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2023年5月

2023年5月29日 (月)

時世録・16

「好きだから」は、正直な嘘に過ぎない。

昨今の「〇〇ハラスメント」氾濫も、そういや、いたなあそういうヤロウとおもう反面、面倒なことだなともおもうんですがネ、そんなことより、労働の対価についてニュースになってバラエティなんかで取り沙汰されるのは、ごっつう銭を儲けている方々ばかりで、キツイArbeitをやりながら、タダ同然の不遇な表現(舞台活動)を続けている信じられないような、こりゃもうブラックというより常識的に漆黒(jet black)の人生の役者や裏方なんかは、むかしから一般人、庶民大衆、から憧憬蔑視がおり混ざった、いや、やっぱり「よく、そんな莫迦なことしてるわね」目線でいわれたもんです「好きだから出来る法水よね」「好きでないと出来ないわよね」。で、そうなんだろうかと自問しながらも「ええ、そうですね」と伏せ眼で生返事しておくのが常と。
たしかに「嫌いではナイ」。自求自足なんてのがあるにはある。達成感、amateurのうちはあるでしょう。
役者、裏方の方々は「正直」なんですナ。自分はけして嘘でヤっているのではナイ。この仕事、この労働、この表現はウソではナイ。自分は嘘をついてはいない。自分(の営為)は正しいはずだ。いや、正しい。と、
ここで自分を許している。
ここで、サドのジュスチーヌになっている。
自己許容の権化だ。マルキ・ド・サドは「美徳」というものが「自己許容」に過ぎないとその小説群に書いた。つまり「悪徳」となんらカワラナイのだと。
ここまで文学で哲学することはナイ。いうならば演劇とは「美徳の不幸」だ。「自己許容の不幸」だ。然るに「悪徳(ハラスメント)」を持ち込んでしまうのは当然の「流れ」「力学」というものだ。でないと成立すら危うい。「徒党を組んで悪を成す」でないと演劇なんざ成立しない。こういう人間の「表現」を仏教でもキリスト教でも、おそらくイスラムでもヒンズーでも「悪魔の仕事」のスキーム(scheme 枠組み 領分)に分別している。カントの哲学だってそうかも知れない。カントのスタイリッシュ版、インテリが大好きなウィトゲンシュタインの「仕分け」でもそうなっているかも知れない。しかし「語り得ぬものには沈黙」していてはダメだ。「私のギャラっ」を「語り得ぬもの」にしてはダメなのだ。伏せ眼で「好きだから、かな」なんていうててはアカン。
ここんところズッと、さまざまな目標、目的、夢とかやりたいことはヤったつもりなのにどうしても引きずるような「忘れ物」を加齢のせいにしてきたが、そうじゃナイな。「銭」だよな。「食う」だよな。「労働(表現)に対する対価、報酬、交換」だ。これは、半世紀前からのテーマじゃないか。いまなおニヒリズムじゃないか。正直に嘘を語っている場合ではナイのよ。

2023年5月25日 (木)

