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2021年4月12日 (月)

無学渡世・十六

時短営業、マスク会食の奨励(から過料)。これで、感染者が減少しているなら遠に減っているはずなのだ。あっちも阿呆ならこっちも阿呆。阿呆というのは世間の一部の阿呆に焦燥しているからだから、ふつう、ここは「無知蒙昧(知識が不十分で道理にくらいこと。また、そのさま)」と書くべきなのだろうが、世間がstressになってきたので仕方がナイ。
マスク会食については、大阪府では「まん延防止等重点措置」において「過料(罰金)」となった。正確にいうなら、会食のとき(家族も含むことになるだろう)、何か語るときはマスクを付けないと罰則規定になることだ。(これからそうするのかも知れない)これについて、専門家の意見は真っ向に分かれている。
/府の新型コロナウイルス対策本部専門家会議の座長を務める朝野(ともの)和典・大阪健康安全基盤研究所理事長(感染症学)は「家族以外との会食は、感染のリスクが避けられない。会食するなら『マスク会食』をしてほしい」と話す。「話す際にマスクをすれば、飛沫はかなり抑えられる。相手も自分も守る意味で、『片耳マスク』がベストな方法。/
とくれば、
/近畿大病院の吉田耕一郎・感染対策室長は「机上の空論だ。『マスク会食』という言葉が独り歩きし、マスク会食なら安全だという間違ったメッセージが一般の人に伝わってしまうと、逆効果になる」と指摘。/(毎日新聞電子版04/12・朝刊)
もちろん、科学的(医学的)に正しいのは後者のほうだ。(と、いうのが拙者の解釈)理由はユーチューブで実際にマスク会食をしてみせた吉村府知事の動画を観なくてもワカル。
前回も述べたが、「飛沫感染」というものがどういうものか、庶民大衆のごく一部の「無知蒙昧」者には理解出来ていない。唾液(唾)が飛んで感染するものだけを「飛沫感染」というのではナイ。もちろん、直截飛んで来るのが最も危ないのはいうまでもナイ。
先週、月に数回カレーランチする音楽喫茶で、椿事があった。ランチの時間だ。私と同年配あたりのオヤジが入ってきて、ice coffeeを注文。突然マスクを外すとマスターに、「この辺にボディビル・センターがあって、そのビルはむかしKコーヒーの1号店があって、Kコーヒー発祥の地だけど、知ってるか」と話しかけた。そのボディビルのジムもすでに無く、世界は様変わりしている。この特別な音楽を扱う店は出来てから15年、私はボディビルのあったことを知っているが、それはもう半世紀前のことだ。もちろん、マスターはその辺りの理由を説明して「存じませんが」と応える。と、オヤジ、それでハナシを引っ込めるのかとおもったが、Kコーヒー講談が始まった。これはもうマスターに向けてではナイ。口角泡を飛ばし、の演説だ。
テーブルにいた客たちは、何組か咄嗟に勘定。あいにくカレーライスを食べていた客は災難。マスターは、これはマズイとおもって「すいません、お客さん、マスクをお願いします」とはいってみたが、「わかっとる。わしは会食なんぞしとらん。コーヒーやないけ。そこで、そこの社長がなんつうたか、その、このコトバが名文句でなっ、いまの若いヤツに聞かせてやりたい」か、どうかはどうでもイイ。お前の飛沫演説は聞きたくはナイ。
ミャンマーならその場で国軍に撃ち殺されているところ。中華なら、アトで銃殺。
こういう光景は、たぶん、あちこちでみられるのではないかとおもう。家族や恋人たちは静かに食事をしている。時短営業のランチの時間だ。血気にはやって、ランチしていた近所の会社のサラリーマンが、「オヤジっ、唾飛ばすなっ」と唾を飛ばす。口唾喧嘩が始まる。次の日、クラスターが出る。
幸い、この専門喫茶ではクラスターは出なかったが、これと逆の光景と出くわしたこともある。店内には「黙食のお願い」と貼り紙がしてある味噌煮込みのM屋。そうでなくても、私は子供の頃から、「飯食うときは喋ったらアカン」という躾けを殴られながら受けているので、黙ってしか食べない。ここがうるさいのは厨房なのだ。かつ、その厨房は煮込みうどんの製作過程を公開しながらの営業なので、スッポンポン。さらにそこの主人はそれが客受けしていると独りよがりしているのか、うどん完成の度に「玉子入り~~煮えました~~。かしわ入り~~もうすぐで~~す」と、サイレンのように声を発する。聴音過敏障害の私の耳には、これが響く。店主の目の前にはうどん。せめてうどんの熱でCOVID-19の死滅せんことを願いつつ、食べる。店主の下で修行しているのか、女店員がうどんをつくっているときに店主の叱咤鞭撻が「シッタッベンパツッッ」と飛ぶのだが唾も飛んでいる。この女店員のつくるうどんのほうが実は美味いのだが、それはともかく、お運びの若い男女店員が喋りまくっていて、「黙食」がバカバカしくなってくる。そのうちスティーヴン・セガールのごとき『沈黙の丼鉢』を飛ばしてやるからな。
結語。いま少し、感染者増加の原因を細密に調査したほうがよろしかろう。

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