが起こす免疫はあまり高くなく、持続も短いようなので/、免疫学者の目から見る限り、集団の60%もが免疫を獲得するような状況は、余程良いワクチンが出てこない限り起こり得ないでしょう。
集団免疫閾値はこの新型コロナウイルスの場合、60%は成立しない。たぶん良くて20%だと思います。2割だったら今後ワクチンができてくると確実にそこは到達できると思います。
/ナチュラルな状況で人が感染して治るという状況だと、おそらく毎年、このウイルスにお付き合いすることになると思います/。

免疫学フロンティア研究センター招聘教授。京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学博士課程修了、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所、1994年大阪大学医学部バイオメディカル教育研究センター臓器制御学研究部教授、医学系研究科教授、生命機能研究科兼任教授、免疫学フロンティア研究センター兼任教授。2007~08年日本免疫学会長。宮坂昌之氏
たしかに、COVID-19は、免疫はかなり低い(獲得免疫が弱い)というニュースがある。つまり抗体寿命が短い。いいかたを変えれば、ワクチンによっていったん陰性になった患者が陽性に戻って罹患再発することが多々起きている。これは人類にとって驚異ではないか。

東京オリンピックが、COVID-19との闘いだなんて、戦時大本営みたいなこといってないで、ちったあ、まともに現実を認めましょうよ。
「go to travel 」「go to event」を政治的に煽動するなよ。黙示録の喇叭を吹くのはヤメにしましょう。
二幕目の幕が降りて、幕間(まくあいと読むんだよ)です。 

一寸一休①

タイトルどおり、ニイちゃんとおばさんのマンネリドラマは一休み。
休んでいるあいだに、チャンドラーのフィリップ・マーロウになって、三つ数える。
まずは第一幕。
/虚空旅団第35回公演『春はやて』公演中止について/なんと云おう。どういうコトバを何処に発すればいいのか。小劇場演劇の幕の内舞台裏を知らぬものなら、どんなことをいうのも出来るような気がするけれど、裏とおもての五十年、私は、いまのおもいを、とある医学者のインタビュー記事論文の引用で、賄うことにする。(発表からは時間が経つが、非時間主義者にとっては、ココロに残る記事だった)
/に、しても、COVID-19を政治的にしか利用出来ない国痴無謀(これ、国士無双のオヤジギャグね)な新内閣にせよ、ここまで廃れたか民主主義とやらよが予想される大国大統領選挙の大茶番。その変な世界の、鳥も通わぬ小島の磯の砂浜に、錆びたナイフをほじくり出して、おれもここまで泣きにきた。泣きながら涙で研いだナイフはいつか、秀次郎さんの長匕首(ドス)になってくれるのだろうか。んなこたあ、ケセラセラでしかナイだろう(ドリス・ディが歌ったヒッチコックの『知りすぎた男』のQue Sera, Seraではない。ケセラセラのほんとうの意味「起こるべくことは起こるべくして起こる」という家訓をめぐるサスペンス映画があるのだけどなあ。タイトルが~)。
まあいいや、幕、開ける。

/まずは、お知らせが遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。
すでに劇団ホームページにて公表致しましたが、9/25〜27に予定していました虚空旅団「春はやて」は公演中止となりました。
私は元気です。関係者全員、劇場ガイドラインに該当する新型コロナウイルスの感染者、濃厚接触者はおらず、健康上問題ありません。
だからこそ公演中止の決断と発表に時間がかかってしまい、そのため様々な方にご迷惑とご心配をおかけする結果となってしまいました。
そのことを含め、自身の至らなさを猛省するとともに、「これがコロナウイルスがある世界なんだ」と痛感しています。/
で詫び状は始まる。しかし、/「私は元気です」関係者に感染者、濃厚接触者はおらず、健康上問題はありません。/の次の「だからこそ」は「これがコロナウイルスがある世界なんだ」に続く副詞表現だ。COVID-19の医学的問題の前に立ちはだかる人倫の選択。
虚空旅団ホームページ『春はやて』をみてみる。
/今回の公演中止、その発表が遅れてしまったことについてお知らせいたします。9月24日、公演関係者に新型コロナウィルスの濃厚接触者と接触の可能性があるとの報告がありました。該当者の保健所からの調査・指導は公演期間後になり、不安要素のある中でお客様を迎え入れることができない為、今回の公演を中止するに至りました。
また、当初の公演の代替(だいたい、と読む。引用者:注)企画を検討していた結果、結論を出すのに時間がかかり、公演直前のご連絡・並びにご案内の変更と、皆様にご心配、ご迷惑をおかけすることになりました。
このような事態を想定できていなかったために、関係者内での合意、結論を出すのに時間がかかってしまったことにより、公演直前のお知らせとなってしまいました。
現在、公演関係者には、劇場のガイドラインに該当する新型コロナウィルスの感染者、濃厚接触者はおらず、健康上問題はありません。
どうかご理解賜りますようよろしくお願いいたします/。
つまり、公演関係者の職場に、濃厚接触者が存在したということであって、責任というコトバは何処の誰にも該当しない。しかし、オリンピックごり押し開催国家路線とは、ここで、彼女たちは明確な線を引いた。そうすることしか、COVID-19に対抗する手段がなかったことに私もここまで泣きに来るしかナイのだ。
現在COVID-19については、ワクチンの抗体寿命が短く、ワクチン摂取者でも再生産数が1を超えていくことに懸念が報告されている。要するにワクチン効果が充てには出来ないということになる、このCOVID-19はかなり強者(したたか)ということだ。
ともかくは、「不説(COVID-19についてはまだそれがどんなものなのか、ハッキリしていない。/解き説き/できていない)」のシロモノに関して、出来うる限りのことをして、撤退を臥薪嘗胆した彼女たちの苦渋、苦悶、裂胸累々の涙の雨に、ともに濡れておく。

