時世録・35
「あんた、キュウリを一本で買う、こんなこと人生でいっぺんもなかったワ」
たぶん同年齢くらいの高齢者だが、身なりはよく、貧困とはとてもみえない女性が、憤慨というより、テレビ番組欄なんかなら〈激怒〉とか表現されるような口調で云うのである。私の買い物は毎日で、野菜を買うところはややランク落ちのスーパーなのだが、ランクが一つ高いマーケットとの値段のチガイは10円程度だ。何からその話題になったのか記憶にナイが、たぶん私の独り言「高いナア~」が聞こえたのだろうとおもう。
物価高騰のせいで、めしのおかずが残せなくなった。それでも、ワンランク上のマーケットには近所の農園の野菜が出ることがあるので、そこの茄子やツルムラサキなどは多少ハウスものより高くても買う。茄子とモツの煮込みというのを発明して、これが美味い。モツワンパックと茄子一つの価格は変わらないのだが、茄子をごま油で炒めて、煮る。昨今、茄子の皮を軽くむき、最初に油とからめて炒めるという方法もあると知って、そいつを今度は試すつもりだ。
私は外呑みはしない、賭け事もしない(若いときは競馬はヤった)、銭のかかる女とは付き合わない(と決めている)ので、要するに無駄銭は使わないので、外食や買い食は選り抜いてイイものを食うことにしている。残念なことに、十代の頃からの行きつけの中華屋が、master downで、冷凍餃子屋となり、台湾料理屋は、突然閉店した。たぶん徴兵されたか義憤で帰国したのだろうとおもう。
昨今はそういう情況に遭遇したとき、「ああ、戦時中だなあ」と真面目におもう。戦前なんかじゃナイ。これは賢者タモリさんも読み違えている。
戦時中にあって、日米韓同盟なんてまったく信用していない。もちろん、中ロはそれ以上にダメだろう。あっちこっちが軍事同盟をやたらと組み始めたが、そんなものは、合衆国の政治情況に比すればまだマシだ。てめえの罪状を帳消しにするために大統領になろうなどという野郎と、それを信奉している国のさらに日本は属国なんだから、戦争に負けるとは辛いことだなあ。
とはいえど、合法的殺人ゲームである戦争はもうほんとうに、この世の出来事なのか、だとすれば、えれえところに生まれてしまったなと、いくら仏陀曰く「諦念」をおもっても、もう厭きた。この半壊した心身がもたなくなったら、足掻くのだけはヤメルつもりだ。
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