時世録・15

/私の中でくすぶり続けたのは、「ヒロシマ」という舞台の価値が利用され、消費されただけではないか――という、猜疑心(さいぎしん)に似た感情だった。カナダから来日した被爆者のサーロー節子さん(91)が「サミットは失敗だった」と批判したと知って、その思いは強まった。家族や同級生、大切な人々を原爆で失った。「4歳になるおいは、ひどいやけどで肉の塊のようになり、最期まで小さな声で『お水、お水』と求めて死にました」。原爆被害の実相を伝え、核兵器をなくそうと訴える活動を支えてきたのは、同じ苦しみを誰にも味わわせまい、という使命感である。「核兵器を議論する際には、人間を中心に語るべきです」/(元村有希子 毎日新聞2023/5/24 東京朝刊2面 オピニオン)
と、あるのだが、いっぽう、
/21日に閉幕した主要7カ国首脳会議(G7サミット)で各国首脳に体験を証言した被爆者の小倉桂子さん(85)=広島市中区=が22日、広島市内で記者団の取材に応じた。21日に原爆資料館(中区)で対面したウクライナのゼレンスキー大統領の様子について、「必死で泣くのをこらえているように見えた」と語った。
 小倉さんによると、ゼレンスキー氏は、館内で展示物のほか、広島の街に原爆が投下される瞬間を映像と音で再現するパノラマ展示を見学。厳しい面持ちで見入っていたという。毎日新聞 2023/5/22 13:59(最終更新 5/22 20:11)/
とある。
私はこの前のつづきのようにG7の後追い感想など書く気はなかったのだが、この両者の〈感覚・感性〉を読み比べて、こんなことを述べると「ネトウヨ」とやらに間違えられるのを覚悟で(というのは大袈裟。ネトウヨとか称されているフテーのおからみたいな連中については不問)後者に☆付けます。理由なんぞ説明も解説もしない。このブログ読者には無用だとおもうので。
アルゼンチンの大統領アルベルト・アンヘル・フェルナンデス氏(だとおもうんだけど)の記事も目にしたが、要するに「同じ考えの者どうしで議論など出来るワケがイ」とか、自分の名前より短いコメントだったとおもう。しかし、アベンジャーズにせよ、ジャスティス・リーグにせよ、昨今の流行りのようですから『G7&グローバルザウルス』といきたいんでしょう西側としては。
私はヒロシマの原爆ドームを観て、「で、このレプリカはいいとしてホンモノは何処にあるんですか」と、まぬけなことをご当地のひとに質問したことがありました。資料館はナガサキで、修学旅行のときに観てます。ちょうど昼飯時間で、不味い中華飯を食いつつ、誰かが「人命救助やっ」と大声で窓の外を指さしました。窓にかけつけ、外を観ると、河川のモーターボートの事故なんでしょう。スクリューに巻き込まれたらしく、緑藻の河に血の雲が水面に湧き上がってきていて、女生徒は殆どが気持ち悪くて中華飯はもう食べられないということで残しましたが、あれは不味くて食えなかったかっこうのいいわけだったんでしょう。
しかし、そいつを観たせいか、ここより先は未成年は立入禁止の展示場にもこっそり入って観たんですが、あの河川の澱む血が稚拙な被災人形をリアルにしてしまい、たしかに中華飯どころじゃねえなとはおもいましたワ。
そうそう、アルンゼンチン(だったとおもうんだけど)の大統領は「ウクライナは負けるから、負けるところに支援はしない」ともいうとったナ。これで、ロシア(+中国)陣営とウクライナ(+西側)陣営の算盤だけはよくワカッタG7でした。

2023年5月22日 (月)

時世録・14

G7が終わった。といってもヒロシマでの 仲良し会議が会議が終わったのであって、G7そのものがオワコンになったワケではナイ。では何らかの前進はあったか、いや、そんなものをハナから期待していたのはかなりの楽観派だけで、集合写真を観てのとおりの横並びだ。とはいえこれはこれで離ればなれのデカプリングよりはうんとマシといわねばならない。と、いうところだナ、野郎ども。主筆はあちこちからの、あるいはG7自体の自己評価を読んでいて、ふと、幼い、否、若い頃のゼンキョートーなんかおもいだしたりしたぜ、野郎ども。議長国日本の岸田親分の支持率ポイントは上がるだろう。上がったのだ。ゼレンスキー・ウクライナ・セールスマンのステルス誘致作戦なんかはお見事といわねばならない。またゼレンスキーそのものも、あちらこちらでの大統領業務は立派なもんだとおもう。岸田貸元も独楽鼠のようにけっこう働いた。グローバルサウスとやらの、なにやらジュラ白亜の恐竜みたいな連中は、たとえばインドのモディ首相のごとく「いまは戦争をしているときではナイ」と、これは自戒なんじゃないかともとれる発言で、自国の階層構造の矛盾を乗り切っていくのはタイヘンだなあと、心の内ではおもっているにチガイナイ。それは他の恐竜サウスも同じことだ。~好きと一言いえなくて~流す涙ぁの~、てな流行歌があったが、ここんところは~ロシアとひとこと云えなき子~だろうなあ。だからみなさん、ゼンキョートーみたいなことをおっしゃっている。切ないなあととおもう。
中国は「一部サークルが」と、G7を「小さなサークル」と蔑して見解を述べる。ほなったら、おまはんらはせめて「セクト」か。そうそう、それでええやないか。中ロもG7も恐竜サウスも「sect」でよろしい。みなさんゼンキョートーを彷彿とさせて、こちとらはnostalgieを感じたぜ、野郎ども。外野(ではナイんだけど)では場所の演出がヒロシマだけに、その方面の団体からは「失敗だった」といわれたが、その方面の方々のいいぶんの「核廃絶の具体策が示されていない」にはため息するしかナイのよ。そういのは、きみらがまず示したらどないやねん。私にはそんな便利な具体策なんぞ、とんとおもいつかへんねん。「こうしているあいだにも、ヒロシマの犠牲者たちは老齢化していなくなっていく」いやいや心配せんでよろしい。そういう/の/は、やがてそこら中に現れる。忘れちゃいけない、「チェルノブィリ」はウクライナに在るんだぜ。

