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カテゴリー「芸能・アイドル」の記事

2023年10月 6日 (金)

時世録・41

またまた脱線になるのだが、ジャニーズ事変はいきつくところが、どうしてもエネーチケーになるので、ムズムズしていたら、以下のような記事がプレジデント電子版で、出た。かなりの長文になるが、全文、勝手に転載する。
/「ジャニーズNG」で制約されたキャスティング
10月2日のジャニーズ事務所記者会見で、事務所の名称を「SMILE-UP.」に変更することと、タレントのマネジメント業務を新会社に移管する方針が示されました。しかし、実はジャニーズ事務所の性加害問題を巡ってNHKには激震が走っています。NHKは「クローズアップ現代」で形ばかりの自己批判を行いましたが、NHK放送センター西館7階に存在したジャニーズ専用リハ室の存在など、両者の度を越えた親密さが明らかになってきたからです。実は、かくいう私もNHK職員時代にジャニーズと仕事をする機会が多くありましたが、他の事務所と比較して明らかに別格でした。ジャニーズが圧倒的に優位で、NHKが下手に出ざるを得ない場面も多く経験しました。今回は、現場でのエピソードを中心に、NHKとジャニーズの歪んだ関係性を紐解いていきます。
私はジャニーズの所属タレントがMCを務める番組を制作した経験があります。個別の番組名についてはお伝えできないのですが、その当時驚いたのがゲストのブッキングでたびたび発生したジャニーズNGでした。しかも、その種類が多岐にわたることです。
かつてジャニーズ所属タレントと交際していたとか、スキャンダルがあったタレントをゲストにブッキングする場合には共演NGが出るのは有名だと思います。が、実際に現場では他にもさまざまなバリエーションに出くわしました。
NHKにも存在する「ジャニ担」
例えば、男性タレントの場合、モデル系や俳優系で、高身長かつルックスに優れる人はNGがよく出ました。ジャニーズ事務所の現場マネージャーが耳打ちしてくれたところによれば「うちのタレントが主役でなくなるのは許容できない」とのこと。あくまでゲストを立てるのがMCだと私は思うのですが、ジャニーズ事務所からすると、自社タレントが常にその場で一番輝いていないとダメということなのでしょう。その観点から、タレントの印象を1ミリでも損ねかねない演出があると、台本に対しても指摘がよく入ったのを覚えています。その一方困惑したのは、「ゲストの格が低い」というNGでした。ある番組で、まさに頭角を現し始めた女優をブッキングしようとしたとき、「彼女ではうちのタレントには釣り合わない。大河ドラマで主演を張るくらいのプレミアムクラスの人選に変えてくれ」とNGを出されたこともありました。ジャニーズ事務所の基準でタレントのヒエラルキーが存在していて、バランスが取れる人選でないと認められないというわけです。
これらジャニーズNGは明文化されていませんので、経験を積んでようやく感覚がつかめる類いの特殊スキルといえます。人事異動が多いNHKのような組織の場合、事務所との“関係値”を上げるのは困難です。そこで、勝手を知って経験豊富な「ジャニ担」を窓口として、できるだけジャニーズと円滑に交渉を進めるような風習が定着していったのでしょう。
40代以下の若年層における深刻なテレビ離れ
しかし、建前論からいけば、編集権を持つNHKがジャニーズNGに従う必要などないはずです。なぜジャニーズに対して、過剰ともいえる配慮が行われるようになったのでしょうか?1つは、「接触率」の低下対策です。接触率とは、かつてNHKで用いられていた指標で、「1週間のうち5分以上NHKの放送を視聴した人の割合」のこと。2009年から始まった3カ年計画の中では80%以上を目指すことが目標と設定されましたが、当時、民放全局を対象とした接触率は85%程度だったのに対して、NHK総合の接触率は65%程度に低迷していました。要は、NHKの放送番組に接触していない人からは受信料は貰えないということで、この指標が重視されたのです。特に、40代以下の若年層におけるテレビ離れは深刻でしたので、抜本的な対策が必要となりました。そこでNHKが頼りにしたのがジャニーズです。NHKでも、例えば2010年にスタートした「あさイチ」のように、ドラマや音楽番組以外の一般の番組でもジャニーズのタレントがレギュラーとして起用されるのが当たり前になっていきます。実際、その結果として、視聴率だけでなく接触率も数%向上する効果が見られました。以後、報道番組でもジャニーズにあやかったものが増え、最近では関ジャニ∞に密着した「クローズアップ現代」も制作されています。
NHKの低迷がジャニーズをより優位にした
もう1つは、NHKのネット進出です。テレビ離れと少子高齢化に伴う日本の人口減少による受信料収入の先細りが危惧される中、新たな収益源としてNHKはネット進出を画策してきました。その第一歩である有料動画配信サービス「NHKオンデマンド」がスタートしたのが、2008年末でした。この文脈でもNHKはジャニーズを必要としました。ジャニーズ見たさに「NHKオンデマンド」で番組が日本だけでなくアジア一帯にまで売れると踏んだわけです。が、思わぬ誤算がありました。ジャニーズがタレントの肖像利用に厳しく、ネット上への写真や映像の掲載を一切拒絶してきたことは有名ですが、「NHKオンデマンド」とて例外ではなかったのです。この権利交渉は難航。紅白歌合戦などごく一部に限定して、NHKがジャニーズにお伺いを立てて都度「了解をいただく」ことになりました。昭和の時代からNHKとジャニーズは、ドラマや歌謡番組を中心に密接な関係を形成してきましたが、NHKの低迷を機に明らかにジャニーズ優位へと潮目が変わったのでした。
