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カテゴリー「ブログ小説」の記事

2018年10月29日 (月)

第四十ニ回

 維新の剣客たちは、ともかくも廃刀令によって刀の所持を禁じられているのだから、帯刀を許されているものは特別な資格を有するものか、特定の職種に限る。赤毛結社などもその特定の職種には違いなかったが、毛髪を赤毛に染めることを嫌い、ほんの少し髪の部分を赤くしたものも在った。切場銑十郎などはその部類だ。しかし、そうしないことには、いちいち結社社員証明などを提示しなければならない。密命を受けたものにそんなことが出来るワケがナイ。そのためのいわば黄門さまの印籠のようなものが赤毛だったワケだ。

 そうなると、当然、ニセモノが出現する。

 切場銑十郎は、このニセモノと幾度か闘ったことがあった。ニセモノかどうかは相手の腕次第ですぐにワカル。赤毛結社の強面はさすがにみなさん達人の域だったからだ。とはいえ、凄腕のニセモノもいたことはいた。ほぼ互角くらいの練達の者も在ったのだ。

 そんな中のひとりに小野塚新左衛門という直心影流の使い手があった。直心影流は山田平左衛門が起こした流派だが、この流派が廃刀令になってもなお長持ちしたのは竹刀と防具による稽古を開発したからだ。ここに「剣道」という名称が発明された。

 結社の連中も当初はこのニセモノを「道場剣術」と侮っていたのだが、真剣勝負で絶命はしなかったものの二人までが深手を負うという事態が発生した。

 小野塚新左衛門にしてみれば、いわば新政府の「犬」となっている赤毛結社なる兵法者への挑発だったのだが、従って、命をとるつもりはなく、それゆえによけいにその腕に警戒を要した。

切場銑十郎はそのハナシを聞くに及んで、早速、その小野寺直心影流と立ち合うことにした。立ち合う場所も時刻も秘密だったがこれを観たものが在った。そのもののハナシによると試合の模様はこうだ。

 切場銑十郎は最後まで抜刀しなかったというのだ。ただ、鍔の無い黒い長刀を垂直に構えていただけで、小野寺は抜刀し構えてから数分後に首と胴体が離れてその場に伏した。切場銑十郎は勝負の場を立ち去るさいにひとこと、「これが黒魂斬首刀というものだ」といい残した。

 この噂が広まってから、「抜かずの切場銑十郎、敵の魂を抜く」という囁きまでがあちこちで聞かれるようになった。つまり、刀を脱がずに敵手の首を引き抜くという意味だ。

 

 帆裏藤兵衛の左右の腰に在る二刀が中国伝来のものだということを羽秤亜十郎はよく知っていた。とにもかくにも戦乱と権力闘争しかナイような歴史の国だから、さまざまな武器、武具が発明された。それにともなって、発達したのが中華料理となっていまも伝えられているものだ。なにしろ戦となれば数千数万の野営の兵士は数千数万食の飯を食うことになる。食料は持ち運ばねばしょうがないが、問題は調理料理だ。台所を運ぶワケにはいかない。そこで考案されたのが土を盛り上げてつくった簡易な竈と、丸底のいわゆる中華鍋だ。現在の中華鍋には把手のあるものもあるが、戦場では単純な丸底の柄の無い丸鍋だった。俎(まないた)は近隣の樹木を輪切りにしたものを使う。包丁は(これはもともとは、包・・・料理人のこと・・・の丁という男の名前から名付けられたのだが)戦場で折れて使い物にならなくなった青龍刀を用いる。アトはオタマ一つで、汁物から炒めもの揚げ物までをこれで賄う。

 この合理性は武器においても合理的に確実に相手を倒すことの出来る武具の発明考案に向けられた。帆裏藤兵衛の二刀は長さが一尺ちょっとだが、刃の巾はやや広く日本刀よりも厚い。いうなれば日本料理で用いる出刃包丁の変形のようなものだとおもえばさほどマチガイではナイ。つまり殺傷能力に優れている。

 これに加えるに帆裏藤兵衛は「血風塵」という戦闘法を編み出していた。如何なる工夫が成されるのか、砂塵を巻き起こして立ち会いの場を砂煙にしてしまうらしい。戦闘はその中で行われる。砂塵の中で帆裏藤兵衛が二刀を如何ように用いて相手を倒すのか、これは誰も(羽秤亜十郎でさへも)観たことはナイ。