アメリカがデフォルト(債務不履行)になったら世界が大混乱する。とかいう脅しがメディアで踊っているが、私ども庶民大衆には、どのような大根乱がスーパーマーケットのカット大根に出現するのか、なんにもワカランやない。そうじゃないのか野郎ども。
生成AIのチャットGPTとやらで書いた戯曲、脚本で演じる舞台など、ヤル側にとって、最もツマラナイのは、ヤル側がイチバン良くワカッテいる。それは廃れたとはいえ文芸だってそうだろう。
たしかに私、主筆は「あした来るひと」ではなく「きのう生きたひと」ではある。だが、現に「きょうも生き残っている」んだから、まだ書かせていただく。死に損ないには死に損ないの意地もあるんでい。

2023年5月20日 (土)

時世録・13

たとえば竹輪を買うとする。かつては納豆の種類(商品)も多かったが最近は竹輪のほうが多い。納豆は仕分けが早い。安いものは豆が国産ではナイので遠慮しておく。といっても有機なんとかは手にしなくてイイ。有機ものがイイとは限らないからだ。価格はそれなりに高い。しかし、有機を買うには勇気が要る。減農薬、無農薬のものは、豆が自然に毒を生成して虫除けしていることが多いからだ。自生毒ね。だから、国産であれば、それでよろしい。
で、竹輪。安いものから高いものまでは価格にして100~150円のチガイがある。つまり、こういう練り物はコンテンツ(こういうときにもこの英語を使ってみようかね。そりゃこういう場合に使うコトバではアリマセン、でも使う。つまりは皮肉だな)に注意する。「でんぷん」で増量させているものは買わない。消費期限の長いものも少々ヤバイ。つまり添加物にそれなりの薬物(保存料)を用いているからだ。で、ここまでは基本、基準で、何が練り込まれているかをみる。大雑把に「魚肉類」こういうのは困る。米国だろうがカナダだろうが、魚なんてのは海のものだからその国で獲れたといっても、陸揚げされたというだけだから、なるたけ種類がワカルものがイイ。「スケソウダラ」一発もの、いいじゃないですか。良心的な水産会社のものは事細かに魚類が記されている。そんなふうにして選ぶ。
竹輪と並べては恐縮だが、竹輪程度のものなんだなあとおもわないでもナイ。のが、私のような鬱病が保険に入れない理由だ。入れないのだ。このあいだ、勧誘の電話があったが「私、ダメなんですよ、既往症がありまして」と、一瞬で「それはどうもお大事に」と電話は切れる。疾病が何かは、相手にはワカッテいるのだ。
/「精神疾患の治療中だとわかり、加入を断るという事例は、かなり多い。我々の業界では『あるある』だ」。中堅生保の営業職員は、うわさはおおむね事実だとあっさり認めた。いまや精神疾患は、日本人にとって身近な病気の一つだ。厚生労働省によると、精神疾患の患者数は2017年時点で400万人超。ある生保社員は、こうささやく。「精神疾患患者には相応のリスクがある」。どうやら自死や自傷につながる可能性を恐れているようだ/。と、これ、日経だったか毎日だったか電子版からの抜粋。
ツタヤ恒例のレンタル廉価サービスがあって、7枚借りた。以前は何枚でも返却まで一カ月の期間あったのだが、いまは世知辛く7枚レンタルしてやっと20日間貸し出しになる。二枚や三枚では、送料のほうが高くつく。7枚というとカスを掴むと大損だ。なるたけ海外ドラマのシーズンものをこのさいに借りる。ニコール・キッドマンその他、えらく大物がキャスティングされているミステリを借りた。6話完結だ。ここからはネタバレとかいうものになる。ご注意。なんかの小説を原案にはしているらしいが、けっきょく犯人は単純に予想出来るものであって、ミステリの面白さは二次的になっている。つまりお楽しみの「どんでん返し」がナイ。こちとらは珍しく提供された情報で推理なんてしてみたが、みごと外れた。まあ、それはそれで、上手い裏切りとおもえば仕方ない(どうも、かなり書き直されている様な気がするんだけどネ)。つまり、矛盾が多く、インプットされたものがアウトプットされていないプロット(この場合は謎)もあり、まったくスッキリしないのだが、犯人の殺人の動機が「精神疾患」だから、というのには、参った。まったく納得出来ない。バーソナル障害者はすぐに人殺しになるぞ、が、テーマでもあるまいし。レビューを幾つか読んでみたが、☆の少ないひとも多いのだが、殺人動機の精神疾患には触れていない。触れてはいるはずなんだけどcutされてんだなあ。ちぇっ、でんぷんナシの竹輪を買ったが、キャスティングに魔がさして有機竹輪にしたのが失敗だったなあ。加齢で顔が長くなったニコール・キッドマンのアップの多さが自生毒だったかな。