ネット拡大方針がジャニーズ依存に拍車をかける
NHKでは、2023年の今なお、若者への接触とネット(特にSNS)上での存在感の向上に躍起になっています。現在、一定のブレーキが掛けられてはいますが、前田会長時代に、ネット業務拡大が全局的に行われました。その一環として、40代以下の視聴率だけでなく、放送番組の同時・見逃し配信を行う「NHKプラス」の再生数、SNS上での番組関連投稿数やインプレッション数がKPI(重要業績評価指標)として厳格に設定されました。それらネット系のKPI目標を達成するためにもジャニーズは欠かせません。というのも、ジャニーズのタレントを起用すると、ファンが「推し」のために率先してSNS投稿や「NHKプラス」の再生をしてくれるからです。「NHKプラス」での再生数が大幅に増えたり、X(旧Twitter)でトレンドになったりすれば、番組サイドがそのタレントを重宝してくれると、ファンも知っているからです。番組担当者も、KPI目標を大幅に上振れする形で達成できれば考課・査定でも有利になり、出世していきます。そうした成功体験からジャニーズへの依存度がさらに増すという流れがNHK内で既に固定化しています。今や、8月の戦争Nスペにさえもジャニーズの若手が常連になっているのは、こうしたNHKのネット拡大方針が背景にあります。
「ネット受信料」のためにもジャニーズは必須
今後、「ネット受信料」が導入された際にも、ジャニーズのタレントを起用すればファンを巻き込んで受信契約を増やせるとNHKは見込んでいる節があります。私が入手したNHKの内部資料によれば、これから受信料の値下げや少子高齢化の進展に伴う世帯数減少によって、2027年には受信料収入が5300億円にまで減少するとされています。現在の受信料収入が7000億円程度ですから、NHK職員からすれば想像を絶する減少です。NHKが悲願としてきた、プロバイダー代や携帯電話代とセットで強制徴収する形の「ネット受信料」は水の泡と消えました。「NHKプラス」などのアプリをダウンロードしてインストール、規約に同意した上で支払い手続きに進むスタイルとなれば、その煩雑さからわざわざ契約する人はごく少数に留まると考えられます。そんな中でも、“お布施”のごとく受信料を支払ってくれる可能性が高いジャニーズタレントのファンは、NHKからすると絶対に囲い込みたい存在なのです。そのためにも、NHKとジャニーズの問題から世間の目をそらし、いち早くブッキング再開にこぎつけたいのというのがNHKの本音でしょう。
政治部より「政治力」があるドラマ・歌謡番組セクション
ジャニーズJr.が多数出演するNHKの音楽バラエティー番組「ザ少年倶楽部」の問題など、まだまだジャニーズを巡る火種は尽きません。先の「クローズアップ現代」では、番組関係者への取材が行われていましたが、私も独自にOBを含むNHK時代の先輩に取材を行ったところ、驚くべき情報が寄せられました。「ザ少年倶楽部」だけでなく、ジャニーズが出演する番組の関連チケットなどをダシにして、政治家に接近してネタを取るような動きもあったというのです。特に、娘や妻がジャニーズのファンというケースは多いですからね。そのため、NHKで最もジャニーズと関係が深いドラマや歌謡番組のセクションは、報道局政治部よりも政治力があるとさえ一部では称されています。
元NHK理事の若泉氏はジャニーズ顧問に「天下り」
とりわけ、NHK理事を退任後にジャニーズ顧問へと“天下り”した若泉久朗氏は、NHKとジャニーズの秘密を知る人物でしょう。私の記憶の中の若泉氏は、飄々とした捉えどころのない雰囲気で前田前会長の「NHK改革」の方針を説明していた印象しかないのですが、実際にはドラマ部で大河ドラマなどのプロデューサーを歴任し、芸能界に広い人脈を持つと言われています。現場からは「若さん」と慕われ、ブッキングの相談をすれば「あいつは薬物の噂があるからブッキングはやめておけ」など具体的なアドバイスもくれたそうです。この若泉氏について彼の周辺を取材すると、驚くべき情報が寄せられました。9月11日の「クローズアップ現代」では「NHKを退職後にジャニーズ事務所の顧問を務めている長年芸能やドラマ部門にいた元理事にも重ねて取材を申し込みました。性加害が見過ごされていたことへの見解を問いましたが、この点について回答は得られませんでした」(番組HPより)と、取材を拒否して沈黙を貫いているように報じられていますが、実は1時間にも及ぶロングインタビューに応じていた、というのです。
NHKが信頼を取り戻すために必要なこと
確かに、若泉氏らしく本題をかわしたのかもしれませんが、ロケが実施したにもかかわらず素材を落としたのだとしたら信じがたいことです。インタビュー映像を使って「核心は語らなかった」と伝えるべきだったと私は思います。現段階ではあくまで推測ですが、もしNHKが若泉氏のインタビュー素材を収録したにもかかわらずオンエアしなかったとしたら、それは恐らく組織ぐるみの癒着が明らかになることを恐れてのことです。9月27日に実施された稲葉会長の定例会見では、若泉氏がジャニーズ事務所からのハワイ旅行接待を受けていた疑惑などを新聞記者が追及しましたが、NHK側は回答を避けた上に、組織としての調査を行う考えも無いことを表明しました。もし調査すれば、退職者まで巻き込んだ一大スキャンダルへと発展することは必至です。
NHKは言うまでもなく受信料という公金で運営されています。その受信料と、公共放送という看板がジャニーズ事務所のビジネスに寄与したことは間違いありません。なぜ、NHKがジャニーズ事務所と歪んだ関係を構築したのか? NHKが信頼を取り戻すためには、その全貌をNHK自身が自らの手で明らかにし、裁くべきは裁くことが不可欠です。NHKが自らの恥部と向き合うことを切に願います。/

