時世録・7
/清々しいバカは勝つ/のだ。
昨日、一昨日と二回に分けて『姿三四郎』(脚本、隆巴、岡本喜八・監督、岡本喜八・撮影、木村大作・主演、三浦友和・1977年(昭和52年)10月29日公開。東宝映画製作、東宝配給。143分)を観て、仰天し、いよいよこちとらは書けなくなった。おそらくこの作品、公開当時は評判は良くなかったろうとおもいつつ、ウイキなんぞを読むと、チラっとそんなふうに書いてある(「時代にそぐわず」というふうに)。そりゃそうだろうなあ。と納得した。かの黒澤天皇の処女作以来、『姿三四郎』は五回映画化されている。とあったが、この作品は私にとってはタダゴトではナイ。若山富三郎さんが村井半助(柔術の達人で、警視庁で武道指南を決める試合をするひと、何流だったか、調べるのが面倒なので、まあともかく三四郎の宿敵、檜垣源之助(この作品では中村敦夫さん)の師匠)なんだけど、若富さん、ほんとに柔道出来るひとだからなあ、試合シーンなんかすげえのよ。たぶん指導したんだろうなあ。それはそれとして、なんともはや驚くのは、三四郎の兄貴分の安吉(田中邦衛さんが演じている)の田中邦衛さんから田中邦衛節のせりふまわしを止めさせていること。しかし、これが臭くなくてイイのだ。さらに、ラストシーンで、檜垣兄弟との決闘に出向く三四郎とその妻となる乙美に「三年待って帰らなかったら・・」「いえ、何年でも待ちます」なんてお約束のせりふをいわせておきながら、けっきょく、乙美さんに決闘の場所まで山の岩場から谷、崖をよじ登らせて逢いにいかせるのだ。驚きですよ。こ のシーンがまた長いの。で、そこで「終」と字幕。待ってるばかりが女じゃないのよってことなんでしょうけど、これ秋吉久美子さんが演じるんですワ。こういうのは書けないよ。1977年ですぜ。ジェンダーもへったくれもナイ時世よ。喜八さんにはいつも驚かされるが、この作品は喜劇なんだろうか。あの有名なプロット、寺の蓮の池で蓮の花が咲くのを観て三四郎が「悟る」ところなんか、あっさりやめて、和尚(森繁さん)がなんか云うんだけど、たぶん、「もう上がって来い」とかだろうけど、ザバザバと上がっちゃって、清々しいバカのまま。悟ったりしない。だから、どうなんだといわれても、どうでもイイとばかりに誰にも負けない。寄るな触るな三四郎だ。百恵ちゃんの色香には負けて結婚しちゃった三浦友和そのまんま。姿三四郎のモデルは西郷四郎だといわれておりますが、この西郷四郎(実在のひと)も大きな試合中に片腕を骨折したのに、残った使える片手だけで勝ち進んで優勝した経歴(エピソード)がある清々しいバカ。オリンピック・ジュードーで、(三船久蔵十段に、あんなものは柔道ではナイといわしめたアレ)で、かの柔ちゃんが北朝鮮の選手に負けて銀メダルになったアレ、アレはですな、北朝鮮の選手の祖父が日本でかつて柔道を修練していて、孫に教えた必殺、技ではナイ、必殺柔道着の着方に理由があって、北朝鮮の彼女、逆襟に着たんですな。その後、ルール改正でそれはアカンということになりましたけど。それはともかく、私、落ち込みましたワ。これほどのホンは無理だなあ。癪だなあ。岸田森さんなんかは刺客として出てくるんだけど、これが忍者の大将の剣術使い。どんな技を使うのかワカランうちに、その存在の恐さはワカルんですが、やっぱり負けるんです。清々しいバカにかかっては、青白く暗い刺客なんて問題ナシ。一応斬られますけどね。命には別状ナシ。なんつうか岸田刺客の刀は仕込みの直刀ですから、あれでは殺せませんよ。オープニングとエンディングに青春ドラマのような主題歌が流れて、 見事なもんです。はい、負けました。喜八監督はけして/清々しいバカ/なんかじゃナイんだけどなあ。