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2023年6月

2023年6月25日 (日)

時世録・22

並行に脳は使われた。
最近、評判らしい「デカミス(警察やら弁護士やら記者がらみで若いヒロインがいての、ミステリ・コミックを読みつつ、具体的には『クジャクのダンス誰がみた?』ですが)、/最近、多いなあこういうコミック/。「海老オペラ」とはいうけれど、こういうのが「文化の廃れ」の前兆なんじゃないだろうなと、ちょいと心配になりつつ、しかし、『ダイマシン』といい『イリオス』といい、リチャード・ウーには完敗だなあとおもうのだ。物語のinspirationというか、situationのぶったまげさというか、要するに刑事ミステリ(小説)を漫画にしているその他大勢の時流屋連中に、アキレスの亀の如く平然と(あきらかに放り投げ作品も含めて)差をつけフラッグを立て続けているのは、そうしてそれがもう、山風さんを抜いているのは、驚くしかナイのだ。つまりコミックとしての虚構の〈世界〉を悠然と武器にして、逆にリアルな「デカミス」を書いているということだ。コミックは『ミステリとはいう勿れ』からなのか(これは少女が主人公ではないけれど、少女・女性が重要な登場人物として登場する)、あちこち、そういう「デカミス」の増殖、雨後の竹の子なのだが、なんだか、時代劇が衰退したときのように、みょうにリアリズム(時代劇でいうなら時代考証)を持ち込もうとして、そいで、つまりstoryにrealismを持たせようとしているのだが、考えても(考えなくても)みよ、『ドグマグ』『黒死館』『虚無供』のどこにリアリズムなどというゲスがある。演劇というものも戦後リアリズム演劇なんてのが云いだされて、romanticism文学は蹴散らされ、で、けっきょくそのリア(リズムの)王さまも、唐十さんの現代幼童歌舞伎に押し流され、不幸なことに、唐さんの疾病で、今度は伝統芸の歌舞伎のほうが取り沙汰となっている。しかしながらリアリズム演劇は、この厚顔無恥がとおもうほどに何食わぬ顔してのさばっているのだ。
と、まあ、並行の一つはそんなふうなこと。
もう一つは自殺念慮について。
ひょっとすると、これは老年性鬱病なのかも知れない。と推論してしまった。意味なく(意味はあるんだろうけど)この年齢(私、71歳)になると、半世紀に及ぶ演劇人生で犯した罪の数々、ペテンの数々が、自らの嘘として、自己許容出来ない性格、資質を持つものには、襲って来る刻なのかも知れない。以前は、あのときああしていれば、あの娘は助かった、扶けることがでけたのに、と悔やんでいたものが、ちょいと波がカタチをかえて、ああしなかったから、こうしたから、いま、あの娘はこんなに(どんなんかは詳しく知らんのだが)なったんだぞ、と、自責になっていて、それが自罪となり、自殺念慮への誘いとなっている。と、こうい理屈なのだが、そこで、もうそりゃああんた、罪は罪、罰は罰、世の中が罪と罰で出来ていなければ、神様も出番はなかろう。けだし、私は神でもこの世界の住人でもナイ。どっから来たのかワカランけれど、来たんだからもうすぐ還るから、それまでは、もう「成り行き」ということで、泣いておこう。
さて、水菜と油揚とキノコの煮出しでもつくろう。晩飯だ。

2023年6月24日 (土)