もちろん、変名での告白記事だ。やっぱりそうだよなあ。と、私は私の勘繰りに感心している。

2023年10月 1日 (日)

時世録・40

またまた、前回からずいぶんと日にちが空いてしまった。「小児性愛(ペドフィリア)」については、その題材となる「写真」を貼り込むことが出来ず、さらにあまり明るくナイ話題なので、も少し時間のあるときに。
前回のつづきというか、反映というか、ココロの片隅にあるのは、ジャニーズ問題で識者、関係者、いろいろと頭のイイ人たちがコメントされてはいるが、テレビを観ていない(正確には持ってないので観られない)せいなのか、ひょっとしたら言及があったかも知れないが、少年性愛(パラフィリア)についての本質的な解説なり、研究なり、探求なり、学問的な発言を目にしていない。ジャニーズ問題は犯罪であることは歴然としているが、メディア(放送も新聞も雑誌も)が自分たちがfieldとして関わっているので、スポンサーを除いては仲間うちの腹のほじりあい、様子見、なすりつけ、罵り合い、誤魔化しの空気が前回エネーチケーについて書いたように汚らしく、「もっと真面目にやれ~」のココロだ。
つなぎにしかならないかも知れないが、拾いもんを埋め草程度に記して、ともかくは出版事業のイノベーション・スタートアップ(で、良かったかな。最近の流行りのコトバを書くのは難儀だ)で、またブログに合間が開くことを少数精鋭の読者にはお許しねがう。

昨今、SDMというのがあるそうな。解説にはこうある。
/Shared decision making (SDM:シェアード・ディシジョン・メーキング:協同的意思決定)に基づくインフォームド・コンセントの重要性が認識されています。SDMとは、医師と患者が話し合い、協同して行う意思決定プロセスで、医師と患者との適切なコミュニケーションの上に成り立つ、とされています。すなわち、SDMでは医師の客観的な説明だけでなく、患者さんの価値観や意向を尊重し、患者と一緒に意思決定をすることを重視しています。したがって患者さんは、ご自身の置かれた立場や日常、仕事、生活・人生で大切にしたいことなどを主治医に伝え、共有することで、自分に最もふさわしい治療方針が決められるのです。/
私は通院の数がかなり多いが、ここまでではナイがこれに近いところまでは「寄り添って」いる。しかし、こういうdoctorとKrankeの関係なんてあまり耳にしたことはナイのが、ほんとうのところだ。私も医師の薬理学の無知から、阿片アルカロイド(オピオイド)の薬物依存と離脱症状に追い込まれているひとりだ。
なんにせよ、最近はほんとうにため息の多い世の中、世間だ。一個286円もするトマトをスーパーで観たときは、倒れるかとおもったナ。アテにならないが、次はこういう食材の栄養と価格についてちょっと書いてみるつもりだ。

