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カテゴリー「ブログ小説 」の記事

2017年2月 2日 (木)

夢幻の函 Phantom share 21

例外があるということは認めるが、その例外とは深い関係になったことがナイので、確かなことはいえないが、

女とは、

 狡猾である。

 自己中心的である。

 他人の悪口を広めることが何より好きである。

というふうに、漫画家の須藤祐実『ミッドナイトブルー』で書いてたな。女性がいってんだから、ほんとうにそうなんだろう。ほんとうにそうだったもんな。そこに、

 嘘つきである。

 姑息である(これは、よく狡いと使い方を間違われるが、その場凌ぎといことだ)

と、付け加えてと、そういや「女は生まれながらにして女優である」てのがあったな。誰がいったのか、記憶にナイけど。ついでにいうなら、貧困のお針子から世界的ナンタラにまでになった、ココ・シャネルは「男は子供だということ、それさへ知っていれば、他に知識は要らない」みたいなことをいってたな。

「女の嘘は勘弁してやれ」というのが、私の先輩、恩人の遺したコトバだったが、「しかし、とり返しのつかない嘘は別だ」と、付け加えた。

最初の勘弁出来る嘘というのは、保身のための嘘で、それが両者の関係に溝をつくるかも知れないという危惧からきている。私の最初の関係者は「私、おでんの中ではコンニャクが好き」という嘘をついた。おでんの中ではコンニャクがもっとも安かったからだ。だから私も「俺は梅干しでビールを飲むのが好きなんだ」という嘘をいった。

その女性の産んだ子供は私の子供ではなかった。しかし、まあ、イイではないか。その子供が18になるまで、育てる決心をして、そんな事情で、私はおそらく〈愛した〉のだと思う女性三人と、憎まれながら別れた。泣かれたね二人には。アトの一人は、どうだったっけ。

二人目の生活者は、私を三年間棄てた。十八年の生活の最初の十年で私は人生の幸福を総て使い切った。残りの八年のうち最後の三年は、私は棄てられた犬だった。でもまあイイか。十年は幸せだったんだから。

三度目は、アトガマをみつけたらしく、ワザと私に嫌われる嘘をついたが、アトガマが思うように崩せず、ヨリをもどしたいと泣いた。けれどもそういう涙を私は最大値で嫌悪する。このひとのいうことヤルことナスことは徹頭徹尾、ハナからケツまで嘘だったんだが、パフォーマンスが上手くて、勘弁してたが(というより騙されているなあと思いつつ赦免してたが)、取り返しのつかないのは、ちょっとなあ。

例外は認めるけども、だ。例外、例外、早く来い。せめて夢の中なんだから、ねえ。

そんな現世、現実世界のことを朧朧と思いながら、私は歩いた。何処へ、黒煙あげる函館市内に無勝手(向かって)。

2017年1月15日 (日)

夢幻の函 Phantom share⑩

そんなに驚くほどdrasticな発言ではナイ。法然や親鸞が悟った話など聞いたことはナイ。しかし、彼らにも信念はあった。その信念は何処からきていたのだろうか。信念の根拠。確信の確信。信念おめでとう。ただのドクサ(思い込み)なんじゃねえのぉっ。兵法、剣法じゃないんだからさ、悟りの目録、免許皆伝なんてものはいくらなんでも(ソレがあったらしい)。あんたは悟った、という「御免状」は、室町、鎌倉の時代には発行されていたのだ。さっきからすれ違う車の運転席に座っているのが総て坊主で、デコちんにスタンプで「免」と捺印されていたことはワカッテいる。そんなことを観逃す夢ではナイ。

「しかしね、曹洞宗の道元によれば、というか、これはもう臨済宗でもそうなんだけど、悟りというのは、自分の外にあるものではナイので、悟りというのは、どっかから得るものではなくて、自らの何かを、ナニカ〈が〉かな、つまり、開かれるという、というか、気がつくのかなあ、姿三四郎だって、泥沼の杭につかまって、蓮の花が咲いたとき、柔道とは何かを悟った、てなふうになってますから」

「でも、修行している坊さんは、悟るまでに死ぬ方のほうが多いんでしょ」

 そういわれれば、そうだナ。人間の寿命って100年程度だろ、長生きしても。

「私、法華のひとに聞いたんですけど、というのも北海道はホッケが美味しいからなんですけど、仏陀になったシッダールタとかスッターモンダだったかだって、如来になるまでには天文学的な時間の修行をしてるんでしょ、何十億年の何十億倍の、そのまた何十億倍だって、そのホッケの方がいってましたよ。悟りを開く前にホッケのヒラキ」