 

2018年10月26日 (金)

第四十一回

 切場銑十郎の兵法は誰も観たことはナイ。なるべくなら自身の技、術、剣跡はみせたくはナイものだが、すべての強者たちがみなおのれの技を隠していたのかというと、けしてそうではナイ。逆にこれを誇示するものもいたし、切場銑十郎のように単独でしか仕事を引き受けず、人知れず標的を確実に倒すものもいた。

 切場銑十郎の仕業とワカルのは、倒されたものこれすべて、首と胴体が離れていたからだ。

「右近の居場所くらいは見当をつけておるんだろうな」

圧するような口調だが、胴間声というのではナイ。突き刺さるような声音だ。

「それは密偵が常に見張っている」

 左近が答えた。

「左近どのは、その鍔鳴りとはもうヤランのか」

 一文字左近、さすがに返答に窮したが、

「相討ちにもっていく策でも練れたらナ」

 フッと、笑って誤魔化した。

「なるほど、そいつは利口だ」

 いうと、切場銑十郎は立ち上がって腰の帯に刀をさした。

 それからひとこと。

「で、その化け物は何処に」

 

 刀のcurveはもとより、羽秤亜十郎には不動の術を右近が使ったことも合点がならなかった。あれを会得する修行に右近がいったとおり三年かかった。それを、右近のコトバどおりに瞬時に右近が会得するとは、そんな莫迦なことが出来るワケがナイ。いや、あの兵法者ならひょっとして。何にせよ、何がどうなってやがる。化け物め。こうなったら飛び道具か毒しかナイのか。古の中国には拳法の達人が数多く在ったが、それらはみな毒殺されている。

 襖はところどころ破れ、畳は凹み、まだ冬には早い晩秋だというのに、すきま風が冷たく感じられる宿場はずれの安宿だった。

 突然、「入るぞ」という男の声がした。聞き覚えのある声ゆえ、亜十郎は胡座をかいたままの姿勢で、「遠慮なく」と返答した。

 破れ襖を開けて亜十郎と同じような作務衣と坊主頭が入ってきた。さすがに背中に刀は無いが、腰に小刀一本。いや、左右に一本ずつだから、二刀流ということにでもなるのだろうか。

「帆裏藤兵衛か、久しぶりだな」 

「よくオレの声を覚えていたの」

「そのしゃがれ声を忘れるものなんていねえよ」

「梃子摺(てこず)っているとみえるの」

「ああいう化け物には出くわしたことがナイんでナ」

「楠木右近、鍔鳴りの噂は聞いている。かなりの達人、強者が、あしらわれて倒されているらしいな」

 羽秤亜十郎は、貧乏徳利と湯飲み茶碗を押し入れから出してくると、帆裏藤兵衛の前に置いた。

「安宿だが、この辺りの地酒はなかなかイケル」

 湯飲みにトクトクと音をたてて、酒が注がれた。

「二人掛かりでもダメか」

「そういうことを試したものも在るらしい、それに、」

 と、羽秤亜十郎は、あの朧と自分自身が二人同時にあしらわれたことをおもいだしていた。

「三人だろうが、百人だろうが、同じことなんじゃナイのかねえ」

 その放り投げたようなコトバに、

「珍しいこともあるもんだな、羽秤亜十郎から投げやりな文句を聞くとは」

 

2018年10月23日 (火)

第四十回

 閑話をしている間に終久門の姿が消えた。

「お頭」

「ワカッテおる。前金で渡した一円はニセ札だ。ニセモノにはニセ札。順当だろう」

「なんだ、気づいてらしたんですか」

「しかし、ニセモノとはいえ、あの終久門という乞食侍、この儂(わし)に〈隠れたるもの〉をお探しかと近寄ってきた。つまり、ナニかを知っているにはチガイナイ」

「とはいえとはいえとは、いえいえ、逃げたじゃないですか」

「すぐに捕まる。この時代、一円は一圓という文字が使われておる。然るにニセ札には一円と印刷されておる。使えば捕まる。今頃は何処ぞの邏卒に引っ張られている頃だ」

「それで、どうするんで」

「儂のかんがえるに、あの小柄のもの、おそらくは密偵か或いはそれを仕事にしていたものだ。つまり、こちらの欲しがっている情報を売りに来たのだ。欲しがっている情報といえば楠木右近のことについてに決まっておる。」

