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カテゴリー「ブログ小説」の記事

2018年10月20日 (土)

第三十八回

 いっぽう、薩摩白波五人衆をことごとく失った卍組とて、黙ってこの状況に甘んじていたワケではナイ。

「へーえ、そうなんですか、頭」

「そうだ」

 突然、あのデコボコ、いや、頭目と手下のいつもの漫才、いや掛け合いが始まる。

「また誰か、手練をお雇いになったんで」

 頭目は、含み笑いをするのみ。

「その含み笑い。きっと、スゴイのを雇ったんですね」

「そのとおり、だっ」頭目、コトバとともに、唾も吐いた。

「それが、ひょっとすると、あの御仁で」

 手下の示すところに、小柄な男が胡座で座している。その目、開いているのか閉じているのか、これが俗にいう菩薩眼。

「さて、終久門(しまい くもん)どの、とやら、お待たせした」

 頭の眼光、いつもに増して鋭く、胡座の男を睨み付けるかのよう。

「くもん、というと、流派は公文式ですか」

「久門どの、こやつのいうことをいちいち気にせんでもらいたい。出来の悪い手下しか当方には残っておらぬのでな」

「あらら、アララット山はノアの方舟。で、この手練の方の武芸、武器は何ナンです」

「聞いて驚くなっっ」

「たいていのことには驚きませんよ、もう」

「この終久門どのは、右近と同じ〈隠れたるもの〉だ」

「ええええっえっえっえええっっっ」

「驚き過ぎだ、馬鹿者」

「この方、あの〈隠れたるもの〉さん、ですか」

「そうだ」

「そんなの、よく見つけてきましたね」

「そろそろ登場する頃だという読者の読みを感じたのでな」

「では、この方も、鍔鳴りをお使いになるんですか」

 このとき、菩薩眼の片目がすこうし、開き、

「私の兵法は、あのような子供だましではナイ」

 終久門の唇が微かに動いて、そういった。

「右近の鍔鳴りを子供だましと、おっしゃいましたよ。カハハハ」

 手下はヘラヘラしている。

 頭目は、手下を殴る気分も失せている。

「秘剣鍔鳴りとは、柄を拳で叩き、鍔を震わせて、」

 おお、いま、鍔鳴りの秘密が語られようとしている。頭目も手下も息を飲む。

「鍔を震わせて、」

 なんだ。

「鍔を震わせて、」

 そのアトだ、聞きたいのは。

「鍔を震わせて、・・・何かをするのであろう」

 頭目も手下も、やや、ズッコケる。

2018年10月19日 (金)

第三十七回

 一方、女忍の朧と、羽秤亜十郎はふいに対峙する羽目になった。それには幾つかの理由がある。

 まず、両人とも楠木右近を倒すために、かの闘争のさい、ともにあった敵の剣技、忍法らしき術技に興味以上のものを感じていた。つまりは双方の術が双方の何らかのmissによって右近に利用されて敗れたワケなのだから、まず、両者の技量を計らねばならないという思いがあった。右近を倒すために、そういう段階をも踏まねばならぬという同じ算段を、朧も羽秤亜十郎もalgorithmしていたのだ。

 次に、双方ともが刺客ゆえ、その行動、営為の活動時空は似たようなものになる。この二人の遭遇する確率は高いといわねばならない。

 さらにいうならば、この両人、一度、相対して頂くとオモシロイという作者の趣味、趣向だ。

「追ってきたのかえ」

 と、人里を離れた山道を下りながら振り向きもせずにいったのは朧のほうだった。

「そういうワケでもナイが、結果的にそうなったナ。なにやら、オレとあんたと、かんがえていることが同じような気がしていたのでネ」

 例によって剽軽に羽秤亜十郎は朧の背中にコトバを投げた。

「双方がおもうことといえば、あの楠木右近を倒すことに尽きようが、では、私からおまえに質すが、よろしいか」

「なんなりと」

「あの戦いのとき、汝の放った刀剣は何故にcurveを描き、それが私の無数の影の中の実体に飛んできたのかえ。それは、おぬしの仕業というのに非ずとしても」

「ワカランね。それをオレもあんたに訊こうとおもっていたところさ。あれが右近の用いる鍔鳴りとやらの兵法の一つならば、直截の刺客のあんたのほうが研究しているだろう」

 ほほほっと、顎をしゃくって朧が笑った。

「オモシロイ男じゃの。たしかに事前researchはしてみたが、楠木右近については、その氏素性、鍔鳴りという剣技、なにからなにまでワカラナカッタといっていい」

「つまり、あんたの戦略としては、十忍を一つ一つ仕掛けていって徐々に右近に近づこうとしていたワケか。けれども、いまとなっては、そのどれもがアヤツに通ずるとはおもえない、といったところか」

