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カテゴリー「かそけし戯言」の記事

2013年6月27日 (木)

なにヤツ

オレはもうすぐ六十一の誕生日を迎えるが、ほんとうは生後一週間で、腸ジュウセキになってしまって、医者から、残念ながらといわれ、両親もオレの命諦めて、ともかく死んだらしい。ところが次の日にすっかり良くなってしまって、これは奇蹟やと医者も驚きだったんだけど、たぶん、死んだことは死んだらしい。ところが、オレは今なお存在している。いま生きているのは、おそらく違うオレなのだろう。何かが、今のオレなのだろう。で、今のオレはなにヤツなのか、オレにもワカラナイ。

2012年8月19日 (日)

初期設定の混沌(chaos)⑤

話を弁証法にもどしてみる。いったい弁証法においての、初期設定はどう決めるのだろうか。つまり、どこを「はじまり」とするのだろうかだ。ヘーゲルが「絶対精神」を究極点に掲げたように、マルクスも「革命の成就」を究極点に挙げざるを得なかった。では、その出発点(初期設定)は何処に在る。カール・ポパーの(私からみれば)怪しげな科学、「反証法」など持ち出さなくとも、いわゆる通俗的な「歴史主義」には疑問符を投げかけることは可能だ。例えば、囲碁における3~5手あたりは布石と称される。日常のコトバにも出てくる「~~が布石となった」というあれだ。この布石は棋士においてはおおまかな一局の作戦の初期設定に該る。しかし、勝負は相手が在る。つまり、外から加わる力が予め存在するのだ。そこで、棋士は途中から、作戦の変更を余儀なくされる場合が多い。ともかく半目(一目の半分、勝ち負けを決めるために設けられたもの)でも勝ちは勝ちだからだ。勝負は、たったの一手で決まることもある。このとき、初期設定(布石)はすでに否定されているか、変更されている。ここで、唐突だが、加藤陽子さんの『それでも日本人は「戦争」を選んだ」(朝日出版社)から一節。「一つの事件は全く関係のないように見える他の事件に影響を与え、教訓をもたらすものなのです」。これは、なぜロシア国民がレーニンの後継者として、有能なトロツキーではなく無能なスターリンを選んだのかという部分に記されているコトバだ。スターリンは、まるで戦争の犠牲者の数なみの多い程の粛清者を出している。ポパーの親類縁者も犠牲者だというから、ポパーが通俗「歴史主義」を呪詛して、弁証法にantiの立場をとるのも無理はナイ。しかし、これは、レーニンにおける初期設定のスターリンの変換ではなかったか。ここで、さらに初期設定を変更して、仮にスターリンが、あるいは、あのアウシュビッツの惨殺を歴史に残したナチス・ヒトラーの過去が変わるとしても、時間の矢は正しく平穏な未来を約束するかといえば、けしてそうではナイ。私は初期設定の変更はたやすく出来ると説いたが、それは単にそれだけの話でしかないことはいうまでもナイ。
この初期設定の変更について、私にそれを書かせた動機は二つある。一つは、戯曲を書くということにおいて、「出発、書き始め(つまり初期設定)は、さほど悩むことではナイ」ということを、私塾の、上級クラスで講義する準備のためだ。もう一つは、まったくプライベートなことで、これは単体ではナイ。「あのとき、もし」という苦悩と、「なぜ、あのひとはいま」という難問と、ある不可避の事態に対して、どうしても、「関係の偶然性」という概念を持ち込みたかったのだ。「関係の絶対性」と「成り行きの不可避性」を一緒にしてしまえば、「関係の偶然性」になる。これはある種のオッカムの剃刀だ。私のプライベートなことは、感情や感傷でどうなるものではナイ。もし、思想が私に少しでも在るのなら、それによって乗りこえていかねばならない刑罰でしかナイ。この刑罰に減刑はナイが、他の誰のものでもナイ、私だけのものだという「引き受ける」自負と反抗と意地だけがある。たとえ私個人の固有の争闘だとしても、その闘いがコヒーレントなものとなり、この特殊性から普遍的な、あらたな初期設定が生まれることをせつに願う。ひとは秩序を求めて、混沌に陥る。しかし、ほんとうに求めているのは秩序(cosmos)なのだ。

2012年8月18日 (土)