「それが、どうして、トンズラこいたんですか」

「それは、あのものに尋問、詰問、拷問、してみないとワカランが、密偵などと立派な名はあるが、所詮は下ッ引き。ふいに別の販売ルートをおもいついたのかも知れん」

「なんだか、溺れる者は藁をも掴むなんていいますが、お頭、糞でも掴んだじゃナイんですかねえ」

「朱鷺姫の十万両、当初は我が卍組と政府御用達の赤毛結社だけが狙っているという構図だったが、妙な禅坊主くずれまで現れるしまつ、情報が漏れて賞金稼ぎまでが動き始めてきた気配がある。あの終久門もmarketの値踏みをしているにチガイあるまい。さて、邏卒から身柄を奪いに参るぞ」

「へい、合点です」

 

 

 

十 尚尚乱闘続続行(さらにみだれてたたかいはつづいていく)

 

赤毛結社のアジト。道場らしき板張りの広間で、いましも一文字左近の楠木右近が鍔鳴りについてのlectureが終わったところらしい。

結社の精鋭らしき者が頭数を揃えて、あるものは黙考、あるものは苦渋、あるものは疑問をあらわに、あるものは闘志をみせて、あるものは関節を鳴らしながら、

「要するにっ」と、後方から誰ぞやが声をはっするまで無言だった。

 左近はその声の主を観た。切場銑十郎(ぎば せんじゅうろう)だ。隻眼を隠すためなのか長髪で、その髪の先端は細い黒数珠で結ばれている。

「朧からの伝報も途絶えているのだな」

 切場銑十郎は鍔の無い黒塗りの長刀を肩に預けるようにして、これを両腕で抱いていた。そのまま、左近をみるでもなく、そういった。

「とはいえ、死んではおらん」

 と、左近は応えた。

「あの不知火朧が手を焼くとは、それだけで、その右近とやらの兵法に背筋が凍るというものだな」

 とはいいつつ、その言とは裏腹ひれほれに、獲物をみつけた猟師の如く切場銑十郎、この情況を面白がってでもいるような気配さへ感じさせる。

2018年10月22日 (月)

第三十九回

 この「ズッコケ」と、さらに「天晴れ」は井上ひさしさんの発明されたるコトバらしい。井上センセイの初期の作品、主にコントグループの「てんぷくトリオ」の台本に頻繁に登場する。

たとえば「三波、ここでズッコケる」とか、「伊東、天晴れをする」とか、そんな具合なのだが、これは、喜劇役者にとってもlevelの高い「芸」なのだ。

 それが証拠に演劇なんぞをやってる連中、つまり役者ですな、そういうのに「えーと、Aさん、ここはズッコケてみて」と演出missionしてごらんなさい。意外どころか当然といってもイイくらい出来る役者は殆どいないのだ。

 やってみようとする役者は在る。「はい」と返事してやってみせようとするのだが、まず、十人が十人、「んんっ」と悩む。ハテ、ナニヲやればイイのだ。という顔をする。で、演出家の顔を覗き込むようにして「あのう、ズッコケというのは、どういう・・・」、と、これに演出家も「そりゃあ、ズッコケはズッコケだよ」てなことをいう。つまり、演出家もその技術の詳細についてはワカッテらっしゃらないのだ。

 ハナシは横に逸れるが、時代劇の台本に「代官さま、おめこぼしをっ」と書かれたせりふがあって、この「おめこぼし」という意味が演出家も役者もワカラず、そう申し立てたのが女優の役だったので、「ここは、股を開いてもらって、オメコを干すんじゃナイでしょうかね」と演出助手が助言したために、演出家、膝を打って「うん、そうだ。おめこぼし、してもらおう。えーと、お日様はあっち側にしておこう」と、これをヤラセたために女優は降板することになった。(辞退ですナ)

 さて、ズッコケだが、これはたいてい読んで字の如しで「ズッ」ときて「コケ」るのが正しいとされている。正しいのだが正式に型が在るワケではナイ。さらに「軽くズッコケ」とか「おおいにズッコケ」というふうにmissionが示されていると、またまたこれが極めて難しくなる。

