Sophism sonnet・69,11-04
規則正しい判で捺したような日々
「規則正しい生活」というのが健康な生活の代名詞のようにいわれて久しいですが、そうなると、高齢者(まあ、老人のことですけど、最近〈ご隠居〉というふうに呼べるような老人をみかけないネエ)の日常生活というのは、まさにソレで、ソレが健康的なものなのかどうかすこぶる疑問ではあるのだが、というのも、私なんかはその典型のような生活態度でして、だからといって壊れゆく日々なのだからソレが健康なのかと問われると、さあ、どんなもんですかねとしか云いようもナイ。
夜更かしとか、朝寝とかいうものが出来ない。そういうことの出来たのは二十歳あたりまでかなあ。たしかに大学でニセ学生をヤっていた頃は、朝まで起きていてナニをするでもなく、それから昼過ぎまで寝て、起きてナニをするでもなく、だいたい銭がナイから銭の要る遊びというものが出来ない。あの頃は「さすらいひとり旅」なんてのが流行だったから、貧乏旅行もしてみたことはあったが、そこはそれ、ドラマのようなromanticなもの(出来事)は皆無で、似たようなものに「つげ義春」さんのマンガみたいな旅はありましたナ。まさにリアルですワ。「さすらいひとり旅」なんてのはたいていソレですな。
かなりの種類の仕事はしてきたけれど、さほどこれをやりたいという仕事とも出会えず、そうなると憧れたのは「職人」ですね。職人の最高峰は「必殺」に登場する職人、つまりは人殺しでしょう。いまでも、スナイパーとかにほんとになれれば良かったナとおもうことは多いです。狙撃暗殺者はドラマでは「女と子供は殺らない」ということになっていますが、それはドラマだからで、女でも子供でも撃たねばならないときは撃ちますよ、私にかぎっていえば。
断捨離というのが流行っているらしく、不必要なものは棄てるのだそうですが、アンチ派もいて、私もどうも「棄てるものがあるうちはいい」の類で、なかなかモノが棄てられない。よって、もとからモノを持たないようにしている。いつだったか、その断捨離の話題になって、女性たちが三人いて、私が「あたしゃ、モノはダメだけど、ヒトはけっこう棄てますよ」といいましたら、それぞれ半歩退かれて「怖アッ」なんて云われました。しかし、棄てたい人間なんて棄てたいモノよりたくさんあります。試験とか、auditionだか、ありゃ、棄てるワケでしょ。あんまりあの棄て方は好きではアリマセン。だから審査員とかもぜんぶ遠慮しているくらいです。なのになんでスナイパーなんかに興味があるのかねえ。『邪魔者は消せ』というタイトルのナンダカもありますしね。
若い頃は、歳とって死ぬなんてことになったり、癌で余命幾ばくもナシなんてことになったら、こいつとこいつとこいつは道連れ、てな名簿をつけてたりしましたけど(ひとりは小説の中で死んでもらいましたが)、なんだか、そういうsequenceのマンガだか映画『デスノート』でしたか、あったりして、まあ、かんがえることは似たりよったり転んだりだなあと。
こういうことを書こうとおもって書き出したワケじゃナイんですが、途中で何を書こうとしたのかを瞬間健忘症してしまったので、こうなりました。
あっ、そうだ、最近芸能人の自殺者がまた多くメディアがとりあげているなと、つまりはもうロ×ウ戦争は厭きられてきたかと、それが書きたかったんだ。そりゃそうですよ、ウソだかほんとうだかワカラナイ、いわゆるフェイクニュースがあふれているし、それを大真面目に解説している専門家もいるし、ロシアはもうもたない、といえば、べつの方がウクライナがいつまでもつかだナ、とくるし。プーチンの愛人が妊娠したとか、どこまでが芸能ニュースだか、戦線よりメディアのほうが混迷しております。さあ、そろそろ風呂だな。規則正しく判で捺したような一日でした。
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