時世録・21

朝の目覚めのときだった(かつ、たまにであった)恐怖感が昨今しばしば昼間にも生じるようになった。〈不安〉ではナイのだ。抗不安剤(つまりはtranquilizerだが)というのはあるが、けっこういまでも服用しているが、不安で服用しているのではなく離脱症状を防ぐのに止めることが出来ないからで、止めるのには、以前、二種類のクスリをヤメタときのように2~3年かかる。その頃には余命が尽きかけているので、今更ヤメルことなど出来ないのだが、しかし、恐怖感というのには鬱病歴の長い私も経験がナイ。坑恐怖剤なんて知らんしな。
で、沈思黙考。ああ、そうかとおもいあたった。やはり鬱病からの余波なのだが、「自殺念慮」が根底にあるらしく、それを怖がっているようなのだ。広末くんのことについては、けっきょく、損したのは彼女だけじゃネエのか、と漠然、感じている。ま、それはイイのだ(良くはナイけど他人事だからな)。上沼クィーンの「もう、私らのいていい世界やナイんやわ」という独白には、心底抉られた。ありゃ、イカンよ。わしらに死ねいうてるのとおんなじやん。
ロ×ウ戦争はいろいろ勉強になった。欧州というのはそんなに裕福でもナイのだ。それは新興アジアも同じ。どこも貧富の差の表と裏。合衆国は老害。日本はアト40年で国家としては消滅してしまうらしいが、おらあ、蒔けるだけの種は惜しみなく蒔いておく。先月のユニセフと国境なき医師団への寄付は6万円をこえた。こっちもそれくらいの飲み食いはしたからな。
キツイことに最近アルコールが入ると頸椎、膝,、指の関節炎なんかが痛む。その痛みを消すためにさらに飲むと、翌朝、ひでえ痛みで目が覚める。これ、アトどんだけ続けるつうの。
で、もう生きたくナイというツマラナイ気分になる。これを誤魔化しているうちに、無意識マグマになって、自殺念慮という恐怖感に苛まれるという寸法。
しかし、夏は越さないとな。出版だよ出版。ツレの生活の目処も僅かでもつけておかないとな。腐敗の激しい季節には死にたくねえな。もうココロが腐敗しかかっているのに、フィジカルにあちこち壊れているのに、北村想は商標登録に恥じないように去逝するのだ。詰め将棋のように果ててたまるかっての。小説、完稿させないとな。
よって、いまから飯。生きるために飯。飯は嘘をつかない。口当たりのいいことばかりいうヤカラなんかその口にアタッテ勝手に死ね。アホラシイ。シラジラシイ。ウルトラシー(古いな)。しかし、ちょっとは恐怖心薄れたナ。

2023年6月16日 (金)

時世録・20

/ヨハネの福音8章7節/
1イエスはオリーブ山に行かれた。
2 朝早くまた宮にはいられると、人々が皆みもとに集まってきたので、イエスはすわって彼らを教えておられた。
3 すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、
4 「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました」
5 「モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」
6 彼らがそう云ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。
7 彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」
8 そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。
9 これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。
10 そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。
11 女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」

最近の『文春』は銭儲け優先が突出してきて、ほんらいならば、現総理家族の国会議事堂内宴会赤絨毯寝そべりを叱咤せねばならないところを、広末涼子の〈不倫〉暴露(といっても待機していただけなんだけど)で揉み消しだ。
芸能人てのは河原乞食だから、たいていが毀誉褒貶、羨望蔑視、そうしていざというときの政治家の罪隠しに利用される。〈不倫〉というのは倫に不(ブ)なんだから、良い行為ではナイ。しかし、ものども聴くがよい。/ヨハネの福音8章7節/だ。おめえら、良きことばかりしてんのかってえの。そんなワケがあるまい。こういうところは唯一のキリスト教徒(と、ニーチェのいう)イエスの優れたところだろう。
広末涼子の恋した相手ってのが、これがイケメンでもなんでもナイ。飯屋のオヤジなんだ。(ちゃんと顔を出している。昨今は露出しているとかいう)。広末のいまの夫もコメントで広末のことを責めていない。彼女の家事育児は万全、よって自分はボランティアやってられるから稼ぎが少ないので「ヒモですよ、私なんか」と謙遜する。

恋はいつから犯罪になった。
政治屋は少子化を子供(あるいは両性)の「生産」と「消費」の経済学でかたづけようとする。ところが、与党(水脈おばさん)も野党も経済学なんかまともにヤったことナイから「生産」と「消費」の関係すらワカラナイ。日本スターリニズム共産党ですらだ。(ついでだが日本共産党の綱領なんか読んだらゾっとするぜ。主筆高校時代のハナシだが)。
てんで脈絡のナイ世界政治は、ヒロシマG7の追悼献花を腰に巻いてハワイのフラダンスとなる。インドのモディ首相のいう「いまは戦争をしているときではナイ」はアメリカを向いてのコトバでもあるのだ。では、いまはなにすべきか。
恋だろ。罪無き者たちだけが石を投げよ。書を棄てよ、恋をしに町に出よ。
広末涼子は河原古事記である。

2023年6月15日 (木)

