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2024年11月15日 (金)

nostalgic narrative 46

承前:
まさに、いつまでつづく泥濘(ぬかるみ)ぞ、だ。しかし、やっかいではあるが、私にとっては貴重なアイテム、ツールもごろごろしている。「(私の)演劇表現は無意識の科白(せりふ)化だ(科というのは〈しぐさ〉のこと)」という命題も 「鬱病は精神疾患ではなく、社会学的な憂鬱の量子もつれだ」という命題もその道筋で掘り出したまさに掘り出し物」だ。とりあえずその貴重なお宝にはいまは言及しないことにして、ペンローズの「脳は量子コンピュータである」という命題はそこら辺りのインテリにはオオウケだったとおもわれる。しかし、マトモな生物学者はもちろんそんな俗論には満足しない。いくら数理物理学の権威のコトバだとしても、俗論、通俗談には肯定出来ない。(だいたいペンローズは科学哲学者でもあるからナ。 鶴亀 鶴亀)。という私、主筆などは単なる庶民大衆(popular)だけども。~しかしながら、大衆はもとは仏教用語の「だいしゅ」であり、仏教に帰依した多くの僧をいって現在の大衆の語源となった、とある~
物質の最小単位は素粒子で 量(エネルギー)を持つものを量子というふうに分別(ゴミではないよ)するならば、脳だって細微(最微)は素粒子(量子)であることにマチガイはナイ。(脳内伝達手段は電気信号だしね)しかして、その力学である量子力学から発想を得た量子ビット(キュビット)で計算をする量子コンピュータであるならば、脳→AI→脳という考察から、脳が量子コンピュータだ、といってもあながち「なるほど領域」なのだ。けれども量子コンピュータにはかなり大きな弱点がある。「マチガイが多い」というのはご愛嬌で、だからこそヒトの脳に近いといえるのではナイか、とワトスンを諭すホームズのような顔も出来るだろうが、ところがこの「マチガイが多い」理由なのだが、チガウ表現をすると「孅い(か弱い)」のだ。マシンにしては壊れやすすぎるのである。といいますかね、量子コンピュータを作動、稼働させるのにはかなりの神経質な環境の配慮が必要になってくる。これはもうコアラやパンダの生育環境の比ではナイ。
〈コヒーレント・コヒーレンス〉という用語が物理には頻繁に出てくる。たしか前者が名詞で後者が~形容詞か副詞だったかなと記憶していたらそうではナイようで、さっそくグーグルのAIの答を引用すると、
・コヒーレントは波動が互いに干渉しあう性質を持つことを意味します。
・コヒーレンスは、波の位相や振幅の揃い具合、干渉縞の鮮明さを表す言葉です。波が重なり合ったときに干渉縞が作りやすい場合はコヒーレントな波と呼ばれ、レーザー光は代表的なコヒーレントな波です。
だそうです。これはまあ、要するに波の重なりやすさのことだ。たとえば〈デコヒーレント・デコヒーレンス〉となると、デが付くので干渉縞が作りにくい状態というふうに 量子力学の観測理論では、/デ付き/のほうを「混合状態」といい/デ無し/のほうを「純粋状態」というふうに記述していたのを学習した覚えがある。もちょっというと「シュレーディンガーの猫」は観測理論でいえば、未だ/デ付き「混合状態」/のほうで、ここまでだと波動関数で理屈をすすめられるのだが、ここからはマトリックス(行列関数)/デ無し「純粋状態」/までいかないと量子の運動は掴めないと、ずいぶん前に勉強した(ので、ぼんやりとしか思い出せないのだが)。 私、主筆は専門家ではナイので大雑把にハナシをすすめると、蛍光灯や太陽光というのは レーザー光のようにコヒーレンス(純粋状態)ではナイ。従って「あなたの隣に量子コンピュータを一台如何ですか」というセールスは出来ない。
つまり、量子コンピュータを設置 作動 稼働させようとするのには、かなり難しい環境を造らねばならない(ずいぶんと冷やさねばならないらしい)。かつ、そんな環境でも、量子コンピュータは長時間働いてくれない。ほんの僅かな環境の破れ(たとえば蝶々が羽ばたいたとか 量子もつれとかだ)で「マチガウ」のだ。しかし、その演算速度たるやスパコンが数万年かかってやる計算を数秒でヤルというのだから、キュビット(量子ビット~つまりはビットとビットの重ね合わせ~これを観測理論では状態ベクトルという)畏るべしだ。
が、しかし待て。私たちはたしかに細かく 細かく さらに細かくしていけば〈量子〉になる。なのに 太陽のもとで生きているではないか。というのはムチャぶりで、私たちは量子として生きているワケではナイ。量子の集合(結び付き)は量子ではナイ。誤解をおそれずに述べるならばそれは原子だし、ペプチド結合として分子であり、そこまでいかないとヒト(身体)とはいえない(常識的にはだけど)。ただし、分子生物学 があるように、この分子結合に分け入っていくと 分子というのは原子の結合だから原子の結合になるのだが、それらはさらに量子のくっつきだ(どうヤッてくっついているかにおいてクォークの登場となるのだが)。量子生物学によると陽子の結合部分は図式では破線で描かれ、その理由はその部分の結合は波動だからだ。ということになる。波の重なりで結ばれているのだ。いやあもうスゴイなとしかいいようがナイ。この辺はまたアトで語ればヤるとして、多大な熱量(電気料・電気代)を要するAIと環境的にガンガン冷やさねばならない量子コンピュータは相性が悪い。つまり、量子AIはいまのところ造れないということだ(と、私は理解している)。だから役割分担しているのだろう。
すると、ヒト(の脳)は量子コンピュータでは無いのか。そうです。そうなのだけれども、デコヒーレントな環境(世相・社会・自然)から少なからず影響されているものではある。
****つづく

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