無料ブログはココログ

カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2017年6月16日 (金)

ツイーッとひとこと

「共謀罪」、いま最も〈共謀〉しているのは、閣僚と官僚と与党の方々でしょう、ネ。

2017年5月 3日 (水)

なんとワカリヤスイ

 

閉塞感がどうの、格差がどうの、やれブラックだダークだと、いろいろ世相はいわれているのでげすが、過去の〈歴史〉というものを振り返ってみると、裏があろうが、隠蔽された部分があろうが、影の部分があろうが、暗躍だろうと秘匿だろうと、よーするに、表に出てきているモノに関しては、たいへんにワカリヤスイものばかりで、ご多分に漏れず、これも過去のものになってみればそういわれるだろうという一例が、憲法改定。この改憲が2020年になったそうで、阿他者(あたしゃ)評論家でもjournalistでもナイんだけど、以前このブログで、たしか、そうなるだろうと予想して、書いたんだ。でもね、ナントカ学園の紛争(と、あえて書くんだけど)やら天皇陛下の生前退位問題なんかがあって、もちっと遅れるかなと思ってたら、やっぱり、2020年にヤルんだねえ。

けっきょく東京オリンピックは、まるっと政治利用というワケで、庶民大衆は、なんや、わしらが浮かれているうちに、日本国の憲法、変わっとるやんけ、と、金メダルの数を新聞(最近は新聞読んでるひとも、あまりいませんが)でみながら、日本ガンバレというてる魔に、まさに〈魔〉だなあ。この国が立憲主義から法治国家へとシフトしていくのがワカリヤスクなってきたというワケですねんなあ。

(いまでは報道も、政治家も、関係評論家も、~日本は「法治国家」だから~という、いいまわしをなさいますが、これはオカシイやないかと、それもこのブログではさんざん書いてきたことでおます。日本国憲法は国民の「権利」について定められているワケで、義務については三つしかありまへん。従って阿他者、この国は立憲民主主義国家と呼称するのがワリと正確なんじゃナイかと思うてます。「法治」というのは、法が権利を治めるワケですが、それは帝国憲法までで、現行の日本国憲法においても、固有はさまざまな法に律されていることも事実ですが・・・つまり、~をしたらアカン~というのは多々あります・・・しかしながら、その「律」の判断を不服と思うなら、造反、訴訟出来る権利が認められています。だからこそ、改憲も現行憲法で認められてはいるワケで・・・しかし、「法治国家」はネエ、司法的な用語ではなく副詞的な使い回しに過ぎない、と思うんですがネエ)

アメリカ合衆国も合衆国憲法で、立憲主義を宣言してますから(第6条)、その国家的な定義をいえば、「立憲連邦共和国」になるワケで、けして法治国家ではナイ。だからこそ、合州国ではなくて合衆国というふうに邦訳されているのは正しいと思いますヨ。つまり、ここでも「法治国家」といういい方はあくまで副詞的なのですナ。合衆国憲法修正第二条には「人民の武装権」というのがあって、これが銃規制をややこしくしてはいるものの、何のために武装してもイイのかというと、政府の不当な法治に対してなのですから。(始まりは原住民の襲撃に備えるためとかいわれてますが)

日本国憲法施行七十年のめでたき日に、改憲による「法治国家」があくまで副詞的な言辞であることを望むところでおます。(そうはイカのキンタマでしょうけども)

2017年3月17日 (金)

傾城逆転

韓国では、パク・クネ大統領が弾劾、罷免。これがスンナリという引き際ではナイ。化けて出てやるとう雰囲気満タン。合衆国のトランプ大統領はあいかわらずの厚顔無恥で、いくらでも地下には抜け道があるメキシコ国境に壁つくってどうすんのと、誰かいってやれよ。北朝鮮からはケケケケッという声が聞こえてくるほどに、ヘッドが狂っていて、何の効力もナイ大陸間弾道弾飛ばすゾっなんて騒いでいる。飛ばせばイイんだ、で、太平洋上にポチャンするのを観届ければ(まあ、正確にいえば、太平洋上空で迎撃ですけど)。とはいえ、だ。