2023年9月16日 (土)

時世録・39

3月7日、英国の公共放送BBCがドキュメンタリー「Predator: The Secret Scandal of J-Pop」を英国内で放送。日本のタレント事務所であるジャニーズ事務所の創設者、故・ジャニー喜多川氏が生前にタレント志望の少年たちへ性的加害を繰り返していたと報じた。
このひとりの性嗜好異常者(パラフィリア)が巻き起こした事件(「グルーミング(性的加害を意図する大人が未成年を手なずける行為)」は、日本の芸能史に残るだけでなく(残るもへったくれも、現在進行形なんだからナ)芸能界、放送界、メディアに対して、または、その行為を暗黙のうちに見過ごしてきた(つまり、「噂としては聞いていた」とか、「この世界の慣例的なもので、黙って観ているしかなかった」)それぞれの大物タレント、歌手、俳優たちにも、おそらくほんとうは心臓を抉る如き衝撃だったにチガイナイ。
そういや私だって少なからずだがその類に含まれるだろうな。もちろん、芸能界のスタッフとしてジャニーズタレントの舞台のホンを書き、糊口を得ているというような理由ではなく、知らず知らずのうちに、「へーえ、この方たちもジャニーズなのか」から『必殺仕事人』東山シリーズの大ファンだったし、いずれこの事務所は解体するか倒産するしかナイだろうなと、おもえるからだ。
そりゃそうだろう。放送業界だけでなく、行政までが、この事務所のタレントの扱いに対しててんやわんやだ。新社長はどういう神経しているのか、突然「タレント辞めます」とこれまた後継の問題の迷惑省みず、勝手にいいだして、それで関係者がどんな苦労、負担の駆けずり回りになるのか「シラッ」ないでいる。こういう体質だからアカンかったのではなかったか。600兆円産業が消失するのだ。損害が何処にどれだけ波及していくやら、事はこの事務所所属、あるいは関係きタレントの失業だけではすまないだろう。
ところで、ここで私が疑問におもうのは、民法はともかく昨今「公共放送」から「公共メディア」に変わり身したエネーチケーが、英国の公共放送BBCがドキュメンタリーまでして取り上げている「問題」に民法と同じように忖度だかなんだか知らないが「知らぬ顔の半兵衛」し続けててきたことだ。どんな声明文を発しようがこの「公共メディア」対して投げかけるのは一言だけで済む。曰く/「卑怯者っ」/。「公共放送」の皮を被り、1万人の社員従業員を受信料たる国民の「負担金」で食わせてきた治外法権独立放送局の正体が、此度の事象で、図らずも発覚、露呈したことだけは、確かなことだ。
当事件同様、エネーチケーの業務態勢は「(まだ立証はされていないが申し立てられている)疑惑(allegation)」ではなく「噂(rumour)」扱い」でもなく、歴然とした事実だとおもうことにした。(どんな「疑惑」でどんな「噂」か知らんけど)

で、次回は「小児性愛(ペドフィリア)」についての経験、体験を述べてみる(つもりやけど)

2023年9月 9日 (土)