 「ズッ」ときて「コケ」る、のだから「二挙動」の動作なのだが、ハッキリと二つに分かれていてはいけない。この「二挙動」を「一つ」にして演じなければならない。ここに「ズッコケ」の難しさがある。

 さて、次なる「天晴れ」だがカタチは決まっている。扇子、扇ですな、これを頭上にかざして「あっぱれ」とやればイイだけなのだが、これもえてして簡単とはいえぬ。これはほんとうのハナシなのだが、とある新劇の老舗劇団(文学座でしたけど)の中堅からベテランの役者さんたちに、この「天晴れ」をヤッていただいたことがあるのだが、軒並み、お出来にならなかった。みなさん、大真面目に「天晴れ」をされる。しかし、それでは面白くとも何ともナイ。ここは「天晴れ」をすることによって眼前の戯言に拍車がかからねばならない。ところが、拍車がかかるどころか「水をさす」ような事態になる。能狂言の天晴れでは困るのだ。てんぷくトリオさんの「天晴れ」でナイといけない。それが、スタニスラフスキー・システムには組み込まれていないらしく、誰も出来ない。

閑話休題。

2018年10月20日 (土)

第三十八回

 いっぽう、薩摩白波五人衆をことごとく失った卍組とて、黙ってこの状況に甘んじていたワケではナイ。

「へーえ、そうなんですか、頭」

「そうだ」

 突然、あのデコボコ、いや、頭目と手下のいつもの漫才、いや掛け合いが始まる。

「また誰か、手練をお雇いになったんで」

 頭目は、含み笑いをするのみ。

「その含み笑い。きっと、スゴイのを雇ったんですね」

「そのとおり、だっ」頭目、コトバとともに、唾も吐いた。

「それが、ひょっとすると、あの御仁で」

 手下の示すところに、小柄な男が胡座で座している。その目、開いているのか閉じているのか、これが俗にいう菩薩眼。

「さて、終久門(しまい くもん)どの、とやら、お待たせした」

 頭の眼光、いつもに増して鋭く、胡座の男を睨み付けるかのよう。

「くもん、というと、流派は公文式ですか」

「久門どの、こやつのいうことをいちいち気にせんでもらいたい。出来の悪い手下しか当方には残っておらぬのでな」

「あらら、アララット山はノアの方舟。で、この手練の方の武芸、武器は何ナンです」

「聞いて驚くなっっ」

「たいていのことには驚きませんよ、もう」

「この終久門どのは、右近と同じ〈隠れたるもの〉だ」

「ええええっえっえっえええっっっ」

「驚き過ぎだ、馬鹿者」

「この方、あの〈隠れたるもの〉さん、ですか」

「そうだ」

「そんなの、よく見つけてきましたね」

「そろそろ登場する頃だという読者の読みを感じたのでな」

「では、この方も、鍔鳴りをお使いになるんですか」

 このとき、菩薩眼の片目がすこうし、開き、

「私の兵法は、あのような子供だましではナイ」

 終久門の唇が微かに動いて、そういった。

「右近の鍔鳴りを子供だましと、おっしゃいましたよ。カハハハ」

 手下はヘラヘラしている。

 頭目は、手下を殴る気分も失せている。

「秘剣鍔鳴りとは、柄を拳で叩き、鍔を震わせて、」

 おお、いま、鍔鳴りの秘密が語られようとしている。頭目も手下も息を飲む。

「鍔を震わせて、」

 なんだ。

「鍔を震わせて、」

 そのアトだ、聞きたいのは。

「鍔を震わせて、・・・何かをするのであろう」

 頭目も手下も、やや、ズッコケる。

2018年10月19日 (金)

第三十七回

 一方、女忍の朧と、羽秤亜十郎はふいに対峙する羽目になった。それには幾つかの理由がある。

 まず、両人とも楠木右近を倒すために、かの闘争のさい、ともにあった敵の剣技、忍法らしき術技に興味以上のものを感じていた。つまりは双方の術が双方の何らかのmissによって右近に利用されて敗れたワケなのだから、まず、両者の技量を計らねばならないという思いがあった。右近を倒すために、そういう段階をも踏まねばならぬという同じ算段を、朧も羽秤亜十郎もalgorithmしていたのだ。