日本もまたこの国際ドタバタ劇の渦中に突入しているんだから、付き合いがよろしい。

「贔屓の引き倒し」というコトバがあるが、安倍総理大好きの右傾「森友」くんが、地雷の踏み続け。安倍ちゃんにとってはイイ迷惑だったんだけれど、ここに昭恵夫人の姑息(思いつき)なやりたい放題が露顕してきて、安倍ちゃん、総理の座が危うくなってきた。

「お前、なんで、そういうことしたんだっ」

「だってえ~」

という家庭の不幸が、権力の悲劇に発展。まるでShakespeareであります。

そこへきて、稲田防衛大臣のオロオロ発言が、国会からも防衛省からも総スカン。似たようなことを私も高校生の頃、体験している。大臣は謁見にハイヒール履いてきたとやらで、私の場合は、体育祭応援団のバックに建てる大デモ絵画にワイセツ画を描かせた首謀者(ほんとはチガウんだけどね。同級生が図書館でみつけた抽象画で、ペニスが矢印のように描いてあったのをオモシロソウだからこれいこう、と賛同しただけなんスがね)として、母親が担任から体育祭当日、呼び出しくったんだけど、その時の母親の苦言「担任のセンセとやらが、体育祭やのに、スカートにハイヒールやで。どっちがアホや」

稲田防衛相の場合は、それだけではすまない。他に森友くんの顧問弁護士をやっていたのを野党から責められて、ゴチャゴチャ否定から、やってましたと謝罪。さらには南スーダンのスー談(まあ、そういう屁のような答弁)。それでもヤメナイんだから、というか、ことは安倍ちゃんにも波及するから、安倍ちゃん、女のことで(とはいえ色事ではナイ)危うし。まさに傾城とは、よう、いうた。

 

2016年11月10日 (木)

百姓日記⑨

選挙参謀の勝利

 

 

「ヒラリー・クリントンに勝てる唯一の方法、戦略があります」

と、ドナルド・トランプの選挙参謀は切り出した。

「よろしいですか、あなた、ドナルド・トランプ氏には徹底してheel(プロレスにおける悪役)を演じて頂きます。政策論争などではとうてい経験豊な彼女には勝てません。むしろ、女性に嫌われるイヤなヤツを演じつつ、オバマ8年の執政における不満を反吐のように吐き散らして下さい。大統領になるためには、選挙に勝たねばなりません。大統領になってからの政略はいくらでもありますが、大統領になる方法、戦略はこれ一つです。選挙民の30代以下の半分以上はクリントンに投票するでしょう。しかし、五十代以上の70%はあなたに投票する、これが私の読みです。数でいえば、その票のほうが圧倒的に多いんです。庶民大衆は、世界平和よりも、きょう食べるパンがこの8年のあいだにどう変わったかにしか興味を持ちません。それらの群衆はあなたの吐き散らすものを汚いと思いつつも、必ず潜在的に共感します。いわば、感情を一時的に動かせれば、私たちは勝てます。もちろん、私たちはあなたの名前からのjokeではありませんが、強いcardを二枚、選挙直前に準備します。一つは、フィリピン大統領、ロドリゴ・ドゥテルテを煽動して、アメリカに造反させます。群衆は思うでしょう。オバマはフィリピン大統領などに舐められているのか。もう一つは、韓国の女性大統領、パク・クネの失墜です。女性大統領の脆さをみせつけます。打って付けの情報(card)を私たちはここで切ります。やっぱり女はダメだ、と、脈絡も根拠も曖昧なのに、ただ〈女〉の大統領のimageだけを結びつけるでしょう。大統領になってしまえば、上院、下院で優勢な共和党が全面的にあなたに味方するでしょう。ドナルド・トランプ氏、あなたは共和党からさへも嫌われるようなheelを演じて下さい。共和党党員は、逆に危機感に団結しますよ。私への報酬ですか。それは、普通、適宜な額で結構。アトで問題にならないように。私は正当な手段で、金を先物取引しますから。あなたが大統領になると、必ず、金の価格は高騰するでしょうから」