「侮るナっ。そこまで卑屈ではナイわっ」

 朧は振り向いたが、当然、そこに羽秤亜十郎の姿はナイ。陰身の法でいずこかに潜んでいるのだ。もちろんそんな術は朧にとって何の障害にもならない。

「いま、其方を撃たぬは無駄に我が術を披瀝したくナイゆえ。命拾いをしているとおもいや、若いの」

 気づくと、いつの間にか羽秤亜十郎の襟元に吹き針が刺さっていた。朧のものだ。

「なるほど、朧十忍、おそるべしか」

 だが、その朧も己れが忍び装束の帯が一寸ばかり斬られているのに気がついた。いつの間にかは知れぬが羽秤亜十郎の仕業にチガイナイ。

「女衒坊主、やるな。だが、双方、これだけの陰行の術をもってしても、あの右近には手玉にとられた。不思議なのは、あの右近とやらに空(す)キがナイとはいえぬことだ。いつ、何処からでも仕掛けられる気がしてならぬが、仕掛けると、」

「逆に斬られるというワケだ、ナ」

「柳生新陰をはじめ、一流の流派には後の先がある。あの右近の鍔鳴り、後の先にはチガイナイという見得(けんとく)はあるにはあるが、同時に私と其方の両方の後の先をとるとは、かんがえられぬ」

「しからば一度、同時にヤル、なんてことはprideがゆるさねえな」

「あたりまえだ」

「では、何れが先に右近を倒すか、あるいは倒されるか。どっちにせよ地獄に向けての競争になりそうだな」

 そのコトバを最後に二人の気配はかき消すように無くなった。

2018年10月17日 (水)

第三十六回

九 謎帯一寸解(なぞのおび ちょっととく)

 

「拙者は、もはや、あの楠木右近と剣を交えようとは考えてはおらぬ。どうしても勝ち筋がみえんのでな。従って、いまは敵ではナイとおもってもらってけっこう。ただ、質したい。あの右近とやらは何者なのだ。ただ、それが知りたい」

 殊勝にも、己れの剣を右に置き、一文字左近は北司伊右衛門に頭を垂れていた。もちろん、擬態でしかナイ(例えていえばだが)。

「そういわれてものう」

 と、北司元城代は、剃髪を撫でた。この嘘つきめと心の中で嘲笑っていたが。

「教えては頂けぬか」

「いや、お教えしようにも、当方にも左程、識り得たことがあるワケではナイのでな」

「しかし、お雇いになったのでござろう」

「それはの、こういうワケでの」

 北司は、真庭小四郎のことから語り始めた。それから、楠木右近を野党牢人狩りの用心棒に雇った、とある村の長を訪ねたことを述べた。そうして、右近の風体をしっかりと脳裏に収めて、それらしき武芸者が立ち回ったとおもわれる場所、時刻、を津々浦々に探すこと数ヶ月。楠木右近自身ではナイが、ある托鉢僧からふいに呼び止められた。

「この世の〈隠れたる者〉をお探しの方とは、そなたかな」

 日暮れ時の、村ハズレ、苔むした地蔵の傍らに僧は枯れ木のように佇んでいた。

 元城代は托鉢僧の顔を舐めるようにみたが、風貌は右近ではナイ。

「いやいや、拙僧は、そなたの探すものではナイ」

「然らば、何故に、呼び止められた」

「無論、拙僧は、そなたのお探しのもののことを存じておるのでな」

 北司は息を飲んだ。

「識ってござるのかっ」

「無用な穿鑿は御免蒙るが、そのものとは、いささかワケアリの仲でござっての。あれは、関ヶ原の戦いのときでござったか」

「せき、が、ハラッァ」

 北司でなくとも、驚いたにチガイナイ。時代がチガイ過ぎる。

「いやいや、拙僧は未だ生まれてはおらん。生まれてはおらんが拙僧の前世のものがそこにはおったのだ」

 奇々怪々のハナシだが、いまは、どんな事柄であれ百聞に値する。

「で、御坊の前世のものとは」

「円学坊唯全という、やはり坊主でな。坊主の身の上でありながら、影の者としての乱破もどき、密偵という仕業も成しておった。おまけに薙刀の名手だったらしい。これが、ふとしたことで敵対したのが、そちらがお探しの楠木右近と名乗る〈隠れたる者〉だったらしい」