初期設定の混沌(chaos)④

パソコンの初期設定とは、ディスクの初期化(フォーマット)をいっているのではナイ。いわば、デバイス(コンピュータ内部の装置や周辺機器などの意味。あるいはCPUやメモリ、ハードディスク、などコンピュータを構成する各装置や、キーボードやマウス、プリンタ、ディスプレイなどの周辺機器)の変更をいう。デバイスを動作させるには制御するソフトウェアが必要であり、これをデバイスドライバというのだが、これがOS(オペレーティング・システム)といわれるものだ。このOSはパソコンのメーカーによって違う。だから、つまりはパソコンそのものといってイイ。さて、デバイスが変わったので、そのパソコンは当然、初期設定が変わり、フォルダー、ファイルなどのソフトをインストールする際に変化が起こる。たとえば、ワープロ様式の変化なら、書いていた文字の構成が変わるということにもなる。OASYSがワードになるようなものだ。たとえワードにならなくとも、オアシスは、機能的、あるいは動作環境に変化を生じる。これは私が経験して知っていることだ。
初期設定が変わる、ということは、それほどおどろくべきことではナイ。なぜなら、初期設定というのは、さほど堅牢強固なものではナイからだ。ひとの気持ち(ココロ)なんて5分で変わる、いわんやパソコンをや。考えてもみたまえ、この宇宙の初期設定は、デタラメだった。整然としていたワケではナイ。粒子と反粒子の数が、幾らか違っていただけで、粒子が残っただけだし、ヒッグス粒子とやらが、その粒子に重さを与えたということだが、じゃあ、これを創造主の初期設定だと称するには、その動きがすべて「偶然」「デタラメ」な作用を持つこと、いったい創造主はなんの理由で、そんなことをしたというのだろうか。おまけに、どんな初期設定があっても、量子力学と、散逸構造による「ゆらぎ」のエネルギーは、初期設定の力学ををいくらでも変更するに充分なことがワカッテいる。なぜなら、宇宙的自然において、初期設定(初期条件)というのは、ほんの瞬間の出来事でしかナイからだ。ニュートン力学の運動量保存則は、「外から力が加えられない限り、複数の物体の間で力を及ぼしあっても、運動量の総和は変わらない」だが、外から力が働くと、運動量は増減する。その運動量のベクトルに値するというワケだ。だから、極端にいえば、初期設定というものは、あれよあれよという間に、次々と飛躍して変わってしまうものなのだ。
量子力学や散逸構造のようなものが、如何にしてひとという自然に関係するのか。それは直截にではナイにせよ。類似というカタチで多くをみつけることが出来る。量子力学とニュートン力学に線引きをしなくとも、どちらも同様に、ひとの自然の営為と類似(関係)させられる。つまり、ひととひとの関係というのは、「偶然性」が支配しているといってもイイ。これをして「関係の偶然性」といってもイイように思う。ひとはそれぞれ、エピクロスの唱えた粒子のような傾斜をもって、存在している。どこで、どの粒子がぶつかる(波動が干渉する)かは、偶然でしかナイ。予想だにしないこと、だ。だから、「運命の出逢い」なんてのがあるのだ。たしかに、関係というものを拡張して関数と考えれば、一方の値が決まれば、もう一方の値が決まるという「関係の絶対性」のスキーム(枠組み)に入ることにはマチガイはナイ。しかし、その一方の値が偶然にしか生じないとすれば、もう一方の値も偶然にしか決まらない。これは、量子一個の位置と運動量を測定する場合の、その経路を確率で求める密度行列における、量子の時間的な推移による動きと同じことになる。さらにいうならば、量子は一個ずつ動いて変容するのではなく、「集団」で動くことが確かめられている。つまり雲状のものが移動する、というものを想像してもらえばイイ。
なんらかの力が影響すると、初期設定はいとも簡単に変換され、その変換された初期設定に基づいて、今度は動きが始まるから、ひととひとの関係において、そういうことが生じた場合、あたかも、相手が「豹変」したかにみえる。突然の「飛躍」、「過去-現在」における挙動の変身があるとすれば、これは、「自然の本質」だと識知、というより、覚悟しておいたほうがイイようだ。