「そんなふうに仏典、教典には書かれてますね」

「そんな時間、生きていられたということは、すでにもうその時点で、ソレって人間じゃナイんじゃナイですか。人間わずか五十年は信長でしたっけ。でもいまは精一杯で百年としても、そんな短時間で如来やその前の菩薩にもなれないんじゃナイですか。弥勒菩薩って五十七億年くらいアトに、悟りを開いて人類を救済に来るっていわれてますが、五十億年生きていることが出来るんですか、ソレ。ソレってナンなんですか、その方たち。そんなに生きてるのに、まだ如来じゃなくて、菩薩ですよ。で、やっと悟って何番目かの如来になるんでしょ。どうなってんでしょうね。つまるところ、悟りも成仏も、時間的に常識で考えればヒトには無理なんじゃナイのかなあ」

 drasticだ。というより、ハルちゃんはどうしてそんなに急に頭が良くなったのか。もちろん、それはこれが夢だからだろうけど。

「そこで、ですね、法華経という経文、教典が創られるワケですよ」

「というと、」

「法華経においては、ヒトも菩薩も男も女もみんな仏、如来になれますよと、書かれてあるんです」

「そんな虎の巻というか、アンチョコみたいなお経があるんですか」

 如来(仏)の定義なんてのは、宗派によてチガウからなあ。上座(小乗)では釈迦牟尼仏しか信仰しない。であるのに、他の如来も認めてはいる。

「ほんとうはね、法華経は、小乗だ大乗だ男だ女だ出家だ在家だ菩薩だ声聞だ、と、ごちゃごちゃいってるのに終止符を打つために創られたもののようですね。ところが、これがサンスクリット原典から漢語に訳され、さらに日本語に訳されている間に、その本質はおおかた挫折、頓挫したようです。何故、翻訳されている途上でそんなことになたかというとね、サンスクリット語が読める当時のエライ坊さんが、弟子に口述で法華経を筆記させるんですが、このエライ坊さんも、けっこうな年寄りだったので、記憶が曖昧で、そのうえ、思い出すときに、うーんとか、ああっととか、ええととか、声にするワケです。さらに痰を切るための咳払いやらもオアッとか、ゲロッやらケッやらとかやるでしょ、その音も弟子たちは、何とか漢字にして書き写したんです。で、どうも繋ぎが変だなあという部分は無理やりの意味付けをしたもんだから、すでに漢語訳のところで原典が減点になっちゃったのね」

2017年1月11日 (水)

夢幻の函 Phantom share⑦

「売春しているのが多いのは、たいてい音大の女子大生。音大ってお金かかるんですよ。といって、ふつうのバイトに時間とられてたら楽器の練習出来ないし、1時間くらいで5万円にはなる仕事が手っとり早いんです。私の知ってるコなんかは、一週間のうち丸一日をArbeit dayにして、一日で50万稼ぎますよ」

 そりゃあ、もう、慰安婦がどうのこうのの世界じゃないな。しかし、アルバイトがドイツ語だとは知らなかった。(Arbeitと、頭文字が大文字になるのよね)

 けれどもよ、戦後、日本に返還だか変換だかされるまでの沖縄の、女性の売春経験率は八割近くあったそうで、これは全女性の80%ということだから、乳幼児や老婦を除外すると、殆どの女性は売って食っての生活だったということになる。夢の中とはいえ、これは事実なのだ。

 しかし、夢なんだから、悪夢はもうイイよ。その大沼湖はまだなのかな。なんでこんな霧が出てんのかな。霧は摩周湖だろ。レイちゃんはいくらで買えるのかな。

 車が急カーブをきって登り道に入ると、霧がはれるとともに視界もはれ、とたんにブリキで、大沼湖が眼前に現れた。カナダかここは、と、行ったこともない外国の風景を突きつけられた。自然の人工湖という、けったいな表現がピッタリな、巨きな庭園に造成されたような湖で、前方にみえる山は頂上付近が欠け飛んでいる。つまりあの欠け飛んだ部分が地上に落下して、そこに雨水や伏流水が流れ込み、この景観が魔法使いの棒を振る瞬間にして、出来上がったというワケだ。

 国定公園。観光地。ゾンビではないけれど、hystericな外国語を日常会話する観光客。ここはもうイイんじゃないの。と、

「そうですよね。じゃあ、噴火山に行きましょう。あの山の裏側です」

 意を察してレイさんはトイレに行った。トイレに目的地の噴火山があるワケではナイ。単純に生理的欲求だ。私もそうしようかと思ったが、夢の中でオシッコなどすると、寝小便になるおそれがあるので、ヤメ。

 くねりくねりと車は山の舗装路を登りつつ、

「あっちにみえる山は山伏の修行の山だそうです」

 たしかに、森林のところどころに祠らしきものが姿をみせている。

「函館に修験道の霊山ありか。何でもアリだな」

「ええ、左の方向には、3万年くらい前に落下したらしい隕石のクレーターもあります」

「UFOの基地は何処にあるんですか」

「それは、反対方向にみえる、」

 そうだよね、あるのね、やっぱり。

「ここが、頂上の展望駐車場です。振り向いてみて下さい」

 一台も車の停まっていないだだっ広い駐車場に車を停めた彼女は、前髪を風にまかせて上着を着込むと、私の肩越しに、それを観た。

 私もいわれたとおりにそれを観た。

 噴火山。

 巨大なセット、いやいまならCG合成かと思えるような、茶色と白と赤色の山肌に、硫黄の煙が数カ所から吹き上がっている、なるほど、噴火山といわれればそのimageのほうがピッタリの風景が出現した。