時世録・19

江戸時代の暮らしなど、時代劇でしか知らないから、日向子さんが生きてらっしゃったときに対談して、へーえ、そうだったのかという、驚きは多かったのだが、それとは、別に最近とあるSNSで仕入れた知識が「へーえ」だったので、紹介しておく。
/江戸時代に関する誤解の代表的なもの
「士農工商という身分社会だった」というのが、代表的。これは武士が学ぶ儒教の世界のお話で、実際にこのような身分は存在しなかった。あったのは、公家は公家の世界、武士は武士の世界、庶民は庶民、宗教は宗教とそれぞれ基本的には自治で成り立っていた。自治の中ではそれぞれ明確な身分があった。(これは、時代劇を観ていてもよくワカル。旗本と部屋住では大違い)
「農民は苦しい生活だった」というのも誤解。農家が苦しいのは飢饉の年。現在でも農村に行くととても大きなお屋敷が並んでいるのを見かけるように、農村経営(自治社会です)は武家に搾取されるだけの存在ではナイ。特にその村の名主が、元戦国武将だった地域では、領主との立場もかなり拮抗していた。
米以外の様々な産物が売買されるようになっても、商業取引は基本的に非課税ですから、農家もとても儲かった。献金をしたり、組合組織を作って、収益の透明性をはかって納税額を決めるなど、領主へ貢献した。
また、水呑百姓という耕作する権利のある田畑を持たない農民も、広い耕地を持つ大きな農家から請負で農業をする。耕作人には耕した田の1/2の権利があるが、その田の年貢は雇い主の分から支払われる。4割が年貢だとすると、雇う側は1割しか手に入らない計算になる。しかし、実際には検地で指定される収穫予定高は、実際に採れる量の半分くらいだった。つまり、2割くらいの課税。
年貢を強引に取ると、農村から大名や幕府に直訴(越訴)され、統治能力ナシと判断されれば領地を失う。失わない場合は農民が逃げてしまい、田畑を耕す人を失う。
農村では個人に「先祖の土地」もナイ。土地の所有という概念が生まれるのは明治以降。農村では農村の土地は存在したが、それぞれの農家は「耕作権」を持って居ただけ。村の中でも良い土地と悪い土地があるので、公平になるように振分けられ、数年に一度くじ引きで入れ換えが行われた。ですから、先祖代々の「村」が正しいといえる。/

/切腹は腹は切らない。
新渡戸稲造が広めた誤解。切腹における介錯は短刀へ手を伸ばして体がやや前のめりになった瞬間に行われ当人は短刀を手にする前に絶命する。言って見れば斬首刑だが、斬首刑との違いは名誉の有る無し。斬首刑の場合、河原などの野外で衆目の下で見世物として執行され、首は晒し物になる。
切腹の場合は基本的に屋敷の中で君主の見聞の元で執行され、辞世の句を作るなどの手順を踏むことで名誉に配慮されている。切腹は腹を切らないというのは当時の武士の中では当たり前だったようで、短刀ではなく扇子を代わりに置いた例もある。

以上。まあ、私たちはエンタメとして時代劇を楽しんでいればイイのだから、受信料とやらを強奪されてまで、チンケな歴史劇を観る必要はねえわな。

2023年6月10日 (土)

時世録・18

今週の火曜日、COVID-19ワクチンの6回目接種。もうCOVID-19は終わったとおもっている人々や、めんどくせえ~の方々や、なんかヤバイとかいうよ、等々の人類のために、こで、今一度COVID-19ワクチンについて復習しておく。といっても、記事の丸写しなんだけど、これだけ知っていれば充分でありましょう。
/メッセンジャーワクチン mRNAワクチン
ファイザー製やモデルナ製の新型コロナウイルスのワクチンには、遺伝物質の「メッセンジャーRNA(mRNA)」の技術が使われています。今回のワクチンに欠かせない技術を開発したとして、アメリカの権威ある医学賞「ラスカー賞」にドイツのビオンテックで上級副社長を務めるカタリン・カリコ氏らが選ばれています。
ワクチンの開発に、日本人研究者の1970年代の発見が大きな役割を果たしている。ワクチンが体内で働くのに不可欠な「キャップ」という物質だ。発見者の分子生物学者、古市泰宏さん
ファイザーとモデルナのワクチンはRNAワクチンと呼ばれ、いずれもメッセンジャーRNA(mRNA)という遺伝物質でできている。mRNAは、細胞がタンパク質を作るのに必要な設計図を細胞内のタンパク質工場まで運ぶ役割を果たす。まさにメッセンジャーだ。
このmRNAに、ワクチン成分となるタンパク質の設計図を人工的に書き込んで接種し、体の細胞に届けて細胞内で成分を作らせる。まったく新しい発想だ。これまでのワクチンは、成分まで工場で作ってから接種するため開発に時間がかかった。それに比べて極めて短期間で完成した。
古市さんは国立遺伝学研究所などにいた70年代、mRNAが体内で働くのに欠かせない構造を発見した。mRNAの先端にある「キャップ」という物質だ。mRNAの保護や情報伝達に関係する。
古市さんの発見から約30年後、米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ博士がその可能性に挑んだ。2005年、mRNAを細胞に取り込ませるのに成功、それが新型コロナワクチンに応用された。
国内で開発の先頭を走るバイオ製薬企業アンジェスの創業者、森下竜一
8月下旬、ワシントン・ポストなどがモデルナについて興味深い情報を報じた。ワクチン開発で「ある機関」から2460万ドルの支援を受けていながら、特許申請に際してその報告義務を怠ったという内容だ。ある機関とは、国防総省傘下の防衛先端技術研究計画局(DARPA)。創業3年目の13年の段階で、mRNAワクチン等の開発でDARPAの補助を受けていた。
その点について森下に問うと、こう答えた。「mRNAワクチンというのは、軍が関与して開発されてきた『お買い上げ物資』だ。派兵地で感染症が起きたらすぐに兵に接種させる」
2020/11/29j東洋経済オンライン/
ひょいと出てきた(出来た)ものじゃあ、ナイ。くらいはおぼえておいて損はナイ。接種券がきて、無料だから打っているワケではナイ。打つ前に「免疫」関係のホンを三冊読んで、「よし、乗った」のココロで打っている高齢者の私でござんす。