「待たれい」

 と、ハナシの腰を折ったのは左近だ。

「そも、〈隠れたる者〉とは、如何なる素性の者なのだ」

 そこは誰しも知りたいところだ。

 北司はまた剃髪された頭を撫でた。適当にいっときゃよかろう。

「その托鉢僧の申すところによるとだが、あの世の終わりからこの世の初まりに現れし者と、まるで禅問答よの。そう説くしか仕方がナイとその坊主も笑うておったが」

 北司は、渋い笑いを浮かべた。これはどうやら、ほんとうのことらしい。

「そこまでいわれれば、もはや、その〈隠れたる者〉という者が何者であるのか、そんなことはどうでもよくなった。強いていうならば、我々の想像を超越している者だろう。ならばそれはそれでヨシということにした。その托鉢僧は、楠木右近の所在をあきらかにしてくれた。さて、これだけのハナシでござるよ」

 たしかに想像を絶する謂れにはチガイナイ。一文字左近は無言で畳に伸びた己れの影をみつめていた。庫裏の蝋燭の炎がつくった影だったが、それが左近には、近づき難い楠木右近の背姿に感じられたからだ。(こういうのを、それらしい作文という)

 しかし、と、一文字は顔をあげた。それは、もしかすると伝説の類なのではないのか。まさか「関ヶ原」に生きていたものが、この明治維新に姿をみせるとは。それでは、あの剣客は不死身だということになる。人魚の肉でも食ろうたか。

「然らば、あの楠木右近に対する戦いは、意味のナイことになるのか」

 独り言のようでもあった。

 が、北司は、左近のそのコトバに応えた。

「と、いうか、虚しいものだということはいえる」

 まさか。一文字左近は同じ武芸者として、未だそれは納得することを許すには早計とおもえた。もし、今一度立ち合うことになったなら、直截、かの男の口から聞いてみたいものだ。貴様は何者だという問いの答を。神仏の類でもあるまいに。

 と、何かまた、この剣客らしい名案が浮かんだのか、一文字左近は刀を手にして立ち上がり北司に暇を告げた。

「どうなさった」

 不意の挙動を伊右衛門は怪訝におもった。

「拙者に鍔鳴りの太刀を伝授した師匠はまだ健在でな。同じ作法、何かツナガリがあるやも知れぬ」

 ほほう、声に出せばそうであったろうが、剃髪の元城代は一文字を黙ってみおくった。少なからず蔑みを含んでいたのは、おそらく甲斐のないことに終わるだろうという予想があったからにチガイナイ。

2018年10月16日 (火)

第三十五回

 朧は、太股の傷の手当てを兼ねて、秘湯と呼ばれる山間の隠れ湯に浸っていた。かつては武田信玄が戦場で傷ついた兵(つわもの)、あるいはその後遺症をもつ武士たちのために活用したとされる天然の薬湯温泉だ。ふだんは山野、森林のけものたちが同じように傷の手当てや癒しに用いている。

 朧は自身の指で自身の乳首つまんでみた。特に意味はナイ、読者への妄想serviceでしかナイ。作者の趣味でもナイ。

 強い、と、いうより、おそろしい。朧は敵手に対して初めて恐怖というものを感じているらしい。乳首のツン立ちがそれを物語っていた。(ほんまかいな)

 ふいにあの作務衣の男の仕掛けの剣が、おのれの術の影たちの方向に向かって飛んできた。唯一の実体はそれに一瞬防衛の態勢をとった。それが実体の存在を逆に知らしめることになった、というのが朧の見得(けんとく)だ。あの予想だにしなかった刀身の飛来。あの出来事を右近の何らかの技とかんがえるならば、いや、そうにチガイナイのだが。右近の鍔鳴りは敵手が斬りかかった後で自身の刀を抜くと聞いている。それが、あのときは様相がチガッタ。右近は先に抜いた。つまり、誘ったのだ。作務衣は、いま、と、ばかりに刀身を飛ばしている。おそらくあの程度のものなら右近は叩き落とすか、弾き返したにチガイナイ。そこで、間隙を狙ったあの作務衣の第二撃があったはずだ。しかし、あの作務衣も意表をつかれたかにみえた。そうにチガイナイ。真逆(まさか)あそこで刀身が飛ぶ方向を変えるとは。しかも、影の実体に向かって。