時世録・38

「何か、なんでもイイということはナイんだけど、ともかく世間の重大事を探(捜)せっ。いま国家やわれわれがタイヘンなときだってワカルだろ。マイナカードと保険証の紐つけのミス、エラーでデジタルへの信頼失墜、原発の汚染希釈水の海洋放流で地元との繫がりが危うい、そいつをこともあろうに、習ヒンピンの中華共産党が内政建て直しの口実に利用しやがって、貿易中止で自国経済破綻の党批判を外に向けようとしている。さらに、まあキリがナイんだが此度のもろもろは、えーっ、防衛費のアップまでサヨクからクレームって、それは想定内なんだけど、盛り過ぎときた。少子化、子供生まれない。結婚できない。生活出来ない、養育費出ない。あれだけ銭出して援助するといってんのに、どうせタワマンの何とかカップルなんか、何ぃ、あっちのカップルのほうが子供たくさんつくってるって、そりゃあ、銭があれば、いや、メデタイ。いや、えっ、今日の国会議員食道の食材が届かないって、そんなもの、余所の県じゃ業者がバックレやがって給食が休食になってんだから、外食にしろ。だから、こういう数多の〈どん底〉状況を抑えて余りあるネタだっての。精神病院の虐待、退院遅延、常識じゃないか。キ印は野に放たなくてよろしい。生活保護者からの搾取、無いことにしておけ。アベ暗殺の真犯人、陰謀論だ。あのな、大物俳優の大麻や覚醒剤くらいじゃ駄目なの。国民の文化経済効果を左右しているくらいのもの。北朝鮮の潜水艦ミサイル程度じゃ駄目。ああいう自衛隊が相手に出来る程度じゃアカン。いいですか、特大のナラティブですよ、首都直下も南海トラフも地震学者の予算要求だとバレ始めているから、あのな、どうせなら、ロシアが突然核攻撃で攻めてくるくらいのみつけて来いと、
/岸田草履、ありました/
おっ、いま草履って聞こえたけど、まあいいか。いいネタ探してきたんだな。中古車屋が除草剤まいたとか、駄目だぞ。エコ議員が馬に狂って賄賂も駄目、小さすぎるの。だめ、ナニ、で、なんだって、ええっそんなこと今になってヤルってか。そりゃちょっと、いやいやいやいや、待て、待てぃ。それはかえって好都合かもしれないな。国民の誰もが、マス・メディアすらが、ネット参入のエネーチケーすらが、知ってて知らんふりを決め込んで数十年、それだけ染み渡っていると、寝耳に水よりかえって効果があるかも。日本人の国民性の余裕の他人事ってヤツだな。ヤツだよ。「ヤツ」というのはここの主筆なんかめったに使わないコトバだけどな。「奴」だからな。でもイイ、それイイかも知れない。まず、事件の焦点がボヤケル。犯罪者当人と思しき人物は故人だから、何にも云わない。死人に口なし。で、どこもかしこも〈痛くも無い腹〉でなくて、〈痛い腹〉ばかりだから、深堀りはしない、適宜、どこもかしこも連帯責任、要するに〈河原もの〉どうしの土壇場、修羅場から愁嘆場になって、しかしながら、文化的経済効果だけをかんがえるに、これほどの大事件はナイ。ウヨクもサヨクも無い。国民的アイドルばかりだからな。芸能界という魔界だからな。魔界転生するんだ、これぞ〈ナラティブ〉ですよ。フィクションでなし、ノンフィクションでなし、国民の物語(共同幻想)だ。
/よろしいでしょうか、総理/
よし、此度の国家の大事を覆い隠す、国民の興味を太陽の重力で光が曲げられる如くひん曲げる、それに決定。年始のショー・イベントな、あれ、フジはもうヤランだろうから、テレビ東京にまわすように。あそこなら1/10の予算でヤルだろうから。んで、あぶれたタレントもテレ東にまわせ。んでな、会社の名前な、『テレビ東山京じゃ、ニーズ(needs)』でどうだ」
/その会社名はちょっと、いえっ、草履のsensibilityでgoodです/

主筆見解:今年の夏の湿度で、汗疹にやられて、痒さに七転八倒。掻きかき書きで、通俗的になってしまったナア。しかし、『必殺仕事人』のいまのシリーズ、もうなくなっちゃうのか。惜しいなあ。

2023年7月21日 (金)

