番外・ブッディ・シフォスは山にいる
シンタ・ワリム・ナドクと申します。ケニアに生まれ、五才のときから北村想(想父と記すこと、します)の援助、十年、その後、五年、貿易と日本語の勉強。来日、二十歳の誕生日に日本に帰化しました。きょうは想父の代筆します。
想父は、現在は、読者のご心配のメールのとおり、心身良くなく、転居のための環境変化のためにうつ病が悪化、腰痛(仙腸関節炎)が神経痛を起こし、座りも寝るも痛い、です。注射と沈痛剤(タリージェ10㎎)でなんとか、おさんどん、とかををヤっています。つまり、想父は引越しのついでに結婚いたしました。ついでといっても、想父にしてみれば、七十三才の最後の縁だとおもわれます。ブログは、東京の演劇をスッパリやめた、食い扶持なくなり、この地方の演劇のひとのために、短いホン書いています。あまりゼニにならないようです。それでも、援助を四つ、やめず、ヤっていますです。東京の芝居、芸能界と付き合うのは二度とゴメンだ、と、いってました。でも、十年食えたのだから、やめた理由はいいません。でも、『ばけ、ばけ』観ていました。あれは大阪でした。『リプート』も観ていました。
読者の方から、ブログ休んでいる、心配メールきて、名古屋の貿易商社(小さい、とても)に勤めている私に電話あって、私が書きました。拙いです。お許しねがいます。
ひょっとして必要になるかと、転居の新住所、書いて記します。
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想父、ここは昭和だといいます。よくワカリマセンが、そうです。
シンタでした。失礼、しました。ありがとございます。