 出現といっても突然現れたワケではナイのはもちろんだが、忽然として、と、くらいはいってもイイんじゃなかろうか。

「これ、いつからこんなふうに在るんですか」

「さあ、たぶん函館開港以前だと思いますけど」

 そりゃまあそうだろう。しかし、これだけのめずらしい景観が、函館のどんな観光マップにも紹介されることないのは何でなんだろ。その全体を遮蔽物なく展望出来る場所があって、かくのごとく百台は駐車出来る駐車場まであり(それ以外は何もナイんだけど)、噴煙にも似た硫黄の煙を吹き上げている、まるで火星に生命体が発生した年代とも思われる光景(があったかどうかはとりあえず論外として)は、おそらくここ以外、日本ではお目にかかれないものにチガイナイ。

2013年8月 9日 (金)

マスク・THE・忍法帳-40

「簡単にいえば、そうじゃが、そんなことは信じられんじゃろ」
 陳は、嘲笑を浮かべて、平吉にいい返した。
「わしには毒は効かぬ」
「そうそう、それじゃ。そういうことも書いてあったな」
 陳は眉を顰めた。
「書いてあったというのは、何か毒のことについて、調べてきたのか」
 平吉は陳を観ようともしないで話しつづける。
「だから、ゆうたやないか。俺は泥棒だと。ゆんべ、残らず調べさせてもらったと。もちっと具体的にいうと、いままで俺の喋ったことは、あんさんの日記だか日誌だか、分厚いノートに書いてあったのを読ませてもろうたんよ」
 再び指の関節をポキッと鳴らしたのは、もちろん陳のほうである。
「きさま、ほんとうにわしの住居に忍び込んだというのか」
「そんなことは、不可能だ、と、たいていアトが続くんじゃろが、泥棒にかけては、二十面相に不可能はナイのよ」
「まさか、あの金庫を開けたと」
「~毒など存在しない~これはあんさんのノートに朱書してあった文句よ。それと、腐毒という毒についても、俺にはそれを使ってみると書いてあった」
 ここで、平吉は半身を起こした。
「あんさんは、今朝、いつもの時刻に目覚めると、新聞受けの中に俺が残した封筒を開けた。~ウメバヤシ デ マツ。二十~、そこでさっそく、準備にとりかかる。ところが俺のほうの準備はもう整っていてね」
「つまり、きさまは、昨晩、わしの家屋に忍び込み、隠し金庫を開け、わしの重要書類を読んで、いま、腐毒に対する処方を施しているというのだな」
「ああ、お察しの通りじゃ。それくらいは難なくやるのが、怪人二十面相だからな」
 陳はまだ半信半疑ではあったが、腐毒というのは、あまり知られていない毒である。それをこの男が知っているということは、と、まさかの文字が脳裏に過った。
「もし、それがほんとうのことだとして、たとえ、腐毒が通用せぬとしても、わしが用いる毒はそれだけではナイ」
 半ば、鎌をかけるつもりで陳はいってみた。
 平吉は、立ち上がった。それからポケットから何やら小箱を取り出すと、四間ばかり離れた陳の足下に、それを投げた。小箱は地面に落ちた勢いで蓋が開いて、中からチューブ絵の具が転がり出した。
「手妻のタネ、その二かな。あんさんの毒の貯蔵室に並べてあった瓶の中身は全部、ただの色水にすり替えた」
「きさま、そんなことが」
「そんなことをするのが、二十面相やと、いうたじゃろ」
 陳は今朝も毒を調合したばかりである。
「馬鹿な。だからといって、まさかこのわしが、単純な色水と毒とを間違えるほど耄碌していると思っているのか」
「そうは思うとらんよ。確かに、毒は色をとってみても、無色透明なものから、まさにこれが毒だといわんばかりの毒々しいものまでいろいろだからな。おまけにその臭いまで俺のような素人には判別出来んじゃろ。としたら、どうすればいい。あんさんを俺なみの素人にしてしまえばいい。まあ、あんさんほどの手練になれば、いちいち色を観たり、臭いを嗅いだりしなくても、どれが何の毒かは、ワカルんじゃろうが、熟練者ほど用意周到なものだということは、よおく、知っている。ところで、毒なら俺も使うことがある。刺客という仕事柄、あんさんも知ってるだろうが、番犬などの犬どもの嗅覚をマヒさせてしまう毒だ。とはいえ、そういう難しい毒を使うとそれを使ったことがあんさんにバレてしまう。だから、イチバン簡単便利な毒でない毒を使わせてもろうた。なんだと思う。唐辛子さ。唐辛子は犬にも効くんでね」
「唐辛子、だと」
 いったい唐辛子などというものを何に用いたのか。陳は、そのときおのれの脳の中で、まるでコンピュータのごとく、唐辛子なるものを用いて、手中の毒役を無効にするか、自分の毒に対する五感をマヒさせる手立てがあるかないか、演算した。
「なんなら、あんさんの仕込みの毒の小針でも、俺に投げてみるかい。素手で受け止めてみせるが」
 平吉は両の掌を広げて、全面に突き出した。
 こやつの自信は、まさか。と、陳はおのれの鈍色の疑心に、いささかひるんだ。と、このとき、陳の周囲に桃色の煙が炸裂音とともに噴出した。
「毒ガスっ」
 と、陳は声にするでもなく胸の内で叫んだが、それが唐辛子弾であることを判別するのにコンマ、1秒とかからなかった。
 たしかに陳の身体に毒は効かない。だが、唐辛子は毒ではナイ。しかも、いままさに、平吉の口から唐辛子に対しての講釈がなされた直後だ。
 何か意味があるのか、いったい昨夜、唐辛子で毒をどうしたというのだ。と、思う間、唐辛子の煙幕は、陳の粘膜を襲った。陳は、涙腺と咽喉に打撃を被った。涙と咳と嚔がアレルギー患者のそれのように襲ってきた。
 遮二無二、陳は、毒の小針を乱射した。周囲は煙で何もみえなかったが、平吉の気配のする辺りに向けて、小針を飛ばした。このうちただの一本でも掠れば、命はナイはずだ。もし、昨夜、毒をただの水に詰め替えられたのでナイとすれば。
 もう、おわかりだろうが、すでに陳は平吉の心理戦術に翻弄されていたのだ。平吉の話は金魚鉢から人魚を釣ったとでもいえばいいのだろうか、あり得るワケがナイ、が、あり得るかも知れないと考える人種にとってはあり得る話しだ。で、その釣り糸が唐辛子だといわれたとき、陳の脳髄の毒における公理系が、飛車を斜めに動かされるような、攻めにあったというべきか。
 毒のような正確無比に扱わねばならないシロモノは、1㎎の100分の1の単位までを考えなければならない。そういう緻密な薬物を扱う者の精神、もしくはそれで殺人を常に思惟する者の脳髄に対して、意味ありげで不可解な、不条理な禅問答のような講釈をふっかける。
 ここにおいて、二十面相平吉が、昨夜、陳の家屋に浸入したのかどうか、それすらも、陳にはもう判別が不能になっている。
 唐辛子弾の煙幕が薄れて、二つの影が対峙して立っているのがみえた。
 片方の男の喉に、鋭利に折られた梅の枝が突き刺さっているのが判明するのに、さほどの時間はかからなかった。男は、声を出すことも出来ず、ただ、片方の黒ずくめの若者を睨みながら、その場に膝をついた。
 平吉は簡便な風邪用のマスクをしていた。それから水中眼鏡(ゴーグル)をかけて。
「俺の話の何処からどこまでがほんとで、ウソか、あんさん、考えなすったろ。その答えを教えてもええが、聞いても地獄の閻魔さんに申し開きの足しにはならんよ」
 陳の喉に突きたった梅の枝の、一輪の梅が、腐毒で枯れた。と同時に前のめりに陳のカラダは倒れた。
 このとき、梅の花に舞い飛んでいた蜜蜂が一匹、平吉の首筋にとまっていたのを平吉は気づかなかった。蜜蜂は、尾針で平吉の首を刺すというほどでもなく、殆ど人体には感じない程度に引っ掻くようにして、飛び去った。まだ開いていた陳の目は、それを確かめると、微かに笑ったようにみえた。