2016年7月16日 (土)

涙、壊れているけれど・23

宣戦布告の美奈子さん

 

斎藤美奈子さんのホンはしさしぶりです。ご無沙汰してました。『学校が教えないほんとうの政治の話』最新刊です。2016/07/10初版ですから、ついこないだです。体裁は〈学校が〉とタイトルにあるように、選挙権が18歳からになった、そんで、きみら、きみらにいいたいことがある。です。しかし、それはあくまで体裁、建て前。これは美奈子さんの〈宣戦布告〉です。誰に対して、何に対してか。

一読すればワカリマス。このホンを「えらく薄っぺらいなあ」と失笑する連中がいるはずです。いえいえ、ホンは書籍としても新書で207ページ、薄くはありません。内容が表層的、表面的、大雑把で薄っぺらい、と鼻で笑うものどもが在るのはマチガイありません。しかし、薄っぺらいのは、このホンの内容ではアリマセン。このホンに書かれた「政治」というもの自体がほんとうに「薄っぺらい」のです。私たちに、このホンはその薄っぺらさを教えてくれます。そうしてそれは、ガッコではじぇったいに教えてくれないことです。

~政治に「中立」はありえない~と、のっけはここからです。そうして「あなたはどっちなの」と迫ってきます。美奈子さんはエピローグでいいます。「したり顔で、いまはもう右だ左だというイデオロギーの時代ではない」「ほんまかいな」「いささかむっとした私はつい口をすべらせた」「だったら右だ左だという本を書いてやらあ」「すべてのスタートは〈こんちくしょう〉です」。

ほんとうならこの〈こんちくしょう〉のアトには「もんくのあるヤツは、くるならきやがれっ」とつづくんだと思います。

そこで、「えー、お釈迦様はどっちでもない中道というものを」という仏教者はアホですね。美奈子さんははっきりと「政治には」といいきっているからです。

じゃあ、私はどっちなのか。私のような渡世のものにも、中立はありません。ただし、いつも右、いつも左でもありません。草鞋をぬいだ親分が右なら右、左なら左になります。白を黒だといわれたら、白は黒です。私どもの大親分は、天皇陛下です。それが、おい、誰が絵を描いとんじゃ。改憲勢力が有利に立ったら、今上天皇が「生前退位」を希望、ときた。皇后陛下も、ともに、いまの日本国憲法はヨシとされている。ジャマモノは消せか、上等じゃないの。天皇の戦争責任、ありますよ。私はあると考えています。しかし、それは、1946年の「人間宣言」で「現人神」を自己否定することによって、一応のケリはつけられ、その後の平成天皇、皇后の平和的活動において、まさにその粉骨砕身の罪責活動において涙ぐましく、償われていってるじゃん。

用意周到、だよなあ、現状権力。まず第一次安倍内閣において、「教育基本法」を改正、ここから「愛国教育」が復活する。第二次の2013年は「特定秘密保護法」ときて、ヤバイ連中は、ひっ捕まえられるようにする。そうして、2014年が「集団的自衛権」だ。個的自衛権で出来ることを大袈裟に、「積極的平和主義」たあ、よういうたもんや。オレは、自衛隊は違憲だとは思ってません。9条にも抵触していないとかんがえている。日本国憲法は自衛権まで否定していません。「戦争放棄」とは、9条に示されているように、「国権の発動による」戦争の放棄だからです。日本国は法治国家ではないんですよ。法がひとを治める国ではナイんです。それは、中国あたりの国家権力のことざんしょ。日本は立憲国家です。人権が国家、法、より上位にある国です。

この間に、マスコミ、報道は「規制」と「恫喝」によって骨抜きにされる。鬱陶しいインテリは、公明党が自民党に代わって手を下す。(だって、選挙の確定得票確保以外に、公明党が出来ることって他にあんのかよ)。

