Sophism sonnet・69,6-5
人が死ぬ理由・日本人とCOVID-19におけるファクターXの研Q
「ヒトは何故死ぬのか」という問いを、「もし人が死ななくなったら(或いは極めて長命となったら)」と逆に問うてみると答えは同じなんですが、どうなるでしょう。
徳冨蘆花「不如帰(ほととぎす)」で、結核を病んだヒロイン浪子が「ああ、人間は何故死ぬのでしょう。千年も万年も生きたいわ」と夫の川島武男に訴えるこの切なく哀しいコトバは、新派大悲劇によって上演され、せりふとなって有名になった。新派だけではナイ。大道芸の無形文化財「のぞきからくり」の演目『不如帰』でも有名でいまそれを継いでいるのは誰あろう私なんですけどね。
先代は相方の奥さんが亡くなって、私と火田栓子が口頭で習って、まあ大道芸ですからテキ屋ですな。あちこちでヤリました。何処でしたか西武セゾンのデパートで各階に一つ、家相占いのかたとか、薬草のひととかでeventをヤったときなんかは、賃金は現金(げんなま)突っ払いでした。領収書ナシです。火田が急逝してからは途切れてますけど。
さて、人間が死なない、あるいは千年も万年も長生き出来る(する)という具合になると、生殖活動も限られてきます。食料の問題なんかもありますから、それほど増やせない。増えないとなると、近親婚が多くなります。いまも法律で三親等における結婚は認められていませんが、つまり血が濃くなって精神疾患が増加するというのが当時の医学的見解だったのですが、これはもうとっくに否定されています。しかしながら、染色体のfunctionから免疫力は著しく低下することが重要視されています。つまり、交配はなるたけ雑多なほうがイイのです。血統書付きの犬猫を買うよりも棄てられている子猫を育てたほうがイイ。
日本人はいわば雑種です。まだ日本海が日本湾だった頃、北海道のほうからと、九州のほうからと、大陸からさまざまな人種が渡ってきて交配して、要するに雑種民族になった。東北地方と沖縄の人々のDNAが同じことは長いあいだ学会でも謎でした。しかし謎でも何でもなく網野史観でいっちゃうと(マルクス主義歴史史観の方は反対するでしょうけど、フーコーのエピステーメー史観の方は網野老師のアジール論などには賛同が多いとおもわれます)、日本人は雑種でアタリマエです。昭和天皇は「雑種などという植物はナイ」と仰いましたが、立派だとおもいます。しかし人間のほうは雑種と称されている複種異種交配の私たちのような民族は在るのです。そうしておそらくこれがファクターXの答でしょう。
つまり、人間が死なないでいると免疫はどんどん低下して、過去何度も起こった生物の大絶滅(ジュラ紀なんかの大絶滅は有名です)ということで一斉に絶滅、消滅してしまうなんてことに成り兼ねない。だから、ヒトは死ぬように出来ている。おそく日本人がCOVID-19に対して外国に比して強いのは、民族的に雑種のため自然免疫が強い、だからでしょう。
:オミクロン株を無事切り抜けられるように願っております。
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