2023年5月17日 (水)

時世録・12

オープンAIの対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」
近頃、都に流行るもの、というかメディアが食いついているもの。この前まではウ×ロ戦争にコロナだったのが、昨今はタイトルにしたためてみたチャットGPTということになる。なんだか毎日といっていい程ニュースになっている。ものすご~く便利だが、きわめて危険なシロモノという扱いで、人類存亡の危機に直面しているかのようだ。『アトム・ザ・ビギニング』(カサハラテツロー・小学館)は当初から予想どおり原作でちょいちょい出てきた〈オメガ因子〉における展開で進行しているのだが、奇しくも現在(現実)のほうが追い抜いてしまった感が強い。
いつものようにrandomに 毎日新聞電子版ニュース記事から拾ってみる。
/チャットGPTの「答え」は確率と統計に基づくものである限り、正しさについては今後も保証されることはない/。これは(このアトも)新井紀子・国立情報学研究所社会共有知研究センター長・教授、2023年4月18日毎日電子版のコメントからだが、どこだかの大学教授が今後学生が、チャットGPTを使って試験、宿題の小論を書いてくるだろうと予測、いっぺん自分でもヤってみるかと問題をかんがえ、やらせてみたところ及第はまるで無く、ランクを下げてもっぺんヤったがそれも及第はなかった(つまりはまったくマチガッテいた)らしい。とはいえ、大学の専門課程であるから私たちが読んでも、何処がどうマチガッテいるのかすらワカラナイ。つまりはどうでもイイことなのだが、本日のほうれん草の価格はとかだったらすぐにワカルんだけども。
で、新井センセイにもどるが、なるほど、そりゃまあそうだろう。それくらいは最近の将棋戦のライブ配信によるAI予想を観ていればなんとなくワカル。
/自分がよく知っていることに関する下書きにはチャットGPTは使える。専門知識があればチャットGPTの答えに間違いがあるかどうかはすぐにわかる/。と、これがその裏付けのようなもので、名人戦では藤井王将も、渡辺名人もAI予想は参考にはして研究はしてきたのだろうが、アテにはしていない。だから/自分がよく知らないことには使わない方がいい。高い安全性や信頼性、真実性が必要なことには使ってはいけない/。ということになる。
/自分も含めてAIの研究者は、「こちらの言っていることの意味をわかっているようにみえても、理解しているわけではない」と説明してきました。しかし、「理解する」ということがどういうことなのかが問い直されていると感じます/。ここは胆だろう。しかし、
/対話が事実上、ほぼ成立しています。我々は意味を理解しないと対話は成立しないと考えてきましたが、そのことを真剣に問い直さなければなりません。人間と同じようには理解はしていない。しかし、機械なりに理解していると考えたほうが、もう自然ではないでしょうか/。となると、ここで、むむんとなるのは、相手にしているのがマシンではなく他人だって(ヒトだって)同じじゃないのかなと、ふと立ち止まってしまうからだ。
「おはよう」「こんちは」「いってらっしい」「ただいま」程度なら〈理解〉という難しいことは必要ナイ。しかしごみ出しの日、そこには三つの段階の〈理解〉が必要になってくる。マナー(常識)、モラル(個人的規範)ルール(コンプライアンス・共同規範、暗黙の規則)。こいつをワカッテナイのか、ワカッテいるけど無視しているのか、あるいはカラスの味方なのか、ともかく。〈理解〉というものを識知していない輩が存在する。その方々はつまりはAI、チャットGPTのレベルということで、逆にいうと、そういう方々の仕様をみていると、チャットGPTというものはこういうものなのだと逆に〈理解〉出来る。
/このまま多くの人がチャットGPTを自分の知らないことを知るために使うと、世の中が混乱して、元通りにするためには膨大なコストがかかるかもしれない。よく考えて使ってほしい/。すでに世の中、世間は混乱している。生活している感覚がこの30年ばかりでかなりチガッテきたと肌で感じているひとは私以外にもけっこういるはずだ。
リテラシーの楽しさを知らずに、さらに文章(散文、小説、戯曲、詩)を読んでもそれを脳裏に仄かにイメージすら出来ないチャットGPT人類が増えている。チャットGPTを何の躊躇いもなく受け入れてしまうのはそういう理由もあるんじゃないのかナ。

