第二十九回
第二十九回
南蛮蕎麦が蕎麦に鶏肉を和えたのに比して、開化蕎麦のほうは、チャンポン麺に似た拵えで、沖縄のソーキ蕎麦に野菜を入れたタンメンという感触の蕎麦だった。ちなみにタンメンというのは「温麺」「汁蕎麦」が基本の、日本の温麺でいうところの卓袱(しっぽく)のことで、ほんらいならば、うどんや蕎麦に山菜が入っている。中国では汤面という特殊な漢字になり、英語ではtangmianとなる。雑にいってしまえば、野菜ラーメンのことだ。開化蕎麦のほうはここにソーキ、つまり豚肉の塊が入っている。牛ばかりが、開化したワケではナイということだ。
んなことより、もう物語のbreakが長すぎて読者は、何処までハナシが進んだか忘れているだろうけど、作者の趣味の小説〈出来たとこまで小説〉なので、堪忍ナ。では、つづき。
しかし、残念ながらこの不思議なdateは実現しなかった。朧が断ったのではナイ。
両者にほんの数秒の沈黙があった。別に互いに照れていたのでもナイ。幾らなんでもそれほど純情無垢に生きてきてはいない。単純な唖然呆然の体(てい)。
両者の沈黙を破ったのは、邪魔者、というより本筋が入ったからで、両者、ともに殺気を察した。
「なるほど、面目にかけてということかの。伴天連の頭目らしいのがお出ましか。某が相手ではなかろう。お嬢、遊んでみるか」
「そうね。ひとりひとりは面倒だから、それに頭目を斬ればこのゴタゴタは済むことだしね」
右近の眉間がかすかに捩り、朧の視線に敵手が映った。
まるで死に装束のような浅葱色、貫頭衣の出で立ち(古代ローマで上流階級の下着ないし下層階級の普段着として着用されたもので、日本でも弥生時代には一般的衣服であった。簡単にimageすれば、マカロニウェスタンなどでみられた南米のポンチョ)。辮髪(べんぱつ)と称される髪形で、それが、sunglassesなんぞをして、腕組みしつつ直立不動ながら、宙に浮いている。
朧も右近も、瞬時にその場から消えた。そのあまりのあざやかさに、
「女人ト、甘くミタのが油断だったのだろう。この気配の消し方ハ、見事ダ」
辮髪は周囲に気のantennaを拡げたが、受信された気配はなかった。
「逃げたワケではあるまいが、これでは勝負にならぬぞ、オンナっ」
仕方なくなのか、そう、朧に対してバテレン親分は声を放つ。しかし、応答はナイ。
辮髪は次に自身の右の掌を観た。掌には動画像が映し出されている。
が、そこにも朧の姿はナイ。
「隠遁を極めているのか、それとも異界に入ったか。己が妙掌鏡にも映らぬとは」
と、突然に辮髪の顔が青ざめた。
「まっ、まさか」
と、発するや否やの出来事だった。辮髪の腹が裂けた。血肉、腸とともに、外に飛び出たのは不知火朧。朧は、辮髪の体内に潜んだのだ。
「朧十忍が一つ、胎内隠遁」
えげつないこと、山風老師の真似のような術だ。