 何故、鍔鳴りとはどんな技なのだ。

 ともかく迂闊には十忍も使えぬ。なにやら、こちらの技を先読みされているかのような、そんな恐ろしさを感ずる。あるいは、瞬時にこちらの技を見切られているのかも知れぬ。もしそうならば瞬速よりもさらに速い。

 あれは、なんといったか。おのれが師は、たしか〈加速〉とかいったような記憶がある。朧は自身の修行時代の記憶を弄(まさぐ)った。十忍の中にもその応用はあるにはあるが、あの武士、楠木右近なる武芸者の兵法、鍔鳴りは、〈加速〉をなんらかの方法で用いているのではないか。試行錯誤、五里霧中、裸身湯中。

 朧は浸っていた湯から立ち上がった。ほんわりと湯気を帯びた美身があらわになった。秘毛から滴が垂れて落ちた。(ちょっとserviceし過ぎだった)

2018年10月14日 (日)

第三十四回

 敵に後ろをみせるとは、羽秤亜十郎も、朧にしても、これが初めての経験だった。負けたというよりあしらわれた。屈辱の敗走だ。

羽秤亜十郎は、二の足にひそめた短刀に触れてみた。あそこで飛ばした刀身を弾かれれば、すぐさまその短刀で第二撃の攻撃がなされるはずだった。普通の剣客ならば、飛んできた刀身、これは本来地擦りから撥ね上げられるものなので、竜尾の剣と勘違いしその防御をとる。ある程度の達人であれば剣でこれを弾く、あるいは受けることはしない。そうすれば、すぐさま竜の尾のように返す刃が降り注ぐ。この応用が巌流佐々木小次郎の燕返し。達人、出来るものならば、おそらくは見切って僅かにそれを避け、上段から真っ向唐竹割に入る。しかし刀身は飛んでいる。避け方は難度を極める。その隙に乗じて短刀の第二撃が相手の胸元へ。傾斜流虎の牙と称される二段攻撃だったが、一撃目の刀身が曲線を描いて外れるとは、四方(よも)や。

 朧は太股の付け根をシゴキで強く縛ると、出血を観て悔しさに拳で地面を撃った。不知火朧の十忍の中でも極めての秘術が、事も或るや、あのように敗れ去るとは。あれは偶然の出来事か、それとも、楠木右近の技なのか。右近の策ならばいったいあの右近とは何奴っ。嘲るように敵手の剣を利用して不知火舞影を破綻に導くとは。未だかってナイ恥辱。楠木右近、必ずや、倒す。たとえ刺し違えてもその命もらい受けるぞ。今一度、朧の拳が地面を叩いた。

 破れたことがナイ技を用いて負けたときの武芸者たるや殆ど錯乱の域にある。無論、優れたものや熟練の強者ならば、そこからしばらくすれば冷静を取り戻し、敗因をつぶさに検討、次の戦いに備えるのだが、羽秤亜十郎も朧もその如く、ほんの一刻前の右近との戦いの様相を脳裏に浮かべていた。

 羽秤亜十郎は、飛ばした仕掛けの刀剣が飛燕の如く曲線を描いた理由に黙考していた。

 直刀ではナイにせよ、反りはあるにせよ、特殊な投げ方をする手裏剣のようにcurveを描いて飛ぶということがあり得ようか。もし、それが右近の技ならば、いや、右近の技にはチガイナイのだが、どんな技法、剣法を用いればあのような作用が起きようか。

/みたこともナイ/、としか、いいようがナイことをかいま観たのだ。楠木右近の鍔鳴りとやらの兵法はああいう現象をつくりだすものなのか。しからば、何かそれに抗する手立ては或るや、無きや。おそらく多くの剣客が右近に対して同じ苦悶をおぼえたにチガイナイはずだ。

2018年10月11日 (木)