2023年5月15日 (月)

時世録・11

ここのところ鬱病特有の現象、早朝覚醒が続いている。そういう現象のナイ鬱病者もいらっしゃることは識っている。鬱病の現象(ふつうは症状というのだが、このほうがピッタシなのだ)は個々それぞれ、処法無我、四面楚歌、だから。
当方の早朝覚醒はタチの悪いほうで、ふつうなら起床時刻は7時過ぎなのだが、これが5時過ぎに目が覚める。なんとか6時までがんばろうと布団で横になっている。もちろん眠れない。6時過ぎ或いは面倒になって、もう起きる。それから朝食の時間までしょうがなくPCかcomicか。で、飯食って(別に富裕層ではナイのですが、パンは全粒粉混合です。このてのを食べ始めるとふつうの食パンはもう食えない。口の中の感触と、食道の通りが良くてよくあるパンの胸つかえがナイ。胃もたれもなく、高級食パンを買うならこっちのパスコのやや安いのを買ったほうがイイ。のだけど、消費期限が短いのが難点だな)、で飯食って仕事に移ろうとした頃に強烈な眠気がヤってくる。何度も本を開いたまま、あるいはパソコンを前にして、気絶する。きょうなんかは、もうこれは駄目だと、自棄で寝ることにした。自棄寝だ。1時間弱眠る。こういう現象が鬱病の早朝覚醒なのだ。
ちょっと原稿の用事があって、鬱病の国別頻度をresearchしてみた。すると、たしかにアメリカも日本も多いのだが、アメリカの場合、その理由が社会的(会社的かな)に因を持つのに比して、日本の場合は個人的なストレスが多い。これはお国柄なんだろうか。
で、最も鬱病の少ない国というのがジャマイカなのだ。そうじゃないかなとおもっていたらそうだったというべきか。なんでか、は簡単な理由で、ネットでも触れていなかったが、自生大麻がふんだんにあるせいだ。ジャマイカは貧困国だ。医師も少ないし、医師にかかれる病人も少ない(病人はふつうに多い)。銭がナイので医療費がナイだけのことだ。で、たいていは、自生大麻で治してしまう。タダだからな。疾病は治らなくとも、疾病が原因の痛みや苦しさ、しんどさだるさ、気分の悪さ、大麻で治してしまう。これでは鬱病の出番はナイのだ。
もちろんだが、原稿にはそのことは書かなかった。書けないというのが正しいのだけれど。薬用大麻も麻薬大麻もへったくれもナイ。こう鬱剤の副作用と離脱作用で苦しむより、台所の竈で大麻焚いたほうが簡単で、なんしろ、タダだからな。ジャマイカでは、大麻に対して阿片窟の隠微な暗さなんてナイのだ。アヘン・スクワットしなくともイイ。
そうそう、今朝は早朝覚醒から帳簿付けなんかヤってたんだ。そのせいかまた眠くなってきた。晩飯の仕度はヤっちまったんで、本日昼寝はヤメて、サボ寝だな。銭の無い老時期というのもイイものだ。
アメリカのデフォルト、どうなるんだろうなあ。ウクライナの反転功勢うまくいくのかなあ。しょせん、泣くのは貧乏庶民なんだから、どうでもイイや。

2023年5月12日 (金)