初期設定の混沌(chaos)③

前者の思考実験を考える。現状のままでは単なる矛盾にしか過ぎない。こういう場合、コンピュータは「初期設定」の変更を行うだけだと思える。たとえば「技術的に不可能なcommandには従わなくてよい」だ。それで事は終わる。次ぎの神様の岩石も、このままでは単なる矛盾なので、論理的解決をはかるなら、神は全知全能なのだから「持ち上げられない岩石」があってもヨイ、とする答えだ。つまり「出来ない」ということも「出来なければ」完全無欠ではナイという、ある種の詭弁だ。
ところで、後者の場合、弦之介は敵対する相手の術の全てをそのまま相手に返すのだから、当然、朧の敵対する相手の術の無化する術も、朧に打ち返す。しかし、朧の忍法は相手の術を無化するのだから、弦之介の術は無化される。そうなると、両者の忍法は相殺されてしまうことになる。つまり、二人は「みつめあったまま」になる。恋仲なんだから、ロマンチックでいいんじゃないだろうか。いいよねえ。
ある初期設定(初期条件)があって、未来はそのときに決定されている。という考えは、量子力学と、散逸構造という化学の理論によって、覆された。端的にいってしまえばこういうことになる。「初期設定は、時間が進んでいく途上でも変えられる」。これが、いわゆる「むかしのことは水に流す」ということだ。卑近な例を挙げたほうがワカリヤスイ。彼、あるいは、彼女の気持ちが変化した。つまり「心変わり」というものだ。彼、あるいは彼女には、その理由がさっぱりワカラナイ。当人にもワカラナイかも知れない。理由を訊くと「なんか、冷めちゃった」てなことをいう。当人どうしは、最初出逢ったときから恋が初まった。これを恋愛の初期設定だとする。ふつうならば、その途上において、相手の欠点がワカッテ、嫌いになった、好きでなくなった、性格の不一致となった、てなことになるのだろうが、恋という自然の営みを「連続」して、この時空にあると考えるから、そういう結論に至ることとなる。実は、自然というものの本質は「不連続」なのだ。不連続とはどういうことかというと、ぴょんと飛んでしまうのだ。このことは、原子核の電子の動きがそうであることで、物理学的(量子力学的)に確認された。陽子と中性子の周囲を、電子は周回軌道を描いて回っているのではナイ。ある場所から、別の場所へ、不連続的に、飛ぶのだ。したがって、現在の原子核模型は、周囲に電子が雲状に描かれている。で、どこからどこへ飛ぶかは、ワカラナイ。それは、偶然にここからあそこ、でしかナイ。実験測定をすると、密度行列を用いて、確率的にはワカル。あくまで確率として。
これを「散逸構造」という化学からみてみる。「ゆらぎ」、つまり量子の不確定な動きは、宇宙のそこいら中に(散逸)存在する。この「ゆらぎ(エピクロスのいった傾斜)」が、べつの量子と、ぶつかる(というよりも、量子は波だから、干渉して打ち消されるか、増幅する)。増幅された場合、量子の波動は、近隣の量子に影響を与えて、波動は変容していく。このコヒーレンスが初期設定に影響する。これを、パソコンで例えてみよう。

