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2022年5月17日 (火)

Sophism sonnet・69,11-10

戦争、その前に・5

つづき。
若尾文子主演の『赤い天使』(監督・増村保造、脚本・笠原良三、原作・有馬頼義)は、1966年(昭和41年)に公開されたモノクロの日本映画で、本作は、2015年に開催された「若尾文子映画祭 青春」において、若尾文子の出演作計60本を対象にした人気ランキングで、『しとやかな獣』(監督 川島勇三)に次いで、第2位となった。批評家支持率は100%、一般支持率は95%。(以上ウイキより)なのだけれど、どうもこれは監督賞もしくわ作品賞(作品賞というのはプロデューサー賞ということである。私が「アカデミー賞にプロデューサー賞がナイのは変だね」と呟いたら、とある辣腕プロデューサーから失笑されつつ、何いってんの、とご教示いただきました)の傾向が強い。若尾文子のランキング第一位は女優賞ということでいえば、『女は二度生まれる』(監督 川島勇三)だ。川島監督はどちらかといえば〈文学派〉、対して増村監督は〈職人派〉だ。私は増村監督のことを「たもぞーさん」と勝手に称している。んでもって、いつもの癖で、関係がありそでウッフンなさそでウッフンほらほら黄色いさくらんぼの横道に逸れさせていただくと、有馬頼義(ありまよりちか)という作家は、たぶん、その時代ならいっぱいいただろうなヒトで、当時編集者だった澤地久枝と不倫したり、倒れて運ばれた病院の看護師(当時は看護婦)を愛人にして隠遁したりしているんですが、彼の小説、『貴三郎一代』は型破りな初年兵を主役にした兵隊小説で(あんまり面白くナイです)、のちに『兵隊やくざ』とタイトルされ、勝新太郎演じる破天荒な主人公と、田村高廣演じるインテリ上官のコンビの兵隊アクション映画となり(大映製作)大ヒットし、シリーズ化されています。もちろん私は全部観ていますが、監督はこれまたすべて、たもぞーさん。この映画の特徴は作品の冒頭が、前作品のラストシーンであるという仕掛け。では、横道から戻ります。
とりあえず、『赤い天使』の粗筋めいたものだけは記しておくと、
/おそらく日支戦線。激しさを増す昭和14年、従軍看護婦として中国・天津の陸軍病院に赴任した西さくら(若尾文子)は、入院中の傷病兵たちにレイプされてしまう。二か月後、前線に送られた西は、岡部軍医の下、無残な傷病兵で溢れる凄惨な現場で働く。(一応病院なのですが、治療出来る状態でナイので〈現場〉でしょう)。
ある時、西はかつて軍医岡部に命を救われた兵士の一人折原に会う。手術で腕を失い性行為ができなくなった折原を哀れんだ西は、葛藤の末に現地のホテルで肉体関係を結ぶ。だが翌日、折原は病院の屋上から飛び降り自殺する。その後、過酷な手術(ではナイんですけどね)に忙殺されているにもかかわらず気丈かつ冷静で、判断力を失わない岡部軍医の姿勢に、西は惹かれていく。しかし、岡部が精神の安定を保つためモルヒネを常用しており、そのため性的不能に陥っていることを知る。岡部軍医は西を伴って、さらに激しい前線へと向かう途中、コレラが蔓延した集落で中国軍に包囲される。そうした極限状況の中、西と岡部は激しく愛し合う(それしかナイわな)。やがて中国軍の総攻撃が始まり、日本軍は壊滅。一人生き残った西は、岡部軍医の遺体を目前にして呆然と佇む。その後たぶん援軍に発見される/。
これはモノクロ(白黒)映画なのだが、タイトルからの擦り込みがあって、どうしても記憶を辿ると若尾文子だけが、赤い白衣という矛盾した色のコスチューム(看護服・nursing gown)で脳裏のスクリーンに登場する。
反戦映画というよりも、厭戦をも通りこした、いうならば反吐戦映画なのだが、ともかく傷病兵の手足を麻酔無し(医薬品なんて無いから)でノコギリで容赦なく斬る、死体は釜に放り込んで臭いを感じるほどに焼く。白黒映画だから、真っ黒な血の海の屍が転がる。しかし、気絶しそうなところをくい止めているのが、西さくらのeroticismなのだ。押し寄せるthanatos(タナトス-死)と真っ向対峙しているのは若尾文子のまさに〈天使〉のErosなのだ。(Eros・エロス・性愛、自己保存の本能、生の本能)。
果たして、そのようなものがカイヨワの『戦争論』に現れるだろうか。「全体戦争」に対する「内的体験」の立ち位置である「聖なるもの」「洗礼」などの宗教儀礼的な〈実存〉にEros、eroticismは、在るや。
もう少しつづきます。

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