 次に、双方ともが刺客ゆえ、その行動、営為の活動時空は似たようなものになる。この二人の遭遇する確率は高いといわねばならない。

 さらにいうならば、この両人、一度、相対して頂くとオモシロイという作者の趣味、趣向だ。

「追ってきたのかえ」

 と、人里を離れた山道を下りながら振り向きもせずにいったのは朧のほうだった。

「そういうワケでもナイが、結果的にそうなったナ。なにやら、オレとあんたと、かんがえていることが同じような気がしていたのでネ」

 例によって剽軽に羽秤亜十郎は朧の背中にコトバを投げた。

「双方がおもうことといえば、あの楠木右近を倒すことに尽きようが、では、私からおまえに質すが、よろしいか」

「なんなりと」

「あの戦いのとき、汝の放った刀剣は何故にcurveを描き、それが私の無数の影の中の実体に飛んできたのかえ。それは、おぬしの仕業というのに非ずとしても」

「ワカランね。それをオレもあんたに訊こうとおもっていたところさ。あれが右近の用いる鍔鳴りとやらの兵法の一つならば、直截の刺客のあんたのほうが研究しているだろう」

 ほほほっと、顎をしゃくって朧が笑った。

「オモシロイ男じゃの。たしかに事前researchはしてみたが、楠木右近については、その氏素性、鍔鳴りという剣技、なにからなにまでワカラナカッタといっていい」

「つまり、あんたの戦略としては、十忍を一つ一つ仕掛けていって徐々に右近に近づこうとしていたワケか。けれども、いまとなっては、そのどれもがアヤツに通ずるとはおもえない、といったところか」

「侮るナっ。そこまで卑屈ではナイわっ」

 朧は振り向いたが、当然、そこに羽秤亜十郎の姿はナイ。陰身の法でいずこかに潜んでいるのだ。もちろんそんな術は朧にとって何の障害にもならない。

「いま、其方を撃たぬは無駄に我が術を披瀝したくナイゆえ。命拾いをしているとおもいや、若いの」

 気づくと、いつの間にか羽秤亜十郎の襟元に吹き針が刺さっていた。朧のものだ。

「なるほど、朧十忍、おそるべしか」

 だが、その朧も己れが忍び装束の帯が一寸ばかり斬られているのに気がついた。いつの間にかは知れぬが羽秤亜十郎の仕業にチガイナイ。

「女衒坊主、やるな。だが、双方、これだけの陰行の術をもってしても、あの右近には手玉にとられた。不思議なのは、あの右近とやらに空(す)キがナイとはいえぬことだ。いつ、何処からでも仕掛けられる気がしてならぬが、仕掛けると、」

「逆に斬られるというワケだ、ナ」

「柳生新陰をはじめ、一流の流派には後の先がある。あの右近の鍔鳴り、後の先にはチガイナイという見得(けんとく)はあるにはあるが、同時に私と其方の両方の後の先をとるとは、かんがえられぬ」

「しからば一度、同時にヤル、なんてことはprideがゆるさねえな」

「あたりまえだ」

「では、何れが先に右近を倒すか、あるいは倒されるか。どっちにせよ地獄に向けての競争になりそうだな」

 そのコトバを最後に二人の気配はかき消すように無くなった。

2018年10月17日 (水)

第三十六回

九 謎帯一寸解(なぞのおび ちょっととく)

 

「拙者は、もはや、あの楠木右近と剣を交えようとは考えてはおらぬ。どうしても勝ち筋がみえんのでな。従って、いまは敵ではナイとおもってもらってけっこう。ただ、質したい。あの右近とやらは何者なのだ。ただ、それが知りたい」

 殊勝にも、己れの剣を右に置き、一文字左近は北司伊右衛門に頭を垂れていた。もちろん、擬態でしかナイ(例えていえばだが)。

「そういわれてものう」

 と、北司元城代は、剃髪を撫でた。この嘘つきめと心の中で嘲笑っていたが。

「教えては頂けぬか」

「いや、お教えしようにも、当方にも左程、識り得たことがあるワケではナイのでな」

「しかし、お雇いになったのでござろう」

「それはの、こういうワケでの」

 北司は、真庭小四郎のことから語り始めた。それから、楠木右近を野党牢人狩りの用心棒に雇った、とある村の長を訪ねたことを述べた。そうして、右近の風体をしっかりと脳裏に収めて、それらしき武芸者が立ち回ったとおもわれる場所、時刻、を津々浦々に探すこと数ヶ月。楠木右近自身ではナイが、ある托鉢僧からふいに呼び止められた。

