時世録・51
「限りなく続く敗北」が、まさか元日からいきなり始まるとは。
震(ゆ)れた、と、そのとき、あっそうか、出揃ったとはいったが、たしかに出揃ってはいるのだが、ひとつ忘れていたことがあった。
それが「日常化」し過ぎて、「忘れたころにヤッてくる」ではなくなっているということについて、如何にも鈍感になっていたことだ。
そうか、限りなく続いているゆえにからか「また始まった」という感度でしか捉えられなくなっているのだな。こいつぁ、クマさん、うっかりしていたねえ。落語じゃあるまいが、市中、町中、道路や家の庭に熊が出る。ということがめずらしくなくなったということだよ八つぁん。
で、この先どうなるか。観る眼、嗅ぐ鼻、天を読む。かつて私の若いころは、スターリニズムと称して(称されていた)ものが、いまはポピュリズムと呼ばれている。何でなのかは知らない。私のブログだってタイトルは『ネオ ポピュリズム』なのだが、これは揶揄だ。
変えようかな。たとえば『シン・アンチクリスト』ってのはどうだ。キリスト教と旧統一教会なんざ紙一重なんだが、ん、理由、だってどっちも脅し(カツアゲ)の狙い撃ちじゃないの。キリスト教は知らないが(未だにカトリックとクリスチャンの違いもハッキリと知らない)、イエス・キリストと名乗って磔刑で死んだ彼のことは釈迦シッダルータと同様にsympathizerなのだ。に、しても、ユダは苦労人だったなあ。さらに一休禅師なんかは実に上手く死んでいったなあ。この二人もsympathizerとしてなかまに入れておこう。
そうね、この先ね。興味本位でいうならば、たとえばロ×ウ戦争はこの前書いたからいいとして、よくはナイんだけど、もう時間の問題でウクライナは面従腹背でいいものを、いつまでも領土に拘って、停戦条件良くしようとしている間に、ロシアのなんぼでもいる兵隊さんが屍の山を乗り越えて攻め込んで来るだろうな。イスラエル×パレスチナはどうだ。あそこんところが全部イスラエルになって、パレスチナは追い出されて、やっぱりゲリラ戦かな。なんだ、むかしと立場が逆転しただけだ。そんなに国家や領土ってタイセツ、或いは必要かね。領土なき国家、国家なき国民というのも、AI時代じゃ可能だよ。北朝鮮、ね。一発撃てばどうかな。ICBM。アラスカあたりに落とせばどうだ。マンセー。中華大国は台湾がどうのなんていっているあいだに群雄割拠の三国志時代みたいになるよ。何しろ権力、権威がお好きなのが多すぎるから。マオトンチャンが2000万人政敵眷属処刑殺戮したって、国民はご立派。ついこないだまで、ホテル正月だったけど、朝飯にドリンクコーナーで、こっちはカップにコーヒー注いでいるのに、中華国民インバイダーの方々はその日消費のcoffeeをポットに注いでらっしゃるんだから。
いやあ、「限りなく続く敗北」がみみっちいハナシになりました。
じゃあ、まあとりあえず、明日っからは、「限りなく続く仕事」だな。
南無、自燈明。
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