第三十二回

「眠狂四郎の円月殺法も禅から学んだものだ。妖剣といわれているが由緒は正しいのだ。円月殺法は催眠術の応用だが、応用だけで催眠術のようなまやかしでもナイ。あれは、真のココロのワザだ。おぬしの不動術もその応用にしか過ぎぬが、単に応用。褒めるほどのものではないが、応用だけだとしても常人がこれを会得するには三年はかかる。坊主がよく修行したナ、とは、いっておいてしんぜる」

「てめえっ、なっ、何故、おめえに、不動術が使えるっ」

「申したではナイか。いまここで会得したと」

「そんなことが出来るっうっうっ・・」

「ワケがナイとは、そちらの勝手な思い込みにしか過ぎぬ。常人ならば三年はかかるが、私ならば三年も一瞬も同じこと。さて、羽秤亜十郎とやら、その背中の大刀が抜けるようになったらまた相手になろう」

「なっ何ィっ」

「どうやら、お次の番というのがお待ちのようなのでな」

 そういうと右近は地面に伸びる羽秤亜十郎の影をみつめた。

「影に潜むとは忍びの技か。にしても、めずらしい技だな、女」

 羽秤亜十郎の影だけが、むくむくと起き上がってきた。

 それが黒ずくめの装束の女だということがワカルのに、ほんのわずかの時間を要したが、

「朧十忍が一、影隠れ。よくぞ観抜いた。さすがは楠木右近」

 真っ黒なのっぺらぼうとでもいえばいいのだろうか、いや、紅い唇だけが動いた。

「影に隠れるから〈影隠れ〉とは、まんまの名付けだな。そうそう、そういう忍法は、すでに山田風太郎老師の『忍法八犬伝』で用いられているぞ。まあ、それはイイ。この物語だとてヤマフーさんの真似ごとだからな。さて、隠遁の術が得意とみえるが名を聞こう」

「不知火朧(しらぬい おぼろ)、そう、名乗ってはいる」

「赤毛結社が新しく雇った女忍者だな。十通りの奇態な術に長けているという、忍び世界のlegendだそうだが、さて、拙者のまえで、そのうち幾つが使えるか試してみるがよかろう」

 なんという高慢。自信というより高慢チキではないか。コーマンなんて、いまどき芸能界でも使わないslangだが、ふと過ったので一応書いておくけど何の関係もナイ。

すこうし、朧の紅い唇が引きつったようにおもえた。もちろん、高慢という感情の前に、右近のresearchの行き届き方に少なからず驚いたからだ。しかし、高慢。右近の挑発的、嘲笑的な言動に対する憤怒のほうが多かったにチガイナイ。

 そのとき、羽秤亜十郎が背中の刀を抜いた。右近による不動術が解けたらしい。

 つまり、右近は、この二人を同時に眼前の敵にしたことになる。

「では、ご覧にいれましょう。さて、幾つまで朧十忍をその眼で観ることが出来るか、右近どの、お試しあれ」

 との、コトバと同時に、朧の影が増殖を始めた。ひとつの影からもう一つ、さらにもう一つ。

「朧十忍の一、不知火舞影(しらぬいむえい)」

2018年10月10日 (水)

第三十一回

「おぬし、根っからの武士ではないな。立派な刀を背負ってはいるが、生臭坊主の類、その姿のとおりの仏門の者だな」

 何処で素性を右近が知ったのか、羽秤亜十郎も、あまりの右近の直截な言にたじろいだ。

「あっ、いやあ、ほほう、それは、あの北司坊主からの報せか、それとも、うーん、まあ、どうでもイイや。仰せのとおり、おいらは臨済宗の印可持ちだ」

「禅坊主か。おまけに印可まで拝していると。それはまたナカナカのもんだな」

「そう、そのとおりだ。禅坊主がどうして刀を背負っているのか、よう、知りたいか」

 右近は軽く呆笑しながら、

「そんなことはどうでもイイことだ。酔狂ならそれまで。臨済宗の坊主なら座禅でもしていればヨイものを、物騒な段平背負って殺生をmission(任務)にするとは、相当の阿呆ダナ」

 さらに微苦笑というのだろう。右近の目尻が今度ははっきりと緩んだ。

「てめえ、なかなか口も達者だな。いやあ、座禅は厭きた。釈迦も悟りもどうでもイイ。いまとなってはそういう抹香臭いものじゃ、生きてはいけねえんだ、これがな、ハハ。それに、成仏より殺生のほうがオモシロクなってきてね」