2013年7月27日 (土)

マスク・THE・忍法帳-27

「十六です」
 という声に、平吉はふっと思考を中断させると、自分が無意識のうちに、娘に年齢を訊ねていたのだと、思い当たった。
 平吉は、娘をしばらくみつめていたが、なるほど、痩身であるのは、女性としては年齢的に未発達な肉体のせいなのかも知れぬ。
 平吉は、娘の仕込みを寄越すように促した。娘は、盲目の師匠をみたが、師匠はこれに頷いた。娘は平吉に、自分の武器である仕込み杖の剣を手渡した。
 平吉は、その重さと長さを計るかのように、刀身を抜かずに、眼を閉じたままそれを手にしていたが、突然、抜いて、何かを斬った。居合がワザの二人にも、そうとだけしか思えなかった。抜いたようであったし、何か斬ったようでもあった。
 やがて、囲炉裏の鉄製の長火箸が、中程で鋭く斬られて、灰の上にポトリと落ちた。娘のほうは息を飲んだが、祖父のほうは、耳でそれを察知したらしい。その理由を訊ねようとした。その刹那、平吉は、灰の上の二つに斬れた長火箸の一方を、人差し指と中指で挟むようにすると、手首だけを使って後方に投げた。長火箸はその鋭利な斬れ先を土間の柱に突き立てて、金属の振動する音をたてた。
「何のようだ。急ぎの用事なのは血の臭いでワカルが」
 そのコトバに老剣士も仕込みを手にしたが、平吉がそれを制した。
「敵じゃ、ない。そうだな」
 平吉が、土間に向ってそういうと、土間の柱の向こうから、ようやく苦しそうな気配がして、声が聞こえた。
「戸沢機関の者だ。松代に動きアリ。幾人かの刺客らしき者、アルプスに向う。我々はこれを阻止せんとしたが、おそらく」
 と、ここで、気配の者は姿も現した。というより、ずるっと横たわったといったほうが当っている。
「アルプス。じゃあ、サナトリウムへ動いたと、そういうんだな」
「おそらく、そうだ。敵の狙いは何か、ワカラヌ」
 狙いはワカッテいる。舞だ。しかし、何故。理由がワカラナイ。
「突然の動きは、何の理由でだ」
「ワカラヌ。我々は、戸沢所長に命ぜられて、偵察をしていただけだ」
 松代の『黒菩薩』が動いた。しかも、標的は舞らしい。とりあえずは、これだけで充分とばかりに、土間の男が息絶えるより先に、二十面相の姿は消えていた。

