無料ブログはココログ
フォト

« 珍論愚談 18 | トップページ | 無学渡世・九 »

2021年2月13日 (土)

無学渡世・八

理屈をこねるが、行動が感情的な方のことを「面倒なひと」「めんどくさいひと」という。で、だいたいアタっているとおもいますが。
丁寧に説明をしているつもりが、コトバの中で愚痴をこぼすと時世にそぐわぬ一言になって、当人にはおもいもよらぬ大事故(まるで、テロの旅客機がビルに突っ込んだような事故)になってしまう。東京オリ・パラのしんきろう会長発言は、これがあれよあれよとどれよどれよで、なんだか「面倒なこと」になって、謝罪があって、メディア叩きがあって、会長のジニン劇があって、と、たとえば「忖度」という読みにくく判断しにくい漢字がありますが、辞書を引けば(あるいはウイキでもよろしいが)/忖度(そんたく)は、他人の心情を推し量ること、また、推し量って相手に配慮することである/ということになりますが。この場合、主体も客体もハッキリしない。主語と述語もハッキリしない。東京オリ・パラに対して使っていいのかどうかもワカラナイ。だいたい東京オリ・パラとの関係も、私はオリンピック憲章に目を通したことがナイので(いったい、何人の日本人が読んでんだ)、よくわかりません。
何をコメントしても、double meaningになりそうなので、私は三匹の猿になってしまいますが、私など大衆からみて、どうかんがえても、憲章など読まなくとも、この世界情勢で、オリンピックを開催するということは、どう忖度しても「オカシイ」としかおもえナイのです。(まだ、帝国日本大本営のインパール作戦のほうがマトモにおもえるんだわね)。
電子版で毎日新聞と日経とを読んでいますが、「いまこそ、オリンピックをっ」と心底、おもわれているかた、右も左も、保守もliberalも問いません、精神論でも、根性論でもイイんです。納得出来るなら。ですから、ハッキリ述べて頂きたい。寄稿して下さいませんか。
これ、切ないお願いです。

« 珍論愚談 18 | トップページ | 無学渡世・九 »

表現とコトバ」カテゴリの記事