そうして、いよいよ改憲だけど、すぐにはやりません。すぐにやったら、いくらなんでも国民は訝しむのに決まってる。「調子にのるな」といわれるに決まってる。自民党、そんなにバカじゃありません。じゃあ、いつやんの。東京オリンピックがあるじゃありませんか。2020年です。国民はお祭騒ぎだ。その浮かれさなかに、やっちゃうね。それまでの四年間は、改憲のための世論誘導。誰だって四年かけられりゃ、洗脳されますよ。そいで、オリンピックだ、ワーイ、なんだから。憲法、いいじゃん、ついでだ、めでてえうちに、捧げツツ。

こういう趨勢、風潮、傾向に、美奈子さんは「宣戦布告」したんだと思います。貧者の一灯ならぬ、物書きの一筆。です。

余命僅かになったというものの、地獄をみながら死にたくはナイんで、さて、さて、だ。難しいパズルです。

2015年12月10日 (木)

『安倍政権を笑い倒す』を読む

判決。笑いも倒しも出来てません。暖簾に腕押し、糠に釘、引かれ者の小唄。いまなら古本屋に行けば、100円で売ってるでしょう。

主文。保守もリベラルも同じことをいってる部分が一つだけある。「日本をアメリカ合衆国の属国にするのかっっ」だ。どう考えても、このひとたちは何か錯覚している。日本を属国にする気か、では、まだ「属国になっていない」ことが前提されている。冗談じゃナイ。日本はすでにというか、敗戦からこっち、アメリカ合衆国の属国だ。これがワカッテらっしゃらナイワケはナイと思うのだが。
日本に米軍基地は83ヶ所在る。つまり日本は米軍基地の島なんだ。講和条約を締結しているに関わらず、「日米安全保障条約」による「地位協定」(安保条約第6条)によって、米国は「治外法権」を多く所有している。たとえば、公務中の米兵を日本は裁けない。公務外でも基地内に逃げ込まれると似たようなことになる。首都圏上空には「横田進入管制区」てのがあって、1都9県に及ぶこの空域を日本の民間機が飛ぶには一便ごとに米軍の許可が必要になる。よって、民間機はこの空域は迂回して飛んでいる。この他、空軍の演習における騒音の発生、低空飛行の危険性など、どれにも口をはさめない。さらに、1987年以降、米軍の施設整備費用をはじめ、基地従業員の賃金、光熱水道料を負担している。(いわゆる思いやり予算と称されている。オリンピック東京開催が決定したので、名称を〈おもてなし予算〉に変更することが議会に提出されたが、否決された)。2014年度の在日米軍に対する経費は総額で6710億円だ。これは韓国の五倍を超える値だ。
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)は何がどうなってんのか、守秘事項が多くあって、よくワカラナイが、ざっとワカルことは、アメリカ合衆国にとっては有利にはチガイナイということだけだ。断っておくが、TPPは、肉などの食品関連の関税撤廃だけをいっているのではナイ。ことは〈著作権〉にも及んでくる。が、この辺りは資料が秘匿されているので、よくワカラナイ。
けれど、いくら安くてもアメリカの牛肉だけは食えないよ。ひどいもん。日本のマグドナルドがパテの原材料の肉を本国のアメリカでなく、オーストラリアからの輸入にしているのはよ~くワカリマス。
かつて「貧乏人は麦を食え」と答弁して顰蹙をかった宰相がいたが、要するに「貧乏人はアメリカの牛肉を食え」といっているのがTPPだと、メタファーとして考えて、そうマチガイはナイようだ。

『安倍政権を笑い倒す』は、佐高信氏と松本ヒロ氏の対談本で、インテリの胡散臭さとお笑い芸人の卑屈さがよくワカル。つまり、安倍政権に対しては「目くそ鼻くそを笑う」だ。私はどっちの方ともお付き合いはしたくねえなと思った。さらに、笑い倒してみてくれよっ、それなら。と、読みながら焦燥を覚えた。太宰まで持ち出しての「弱者の味方」を喧伝しているが、弱者が正しいとは限らないんだぜ。太宰の読み方がオカシイよ。
安倍政権になって、日本の滅亡(亡国)に加速度がついたことは、町ブラしてればワカルし、ふつうに暮らしていればワカル。しかし、私の目の黒いうちに亡ぶとは思いもしなかった。が、そうなんのかなあ、やっぱり。