時世録・25

数カ月前の電子版で、東京のとある産院の新生児保育器に入っている三割の乳児は両親の血液型と合致しないというニュースが、まるで都市伝説か怪談のように掲載されていたが、医師や看護師にしてみれば、口止め料どころか、「血液型再検査の余地あり」のカルテ一行で大枚の紙幣が懐を温める、心温まることだなあ。
で、ヒロスエW不倫に関しては、岸田内閣支持率急降下の覆い被しのつもりで世に出たものなんだろうが、そうでもナイらしく、世の麗夫人の方々(でもなく、普通の生活既婚者)においては、「みなさんそうなのね」で、これまた電子版のresearchでは、既婚者の女性32%(1,2%は記憶誤差アリ)はそのW不倫の真っ最中で、「お互い家庭があると、それぞれ割り切ってデキる」のでココロ安らかなのだそうだ。ちなみに、現在進行中ではナイが経験がアルと答えた男女の不倫率はこの倍になる。
私は若いころ硬派だったワケでもナイが、なにぶん、世界は政治的な季節だったので、そっちのほうは奥手も奥手、まあ、私のことなんかもうイイや。
私の死ぬまでにヤリたいこと。一本だけアダルト作品の作・監督。でタイトルは『じゃあ、ちょっと』となんとも呆れたものだが、ともかくsituationとしては普通の日常の情景があって、まるで社交辞令の挨拶、時候の挨拶、朝晩の挨拶のように、たとえば、道々通り掛かった営業マンと、買い物帰りの若妻。すれ違いざまに、営業マンのほうが「こんちわ、買い物ですか」「ええ、今夜は張り込んで赤鳥にしたの」「そりゃ、旦那も大喜びでしょう。すると今晩あたりはもう肉のアトの肉合戦ですか」「そうなるでしょうね」「どうです、ちょっと前哨戦」「そうね、じゃあ、ちょっと」と、近隣の神社の杜に入っていく。「お肉、腐るのイヤだから、さっさとしようね。ああ、ゴメン。パンツ脱いじゃった。脱がしたかったでしょ」「いえもう、ワカッテますから」と木立の下で映画「〇〇夫人」てなことになる。すぐ裏手の神社経営のラブホ。こっちは、高校生らしい男女数人が、「数Ⅱのセンコー、わりとひねった問題テストに出すってほんと」「ほんとらしいよ」「それより、物理よ、なんか面倒みたいって聞いたワ」なんてガヤガヤ話しながら「乱交ルーム」とかに(いつもの如く)入っていく。「うっわ中に出すの、また妊娠させるつもりか、きみは」「アフピ(アフターピルのこと)誰か持ってるだろ。だって、もう出ちゃうんだもん」。で、その近所のコンビニ・レジでは、「交通系で支払います」「わかりました」「あれ、きみの名札、きみ、ヴトちゃん」「そう。日本語の勉強に来てるの」「そんなの教えるからさ、ちょっとどう」「そうね、じゃあ、ちょっと。〇〇さん30分休憩してくるのでお願いね」と、コンビニの休憩室に入ると先客がいる。「あれ、店長、それと今日からの新人さんじゃないの。もう、始まってるの。しょうがナイなあ、また、梅毒うつしちゃうのね。ねえトイレでもイイ。うちのトイレきれいにしてあるのよ」「ああいいよ」「じゃあ、ちょっと」「私さ、いきなりバックって好きなの」「ああ、いいね、そういうのさいきん、けっこういるよ。きみ、ビョーキは大丈夫かな」「こないだ治ったから、平気」
こういうのを連鎖的に年齢、職業、場所をかえ、延々と、国会なんかでも質疑応答中の女性議員に「だいたい、元アイドルを議員にしたのはなんでだとおもってんだ」「わかってるわよ。だからちゃんと並んでね。きょうは五人までよ。で、えーと質問ですが、大臣、ああ、ダメ。えーと、沖縄独立と台湾問題について、イヤイヤ、ソコ、イッチャウから」
こういう、むか~し観た、『未亡人下宿』みたいなノリで撮りたいなあ。
いろいろ、バカバカしくてねえ。でも、メソメソ泣いてるよりはマシだとおもうんですよ。

2023年6月16日 (金)

時世録・20

/ヨハネの福音8章7節/
1イエスはオリーブ山に行かれた。
2 朝早くまた宮にはいられると、人々が皆みもとに集まってきたので、イエスはすわって彼らを教えておられた。
3 すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、
4 「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました」
5 「モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」
6 彼らがそう云ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。
7 彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」
8 そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。
9 これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。
10 そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。
11 女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」

最近の『文春』は銭儲け優先が突出してきて、ほんらいならば、現総理家族の国会議事堂内宴会赤絨毯寝そべりを叱咤せねばならないところを、広末涼子の〈不倫〉暴露(といっても待機していただけなんだけど)で揉み消しだ。
芸能人てのは河原乞食だから、たいていが毀誉褒貶、羨望蔑視、そうしていざというときの政治家の罪隠しに利用される。〈不倫〉というのは倫に不(ブ)なんだから、良い行為ではナイ。しかし、ものども聴くがよい。/ヨハネの福音8章7節/だ。おめえら、良きことばかりしてんのかってえの。そんなワケがあるまい。こういうところは唯一のキリスト教徒(と、ニーチェのいう)イエスの優れたところだろう。
広末涼子の恋した相手ってのが、これがイケメンでもなんでもナイ。飯屋のオヤジなんだ。(ちゃんと顔を出している。昨今は露出しているとかいう)。広末のいまの夫もコメントで広末のことを責めていない。彼女の家事育児は万全、よって自分はボランティアやってられるから稼ぎが少ないので「ヒモですよ、私なんか」と謙遜する。

恋はいつから犯罪になった。
政治屋は少子化を子供(あるいは両性)の「生産」と「消費」の経済学でかたづけようとする。ところが、与党(水脈おばさん)も野党も経済学なんかまともにヤったことナイから「生産」と「消費」の関係すらワカラナイ。日本スターリニズム共産党ですらだ。(ついでだが日本共産党の綱領なんか読んだらゾっとするぜ。主筆高校時代のハナシだが)。
てんで脈絡のナイ世界政治は、ヒロシマG7の追悼献花を腰に巻いてハワイのフラダンスとなる。インドのモディ首相のいう「いまは戦争をしているときではナイ」はアメリカを向いてのコトバでもあるのだ。では、いまはなにすべきか。
恋だろ。罪無き者たちだけが石を投げよ。書を棄てよ、恋をしに町に出よ。
広末涼子は河原古事記である。