「なるほど。で、その不動のなんとかの術で、わたしの動きを封じて斬る、と、そういうことか」

 右近の右手は、まだ柄の上にはナイ。

「お望みなら、そうしてみせようか」

 とはいったが、羽秤亜十郎にしてみれば、右近の鍔鳴りとやらをまず観てみたい。そんな欲求にかられた。そのせいか、羽秤亜十郎の視線は逆に冷酷さを帯びて鋭くなった。

「まあ、好きなようにするがイイ」

 右近は、まったく相手にはしてないふうを装って羽秤亜十郎から目を逸らした。もちろん、挑発にチガイナイ。この野郎とばかりに羽秤亜十郎、背中の太刀に手をまわしたが、

「ん、んんっ」

 その手が肩までで止まっている。

「あれっ、これはっ」

 羽秤亜十郎の顔から先程までの自信(あるいは空威張り)というものが、今度ははっきりと一瞬にして消えた。

「ひょっとして、その手、動かんのかクソ坊主」

 羽秤亜十郎は汗ばんで右近を睨んでいる。確かに手がピクリとも動かない。

「鍔を鳴らすばかりがわたしの兵法ではナイ。それがワカッタら、ここを去れ」

 羽秤亜十郎にしてみれば、自分が自分の不動術を仕掛けられたようなものだ。しかし、そんな莫迦なことはナイ。

「クズレ坊主、その不動術とやらの修行に何年、費やした。おおよそ三年か」

 と、右近のコトバが飛んだ。確かにそのとおりだ。

「しかし、私はいまその修行をここでヤッてみた。そうして会得したぞ」

 右近、今度はそんなことをいう。

 不動術を会得だと、いったい何をほざいていやがる、とはおもったが、確かにこれは不動術にはチガイナイ。マチガイなく、羽秤亜十郎は動けないでいる。

2018年10月 9日 (火)

第三十回

 衣紋は心身脱落したかのようにみえた。鎖も分銅もそれを示すごとくだらりと地に垂れていた。ここにきて、右近の尾行もままならず敵手に後れをとるのか。菊間佐野介の気配すら消えた。おそらく敵の手中に落ちたにチガイナイ。悔恥とも自嘲ともとれる細かな痙攣が頬あたりを走った。

「なるほど、世の中はまだまだ広いものよ。無敵を誇った五人衆だったが、我等よりさらに強い武芸者は数多、在るものだのう」

 ごちるような呟きだったが、せめて、敵手に聞かせたかったのしも知れない。団 衣紋から、もはや戦闘する気力は失せていた。あるいはそれは朧十忍の術中にあったからなのかも知れぬ。だとすれば、朧十忍を使う女忍のskillは計り知れぬほどのもの、と、いわねばならない。羽秤亜十郎といい、この朧十忍の女忍といい、楠木右近の敵手は次第に手強いものとなってきたことは否めない。

 

 その羽秤亜十郎については、新たな敵が出現したとの報せとして右近に届いた。北司からの密偵からの転走伝というものだ。密偵である彼らは、密命が何かの報告や情報の伝達の場合、単独で行動するのではなく、数人から十数人にまで分かれてこれを受領しては次のものへと届ける。ある者は走り、ある者は伝書鳩を使い、ある者は馬を飛ばす。これを転走伝と称する。

 では、彼ら密偵は如何にして右近の居場所を知るのか。それは予め右近と北司とのあいだに取り交わされた方法なのだが、その方法たるや種明かしをしてみれば単純なことで、右近に着かず離れずに行動している密偵が複数名、在るのだ。もちろん、右近がこの者を巻くのは簡単なことなのだが、右近のほうも北司の密偵たちには常に合図を遺しておく。道祖神の傍らに並べられた小石がそうだ。この方法は、『子連れ狼』の拝一刀が雇用者への連絡の方法として用いたものとだいたい同じだとおもえばイイ。

 が、しかし、その新たな敵の報告が右近に届いた頃、すでに当人の羽秤亜十郎は右近の前に姿を現していた。

「楠木右近、秘剣鍔鳴り、お宝十万両、だね。おいらは羽秤亜十郎という賞金稼ぎだ。いやいや、あんたが賞金首になっているワケではねえよ。しかしながら、おいらの嗅覚は正確でねえ。あんたを出すところに出すか、仕留めるかすれば、ごっそり報奨金が入ることくらいはresearchしてあるのさ」