初期設定の混沌(chaos)②

しかし、この決定論を変えた発見と研究は、量子力学と、それを応用したITという最先端テクノロジーと、イアン・ブリゴジンたちの化学「散逸構造論」だった。初期設定における決定論を変えるというのは、未来を変えるというだけではナイ。過去も変えてしまう。つまり、「現在」というベクトルは、未来と過去の双方向に向けて存在するということになる。もちろん、哲学もそのことには気づいていた。アリストテレス哲学に引導を渡すためにだ。そういう哲学が端緒にみられるのは、キェルケゴールやハイデガーの実存主義哲学なのだが、ここでは、哲学もまたようやくにして、数千年の栄華を誇ったアリストテレスを打倒するに至ったワケだ。ハイデガーの未完の大著、「存在と時間」がなぜ「存在」と「時間」なのか。物理学においては「時間の矢」というコトバのあるように、時間は未来に向けてしか進まない。が、しかし、これは私の突飛な思考でしかナイのだが、その時間の矢が飛んでいる空間が、時間の矢よりも速く、時間の矢の方向に移動(動いたら)したら、どうなるだろう。時間の矢は、その空間の過去を飛んでいることになる。まあ、これはこれで、妄想と思っていただければイイ。
木田元さんのエスコートで、元さんのハイデガー講座を読みながら、難しいことは一知半解としても、ハイデガーが拘っているものは何なのか、私に誤読出来たのは、人間の存在が所有する「時間」と自然の「時間」は違うという、論理だった。ハイデガーの実存主義の key word のようになっている「頽落」などという倫理は、私にとってはどうでもイイものだ。むしろ、あの観点は通俗だとさへ感じている。私はともかくも、ハイデガーが、「人間とは変わることの出来る存在だ」と主張していることに興味を持つ。その根拠になる、その原点、起爆剤になるのが「反復」という概念だ。このあたりは、このブログでも何度も書いたので端折ってしまうが、たとえば私たちは日常でも、過去というものが変えられるということをコトバの上でだけなら知っている。「むかしのことは、水に流そう」「過去なんか忘れてしまえばいいんだよ」「過去は書き換えることが出来る」「he is not he was.(彼はむかしの彼ならず)」「あなたの過去など知りたくないわ、すんでしまったことなど、どうでもいいじゃないの」。あるいは、刑法の制度における実刑の懲罰にある懲役刑は、オツトメをすましたら、その人間の罪は消えることになっている。現実は前科がつくから、それほど甘くはナイだろうが、いわゆるこれを「彼(受刑者)は更生した。立ち直った」というふうに考える。つまり、過去が消えるのだ。「現在」が変わったということは、過去もまた帳消しになったということだ。「現在」によって過去を変えてしまったということになる。(半畳入るわな。だから、現実は前科もんになって、そうはうまくいきませんヨっていってるだろうが。あたしゃ、理屈、論理をいってるのよ)
ところが、前述したように、昨今の理論物理学(あるいは化学)、量子力学からIT電子産業においては、この初期設定(つまり過去の出発点ですな)が変えられることが立証されるようになった。
たとえば、オモシロイ思考実験をしてみよう。壊れることが絶対にない、完全に正確なコンピュータの演算によって、A地点から同距離にある対象物BとCを設置する。そこで、そのコンピュータに、A地点から、どちらか近いほうの対象物を破壊するか、それが不可能であれば自らのCPUを破壊するようにcommandする。これは、まず「神」に如何なることがあっても持ち上げられない岩石を造らせて、「神」にそれを持ち上げてもらおう、という試みと同じことだ。さて、この結果はどうなるだろう。もう一つオモシロイことを考えたので、思考実験してみる。山田風太郎の『甲賀忍法帳』では、甲賀弾正の孫弦之介と伊賀組の頭目お幻の孫娘朧は、敵対するが恋仲だ。で、弦之介の忍法は、その眼力で、相手の忍法をことごとく相手にはね返すことが出来る。朧の忍法は、その眼力で、相手の忍法を完璧に無力化することが出来る。この二人が、対決して、自分の忍法を用いた場合、どういう結果になるのだろうか。

