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2022年1月28日 (金)

Sophism sonnet・69,8-6

8-5のつづき

まず、「量子」という「の」が何なのか、の一般的な定義を記しておきます。
「量子とは波でもあり粒でもある、なんだかわからないモノ」これが現在の量子力学の定めた「量子」のもっとも単純、簡単な定義です。ニュートン力学では時速というものがあって、ある運動物体がA→Bへと移動する距離と時間からそれを求めることが出来ます。けれども量子はそれが出来ません。何故なら量子には「時間」というのが無いからです。もし、そんなシロモノでcomputerをつくったら、おそろしい速度で計算が出来るのではないかと閃いたひとがいました。デイヴィッド・ドイッチュというイギリスの物理学者で私より一つ年下の1953年生まれ。
で、これは実現しました。あまり難しいことではありません。量子による重ね合わせ「状態ベクトル」の応用です。
普通のコンピュータはみなさんもご存知のように、ビットは「0」か「1」だけです。常に「0」か「1」のどちらか、これを1ビットといいます。1ビットのディスクが1枚のものを1バイトといいます。ディスクの枚数を増やしていけば、いまは普通にみられる「ギガバイト」のものが出来ます。
ところで量子コンピュータは「量子ビット」を使います。これは「0」と「1」のどちらかではなく、「どちらでもある」つまり「重ね合わせ」で、どちらが出るかは「確率」になります。
普通のコンピュータなら一回の計算に一回のfunction(作用素)を使います。これで例えば素因数分解の高度なものを解こうとすると数千年かかりますが、量子コンピュータの場合は、重ね合わせの計算ですからfunctionを一回に済まして確率的に出力することが出来ます。つまりアっというまに解いてしまいます。
さて、本論と離れてはキケンですから、私たちの求めたいもの、私が説明したいものを述べておきますと、「演劇」の速度なんかではありません。もうお気づきだとおもいますが、そもそも「演劇」というのは、量子コンピュータと同じことをヤってしまうのです。つまり、「演劇は重ね合わせ」の「確率」から生じる「表現」なのです。
これを位相構造でいいあらわすと、たとえば演劇には「役」というものがありますが、演劇における「役」というのは
・役それ自体としての営為
・物語全体との関係としての営為
・演者の了解による演技としての営為
の「重ね合わせ」として存在します。
演劇は「重ね合わせ」の表現(媒体)なのです。
:こういうことをぜ~んぜん知らなかったブレヒトくんなんかは、陳腐な理屈を弁証法を用いた異化効果(役者は役に同化するのではなく批判的になる)なんていうてたんですね。アホラシイ誤謬です。

従って一着のdress(衣装)だけを問題にすることは絶対に出来ません。不可能なのです。それが後々も利用出来るかどうかは、演劇表現の領域に入ってきませんから、dress一着を取り出して非支援とか削除対象とかは演劇という表現の〈場〉においては述べることは出来ません。雑巾にしてもよろしいし、古着屋に売り飛ばしてもヨロシイ。いずれにしても演劇の表現とは無関係なことです。

この項、つづく

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