 何故、舞が狙われているのか、目下のところ何もワカラヌ。復讐ならば標的は自分のはずである。平吉は千曲川を上流へと、渓谷からアルプスの中腹へ向って駈けていた。
 と、突然、後方の岩が二つばかり鈍い音とともに破砕された。自然現象ではナイ。それが証拠に、前方に獣のなめし皮らしいチョッキを着ただけ、ズボンといえばニッカーボッカーの、季節ハズレの薄着の男がひとり、だぶついた肉をゆらして、チョビ髭にお釜帽という、ピエロでもいま少しはマシなコスチュームを選ぶだろうと思われる出で立ちで、にやにや笑って岩に座っている
「俺の行く手を阻むということか」
 と、平吉は、その男に問うようにいった。
「ここから先には行けないよ、お前は」
 男はニヤニヤだか、ニタニタだか、痴呆のように笑っている。
「おんしが、通せんぼをするということは、まだ悪人たちは、お姫さまを拉致してはいないということだな」
 間にあった。と平吉はちょっと安堵の息をついた。敵を目の前にして、これである。
「俺の右手と左手をポンと合わせて、さて、音が出るのはどちらの手からか、ワカルか」 お釜帽は、両手を自分の胸元に差し出した。
「そんなことは、どうでもええんじゃ。舞さんを拉致しようとしている理由はナンだ」
 チョビ髭は、自分のコトバを無視されたことに、腹を立てたか、今度はさらに強い調子で同じことをいおうとした。
「俺の右手と左手を叩いて、」
「音は出ない」
 平吉は相手のコトバを遮るように即答した。
 それが、ズバリ正解であったのか、あるいは、また自分のコトバを遮られたのに、自尊心でも傷つけられたか、男のニタニタ笑いは、引き攣るような表情へと変化して、太いカラダを震わしながら立ち上がった。
「お前、殺してやる」
 男は池の鯉でも呼ぶように、両手をポンと打ったが、果たして、平吉のいったとおり、音はしなかった。ただ、男の前の空気が陽炎のようにゆらいで、それはそのまま、平吉に向って飛んできた。河面に水しぶきがあがって、その傍らの岩がビシっという音とともに割れた。さらにもう一波。それは、平吉の足下の岩を砕いた。
「衝撃波か」
 と、平吉は、独り言のように呟いた。

2013年7月18日 (木)

マスク・THE・忍法帳-18

 平吉はカラダの隅々まで、くまなく調べたが、例のシルシというのは、どうしても、み当たらなかった。いったい何が自分に付けられたのか。襲われるのは仕方がナイが、変装が出来ぬというのは致命的だ。
 そのうち、新手が現れた。
 明けて昭和28年、コザの正月のことだ。
 例によって浮かれているのは占領軍(進駐軍)だけだ。女たちはその相手をしている。終戦から返還までの道のりで、売春経験を持った沖縄の女性は、全女性の八割ともいわれる。それは、こののちのベトナム戦争に多くを因する。
 しかし、いま(平成)なお沖縄は沈黙する。沖縄は声高に基地反対を叫びもするが、多くの苦渋はその沈黙のうちにある。どこだかの坊ちゃん政治家が、マッチポンプでこづかれた慰安婦問題など、ガキのうんこちびりのようなものだ。「汝、花を武器とせよ」とは竹中労親方の名文句だ。このコトバにこめられたパラドキシーな情念をなんとする。 
 コザ十字路と俗称される花街。そこを裏手に逸れると、もう原っぱである。
 平吉は周囲をふいの霧に包まれた。自然のものではナイ。あきらかに霧状のガスが平吉の周囲を、外界から遮断している。その霧の中から、
 新手の敵は三人。武器は真っ当に日本刀だ。
 三人は、肩車で一体となった。これぞ、裏柳生流三位一体。頭上からの唐竹割り一撃、中央は突きの一撃、イチバン下は足を払う。この攻撃が同時になされる。当時、如何なる剣豪もこれを防ぎきった例なし。剣法の中において考え得る最強の戦術であった。
 しかし、如何に同時攻撃とはいえ、多少の時間的誤差は生じる。といってもコンマ数秒だから一秒に満たない。平吉はその0,5 秒の間に、足を払う剣を片足で踏み、中央の突きをかわしつつ、その襟首を掴むとこれをぐいっと引き寄せた。突きの速度に引き寄せられた力が加わる。頭上の一撃は、この中央の男の頭蓋骨にめり込んだ。
 三位一体は、一度失敗すると二度はナイ。下の男は逃げ去ったが、頭上の男の腕を後ろ手にとると、平吉は男の口に手袋を放り込んだ。舌を噛ませないためだ。
「ひとつ聞きたいことがある。俺に付けられたシルシとは何だ」
 男は微動だにしない。
「そうか、それでは喋れんか。喋らんでもいい。唇の動きだけで充分だ」
 平吉は、男の腕を掴んでいる手に力を入れる。
「可哀相だが、仕方がナイ。こうすると、筋肉は伸びる。恐ろしく痛い。むかし、ゴルゴタで磔刑にあったイエス・キリストが、十字架にはりつけられるときに、こういうことをやられたらしい」
 男から脂汗がしたたり落ちた。
 知らん、といっている。つまり、命令を受けて襲撃しただけらしい。それならそれでよし。平吉の素性を見破ることの出来る、つまりシルシを判別することの出来る能力を持った者が存在するということだ。
 平吉は、周囲に視線を走らす。誰かが何処からか、この闘いを見物しているはずだ。
 と、こちらに近づいてくる者がいる。背丈は六尺をこえている。隆々たる筋肉。上半身は裸だ。その肌の色は黒く艶ばんでいる。黒人兵なのだ。彼はテーピングをした両手を構えた。ボクシング・スタイルというやつだ。
「まだ、やるってか」
 平吉は、掴んでいた男を放り出すと、ヒザを軽く曲げ、両手を自然に前に突き出したカタチで相手の目だけを観る。重心は爪先に置かれる。戦場では武道の格闘技は役にたたない。兵士は重装備を強いられる。柔道着や空手着のようなラフな恰好ではナイのだ。
 しかし、いまは徒手空拳。平吉のとったファイティングポーズは、傭兵の基本とされている。
 黒人兵が接近してくる。平吉が素手でやる気をみせたからだ。
 ジャブが飛んでくる。平吉はすっと沈むように身を縮めると、相手の足を両手で取り押さえるた。それからそのまま金的に肘撃ちをくらわした。ウオっと黒人兵のカラダが前に屈む。平吉は素早く道端の瓦礫を拾うと、相手のコメカミに横殴りを一発入れた。鈍い音がした。次の瞬間には、黒人兵は地べたに突っ伏していた。戦時の闘いは格闘技ではナイのだ。およそ格闘技のルールでは反則とされることの応酬となる。使えるものは何でも使う。黒人兵のボクシングは平吉のカラダをかすめることもなく、終わった。
「つまらん遊びはやめにせんか。そっちの戦力が少のうなっていくだけだぞ。ケリをつけるのなら、早いほうがええんやないかの」
 何処へということはなく、平吉はそう叫んだ。
 霧の中から、というよりも、その霧を左右に分けるようにして、礼服を着込んだ老人がひとり、ステッキをついて現れた。老人はうんと小柄であったが、矍鑠として眼光鋭く、平吉からの距離は約六間。殺気はナイ。
「わしは、この沖縄で『弥勒教団』の顧問をしておる者だ。貴君は我が組織の調査によると二十面相という泥棒だそうな。本土鎌倉江ノ島での活躍は聞いている。我々としては、貴君が沖縄まで足を運んだのは、教団を壊滅せんとする行為であると了解しておる。それが何の理由でかまではわからぬ。いま、私にいえることは次の一言のみだ。・・・和解というワケにはいかぬのか」
 平吉は我が耳を疑った。

