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2022年4月 5日 (火)

Sophism sonnet・69,10-1

戦争と殺人

ウクライナ、キーフからロシア軍が撤退して遺したものに市民の惨殺死体が多数在り、これは戦争犯罪(ゼレンスキー大統領が云うにはジェノサイド)だと世界に発信されているが、戦争がそもそも人殺し合戦なのだから、私たち大衆には、そこんところはどうなっているのだろうかと首を傾げたりするのだが、そこんところの難しさはワカッタようでわからないのだが、戦争になるとどうもこのなんだか意味の無い残酷な殺人というものはちょくちょく起こっている。ナチスの収容所、日本の南京虐殺、スターリンなんかは戦争ではナイが粛清で数百万の政敵を屠っている。(ナチスとの戦闘での戦死者より多いという説まである)
これは何も戦争の前線で生じただけではなさそうで、私は滋賀県の大津、京都からは唐橋を越えての東側のなんでもない村落、街道の町の入り交じったところで生まれたのだが、大東亜戦争時なんだかそんなことがあったらしい。らしいというのは、日本は敗戦国だから、私の幼少時にはそういうことはは祖父さん爺さんからの口から直截発せられたことではナイ。しかし、どうも日本人は酒が入ると、つまり酒宴になるとついつい当時のことを口走るようで、それも「非道いことを」「酷いことを」したもんだ、という風潮、感覚ではなく、なにやら自慢話のようにやらかすもんだから、いや、そういうことも次第に風評から薄評、噂、都市伝説となって、やがては「それは口にしちゃなんねえ」になるのだが、風というものは人々の口から出たものはいつまでも記憶しているらしく、それが孫子(まごこ)の口から「あの辺で首を斬ってたんやてな、そやろ、じいちゃん」てなふうに吹いてしまうと、爺様、軍歴在りの方々は途端にブリキになってしまって、勝手ツンボになるのだ。私はもう一回り上の年齢のものから「ここじゃ、ここで、ぎょうさん首を斬りよったんじゃ」と指差されたところが、すぐ近所にあったので、怖いというより「なんで、誰の首を斬りよるねん」と不思議だったが、ほぼ全員斬首されたものは朝鮮人と知り、小学校に上がってからはひねた子供だったので、わざと毛糸の縁無し帽子を被って学校に通ったりしたが、案の定、床屋のニイちゃんから「ぼん、そんな帽子被ってたら、チャンコロいわれんで」と注意された。ではいわれるまで被ってたろと、ほんとにヒネタロウ小僧はチャンコロ帽を被って遊んでいたのだが、甲賀福岡、いや幸か不幸か、チャンコロといわれたことはなかった。もちろん「いうたらアカン」と親からの箝口令による。
宴席で、わしは軍刀で斬ったとか、わしは家宝の日本刀でとか、嘘かほんとか、酒が入るとチャンコロの首を刎ねたの斬ったの、だいたいあの軍刀というものはアクセサリーのようなもので、あの細身ではヒトの首は斬れないだろう。家宝の日本刀にしても手入れのしていない刀では無理である。
さて、ウクライナ、キーフの惨殺だが、ロシアの前線部隊にいたものはロシア民族ではなく、弾除けの少数部族のものだったらしく、彼らの闘いにおいては、戦争だろうが、部族間の闘争だろうが、そうやって敵を屠ってきたのではないかな。だいたい、惨殺などというものは、その方法を何処でおぼえたたかが重要点となる。彼らにとっては惨殺といえるようなものではなかったのかも知れない。東京大空襲のほうがよほどgenocideと呼ぶに相応しい気がするけどナ。

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