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2022年11月23日 (水)

アト千と一夜の晩飯 第二十一夜 革命的ロマン主義

あるとき、毛沢東はふと、ではあるが確信的にこうおもった。/「共産主義」が至高(理想)の世界の在り方だとする。世界が共産主義の反映として統一されるときが来るとする。とすると、もっともエライ(力)のあるのは誰か(何か)。もちろん、そこでHegemonie(ヘゲモニー・権力)を持つものだろう。それは労働者ということにマルクス共産主義では説かれている。しかし労働者は変数であり多数だ。そうなると、ヘゲモニーはその指導者ということになる。即ち共産党の党首、議長、首席(いわゆるhead)がもっもとヘゲモニーを持つものだ。では、その方向に進もう/。こういうのを社会学では「革命的ロマン主義」という。もし、毛沢東の思考、指向、試行する方向に政治システムがすすむとする。と、生じてくるのはヘゲモニーの奪い合い。つまりは権力闘争ということになる。それは紛うこと無く殷より始まる中国の王朝歴史ではないか。秦始皇帝によって、中国は天下統一が成された。今度はマルクス共産主義によって天下統一ということになるのだろうが、結局、また権力闘争が起こるのではないか。社会学に無学な毛沢東にはそこまでかんがえは至らなかった。ともかく、統一が先だ。国民党を追い出し、かくして、一応中国統一は革命的に成された。このとき、毛沢東が云ったのが有名な「革命にもっとも必要なのは敵(この場合は国民党)と闘う銃器だ」。が、あろうことか労働者は豊かにならなかった。中国はド貧国となった。変わったのは、道路にあふれる自転車の数だけだろう。(主筆も当時、中国に立ち寄っている)土地は地主から取り上げられて国有になった。工業もそうだ。しかし、労働者をいくら増やしても労働力はアップしない。何がアカンのか。うーん、とまた毛沢東は阿呆(不勉強)な頭脳でかんがえる。そうか、文化がアカンのとちゃうやろか。文化を変えなアカンのや。かくして文化大革命が起こる。中国の文化を徹底革命せよ。で、文字通り(歴史の示すとおり)中国の文化はほぼムチャクチャになった。文化人はみな引っ括られた。銃殺など日常茶飯。親のキンタマを我が子が蹴った。子供は云う。「マオ(毛沢東)は蹴ってはいけないと云うてない」もちろん、謀叛だか権力への叛逆は起こる。いわゆる「四人組」とかいうのがこのとき縛についた(キンタマの無い方もいた。毛沢東の夫人だ。この頃、毛沢東はプール付きの邸宅で煙草を燻らしていた)。毛沢東の次にヘゲモニったのったが、何度も失脚させられつつも、毛沢東から走資派と蔑称されつつも、へばりついてのぼりついた鄧小平と劉少奇だ。「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」「窓を開けば、新鮮な空気とともにハエも入ってくる」このコトバどおり、改革開放路線は、現代中華帝国の社会主義の顔を持った権威主義における経済路線の始まりである。うーん、として、もだ。革命的ロマン主義の亡霊を手厚くだか手荒く葬った習近平における、いまや大貧国から世界二位の富裕国、軍事大国になった中華帝国は、いつまでコケないで続くのだろうか。世界有数の経済学者・社会学者の誰かだったかは、「コケるはずなんだけどなあ」なんてインタビューでいっている。
主筆おもうにコケない方法は一つある。それを実践しているのが北朝鮮だ。このヤンチャ坊主に対して、アメリカはインド洋に展開する艦隊の指揮下にある宇宙軍で対応するという。さすがアメリカそれなりの準備はしてあるのだ。

:と、ここまで、主筆が昨日の時点で勉強してきたことを書き並べたが、主筆にとって、昨日最大の発見は、鬱疾患と大便の関係であった。これについては、また論を改める。

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