 不敵といえば不敵。しかし、右近は涼しい眼で羽秤亜十郎をみると、

「その報せ、今し方こちらも受け取ったが、そっちの動きも素早かったようだな」

 さほど驚きもせずに、まるで、旧知の友人と偶然出逢ったかのような調子で眼前の作務衣にコトバを投げた。

「傾斜流韋駄天、というのをつかったんでね」

「傾斜流韋駄天か。なるほど韋駄天は韋駄天というワケだな。実に、そのものズバリの命名だな。傾斜流というのは、そういう流派か。不動術とやらで、これもその名のとおり、おぬし一文字左近の動きを封じたとか」

「ほほう、そんなことまで密偵に報告させているのか。あの元城代もなかなかだなぁ」

 おそらく、羽秤亜十郎が右近に対して絶対の余裕をもって対峙出来たのはこの辺りまでだったろう。強気のコトバを吐きながら羽秤亜十郎、ゆるやかな口調とは裏腹に楠木右近が一分どころか一厘の隙もみせぬことに、さすがに驚愕していた。

2018年10月 8日 (月)

第二十九回

「何なんです、お、頭」

 訊ねたのは近場の樹木の枝に立つ影、というと、なにやらカッコイイが、あの卍組の頭と手下のうちの手下だということは、いちいち説明しているのも焦燥する。

「こちらが雇ったものではナイゆえ赤毛結社の手の者とみえる。朧十忍か、噂にはきいたことがあるが、くノ一ではなく、九と一の女忍びらしい」

「九と一。座頭一と関係はアリマセンよね」

「ナイわ。十忍とはいうが、十人の忍びがいるワケではナイ。あの女、十通りの秘術を駆使するらしい。従って、朧十忍と呼ばれている。そんな噂を聞いたが実在するのか」

「めっちゃ美人ですね」

「あの容貌も女の術かも知れんぞ。鎖鎌の分銅は二撃ともあのカラダを素通りしておる。つまりあそこに立っているのは女の実像ではナイ」

「では、ナンナノです」

「いちいち、他人の術にかまっているヒマはナイが、白土三平先生の忍術マンガから類推すると、あれは、幻灯機を利用しているのかも知れぬ。たしか、そういう術が在ったはず」

「幻灯機。開化的ですが準備するのが面倒な術ですね」

「それをいいだせばキリがナイわ」

 

 実体、実像でなければその実体を探せばイイだけのこと。衣紋も佐野介も薩摩白波五人衆と称される手練のもの。それくらいのことはすでにワカッテいた。実体は何処に在る。問題はそこだ。二人の視線は暗闇を四方八方に動いていた。

「いたか」

「みつからん」

 もちろん、この声は音声として発せられているのではナイ。ただ、息の吸い方吐き方でコード化されている。

「下がっておれ、風向きを読んだ。北東に向けて邯鄲を使う」

 そういったのは、菊間佐野介。

 邯鄲(の術)とは、特殊な毒を空間に散らすことによって敵手を一時的な眠りに誘う術らしい。これで、北東方向に何か気配がなければ引き算で敵手は南西に在ることになる。衣紋は鎖鎌を手にその方向に進む。

 と、「ううっ」という男の呻き声がした。

「佐野介っ、如何がしたっ」

 そう衣紋は後方に向けて、これは声を発した。唸りあるいは呻きはたしかに菊間佐野介の声だった。で、あるのに、一向に敵手の気配が察知出来ない。衣紋の焦燥は次第に高まっていく。何故、気配がナイ。これほど見事な隠遁を使うとは。

 

「おっ、頭さま。なんで気配がねえんでしょうね。スゴイ術者ですね」

「隠遁の法でも最高levelのものを使っておる。おそらくそれも朧十忍の術の一つにはチガイナイだろうが。わしの知っている限りでは、この隠遁は火遁や土遁などで身を隠すものではナイ。夢遁の術と称されるものであろう」