時世録・10

次のようなホンが出版され、かの如く書かれているそうだ。拾い上げる。
/2023年5月12日(毎日電子版)より
元陸上自衛隊西部方面総監の小川清史さん(63歳=元陸将)が、初のビジネス書となる「組織・チーム・ビジネスを勝ちに導く『作戦術』思考」(ワニブックス)を出版。
現代の戦争は、「第三の波」の情報化を前提とした戦い方にならざるをえない。
自衛隊も、それから日本の大企業もまだまだ上から目線で、部下たちに短期的な効率と結果ばかりを求めている。一人一人が自主積極的に動けるミッションコマンド型に移行していかないと戦えないと、私は考えています。
これをやれば身につく、というような、決まったマニュアルやフォーマットはありません。ただ、「これはしてはならない」というのはあります。たとえば成功するチームビルディングの合言葉は「がんばってはいけない」とか「気を利かせるな」です。それはもちろん、「サボっていいよ」とは違います。「自分の限界を超えるような仕事をしてはならない」という意味です。自分の能力と与えられた役割の中でしっかり考え、仕事をこなす。その際に、全体の方向性と自分の仕事をマッチングさせよ、ということです。ファインプレーを期待するような組織づくりはしてはなりません。また、気を利かせたつもりになって他人がやるべき仕事に手を出したりする者が出てくると、組織の全体最適が崩れてしまいかねないのです。
サラリーマンが好む「飲み会」のことについても言いたい。コロナ禍が3年続き、そうした機会は減ったと思いますが、また復活するのかもしれません。ただ、ああした職場の飲み会は、「第三の波」を念頭に置いたチームビルディングのためには、百害あって一利なし、です。あれは「疑似家族」「疑似共同体」をつくるための団結力にはなりますが、けっしてチームで仕事に取り組むための団結力にはなりません。
大事なことは「答えはない」ということです。世の中に「答え」があって努力すればそれが得られると勘違いしてきた。答えなどないのです。答えは自分で考え、自分でつくっていくべきものなのです。

記事の論旨はこんな感じでマチガイはナイとおもう。ワカルところと、ほんとかな、とおもうところとはある。もちろん、私の場合この論旨と命題を自身が経験かつ組み立ててきた演劇の現場に置き換えての認識に過ぎないのだけど。だから重なるところとズレるところはあってアタリマエなんだけど。
ところで、そういう面倒な読み方はエポケーしてしまって、ほんとういうと、私はこの記事(論旨・理屈)を読んでふと、いま話題の生成AIのことを頭に浮かべたのだ。もう少し具体的に述べると、生成AIがもし「答えはありません。自分で考えて下さい」と応えたら、その生成AIは正しい(信じていい)のだろうか。「答えは自分で考え、自分でつくって下さい」と応えたら、どうなんだろうか。
「飲み会」についてはまったく同感ですけども。

2023年5月 8日 (月)

時世録・9

鬱病の現象(症状)の早朝覚醒が続いている。連休は道中がつらいので、近場で美味いもの、贅沢なものを食うということにして、近隣の観光ホテルに二泊三日。交通費が軽自動車のガソリン代だけというのもイイし、油断して(というより、昨今そういうことが増えた気がして、老齢をおもうのだが)常備薬を準備したはいいが、ごっそり忘れた。とはいえ車ですぐに住処に帰れるので事なきを得る。畏友の流山児などは不整脈が持病(既往症)で、これはそのクスリを一回服用出来なくなると、つまり忘れたまま海外公演なんかに行くと死ぬことになるので、つい数年前は東アジアの国からとんぼ返りをして日本に戻ったとか云ってた。私の場合も離脱症状というのがあるので、十二時間が最長不倒距離。たぶん死ぬことになる。だけならまだイイが、離脱症状というのはつまるところ麻薬の禁断症状だから、そうなると自身のコントロール(制御)がきかないからキチガイに刃物、周囲に致命的迷惑(迷惑じゃすまないな)をかけることになる。
と、いうことで遠出はせずに近隣での贅沢。贅沢とはいえ、私どもに出来る贅沢なんてこの程度のものだよなと、仏蘭西料理のランチを食べ、中華料理のディナーを食べ、そうそう、名古屋の大きなホテルではやはり観光ホテルの料理がいちばんよろしいようで、仏蘭西料理だけは他のホテルにやや劣るが、正月も同様にしている近隣贅沢での某ホテルの老舗日本料理「なだ万」とかはたぶん正月は板前が休みなんだろうということにして勝手に舌と胃袋を納得させた。
で、こんなことを書くつもりではなく、早朝覚醒にも拘らず、本日は昼飯のアトそんなに眠くならないので、ラジオを聞いていた。なんだか贔屓にしている番組なんだが、昨今、演歌が多く、あるいは昭和の懐メロが多く、演歌なんかはもう/こいつら(歌手のことなんだけど)どんだけ本気で歌ってんだろ/ばっかりで、「父さん元気か、母さん糠漬け、たまには一杯親子でどうだ、嫁はタイセツに」の故郷ソングか、「抱いてほしかった、抱きたかった」って、おおっぴらにオマンコソングで、こういう日は「耳なおし」にアトから/ちあきなおみ/さんを聴くしかナイのだ。
セキュリティが終了になるというので、仕方なくWindows10に機種変換したらもう、一日一個の不具合の上に、「さあさ、でました、どうぞダウンロード、生成AIで文章がかけます」の宣伝まで勝手気儘に飛び込んでくる。わかんないね。こちとら書くことが楽しいから書いているんだけど、そういうのをマシンにまかせるってのは、なんなのよ。出来れば、「確定申告all 自動」エクセルのAI化みたいのが出ないかね。
ゆんべ、カード会社から電話があって、セキュリティのことかなとおもったら、生命保険の勧誘で「ああ、オレ、入れないのよ、精神疾患者だから」と申し上げたら「それはどうも、お大事に」ですぐ電話は切れた。
早朝覚醒だけじゃナイですよ。精神疾患者、いわゆるキジルシは。手術一つにしても忌避されるんだから。たしかに狂ってますよ。しかし狂っているという自覚があるぶんにはまだイイとおもうんだけどねえ。
ちょっと眠くなってきた。演歌特集も終わったし。さて。