「この世の〈隠れたる者〉をお探しの方とは、そなたかな」

 日暮れ時の、村ハズレ、苔むした地蔵の傍らに僧は枯れ木のように佇んでいた。

 元城代は托鉢僧の顔を舐めるようにみたが、風貌は右近ではナイ。

「いやいや、拙僧は、そなたの探すものではナイ」

「然らば、何故に、呼び止められた」

「無論、拙僧は、そなたのお探しのもののことを存じておるのでな」

 北司は息を飲んだ。

「識ってござるのかっ」

「無用な穿鑿は御免蒙るが、そのものとは、いささかワケアリの仲でござっての。あれは、関ヶ原の戦いのときでござったか」

「せき、が、ハラッァ」

 北司でなくとも、驚いたにチガイナイ。時代がチガイ過ぎる。

「いやいや、拙僧は未だ生まれてはおらん。生まれてはおらんが拙僧の前世のものがそこにはおったのだ」

 奇々怪々のハナシだが、いまは、どんな事柄であれ百聞に値する。

「で、御坊の前世のものとは」

「円学坊唯全という、やはり坊主でな。坊主の身の上でありながら、影の者としての乱破もどき、密偵という仕業も成しておった。おまけに薙刀の名手だったらしい。これが、ふとしたことで敵対したのが、そちらがお探しの楠木右近と名乗る〈隠れたる者〉だったらしい」

「待たれい」

 と、ハナシの腰を折ったのは左近だ。

「そも、〈隠れたる者〉とは、如何なる素性の者なのだ」

 そこは誰しも知りたいところだ。

 北司はまた剃髪された頭を撫でた。適当にいっときゃよかろう。

「その托鉢僧の申すところによるとだが、あの世の終わりからこの世の初まりに現れし者と、まるで禅問答よの。そう説くしか仕方がナイとその坊主も笑うておったが」

 北司は、渋い笑いを浮かべた。これはどうやら、ほんとうのことらしい。

「そこまでいわれれば、もはや、その〈隠れたる者〉という者が何者であるのか、そんなことはどうでもよくなった。強いていうならば、我々の想像を超越している者だろう。ならばそれはそれでヨシということにした。その托鉢僧は、楠木右近の所在をあきらかにしてくれた。さて、これだけのハナシでござるよ」

 たしかに想像を絶する謂れにはチガイナイ。一文字左近は無言で畳に伸びた己れの影をみつめていた。庫裏の蝋燭の炎がつくった影だったが、それが左近には、近づき難い楠木右近の背姿に感じられたからだ。(こういうのを、それらしい作文という)

 しかし、と、一文字は顔をあげた。それは、もしかすると伝説の類なのではないのか。まさか「関ヶ原」に生きていたものが、この明治維新に姿をみせるとは。それでは、あの剣客は不死身だということになる。人魚の肉でも食ろうたか。

「然らば、あの楠木右近に対する戦いは、意味のナイことになるのか」

 独り言のようでもあった。

 が、北司は、左近のそのコトバに応えた。

「と、いうか、虚しいものだということはいえる」

 まさか。一文字左近は同じ武芸者として、未だそれは納得することを許すには早計とおもえた。もし、今一度立ち合うことになったなら、直截、かの男の口から聞いてみたいものだ。貴様は何者だという問いの答を。神仏の類でもあるまいに。

 と、何かまた、この剣客らしい名案が浮かんだのか、一文字左近は刀を手にして立ち上がり北司に暇を告げた。

「どうなさった」

 不意の挙動を伊右衛門は怪訝におもった。

「拙者に鍔鳴りの太刀を伝授した師匠はまだ健在でな。同じ作法、何かツナガリがあるやも知れぬ」

 ほほう、声に出せばそうであったろうが、剃髪の元城代は一文字を黙ってみおくった。少なからず蔑みを含んでいたのは、おそらく甲斐のないことに終わるだろうという予想があったからにチガイナイ。

2018年10月16日 (火)