初期設定の混沌(chaos)①

理論物理学における、さまざまな命名の中でも有名な「ラプラスの悪魔」は、何処か弁証法に似ている。どちらも初期設定(初期条件)が必要になるところがだ。そこんとこから考えると、この理論物理学と哲学は似ていても不思議ではナイ。この宇宙が、機械論的に(ニュートン力学的に)動いて生成していくものだとすれば、初期設定を済ませてしまえば、未来は自然に決定する。というのが、ラプラスのいいぶんだ。つまり、「ラプラスの悪魔」はニュートン力学とアリストテレス哲学の産んだ決定論ということになる。アリストテレス哲学に準じていえば、宇宙を造るには宇宙を造るのに適したものが在りさえすればイイ。ニュートンは運動力学の天才だったが、哲学的にはアリストテレスを融合、というか支柱にしているスコラ哲学(キリスト教神学)から一歩も進んでいない。つまり、如何にして物は動くかを、彼はもののみごとに解いてみせたが、では何故、その物がそこにそんなふうに在ったのかに関しては、未知のまま、というよりも、アリストテレス哲学を擁するスコラ哲学から解き放たれることはなかった。これは、ニーチェ哲学の思想、永劫回帰にも少なからず影響を与えている。ニーチェの永劫回帰説は、同じ宇宙の物質運動の繰り返しに依っている。同じ物が、同じ空間にあって運動と作用を繰り返しているなら、時間さへ永劫に与えれば、何度でも「自分は回帰する」というものだ。これもまた、アリストテレスの鎖を引きずっている。ギリシャ哲学において、プラトン以前のひと、デモクリトスは、初めて物質が原子で構成されていることを説き、その粒子は、上下に直行して落ちていくとした。なぜなら、デモクリトスは「偶然の所産」というものを、いっさい認めなかったからだ。直行しなければ、「いつかどこかで(つまり偶然に)粒子は触れ合ってしまう」。これに対してエピクロスはデモクリトスに影響されながらも、落ちていく粒子が傾斜していることを述べた(粒子は波動でもあるのだが、ここでは、当時の考えのまま粒子としておく)。つまり「偶然」の導入だ。粒子が何処かでぶつかるかも知れないということだ。当然、そのために異端とされた。スコラ哲学(キリスト教神学)は粒子の傾斜など認めなかったからだ。しかし、マルクスは、卒業論文で、エピクロスのほうを正しいと選択した。粒子のぶつかり合いによる新しい発展をみたのだ。マルクスの自然弁証法の誕生はここにある。しかし、ヘーゲル弁証法に対しての自然物質の哲学を弁証法として展開はしたが、マルクスは、あくまで粒子の傾斜による「発展」を重視したのであって、「偶然」を注視したワケではナイ。いま、このエピクロスの粒子の傾斜は量子力学においては「量子のゆらぎ」として扱う。また、その影響をコヒーレンス(自己組織化)という。コヒーレントとの違いは、elegance(名詞)とelegant(形容動詞)と同じだと思っておけばイイ。ヘーゲルとカントという二大ドイツ観念論の相違は、カントが対象と主体から対象の概念(category)を求めたのに対して、ヘーゲルは、対象を捉えている主体を対象としたところから始めた。つまり、カントにおける、ついに主体の掴みきれない問題のシロモノ「物自体」という難物にそれなりの解答を提出したのだ。ここに、ヘーゲル弁証法独特の「運動」という概念が在る。ところで、最初に指摘したように、この「運動」は、「ラプラスの悪魔」と同じで、決定論的だ。正-反→合(正)-反→合(正)は、未来に対して寸分の狂いもなく動かなくてはならない。寸分の狂いも、初期設定(初期条件)に予め想定されたものだ。この考え方はデモクリトスの原子論にも似ている。「偶然」が入り込めないからだ。かくしてヘーゲルのそれは「絶対精神」という未来に到達する。これは、無限に到達するのと同じだが、無限には到達するワケがナイので、ニュートンの「極限」という理念と同等だと考えてイイ。無限にはいきつかないが、その方法はワカッテいるというあれだ。何れにせよ、ヘーゲルの弁証法は決定論のスキーム(枠組み)にある。

2010年7月29日 (木)

犬はふくろうのよう鳴かない

取り急ぎ、一曲、戯曲を書き下ろさねばならないので、そのあいまに、balanceをとるためにこういうつまらぬことも書くのだが、というのも、囲碁棋士は脳を休めるために将棋を指したり、逆に将棋棋士が囲碁をやったり、両者が集まれば麻雀をしたりするのと、よく似ていることをしているのだが、永井均によると哲学などはもう終わってしまっていて、従来の哲学をすることなどは、ほんとうの哲学ではなく、ヘーゲルやカントなどはどうでもいいのであって、子供が素朴に疑問符を持つ「思考」こそが[哲学]であると(『〈子ども〉のための哲学』・講談社現代新書)にあるのだけれど、一応、彼の記した『ウィトゲンシュタイン入門』(ちくま新書)は、これを読むだけで、たしかにウィトゲンシュタインについてはあらかたワカルので、重宝させてもらっているので、ヒマがあれば、この新書の批判なんぞをしていればいい。前回も書いたが、ウィトゲンシュタインという哲学者は、問題意識はよかったんだと思う。それはつまり、哲学の問題を言語によって考えようとする姿勢だ。ただ、このとき、独我論が矛盾した論理だと私たちが指摘するのは、言語によって「世界」をとらえようとする限り、どうしても、最初に「言語」という縛りがあって、それはどこまでいっても「独我」にはならないということだ。そこで後期ウィトゲンシュタインは「言語ゲーム」という世界観を持ち出す。永井によると、これは単純なゲームではなく、規則(rule)と実践(play)が逆転しているのだ。つまり、先に実践アリというワケだ。これについては、そんなものはどっちでもいいことだ、に尽きるので言及のしようがナイのだが、いくら言語を発しても、ついには、自分の言語は相手には理解されない、というテーゼは、別にまわりくどく、声を大にしていうほどのものではナイ。表現というものは、常にそこから始まるからだ。ウィトゲンシュタインは、言語学による哲学を、個人史から共同体へと着地させているように思える。主体というものが、消失していくのはそのためだ。さて、もうこの辺にしとく。昼間の雨で湿度が高くなってきた。シャワーでもして、スッキリしよう。

