アト千と一夜の晩飯
第四夜
『ミュージックボックス』(Music Box)は、ジョー・エスターハス脚本、コスタ=ガヴラス監督による1989年のアメリカ合衆国の映画。
ハンガリーにおけるユダヤ人虐殺をテーマに、戦争犯罪の容疑をかけられたハンガリー系アメリカ人の男とその弁護を務める娘を描いた法廷ドラマ。脚本を書いたエスターハスもハンガリー出身である。出演はジェシカ・ラング、アーミン・ミューラー=スタール、フレデリック・フォレスト、ドナルド・モファット、ルーカス・ハースなど。
第40回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作品。(以上、ウイキ)
こいつぁ、最近までDVD化けしなかった映画でしてね、私も最近レンタル円盤で観たんすが、日本公開は1990年なんすが、私、これ劇場で観ていますね。殆ど記憶が蘇ってくれなかったんですが、ミュージックボックス(オルゴールのことです)から写真が出てくるsceneを観て、「アッそうだよな」とフラッシュ・バックしました。
法廷もの(洋画ではですが)好きで、なんでかというと、ああいうのは私、まったく書けない(だろう)とおもう。作文技量の問題じゃなくて、どうしても「追い詰める」「追い詰められていく」は、観るぶんには、盤上の勝負のように、緊張感があって好きなんですけど、書くとなったら、ヤ、ですね。出来ませんね。ですから私、演出ってのは出来ない。どうしたって演出は役者を追い詰めますから。Profileに「演出」とあるのは消してもらっている。まんず、自分の作品だけは/間違えられないように/演出はします。と、いうか「あっ、そこ誤解、錯誤、誤謬、思い違い、錯覚、勘違い、ハズレ、嘘」というふうに演者にmissionはします。下手でもイイ、せめてウソはやらせたくないから。
『ミュージックボックス』、この映画は、/いまの世界/の映画です。観る価値があるとかどうのとかいうより、歴史は繰り返す。ヒトなんて何も変わっていない。と悲観的に観ることも出来るし、そうだなあ、核戦争になっても自業自得だなあ、ともおもいますし、やっぱ、私には「愛」というのはワカリマセンし。「神の御業」だか「寝業」だか「試練」だかもぜんぜんワカリマセンね。人間なんて屁のようなものだということはちょっとはワカリマス、しかし、この「屁」がくせもの、臭えものなんだから、けっこうスゴインじゃないでせうか。
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