第三十五回

 朧は、太股の傷の手当てを兼ねて、秘湯と呼ばれる山間の隠れ湯に浸っていた。かつては武田信玄が戦場で傷ついた兵(つわもの)、あるいはその後遺症をもつ武士たちのために活用したとされる天然の薬湯温泉だ。ふだんは山野、森林のけものたちが同じように傷の手当てや癒しに用いている。

 朧は自身の指で自身の乳首つまんでみた。特に意味はナイ、読者への妄想serviceでしかナイ。作者の趣味でもナイ。

 強い、と、いうより、おそろしい。朧は敵手に対して初めて恐怖というものを感じているらしい。乳首のツン立ちがそれを物語っていた。(ほんまかいな)

 ふいにあの作務衣の男の仕掛けの剣が、おのれの術の影たちの方向に向かって飛んできた。唯一の実体はそれに一瞬防衛の態勢をとった。それが実体の存在を逆に知らしめることになった、というのが朧の見得(けんとく)だ。あの予想だにしなかった刀身の飛来。あの出来事を右近の何らかの技とかんがえるならば、いや、そうにチガイナイのだが。右近の鍔鳴りは敵手が斬りかかった後で自身の刀を抜くと聞いている。それが、あのときは様相がチガッタ。右近は先に抜いた。つまり、誘ったのだ。作務衣は、いま、と、ばかりに刀身を飛ばしている。おそらくあの程度のものなら右近は叩き落とすか、弾き返したにチガイナイ。そこで、間隙を狙ったあの作務衣の第二撃があったはずだ。しかし、あの作務衣も意表をつかれたかにみえた。そうにチガイナイ。真逆(まさか)あそこで刀身が飛ぶ方向を変えるとは。しかも、影の実体に向かって。

 何故、鍔鳴りとはどんな技なのだ。

 ともかく迂闊には十忍も使えぬ。なにやら、こちらの技を先読みされているかのような、そんな恐ろしさを感ずる。あるいは、瞬時にこちらの技を見切られているのかも知れぬ。もしそうならば瞬速よりもさらに速い。

 あれは、なんといったか。おのれが師は、たしか〈加速〉とかいったような記憶がある。朧は自身の修行時代の記憶を弄(まさぐ)った。十忍の中にもその応用はあるにはあるが、あの武士、楠木右近なる武芸者の兵法、鍔鳴りは、〈加速〉をなんらかの方法で用いているのではないか。試行錯誤、五里霧中、裸身湯中。

 朧は浸っていた湯から立ち上がった。ほんわりと湯気を帯びた美身があらわになった。秘毛から滴が垂れて落ちた。(ちょっとserviceし過ぎだった)

2018年10月14日 (日)

第三十四回

 敵に後ろをみせるとは、羽秤亜十郎も、朧にしても、これが初めての経験だった。負けたというよりあしらわれた。屈辱の敗走だ。

羽秤亜十郎は、二の足にひそめた短刀に触れてみた。あそこで飛ばした刀身を弾かれれば、すぐさまその短刀で第二撃の攻撃がなされるはずだった。普通の剣客ならば、飛んできた刀身、これは本来地擦りから撥ね上げられるものなので、竜尾の剣と勘違いしその防御をとる。ある程度の達人であれば剣でこれを弾く、あるいは受けることはしない。そうすれば、すぐさま竜の尾のように返す刃が降り注ぐ。この応用が巌流佐々木小次郎の燕返し。達人、出来るものならば、おそらくは見切って僅かにそれを避け、上段から真っ向唐竹割に入る。しかし刀身は飛んでいる。避け方は難度を極める。その隙に乗じて短刀の第二撃が相手の胸元へ。傾斜流虎の牙と称される二段攻撃だったが、一撃目の刀身が曲線を描いて外れるとは、四方(よも)や。

 朧は太股の付け根をシゴキで強く縛ると、出血を観て悔しさに拳で地面を撃った。不知火朧の十忍の中でも極めての秘術が、事も或るや、あのように敗れ去るとは。あれは偶然の出来事か、それとも、楠木右近の技なのか。右近の策ならばいったいあの右近とは何奴っ。嘲るように敵手の剣を利用して不知火舞影を破綻に導くとは。未だかってナイ恥辱。楠木右近、必ずや、倒す。たとえ刺し違えてもその命もらい受けるぞ。今一度、朧の拳が地面を叩いた。

