Sisyphus descending from the summit-25
/1753年、ダニエル・ベルヌーイは、波動方程式の解として三角関数を想定することにより、弦の振動は基本周波数とその整数倍の周波数の成分(倍音)の重ね合わせとして表せることを発見した。/~このメモはいま読んでもチンプンカンプンです。たぶん、「弦の振動は基本周波数」この〈弦の振動〉と、「周波数の成分(倍音)」の〈重ね合わせ〉という部分が気になって残したものだとおもいます。どこかで「超弦理論」と「量子の重ね合わせ」が無意識にカサネアワセとなったのでしょう。「超弦理論」はタイヘンに「美しい理論」として登場しました。この理論によると、「宇宙は或るハーモニー」ということになります。もちろん、あたしゃ、飛びつきましたネ。しかし、その後下火になって、次に登場したときは「超ひも理論」と称されていました。それはチガウよ。と悔しいおもいをしたのを憶えています。〈ひも〉ではなく〈弦〉だからこそ、倍音(基本となる音に重なって聞こえる、より高い音。 ベースの音のほかに鳴っている、2~4倍周波数が高い音。基音がドの音であれば、2倍音はオクターブ上のド、3倍音はソの音など、基音の周波数の整数倍の音程で聞こえます。マチガッテいるかも知れませんが、electriciteit・guitarの独奏なんか、そうなんじゃないのかな)になるワケで、〈ひも〉はそんなふうにはなりませぬ。ところが、最近再々度「超弦理論」が蘇ってきました。私、トランペットを2オクターブ程度ですが、吹きます。トランペットも倍音が多く知られています。昨今は指を痛めているので、マウスピースだけでおもいだしたように練習したりしますが。
/Paradox of Ghosh⇒ゴーシュは町の活動写真館の楽団「金星音楽団」でセロ(チェロ)を弾く係。楽団では近く町の音楽会で演奏予定の『第六交響曲』の練習を続けていたが、あまりにも下手なためにいつも楽長に厳しく叱責されていた。そんなゴーシュのもとに、郭公(クワッコウ)を始め様々な動物が夜毎に訪れ、いろいろと理由を付けてゴーシュに演奏を依頼する。そうした経験を経た後の音楽会本番で「第六交響曲」の演奏は成功し「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ」という不思議なゴーシュの独り言で終わるサクセスストーリー/~音楽の話題ついでで『セロ弾きのゴーシュ』(宮澤賢治)というのが、ふつうのストーリー展開の解説ですが、私は、これはチガウのではないかとおもいました。このストーリーですと、水車小屋ての動物たちとの練習がゴーシュの幻想、町の楽団が現実というふうになっていますが、私は、それはまったく反対で、動物たちとの練習が現実で(描かれた物語という虚構の中ではですが)、町の楽団が幻想であるとかんがえました(拙作『ゴーシュの夜の夜』)。ですから、サブ・タイトルがParadox of Ghoshなのです。現実に登場する動物たちはみな「菩薩の化身」です。それは近隣の村人たちでもあるのですが、すべて菩薩です。賢治にとっては楽団で成功などするよりも、この水車小屋でのエピソードのほうがほんとうのことなのです。この賢治童話では、郭公(クワッコウ)の部分は念入りに描写されています。それは、郭公が最も位(くらい)の高い菩薩だからだとおもわれます。(これはそのまま『マリヴロンと少女』に移行されますし、『妙法蓮華教』にもたしかあったと記憶しているのですが)。そうしてその菩薩は「空」そのものでもあります。「空」からの視線、それは賢治童話の新しい着眼点です。この賢治童話は空からの視線で貫かれているからです。似た位相の童話に『やまなし』があります。ここでは川底から水中、水面への視線が用いられています。賢治童話の特徴は幾つかの視線の重なりにありそです。と、いうことで、と。
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