2013年7月 8日 (月)

マスク・THE・忍法帳-8

「話は聞かせてもらった。なるほど、それがお宝か。ほんとうなら、それを手に入れるだけで良かったんだが、長屋の者の恨みもはらさにゃいけんのでの」
「きさまは、」
瞠目というのは、ちょいと違うが、似たような心情に違いない。弥勒の仮面が小刻みに震えている。
「お待ちかね、怪人二十面相さ」
と、いうなり、平吉は、机の上の三つの宝をかっさらい、さらに、仮面の教祖に向けてヒュンッ、何やら投げたものがある。
それは、仮面の教祖の肘に巻きついた。というか、弥勒の仮面がとっさにかばった腕にとりついたといっていい。
たしか、それはそう、さきほどの殺し屋が武器として使ったあのラバーの一片の切れ端である。
「こ、これは」
と、教祖さまは片手でそのラバーを引きちぎろうとするが、
「それは、一度食い込むと締めつけて、肉を破り、骨を砕く。ふふふっ、ゴム使いのおっさんがいうておったよ」
「な、ナニ」
瞬間、バキッという音をたてて、弥勒の仮面の肘の骨が粉砕された。
「いやあ、恐ろしい武器だな」
平吉は、平気な顔で笑っているが、腕を折られた教祖は、その場にうずくまった。気絶したらしい。
「じゃあ、このお宝は頂戴しておく」
大胆不敵、あの二人の殺人鬼に気づかれることもなく、教団地下の『黒菩薩』中枢に忍び込み、まんまと、宝を手にしているのは、平吉二十面相なのである。しかも、教祖には仕置きを施しての挨拶だ。