 破れたことがナイ技を用いて負けたときの武芸者たるや殆ど錯乱の域にある。無論、優れたものや熟練の強者ならば、そこからしばらくすれば冷静を取り戻し、敗因をつぶさに検討、次の戦いに備えるのだが、羽秤亜十郎も朧もその如く、ほんの一刻前の右近との戦いの様相を脳裏に浮かべていた。

 羽秤亜十郎は、飛ばした仕掛けの刀剣が飛燕の如く曲線を描いた理由に黙考していた。

 直刀ではナイにせよ、反りはあるにせよ、特殊な投げ方をする手裏剣のようにcurveを描いて飛ぶということがあり得ようか。もし、それが右近の技ならば、いや、右近の技にはチガイナイのだが、どんな技法、剣法を用いればあのような作用が起きようか。

/みたこともナイ/、としか、いいようがナイことをかいま観たのだ。楠木右近の鍔鳴りとやらの兵法はああいう現象をつくりだすものなのか。しからば、何かそれに抗する手立ては或るや、無きや。おそらく多くの剣客が右近に対して同じ苦悶をおぼえたにチガイナイはずだ。

2018年10月11日 (木)

第三十二回

「眠狂四郎の円月殺法も禅から学んだものだ。妖剣といわれているが由緒は正しいのだ。円月殺法は催眠術の応用だが、応用だけで催眠術のようなまやかしでもナイ。あれは、真のココロのワザだ。おぬしの不動術もその応用にしか過ぎぬが、単に応用。褒めるほどのものではないが、応用だけだとしても常人がこれを会得するには三年はかかる。坊主がよく修行したナ、とは、いっておいてしんぜる」

「てめえっ、なっ、何故、おめえに、不動術が使えるっ」

「申したではナイか。いまここで会得したと」

「そんなことが出来るっうっうっ・・」

「ワケがナイとは、そちらの勝手な思い込みにしか過ぎぬ。常人ならば三年はかかるが、私ならば三年も一瞬も同じこと。さて、羽秤亜十郎とやら、その背中の大刀が抜けるようになったらまた相手になろう」

「なっ何ィっ」

「どうやら、お次の番というのがお待ちのようなのでな」

 そういうと右近は地面に伸びる羽秤亜十郎の影をみつめた。

「影に潜むとは忍びの技か。にしても、めずらしい技だな、女」

 羽秤亜十郎の影だけが、むくむくと起き上がってきた。

 それが黒ずくめの装束の女だということがワカルのに、ほんのわずかの時間を要したが、

「朧十忍が一、影隠れ。よくぞ観抜いた。さすがは楠木右近」

 真っ黒なのっぺらぼうとでもいえばいいのだろうか、いや、紅い唇だけが動いた。

「影に隠れるから〈影隠れ〉とは、まんまの名付けだな。そうそう、そういう忍法は、すでに山田風太郎老師の『忍法八犬伝』で用いられているぞ。まあ、それはイイ。この物語だとてヤマフーさんの真似ごとだからな。さて、隠遁の術が得意とみえるが名を聞こう」

「不知火朧(しらぬい おぼろ)、そう、名乗ってはいる」

「赤毛結社が新しく雇った女忍者だな。十通りの奇態な術に長けているという、忍び世界のlegendだそうだが、さて、拙者のまえで、そのうち幾つが使えるか試してみるがよかろう」

 なんという高慢。自信というより高慢チキではないか。コーマンなんて、いまどき芸能界でも使わないslangだが、ふと過ったので一応書いておくけど何の関係もナイ。

すこうし、朧の紅い唇が引きつったようにおもえた。もちろん、高慢という感情の前に、右近のresearchの行き届き方に少なからず驚いたからだ。しかし、高慢。右近の挑発的、嘲笑的な言動に対する憤怒のほうが多かったにチガイナイ。

 そのとき、羽秤亜十郎が背中の刀を抜いた。右近による不動術が解けたらしい。

 つまり、右近は、この二人を同時に眼前の敵にしたことになる。

「では、ご覧にいれましょう。さて、幾つまで朧十忍をその眼で観ることが出来るか、右近どの、お試しあれ」

 との、コトバと同時に、朧の影が増殖を始めた。ひとつの影からもう一つ、さらにもう一つ。

「朧十忍の一、不知火舞影(しらぬいむえい)」

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