2015年10月28日 (水)

Words of the nincompoop ⑥

中国が、南シナ海の南沙諸島辺りの海を埋め立て人工島を造り、飛行場を建設したってんで、アメリカも黙っているワケにはいかない。ここは航行自由海域だとばかりに、戦艦を往来させ始めた。何だか軍事演習もやるみてえだな。つい最近、オバマ、シュー・キンペー会談では微笑んで握手をしたんだけど。
ところで、この南シナ海が公海だとは、中国は認めていない。1992年2月25日に施行された『中華人民共和国領海及び接続水域法』(長ったらしいナ)の第2条には、こう記されている。/台湾及其包括钓鱼岛在内的附属各岛、澎湖列岛、东沙群岛、西沙群岛、中沙群岛、南沙群岛以及其他一切属于中华人民共和国的岛屿/。訳しますと、/中華人民共和国の陸地領土は、中華人民共和国の大陸と沿岸の島、台湾、及び釣魚島を含む付属の各島、澎湖列島、東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島、その他は全て中華人民共和国の島に属する/。つまり、台湾も中国の陸地領土なワケですナ。
私はもちろん法律には疎いから、海上の島(シマ)の領域の決め方は知らないが、暴力団の縄張り(「シマ」)が、どうやって決まるかくらいは知っている。これは「先に行ったもん勝ち」なんだそうだ。「ここ、ボクんとこ」と、真っ先に旗立てたらイイらしい。で、それが気に入らないなら、「シマ荒らし」と、抗争勃発になるんだと。
そのうち、宮古島とか与那国とか、沖縄とか、紅い旗が立つんじゃないかな。「ここは、ほんとうは中国のものなんです」とかいわれて。ビミョーだねえ。米軍基地移転。ほんとは安倍ちゃんもこういいたくてたまんないハズ。「ここに、米軍基地造んないと、中国に占領されますよ」。中国の名前を出すワケにはいかないからなあ。しかし、集団的自衛権も安全保障法案も、要するに「対中国」のためのものだということは、素人の私にでもワカリマス。
それと、どうも、キンペーさん、虎と蠅とを叩きすぎて、軍のほうとうまくいってナイんじゃないかな。中国四千年の権力闘争と、銭が頼りの歴史は、そう簡単に変わらない。

2015年2月14日 (土)

ノーキョー改革と水素元年

安倍ちゃんが、所信表明演説で、よくもまあというほど耳触り(本来は耳障りという否定的なコトバとして使われていたが、近年、こういう肯定的なコトバにもなった)なことを声高に述べて気炎を吐いているが、確かにノーキョー(alphabetでいおうと、脳凶と連想しようとどっちでもイイヤ)の改革は必要なことは確かなことだ。ノーキョーの農業従事者管理は「支配」にまで腐敗していることは、もううーんとむかしから囁かれているからな。私の高校時代の学友の数人は、このノーキョー職員になった。で、二十歳くらいの頃かな、同窓会で出合ったら、いってたよ。「ノーキョー職員は天国やな。ビールなんか買うたことないわ。中元、歳暮で、何から何まで届くからな。食料品から犬の餌まで、みんなタダやで。もう、ウハウハの極楽や」。別の彼のひとはいう「農業の後継者がいないというのは、みんな百姓がイヤでノーキョーに勤めるからや。田圃みたいキツイ作業なんか、アホらしくて、してられへんわ」。で、彼等はいま、悠々自適の老後に入ったが、口をそろえて「海外旅行は、もう飽きた」というのだ。
安倍ちゃんの改革で、何処までノーキョーが新しくなって、いまや工業化した農業が何処までいいふうになるのか、私にはよくワカラン。とはいえ、農民が票田だった与党が、いまや動かぬ山になっている、その影響が聖域の改革断行というカタチで生ずるのは、そう悪いことではナイ。(安倍ちゃんがいうほど上手くいくなんてことは夢にも思ってはいないに関わらずだが)。