オカシイな、くらいには思える

岩井克人の『貨幣論』を読んだとき、「違うんじゃナイかな」くらいには思えたのだ。もう少し具体的にいうと、このひとは、[価値形態]について間違っているのじゃナイのかな、と、その程度だ。そこで、確認するかのように『資本論』の「貨幣」を読む。(実は、『資本論』はここしか読んでません)で、「相対的価値形態」と「等価形態」で、「貨幣」が商品としての[形態]であることを納得して、まあ、やっぱり違うんだろうと、思っただけ。ただし、「労働力」と「労働価値」という概念から、「演技力」というものが導き出せたのは、儲けたな、と。私ゃ経済学者でもナンでもありゃしませんから、それくらいでええやろ。・・・同様に、ウィトゲンシュタインを読んだときも、ある異和感があって、いってしまえば、このひとは、出だしで躓いたんじゃナイだろうか、という感触だ。「語り得ぬものには沈黙を」というのは『論考』の有名な一行だが、これと、彼の大きな命題である「哲学は言語の問題だ(あらゆる哲学は『言語批判』である)」というときの、言語の掴み方が、私たちとは違うんじゃナイかな、と、それくらいは思えたのだ。で、後期の『言語ゲーム』で、それは露呈していくように思えた。ウィトゲンシュタインは言語の意味について、「言語の意味とは言語ゲームにおけるその使用である」という命題を提出し、あるところでは、「文に意味を与えるのはわれわれの思念ではないのか」といってみたり、「文の意味とは文の中に吹き込まれた精神ではなく、意味の説明が求められたときの答え」といってみたり、その根底には、いつも[独我論]がひそんでいる。この独我論というのは、基本的に矛盾している論理だというのが、おそらく私たちの見解で、私たちの考えでは[独我]で論するということは不可能である。むしろ、そうであったほうが楽なのであるが、すでにソシュールにおいてさへ、コトバというものは、個人のものではナイことが論及されている。そうすると、ウィトゲンシュタインの言語(コトバ)も、当然、共通の概念や規範からの洗礼を受けねばならず、さて、そこで考え出されたのが、あるルールに従ったゲームとしての言語の展開だった、と考えられる。それが言語ゲームなのだが、このゲームは、残念ながら、私の所轄である演劇においては、なんの役にも立たない(もちろん、そうだからこそ、ウィトゲンシュタイン言語学に、眉をひそめたのだけども)。私の能力では、ただ、「役にたたない」とだけしか、いえないのだが、簡単にいうと、たとえば演者が「富士山」というとき、その台詞は必ずしも、現実の富士山と対応するとは限らないし、また、書かれた演劇としての戯曲においても、同様のことがいえるからだ。塾のレクチャーにおいては、私も「写像」を用いるが、それは塾生の能力として、理解し易いだろうというだけの理由だ。ウィトゲンシュタインは、「語り得ぬもの」という゛もっともタイセツな、コトバとココロに対する本質のテーマに気づいていながら、そこに「沈黙を」なんて、カッコつけてしまったから、その先々で、写像だの記号だの、数学を持ち出して(ほんとうなら、力学くらいを持ち出さないとイケナイ)、自らの世界像を自らの信念どおり自らのコトバの中に描ききってしまった。もちろん、その図表は、それが科学(らしきもの)に傾倒している分、進歩の中に淘汰されてしまう宿命を持つ。

2010年3月27日 (土)