2022年6月 8日 (水)

Sophism sonnet・69,12-05

茶番

「茶番」の意味は幾つかあるが、適当に(いいかげんという意味でなく、適して当たっているという意味)羅列すると、「猿芝居」「出来レース」「三文芝居」「ばからしい、底の見えすいた物事」「見え透いたばかばかしい行為」「お粗末な芝居」という意味があって、現代で「茶番」という言葉を使う時は、これだけ出しておけば充分だとおもわれる。

ロ×ウ戦争の影響は、黒海の海洋生命体絶滅だけではナイ。新興アフリカ世界の食糧事情に多大な損害となりつつある。ロシアのシラケぶりとウクライナの苛立ちはともかく情報戦だから仕方ないとして、黒海に面したトルコと、ロシア、ウクライナの談合(ということになっているのだけれど)で、人道海路が開かれれば(ロシアはもう開いていると云い、ウクライナはロシアの攻撃にあって開けないといっいるのだが)7000万t以上の穀物の供給によるアフリカ200万人以上の餓死(飢餓ではなく餓死である)が救援されることになる。これはそのとおりなら仲介役のトルコの名は上がる。
しかし、こいつにはプロローグがついていて、そのちょい前にトルコがクルド族-テロ掃討作戦をいいだしたところ、ロシアがこれを自重せよと諫めるという素人臭い幕前演出があり、ついで、幕が上がるという黒海のいわば食料臨時停戦で、歌舞伎ならぬ「手踊り」の類じみている。こういうのを「茶番」という。
フィンランドとスウェーデンのNATO加盟に唯一「クルド族-テロを匿っている」という根拠の薄い理由で反対しているのは、トルコだから、ここでトルコの「まあ、茶でも一杯」による食料問題が解決すると、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟は一挙に遅れることになる。遅れても加盟申請は済んでいるのだから、ロシアの両国に対する戦時配備の時間稼ぎにはなる。ひどくすれば、回廊海路を開くからフィンランドとスウェーデンのNATO加盟のほうはトルコのいうことを聞かないと餓死者が増えるぞ、「戦場核(戦術核のうち最も小型のもの)」の一発目はアフリカの何処かに落とすとかロシアは脅すだろう。
「茶番」の意味は今後、そんなふうに書き換えられる。

Sonnetをもう一つ。「欅坂46」を脱退して女優の道を選んだ平手友梨奈の『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』の彼女の〈演技〉とやらが酷評されている。彼女の出演映画は他には『響~小説家になる方法~』しか観ていないし、これは、原作comicをおそらく作家になれなかった編集者が恨みツラミをこめて書いていると憶測(邪推)して読んでから観たのだが、『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』における酷評の彼女の〈演技〉については、私はまったくそうはおもわない。酷評は全面的に認めない立場で立っておく。トーシロが小賢しく云うのはどうでもイイ。私なんぞも四十五年、トーシロという、小銭で舞台を観劇などしてはる方々に、それは云われてきた。しかし/彼女は以前から〝表情がワンパターン〟などと指摘されているので、今後も役者を続けるなら表情を豊かにする努力は必要でしょう」(芸能ライター)/と極めて錯誤、勘違い、マチガッテいるヤカラには、「お前らがその程度のリテラシーで飯食ってるあいだは、日本映画は廃れたままだ」/とだけいっておく。平手友梨奈は、表情を豊かにする努力などしなくてもイイ。気になるなら〝表情がワンパターン〟で通したバスター・キートンをもっと観ればイイ。古典伝統芸の「能」などは、「面(おもて)」で、顔を殺す。


2021年3月 4日 (木)

無学渡世・十一

Aholeteに告ぐ

アスリート(Athlete)とは、スポーツや、他の身体運動に習熟している人である。(Wikipedia)

Aholeteとは、スポーツやそれに類する身体運動が銭になることを周知しており、おのれのその度合い、売値をupするためにオリンピックやそれに類する競技に出場し、メダルなどを手に入れるための習熟、鍛練した身体をかけがえのない価値として、公人の命よりも抜きんでてそれを後生大事とし、ビッグ・イベント開催を疑問視することもなく、自ら「いまはこんなことをしている場合ではナイのではないか」と自発心することもなく、つまりは、戦争で殺した敵の数を誇り、凌辱した捕虜、虐殺した俘虜のepisodeを自慢話とする、英雄の皮を被った賊のことをいう。