「さすが、おっ頭。ダテに歳をとってませんね。で、その、ムートンてのは、どんな隠遁なんですかい」

「アホを相手にしておると疲れるが、夢遁の術とは別名を眠遁ともいう」 

「ミントン。バドミントンなら横浜の港で観たことがありますが」

「アホを相手にしておると疲れるが、解説せねばなるまい。夢遁の術、眠遁とは、気配を消すために眠ってしまうことだ。ただし夢はみている。夢の中で己れの意識を動かして敵を攪乱すると聞いている」

「そりゃ、すげえ。さらに幻灯機まで使うんですねえ。キャハッ」

 お頭はコメカミを痙攣させながらも、目を閉じた。

2018年10月 6日 (土)

第二十八回

 一方、団 衣紋と菊間佐野介。こちらは、いま少し現実的なことを話し合っていた。

「なあ、頭目。正直に答えてくれ。俺たちは、あの右近に勝てるとおもうか」

 団 衣紋は沈黙したままだが、その答えは菊間佐野介にはたいていワカッテいた。

「オレは、オレの邯鄲の術が敗れるなどとはおもっちゃいない。だが、かといって、赤星やら只飲理兵たちのことをかんがえると勝ち目があるともおもえない。これは弱気でいっているのではナイ」

 菊間佐野介のコトバを聴いて、衣紋は唾棄するように苦々しく応えた。

「勝てぬということなら、この衣紋、一度戦っている経験からよくワカッテいる。わしの鎖鎌を手玉にとった武芸者などいままでいなかったからな。わしは、初めて恐怖というものを感じている。笑うなら笑え」

 笑えるワケがナイ。すでに夜だ。野営、野宿、どう称してもいいが闇の中で二人の前にはまるで二人のココロのように心細げな焚き火が燃えている。

「頭目、俺たちは幾らで雇われた。たしか、前金が一円銀貨5枚、成功報酬が十円、悪くはナイ仕事だと引き受けた。しかし、命と引き換えならこれは安い。安いっ」

「繰り返さなくとも承知だ。と、いうか、わしも同じことを考えている。とはいえ、これを大枚百円でヤレといわれても出来ぬものは出来ぬ」

「そこで、一策。右近が握っている〈お宝〉を略奪と方針を換えてみたが、さて、これも右近の邪魔が入るは必定。ちくしょう、薩摩白波衆になってから、こんなスレッカラシのような気分になったのは初めてだぜ」

 菊間佐野介、焚き火に拾い集めた薪の一本をおのれの自棄を示すが如くに投げ入れた。

 焚き火は火の粉を散らしたが、と、このとき二人、咄嗟に身構えた。

「聞こえたナ」と、団 衣紋。

「聞こえた。笑い声だ。しかし、男の声ではなかった」

 動物的な勘とでもいえばいいのか、二人、焚き火から飛び退いて闇の中に消えた。もちろん二人とも守備と攻撃のどちらも可能な態勢に入っている。

 と、振り袖に袴姿の女がひとり、焚き火の傍らに立っているのが二人からみえた。何処から、いつのまに。気配はまったくなかった。

 敵なのか味方なのか。団 衣紋も菊間佐野介も、焚き火の炎に煽られている、その艶やかな装束にけして負けぬほど美しく整った顔を記憶の中に弄(まさぐ)った。しかし、あの顔、あの姿に覚えはナイ。

 暫し、息をひそめる時間があったが、

「情けないのを雇ったものね」

 と、女が無表情でいうのが聞こえた。もちろん、独り言ではナイ。団 衣紋と菊間佐野介に向けての侮蔑だ。

 一閃、団 衣紋の鎖鎌の分銅が女の背中に向けて飛んだ。

 一撃あるはずだった。

 が、分銅は女のカラダを素通りした。

「なんっ」という声が衣紋から漏れた。

「朧十忍の一、無影蜉蝣(むえいかげろう)。どう、その眼でご覧になった感想は」

 それには応えず衣紋の第二撃が女の顔面に飛んだ。

 が、これも女の顔を素通りしただけだった。

「感想なんて聞くまでもナイということなのね。無粋なご返事だこと」

 衣紋のニ撃目は、その女が実体ではナイことを確かめるためのものだった。無影蜉蝣とはよく名付けたものだ。たしかに、焚き火に女の影はナイのだ。そこに立っている女人は実体ではナイ。移し身の術の変形のようなものか。二人、同時にそう判断した。しかし朧十忍とはナンダ。

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