2023年5月 2日 (火)

時世録・8

『核戦争、どうする日本?「ポスト国連の時代が始まった」』(橋爪大三郎・筑摩書房)は大ちゃん先生、いや、橋爪老師の他の著作を識らないと、/何、これ、昼間は街宣車に乗って、夜は街の辻で卜占ヤってるひとが書いたのケ/てなふうになることはまずマチガイないシロモノ(のようなホン)なのだが、つまり、「ボケてんじゃねえぞっ、老いも若きもネィチャーを守れっ、日本が危ないっ」という警告、オルグ、叱咤、檄文。とはいえ、大三郎老師の論理についつい引き込まれて、「そう、そうなんだよなあ」とついつい頷く。オレ、台湾好きだしなあ。イイ国だよ。
これ一冊で日米安保から日本国憲法9条の関係、左翼intelligentsiyaの嘘、ノーテンキ、何故、日本は核武装しないほうがイイのか、たいていワカリマスわ。ただし、論理において、テキ屋よろしく「ひとの命=人生」はエポケー(カッコに括ってある)してあるので、その点は注意するのと、「自衛の方法は攻撃しかナイ」というこれまでの戦争論の域は出ていないことがそこは社会学者のスキームなのかなあともおもえます。私なんざ、いまなお太陽フレーム作戦(電磁気嵐の活用)に拘っている類ですから、果たして士気盛んにしても長射程巡航ミサイル1000発で台湾が守れるかとうかは少々疑問なんですが、大三郎老師の論理展開にはかなうワケなく、といいますか、このホンの書き方を老師自ら「太字の部分は命題として扱う」と述べてらして、つまり自問自答ではなく自問事案(自案)、で、さあどうする、という迫り方だから、うーむなるほど、とかんがえざるを得ない。
とはいえ、日米安保、9条、自衛隊、集団的自衛権、ひいては西側連合の設立と、夢は大きな少年剣士、赤銅鈴乃助(これはあだ名、本名は金野鈴乃助なんだなあ、知らんかったろ)にするすると理解が及んでいくところなんざ、さすが大三郎老師なんですワ。
さらに、とはいえ、日本に投下された核、つまり原爆は攻撃兵器というよりヒロシマ、ナガサキにおいての「実験的」要素が大きかったことについてはまったく触れられておりません。アメリカ(トルーマン大統領だったっけ)の言い分は「米兵の損害を減少させるため」なんですが、あの時点ではもう勝敗はワカッテいたのだし、米兵つったって、まず上陸してきたのはカラッドで白人じゃナイし、原爆の製造を提言して後に悔やんだアインシュタインも、べつに悔やむことはナイのだ、だって、原爆は「神の名において」投下されたのだから、殺した述べ人数でいくと、中世からこっち最も大量に殺人をヤっているのはイエスに従ったキリスト教バテレンのカトリックやらクリスチャンやら下座のものども。プーチンだってロシア正教会の信者なんだからな。
にしても、ひさしぶりに活字を読みました。たいへん、勉強になりました。腰が痛くなりました。

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