水素元年というらしい。水素がエコなエネルギーとして本格的に市場参入してきたからだ。まったくもって理想的なエネルギー源だ。だいたい、水素というのは、視点を転じて観れば、海水からもとれるのだから、無尽蔵のエネルギーだ。
とはいえ、ボンクラな経済学者が考えるように、そう楽観はしないほうがイイ。水素エネルギーは「使用価値」は高いが、経済は使用価値が支配するものではなく、「交換価値」によって動く。石油資源を保有しているロシア、中東。シェール(ガス・オイル)で稼いでいる米国が、そんなエネルギーの世界支配を許容するワケがナイ。
日本も本気で動くのなら(それなりの予算はついているのだから)、ほんとうの人道支援で、エネルギーのナイ、貧困国の支援を含めて、水素エネルギー立国を考えるべきだ。
原発の再稼働。フクシマは人災だということを忘れてはイケナイ。原発の設計、建造は、他の如何なる建築物よりも安全であることはマチガイないのだ。そんな資料を提出されても、フクシマの後処理で死者の多く出ている現状、いまだ仮設住宅生活者のいる状況を考慮すれば、「人道的」に、安易に再稼働などというべきではナイ。
ちなみに、核融合原子力発電のエネルギーは重水素だ。太陽は核融合エネルギーだ。太陽光パネル発電のおおもとは、核融合エネルギーだということだ。

2015年2月 5日 (木)

人道支援とはナンなのか

ODA(Official Development Assistance・政府開発援助)の頭文字。 政府または政府の実施機関によって開発途上国または国際機関に供与されるもので,開発途上国の経済・社会の発展や福祉の向上に役立つために行う資金・技術提供による公的資金を用いた協力をいう。~
ここ数日の「イスラム国」関連のニュース、報道番組で、日本政府がやたらと「人道支援」というコトバを強調するので、ちょっと調べてみた。で、それは上記のODAのことをいうのだろうと、考える。
日本人捕虜処刑(殺害)については、「戦死」「討ち死に」という他、私にはいうことはナイ。なんなら、その前に「無念の」と付けてもイイが。ともかく「イスラム国」は「戦争」をしているのだから、「善意のジャーナリスト」だろうが、当の「イスラム国」軍が敵と見做せば敵だし、戦争というのは敵を殺す行為(政治)なのはアタリマエのことだ。もちろん、「イスラム国」をテロと名指しても、イスラム教とは無関係だとムスリム関係者が説明しても、それほど意味はナイ。それと同様に日本は武器提供はしていない、戦闘には加担していない。人道支援をしている。と声高に訴えても、「イスラム国」にしてみれば、まったく意味がナイ。
とはいえ、「イスラム国」と名乗る集団が、貧困や抑圧を根源として生じてきたものならば、その無知や飢餓を救済するために、人道支援をする日本の営為は悪いこととはいえない。だから、どんな「人道支援」をしているのか、つまりはその銭の流れと、成果とを国民は(税金を支払っている以上、その税金が人道支援に使われている以上)知る権利があるし、政府、関係機関は情報を公開する義務があるはずだ。
で、ウィキペディアなどで(オレは、月々700円、この機関に銭払ってっからな。堂々としておこう)調べてみたが、どうも、そのあたりはグレーなのだ。つまり、何にどんだけ銭使って、どんな成果があったかは、大事なところで非公開なのだ。要するにワカンナイのだ。
国民がワカンナイことを、錦の御旗のごとくおったてて、主張しても、納得出来るワケがナイ。ODAについての批判、要望も読んだが、こっちのほうが説得力がある(詳細調査はご自分でやって頂戴ね)。このさい、政府はその辺の声に耳を傾け、強調している日本の「人道支援」の具体性を国民に情報開示したほうがイイ。
昨日、『ひるおび』(毎日放送)で、「にほん、ワルクナイ、ニホン、りっぱ」てなことをやっていたので、ほんとかよと、面倒くさかったが、ちょっと調べてみた。
あんまり、感情的歯切れの良すぎる安倍ちゃんの言説やら、マスコミ報道の煽りに踊らされて、アトで泣きをみたくないからな。