「捜さんでもええよ」
と、そんな声がしたのは、教団の地下の拝殿。おそらくは何らかの秘密めいた儀式が執り行われる場所だろう、弥勒菩薩の彫像を中心に、百人ばかり収容出来る広さがある。
振り向いたのは、あの野太い声の男。
そうして、声の主は、
「誰だ」
という、野太い声の男に答えるまでもなく、平吉二十面相である。
「お訊ねの、ひと呼んで、怪人二十面相」
ひるむことなく、野太い声の男は、口元に薄笑いを浮かべた。
「ほう、そっちから現われたか」
「現われたかも、クソもない。こうして、わざわざ、おんしらのアジトに出向いてきとるんじゃからな」
「ふてぶてしいヤツよな」
野太い声の男は、左拳(ひだりこぶし)を下段に、右拳を頭上に構える。
「わしは、小細工の武器など殺しには使わん。中国八極拳、沖縄空手、日本拳法、これらを取り入れたのが、わしの殺人拳法、牙竜真拳だ」
「ガリュウシンケン。教養がナイのでどういう字を書くのかしらんが、すると、あんたのことはケンポウさんと呼んでいいんかの」
「しゃらくさい。どうとでも、かってに呼べ」
「まあ、いわゆる素手で殴って人殺しをなさるというんじゃな」
平吉二十面相は右手を拝むように前方に差し出し、左手は腰の裏側にまわして直立不動の姿勢で立った。
「その構えは、中国の清王朝にあったという流派のひとつ、古山八卦掌の構えだな。お主は拳法もやるのか」
と、ケンポウの声は、拝殿にこだまする。
「友達に、中国人の大人(たいじん)がいてな、ちょっと教わったんじゃ」
「手合わせしたことはナイが、いい機会だ。俄仕込みの拳法が、わしに通ずるかどうか、とくと味わってみるがいい」
男の拳の上下が入れ替わる。
それから、それは弧を描いていく。
「あのな、おっさん。勝負は一撃でつく。恨むなよ」
いったのはもちろん平吉だ。今度はケンポウさんではなくおっさんだ。こういう時の平吉はほんとうは、フザケテいるのではなく、心底怒っているのだ。
「なかなかいうな、小僧。よし、一撃でケリをつけてやる」
男の足が、大理石の床を蹴って、ふっと、その身体が飛んだ。
と、その瞬間、平吉の腰の後ろの左手が前に出る。
ズバーンッという檄音と、火花がして、平吉の左手から硝煙が立ちのぼる。
その手に握られているのはデリンジャー。小型拳銃だ。
弾は、男の額に命中して、はたして、男の拳法が如何なるものか、わからぬままに、男は床に叩きつけられるように落ちた。
確かに、勝負は一撃で決まったのである。
「卑怯だと思うか、おっさん。しかしのう、殺し合いには、卑怯もへったくれもありゃしねえのよ。戦争で、俺が勉強したのは、そのことだけじゃな」
男の額から血が流れて、大理石の床を染めた。
もはや、男に息はナイ。たぶん、何で自分が死んだのかもワカラヌままに、死んだのであろう。男の眼は、疑問とも懐疑とも、驚愕ともつかぬ様相で開かれたままだ。
平吉は、デリンジャーをポケットにしまうと、いまの発砲音で駆けつけた、最後のひとりの顔を睨むようにみた。

2013年7月 1日 (月)

~怪人二十面相・伝・外伝~・マスク・THE・忍法帳-1

一 ・登場二十面相

昭和・・・二十七年、冬、東京。
敗戦から数えて七年の年月は、奇蹟とも思える復興を、瓦礫と灰塵の日本にもたらそうとしていた。
戦後のすさんだ面持ちと、朽ち果てた身体(からだ)が、それでもなおかつ捲土重来(けんどちょうらい)の日のくることを信じて焦土に立ち上がった結果である。
ご存知二十面相もまた然り。
母親のサヨと初代二十面相の丈吉を羽田で見送ってから、遠藤平吉二十面相の活躍が始まるが、ここに語るエピソードは、知られざる二十面相の裏の闘争、いわば外伝にあたる。