2023年6月 3日 (土)

時世録・17

/米非営利団体は30日、感染症のパンデミック(世界的大流行)や核戦争と同様に、人工知能(AI)が人類に絶滅をもたらすリスクを考慮すべきだとする共同声明を発表した。対話型AI「Chat(チャット)GPT」を開発した米新興オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)など350人超が共同で署名した。/
だそうです。
そこで、AIをかってに定義してみる。私流に。
/AIには〈自然〉が無い/
と、否定法的な命題だ。長い定義(命題)なら、前述のニュースで充分だから簡潔にヤってみた。これはヒトの定義が「ヒトとはひとのカタチをした自然である」に倣っている。簡潔だ。かつ、両者のチガイをこれだけ鮮明にいいえたものを知らない。ヒトは大脳化によって、次第に自身の(難しくいえば現存在の)自然に慣れてきて、舐めてきて、環境の自然というものをかなり疎かにしてきた。山は削るは、河川、海は埋め立てるは、宅地造成だわ、資源採掘だわ、工業地だわ。枚挙に暇なく自然を破壊してきた。その大きなツケにいまや絶滅せんとしている。酸素は薄くなってきた。外気は煙ってきた。海は汚れてきた。そこで、こりゃいかん、もちっと空気を綺麗にせんと儂等が危ない、と、ここでも要するに自分本位、自己中心の自然保護が始まった。
早く太陽フレアでもこねえかな。/太陽フレアが発生すると、X線などの電磁波や、電気を帯びた高いエネルギーを持つ粒子などが放たれ、全地球測位システム(GPS)や通信、人工衛星、電力網などに障害を及ぼす恐れがあります。 太陽フレアは太陽の活動が活発になったときに起きやすく、次は2025年ごろに活発になると予想されています/。一種の太陽風(このときはフレアがあるかないかは関係しない)だが、太陽風によって、原始地球の大気は二酸化炭素から酸素に入れ換えられた。嫌酸素生命体は海底や地中に逃げたが、昨今の氷河期前夜の温暖化によって、南北の極の氷は溶け出し、海温は上昇、そこに逃避生息していたウイルスが表に出てきた。出てきたはいいが、まだまだ地球を酸素が包んでいる。そこで二酸化炭素の多い人間の気管支、肺に逃げ込んだ。この一つがコロナCOVID-19だ。
で、太陽フレア或いは太陽風のデカいのが来ると、地球は日本でいうなら江戸時代あたりに文明は戻る。もちろん「そこにはAIは無い」。が、いまの生活様式は完全に消去される。私なんかそのときのために ライターはセリウムと鉄の合金(石)で着火出来るものを数本備蓄している。行灯の油は鯨油というワケにはいかないが、これは江戸時代よりは多く生成できるだろう。時代劇なんかで、旅籠の夜には行灯が出てくるが、あれは贅沢品オプションなのだ。貧乏人は夕餉を食ったら寝る。
なんかハナシが横っちょいっちゃったな。要するにAIには〈自然〉が無いのだ。徹頭徹尾、1イチカラバチ8まで、ピンからキリまで無い。昨今、ヒトもそれとよく似てきたが、誤解してはイケナイ。藤井名人が強いのはAIのおかげだ、と真面目にいう阿呆がいるが、プロ棋士はいまどき誰だってAIの一機や二機は持っている。ようするに、藤井名人は上手く使っているだけだ。AIは勝負のことなど確率計算していない。勝負ではなく、情報としてinputされたものに対して、将棋ならば「王、もしくは玉」を詰めるために確率計算しているだけなのだ。自然が無いので無難である。適度である。悩まない。つまりはオモシロクナイ。けど江戸時代はオモシロカッタらしい。一度足を踏み入れるとそこでは地獄のような歓喜に呪われる、と、故人の日向子さんは云ってたな。
しかし、最近は時代劇のビデオばかり観ているせいで、そういう世界に行ってみてえなとせつせつおもう。。

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