永遠と刹那

近江商人の座右の銘は「自分に良し、他人に良し、世間に良し」だそうだけど、その血脈を持つ私が考えても、この三つを揃えることは至難のワザのように思える。この三つは、根本的には「関係」を語っているのだが、それぞれ「良かれ」と判断しての営為も、関係の前には崩れさることが多い。これをフッサールは現象学で扱ったが、それは方法論としての弁論術の範疇に含まれるもので、これを〔関係の絶対性〕という、自然の本質として捉えた吉本さんの『マチウ書試論』のいいぶんのほうが、迫力としての差は圧倒的だ。私が量子力学に魅力を感じるのは、エネルギーの最少単位としての量子(の運動)には、一切の関係性がナイということにおいてだ。ハイゼンベルクの不確定性原理は、量子(の、位置あるいは運動量)を測定する場合に用いられるもので、観測してしまえば、量子(振動)は確率としてしか扱えない。(逆にいえば、確率としては扱えるということで、これがコペンハーゲン派解釈だ)とはいえ、ここでも歴然と関係は存在していて、観測の方法と結果というのがそれに該るが、では、観測、測定されないときの量子の状態はどうかというと、これも行列式を用いた数学においては完全に記述出来る。それは「むちゃくちゃデアル」という答えなのだが、そういうことはこの欄にも何度も書いた。私たちはニュートン力学の世界に生きていることになっているが、それは唯物論的な解釈であって、観念論的には、私たちのココロの関係は、量子力学に近いといってもいいのだ。唯物論といったところで、要するに、ヘーゲルの観念論弁証法というものを、自然という物質まで拡大しただけのことであって、人間の精神だけではなく、人間の精神をこの全物質宇宙に含めて考えるだけのことで、根底的には観念論の拡張でしかナイ。(つまりは、観念・・精神が、それ自体、存在するのではなく、物質との関係を含めて存在するといっているだけのことだ)極小から極大まで、刹那から永遠まで、私たちは、その「関係」をどう「了解」するかという、ニーチェから始まった「解釈」という認識の子だ。そうして、現実は、そのような解釈に従順ではナイというのが真理であるらしい。ならいっそ、と、私は量子力学の「むちゃくちゃデアル」存在様式を選ぶ。脳は整理を好むようだが、ココロは乱調を面白がる。これだけを以てしても、人間なんてのには、先行きなんて、ほんとうはナイと思ったほうがイイ。

点と線

畏敬する数学者遠山啓さんの『数学つれづれ草』に次なる詩が掲載されている。これは拙作『私の青空』にも引用した。~万象の微を極むれば 点とこそなれこの点ぞ 我が幾何学の始原なる それ一点の行くところ 一たび動けば線となり 二たび動けば面となり 三たび動けば体となる~、ところで、四十年の生活史を残すはずの名古屋においての私の動きは、ほとんど面といえるものではナイ。四十年前、梅林と畑だけだった「植田」にやって来て、いままた植田に住んでいるのだが、そのあいだにあるのは大須観音の界隈だけで、この四十年、他に動いてはいないので、名古屋の市街地も、道路もまるで知らない。植田近隣の地名を聞かされても、さっぱりワカラナイ。だから、その近隣に出かけるのも、東京、横浜、大阪、伊丹へ出かけるのも、心的距離としては何も変わらない。これは性格資質として、私が出無精だから、なのだろうけれど、出無精であるということを、逆にその事実において認識させられたということになる。地下鉄に乗ると、四十年前は、線が二本だけだったのが、いまは環状線まで描きこまれていて、ずいぶんの複雑な変わりようだ。とはいえ、いったことのナイ駅(街)のほうが圧倒的に多いので、ほんとうはむかしから在った街なのだろうけれど、私にとっては、あたかも地中から湧いて出たようにみえる。つまり、その路線図を観て、こういうふうな街(駅)があったのかと、逆に発見を半ば驚いているありさまだ。だから、市内にあっても何か打ち合わせでの指定場所をいわれると、いちいち困惑しながら、その場所までの行き方を教えてもらうのだが、その通過点(線)を述べられると、これがまたワカラナイ。そんなこんなのうちに、私の固有な時間の外では、かってに発展があったらしく、住んでいながら、四十年前の面影など殆ど何処にも残っていないという浦島太郎を経験しなくてはならない。これは、ひょっとすると、考えようによっては運が良かったのかも知れない。つまり、私はこの街に未練というものがナイ。私はひょいと名古屋に出向いてきて、ひょいと帰る。それだけのことで、それは旅行者と比較されても同じようなもので、あまり違いがナイような気がする。

~点と点指で行き来し地図なればその爪痕の線路錆びゆく~

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