東京銀座。
この街も空襲にあったが、戦時においても、つっかけサンダルのお姉さんが往来を闊歩する姿はしょっちゅうみられたし、腐っても鯛、焼けても銀座という心意気は、街の空気の中に溢れていた。
その何丁目かは明かせないが、華やかな表通りとは隔たった小さなショット・バーが軒をならべる狭い路筋に、黒いシルクハットに白抜きで『リュパン』とかかれた店があった。いまでいえばスナックだが、ボックスはなく、カウンターのみのスタンド・バーである。この『リュパン』にその日の夕刻、夕陽の霞に影をまとって、飄々、あるいは颯爽と、トンビ姿のひとりの若い男が訪れた。
男はカウンターのいちばん奥の席に座ると右足を高くあげて踵を椅子の上に降ろし、
「バーボン」
と注文した。
カウンターの中にはバーテンダーがひとり。
「バーボンは何にいたしましょう」と訊く。
男は「ジャックダニエル」と答える。
バーテンダーはショット・グラスに琥珀色のウィスキーを注ぐと、コップにチェイサーの水を差し出しながら、ニタリと小さく笑って、
「ジャックダニエルはバーボンではございません。バーボンはケンタッキー・ウィスキーのことでございます。ダニエルはテネシー産です。もっとも原料も製法も同じですが。・・・そちらでお待ちです」
と、バーテンダーらしい蘊蓄のアトに妙なことをいった。
男はショット・グラスをくいっと一口で空にすると、そのまま席を立って「事務室」と書かれたさらに奥の部屋の扉の中へと消えた。
およそ広さは二畳ばかり。つまり、一坪。天井から壁、床まで真っ黒に塗られたその部屋はとても事務室などではない。その中央に美術品のような瀟洒な椅子がひとつ。
男はそこに腰をおろした。
と、どこかに拡声器でもついているのだろうか、女の声がする。声の音色や質から判断するにまだ若い女だ。
「お待ちしておりました」
遠慮がちな沈黙がしばしの時間を占有して、
「あなた様をどうお呼びすればいいのでしょうか」
と、女は問う。
男は口辺に愛嬌のある笑みを浮かべると、
「怪人二十面相。というのはちと、派手はでしいな。マスクとでも呼んでもらおうか」
と、そういった。
「マスク様」と女はいう。
「様は、要らない」
と、男は答える。
「マスク。では、そう呼ばせていただきます。まず、このようなところにお呼びした非礼をお謝りいたします。ゆえあって姿をみせることの出来ぬ失礼も、同じく、お謝り申し上げておきます」
「いいさ、渡世だからな、俺も同じようなもんさ」
「では、さっそく、依頼の件のお話をしてよろしいでしょうか」
「いいよ。そっちのペースでやってくれ」
数秒、また沈黙があった。これは女が躊躇っているワケではない。おそらくは自身の決意の確認をしているのに違いない。
「私の父は世間でいう大富豪でありました。戦争が終わるまでですが。戦時政府が国民に貴金属の類を国に差し出すようにと命令を下した時、半端な宝飾類は差し出しましたが、ほんとうに秘宝といえるものは、秘密につくられた父の書斎の隠し金庫にしまわれておりました。ところが、敗戦のどさくさに、どこからその情報が漏れたのか、兵隊たちが不法に侵入して、その宝物を全て持ち去ってしまったのです。父はそれが原因で失意のうちに自殺いたしました。秘宝はどこかの軍属の手に渡って、あるいはその者の所有となり、あるいは転売されたようなのです。私の依頼とは、この父の形見ともいえる秘宝を取り戻していただきたいのです」
ほとんど一気にいうと、小さな溜め息が聞こえた。
「そうか、そりゃあ、軍のすることはムチャだからの。で、俺はどんな報酬がいただけるんだ」
「取り戻していただいた秘宝を差し上げます」
二十面相、平吉の眼がわずかだが驚きの様相をみせる。
「俺がもらっていいってか」
「マスク、あなたはご自分専用の美術館を所有してらっしゃるとか。そこに父の秘宝を飾っていただければ、それで私は満足です。何処の誰とも知れぬ卑劣な族の手にあるよりはそのほうが父の魂も浮かばれます」
「極めていい条件だな」
「それ以上のものは差し上げられませぬゆえ」
「取り戻したら、ここに持参すればいいんだな」
「真贋を確かめた後に、お譲りいたします」
女の声はかすかに震えているようであったが、その声からコトバの内容に詐称があるという気配はない。
「いったい幾つ集めればいいんだ」
平吉が訊ねた。当然の質問である。
「秘宝一つです」
「一つ、たったそれだけか」
「そうです」
やや拍子抜けはしたけれど、単純にみえる仕事ほど難渋なこともある。
「アト、ひとつ二つ訊ねたいことがある」
平吉は腕を組んだ。
「何なりと。疑いあるは、こちらも不安ですゆえ」
「この仕事を俺に依頼した理由は」
「我が秘宝剥奪における、これらの奪還は二十面相と名乗る者に依頼すべし。父の遺言状にそう、記されてありました」
「酔狂な親父さんだな。泥棒にそんなことを依頼するとはな」
「おそらく、そういわれると思っておりました。遺言状には続きがございます。もし、二十面相に躊躇あらば、この名を出せ。-南部は、我が畏友なり-」
「えっ、南部。そりゃあ、丈吉先生のサーカス時代の友人じゃが、ほう、そういう因縁かい。たまげたな」
平吉にも懐かしいひとの名であった。
「で、その秘宝とは」
カサカサと紙切れの擦れる音がわずかに聞こえた。常人には聞こえなかったかも知れないが、平吉二十面相の耳はその音を聞いた。
と、何処からか、三つ折りにした上質の紙が一枚、平吉の前にあった。平吉はすぐにこれを拾って書かれていることを読んだ。
「『エデンの果実』、『ソロモンの魔笛』、『メビウスの懐剣』・・・えらくそれらしいが、とはいえ、聞いたこともみたこともない。それにこれでは三つだ。さっきはたった一つと聞いたが」
「私も、それがどのようなものであるのかは、まったく存じあげません。また、秘宝はそのうちの一つだけです。アトはまやかし、ニセモノです」
「やっかいな注文だな。では、如何にして真贋を」
「ほんものには父の刻印がうってあります」
「なるほど、その刻印が穿ったシルシに刻印をはめ込んで、合致すればいいという、まあそういうことだな」
と、平吉の差し出した手のひらに、金印がポトンと降ってきた。
「残念ながら、私にも美術品を鑑定する眼力はありません。その金印が頼りです」
「雲をつかむような話だな」
平吉は、金印をみつめながら、険しい顔をしてみせる。
「難しゅうございますか」
「いいや、俺は雲をつかむのが好きで泥棒稼業をしてるんだ。難しいことはナイ。まあ、のんびりと捜してみるか」
今度は、微笑んでみせたが、
女の声がくぐもった。
「猶予があまりありません」
「猶予がナイとは、税金の取り立てみたいだの」
「私は胸の病に侵されております。医師の見立てでは、来年の夏の海がみられるかどうかということです」
平吉、フッと小さいが息を吐いた。
「お嬢さん、いや声から判断して、まだ若い女性だと思うので、そう呼ばせてもらうが、久しぶりに身震いしたよ。武者震いというヤツだの。面白い。養生しや。お宝は入道雲が空に出るまでには、ここに持ってくる」
「お願いいたします」
それっきり、何も聞こえてこぬ部屋で、平吉、数分考え込んでいたが、何を考えていたのかは誰にもわからぬ。ただ、その瞳に燃えるような輝きがみてとれた。