2015年1月11日 (日)

闘えど争わず

いわゆるアナーキズムの舌鋒であり、カール・マルクスの経済学から多くを学び、あるときは友人にあるときは論敵となったバクーニンは、「国家」(という権力形態)を絶対に認めなかった。マルクスのコミュニズムとバクニーンのアナーキズムの最大の違い、岐路はそこにある。簡単にいってしまうと、マルクスの共産主義も最終的には国家という形態は消失することになる。これはマルクスのリアリズムだが、ある意味、理想主義、楽観的に過ぎるともとれる。バクーニンはいう。「いったん権力を手にした者が手にした権力を手放すとは思われない」つまり、一国社会主義という国家形態はなくならないという予測だ。レーニンは、ヘーゲルの弁証法も検討した結果、やはり、敵対する権力と対峙するには、相応の権力システムが必要だと考えた。マルクス-レーニン主義によるレーニンの『国家と革命』では「「プロレタリア国家」は、プロレタリアートにとって最も民主主義的であると同時にプロレタリア「階級」によるブルジョワ「階級」に対する「独裁」を行うとしている(プロレタリア独裁)。そして、そのような「プロレタリア国家」は、やがて「死滅」していく。「プロレタリア国家」を別の表現で言えば「資本主義」から「社会主義」に至る過程の「過渡期国家」である」。つまり、「国家」システムは共産主義社会への過渡期に必要なものだという考えだ。
ほんで、や、現実、現行世界、社会はどないやというと、けっきょく、バクーニンの予想どおりになっている。「国家」というものを煎じ詰めていくと、「権力のシステム」になる。ミシェル・フーコーは、終生、この「権力」というものについて研究、思想した。
私たちは、いま「監視国家」という、さも新しそうな Information technology を、とやかくいってるが(たとえば海外ドラマの『 Person of Interest』)、フーコーは、かなり早くからこの「権力」に取り組んでおり(んで、もう、死んだんやけど)マルクスの限界も提示していた。(とはいえ、有効ではナイとはいっていない)
さてと、取って返して、アベちゃんズムの飴はなんだか口の中で小さく溶けだし、鞭のほうがいよいよ振り上げられてきた。沖縄の新知事は、日本政府に門前払いをくらい、基地建設反対なら、もう沖縄に銭はやらんといわれているし、私(たち)に支給されている年金は減額されるそうだし、いま、年金を納入している若い人びとが、年金を支給されるかどうかは、五分五分のバクチになっていることは、経済学者や経済コンサルタントなら、みなさんご存知。そこへきて、国保は納入額が上がり、といって75歳以上の医療負担特例は、これがなくなっちまう。さらに消費税10%が待っている。つまり「国家」というのは「権力のシステム」であると同時に、もう一つ「適者(のみ)生存」という顔を持つ。単純明快にいえば、その国家に適しているもののみが生き残れる。(アトは死ね)。んで、どうなってるか、世界で難民の数は増え続け、格差と差別から、国家が「テロ」と呼ぶ人びとが、これも増えている。(私は『イスラム国』はまったく支持しないが、虐げられてきた人びとが武器を持たざるを得ないのは、当然至極のことだと思う)。
私などは年齢的にも私財的にも、心身の壊れ方からみても先がナイ(つまりあんまり深刻に考えなくてもイイ)から、どうだっていいやと半分は不謹慎な心情なのだが、半分はヒジョーに不機嫌、不満、愚図つく、むずガル、のココロだ。
もうちょっと呑気に「老後」というものがおくれると思ってたよ。しかしそんな「癒し」は「マヤカシ」に過ぎないと、実感している。これ、年頭所感だぜ。