2020年9月24日 (木)

港町memory 139

おそらくもう目は視エテイナイ。散弾銃喰らった森のケモノのように、ベッドを弄るようにして掻きむしっている。鼻孔が開いて、息がさきほどよりさらに荒くなってきた。たぶん明日までもつことはナイ。
「ニイちゃん、あんたも相当残酷なクソガキやなあ、そこで、なんでナースコールせえへんねん」
「看護師さん呼びたかったら、自分で呼んでるでしょう。静かな、安らかな死なんてものを望んでなかったんですよ。夜叉か阿修羅のような眼光だけ鋭く、誰を何を恨んでいるのか、憎しみ吐き出して、」
「それ、じっと観とったんか。どんな目で観てたんか、わしが知りたいくらいやわ。親も親なら子供も子供、悲惨ちゅうやっちゃな」
ニイちゃんは、親というものが何なのかよくワカラズに生きてきた。親になったこともあるが、事情により、親というものが何なのかワカラヌものに親が出来るワケがナイ。親は子供を殴るものだという体験しかニイちゃんにはない。荷物のように投げられて自転車置き場の自転車の上に落下したこともあるが、そのときの痛みよりも、自転車の倒れる金属音だけが耳に残っている。哀しいことに、ニイちゃんは殴られても投げられても、泣かなかった。泣けばそこで終わったろうに。その可愛げの無さに親はさらに角材で頬にカウンターを入れる。殺されるとはおもわなかったが、顔面は片方が腫れ上がって目がみえない。
そこで、ニイちゃんはどうしたか。
さらに角材を振りかざしているものに向かって、笑ったのだ。
さすがに角材は飛んでこなかった。気味が悪かったのだろう。へらへらへら。
丁度、看護師が入室してきて、母親の足を撫でた。
「冷たいなあ。血ぃ、もう通ってませんよ」
「ほんで、どないしたんや。医者呼んだんか」
「おばさん、緩和ケア病棟というのは、治療病棟とチガイマスよ。モルヒネを要請するまで、アセトアミノフェン600㎎飲まされてただけですよ」
「あんなもん、癌痛に効かへんで」
「6000㎎でナイと、アセトアミノフェンでは無理でしょう。桁をマチガッテいるんじゃないのか、と、看護師に訊きましたもん」
「ほんで、ほんで、どないしたんやっ、いうとるやろがっ」
「葬儀屋に連絡入れました。あと、看護師には、モルヒネとセロトニンを医者に頼んでくれ、そういって、葬儀屋と段取りの相談して」
「ニイちゃん、あんた、そういうの冷静というより、冷酷いうのんとちゃうか」
「オレもかんがえましたよ」
「ナニ、かんがえたんや」
「母親が、何を恨み、何を憎んでのたうってるのか。付き合いが薄いんで、よくワカランかったですけど、アト、父親と一緒の墓に入れるのはそれこそ残酷かなとおもったり、骨どうしでケンカしたりして。まあ、死んだらとりあえずプラズマやから、エエかと」
「けっきょく、親の死に目に逢わんかったんやな」
「両親どころか、運がエエのか悪いのか、オレね、誰の死に目にもアってナイんです」
ニイちゃんは、そこで、ふと、二十年飼っていた猫の死に目にも逢わなかったナとおもった。
悔いがあるのは、それだけだった。
院外処方箋薬局の入り口付近だったが、局内から、番号が呼ばれたのが聞こえた。
「ニイちゃん、あんたの番号やろ。わしはもう、さっきもろたさかいにな。しかし、ニイちゃん、あんたロクな死に方せえへんで、ほんま」
「そんなことナイですよ。生き方よりはマシじゃナイかとおもってますけど」
ニイちゃんは、おばさんに背を向けて去っていった。
おいっ、なんで、院外処方箋薬局の中に行かないのだっ。ナニを、格好つけてんねん。入れよっ、もうそろそろ。
不条理劇か、これはっ。

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