Athleteよ、我執、妄執、自得、蒙昧、争奪、罪業から離れ、きみたちから、「いまはこんなことをしている場合ではナイのではないか」と、ビッグ・イベントから退く勇気を発心すべきではないのか。きみたちのsport spiritとは、そんなにチャチなものではナイはずだ。
AthleteよAholeteになる勿れ。ほんま、軽蔑するで。

2019年7月 3日 (水)

港町memory 24

/『無法松の一生』)は、岩下俊作の小説。福岡県小倉(現在の北九州市)を舞台に、荒くれ者の人力車夫・富島松五郎(通称無法松)と、よき友人となった矢先に急病死した陸軍大尉・吉岡の遺族(未亡人・良子と幼い息子・敏雄)との交流を描く。
1943年(昭和18年)に大映が『無法松の一生』の題名で映画化して以降、映画・テレビ・舞台で度々取り上げられ、後に作者本人が『無法松の一生』と改題した。/(ウィキペディアより抜粋。当方月々2500円のkampanijaでござんす)
私はこれをまず、貸本屋の貸本マンガで読んだのが最初です。(生涯でもっとも読書量の多い)小学生の頃でした。なんだか好みの作品で、何処が好きなんだか、よくワカラナイんですけど、何度も借りて読んでます。
で、次はテレビ・ドラマで配役が、富島松五郎:南原宏治、吉岡良子:南田洋子でした。
伊丹万作老師の脚本で、ベネチア映画祭大賞受賞作は、三船敏郎、高峰秀子さんのコンビでした。他にも多数の方々が映画や舞台で演じられておりますが、映画のほうは、三船敏郎、高峰秀子さんのコンビのorthodox standardだけは観ています。で、ドラマ自体はベタなドラマなんですけど、なんで私、このハナシが好きなんだろうとずっと不思議でした。ワカラナイけど、泣くんですナ。泣くんだけどワカラナイんです。
で、ご贔屓のFM番組『歌謡スクランブル』で中村美津子さんのデビュー30周年記念のアルバム、歌唱時間21分余の長編歌謡浪曲『無法松の恋 ~松五郎と吉岡夫人~』をいつものようにふっと聴いていたんですが、(この番組、不思議なことにふっと聴いた歌でインスパイアされることが多い)なるほど、無法松の恋で、~松五郎と吉岡夫人~というタイトルからして(えらく説明的でダサいタイトルだなあとはおもうんですけど、そのとおりの内容です)「ぼんぼんが~」とかなんとかよりも、そのふたりの「恋」に傾斜していってまして、松五郎が雪の中(雪の中は将棋の阪田三吉だったかな)で最後は死んでるワケですが、その亡骸に縋り付いて、良子夫人、自身の心情の本音を吐露する部分が入っています。(原作を読んだことがナイ、というより興味がナイので原作の表現は知りません。たぶんアルんでしょうけど)ここで、松五郎が自分(未亡人・良子)に恋をしていたことは充分に知っていたと告白するワケです。これはもうキリスト教的にいえば告解ですナ。しかし、時代が時代(いまと、そんなに変わらんのですが)だったんでしょう。人力車夫と軍人の未亡人の恋というのは、法規上は未亡人ですから問題はナイとしても、世間からすればこれはもう銃殺刑並みです。しかし、純愛なんです。矢島正雄老師の『人間交差点』に移行してもどうにもならないでしょうねえ。ともかく、この部分はこのドラマの中でのイチバンのdramatic、highlight、climaxでござんす。
ですから、幼少ではありましたが、そういうことはうすうすだか、ズキズキだか、感じながらマンガを読み、テレビ・ドラマを観て、映画も観たんでしょう。別に、無法松の松五郎の献身なんてどうでも良かったんです、私にしてみれば。この吉岡の奥さん、未亡人・良子の葛藤、表にはけして出さない葛藤を/愛と孤独/として、哀しみとして感じていたのだとおもいます。
私にとって/愛と孤独/というものは、そういうものなんだなあと、最近、少しずつワカッテきております。アスペルガーとしてはなかなかの奮闘でござんす。
〔愛と孤独〕は、人生の/疾病/です。疫病といってもイイ。
罹患すると、特効薬どころか対症療法もありません。致死率も高い。
とはいえ、治ってしまえば、後遺症はまったくありません。稀に、アルコールやドラッグに逃げるひともいますけど。銭に逃げるひともいます。異性交遊に逃げるひともいます。それらは後遺症ではなく、それはそれで、一つの疾病です。

では、ハートランドの時間になりました。
本日も私、仕事がナイんで、ビール飲んでは昼寝です(家飲みしかしないんですけど)。で、ときどき書いてます。
寝てる時間と書いてる時間だけは痛みと鬱から、逃げられますので。