「narrative-60の謎」-8
散文、小説における登場人物と戯曲の登場人物とでは、その身体性が大きくチガイマス。戯曲の登場人物はかなり具体的な身体を持っています。舞台で生身のヒト(役者)が演じることが前提として書かれているからです。けれどももちろんイメージ(像)としてです。たとえば戯曲には「アテ書き」という手法があります。予(あらかじ)めその役(登場人物)を何方(どなた・どの役者・俳優)演じられるのかが決まっている、その役者にアテて書くという手法です。
戯曲に書かれた身体はイメージ(像)ではあるけれど、演じるヒトはその身体(イメージ)に自らの現実の身体を重ね合わせていかねばなりません。この場合、ホンを読んでいるあいだだはその役者のイメージ(像)であったものが、舞台に立つと逆立するということです。イメージであったものが実像に、そうして現実、実像の演者はひとつの視線となって舞台の立像を批評、分析、了解、納得していくという関係になります。べつのコトバでいうと、ホンに書かれた登場人物が表現主体であり、役者はその分析者という関係がまずあるのですが、これはまさにジャック・ラカンの精神分析の如しです。これが実際の舞台に役者が立ちますと、役者は表現主体となり、視線が分析者というふうに逆立します。この関係を了解していかねば、戯曲は読めません。読むというだけでは戯曲としては完結しないのです。この逆立の記号接地はAIには真似の出来ない〈矛盾〉です。けれどもこの〈矛盾〉がなければヘーゲル弁証法的な発展(アウフヘーベン・aufheben/止揚、「アウフヘーベンする」とは「対立する考え方や物事からより高い次元の答えを導き出す」「対立する二者を超越した結論を導く」という意味。「対立物の相互浸透」からの発展、進捗)はアリマセン。こういった道程、道筋をAIが独自に可能なのか、哲学的に譬えていえば今のところAIの人工知能としての「思考」と呼ばれるものはカント辺りの段階で、ヘーゲルには進めません。ヒトの脳はヘーゲルにも進めますが、何故、それが出来るのかは脳科学として未解決です。この伝でいえばAIはヒトの脳作用(システム)のコピーとも云い難いです。f→f(1)という写像理論で現すことは難しいのです。
さて、具体的に小泉さんは、自分の演技のナニをどう分析して変化させたのでしょうか。
小泉さん自身にも訊ねましたが、ともかく「どうもカラダが納得して動いてくれないので、それまでの演技テクニックに該る部分を一端全て棄てて、カラダが納得するままに演じてみた」というふうなニュアンスの応えがあったような記憶はあるのですが、さて。
以下は彼女の演技を演出者と私とで解釈しつつ至ったとりあえずの結論ですが、私たち(作家と演出者)は彼女に変化球をたくさん教えたが、単純に直球(ツーシーム、フォーシームと称されるものですね)が良かったのではないか、でした。
/少々の解説] 球体が回転しながら空気中を移動するとき、回転する球の周囲に圧力の変化が起こります。進行方向に対して上向きの回転(バックスピン)が加わると、ボールの上下に圧力差が生じて球を下から上に持ち上げ重力に逆らう方向に力(揚力)が発生し落下しにくくなる物理現象。バックスピンのかかった速球が揚力を受ける場合に、「8の字」と表現される縫い目を持つ野球のボールには回転方向の違いから大きく分けて2つの異なるパターンがあり得ます。日本で昔から「ストレート(直球)」とされてきた握りで投げる速球は、ボールが1回転するたびにシームが4回通過することになり、「フォーシーム」と呼ばれます。これに対して、従来は「シュート」系とされてきた握りで投げる速球は、ボールが1回転するたびにシームが2回通過することになるため「ツーシーム」と呼ばれており、フォーシームとは区別されています。昨今フォーシームとツーシームでは境界層分離の発生する場所はボールの回転によって異なるものの、ボール全体に生じる空気力学的な効果はほとんど同じだということが判明。 何がフォーシームとツーシームの軌道の違いを生み出しているのかというと、「ボールの回転軸の傾き」だとのこと。この球はバットに当たったときにその力を発揮する。たいていはゴロになる。「江夏の27球」で知られる阪神タイガース江夏投手はプロ入りするまで変化球の投げ方を一切知らなかった。巨人の江川投手には「直球とカーブ、それ以外の球は要らない」という名言がある。/
小泉さんの場合、/せりふで役を演じる/というかんがえかたを一端棄てて、単純に/せりふを自分のカラダが納得するようにコントロールしていく/に換えたのですね。もちろんのこと、段田さんはゲネプロでは彼女に圧倒されていたのですが、本番では、彼女の投げるボール(せりふですね)をどう受けて投げ返すかに演技を換えてきて、ちゃんと主役をまっとうされていました。
~つづく
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