珍論愚談 9
~たとえ、COVID-19に変異種が出ようと、感染者が急激に増加しようと、日本はビクともしません~という宣伝カーのhystericな声を聞きながら、ご隠居はクマゴロさんとニイちゃん相手ににっこりわらってお茶をたてている。
「うん、その通りだの。ビクともせんの。なんにもせんものな」
もちろん、『泰然自若(たいぜん-じじゃく・ 落ち着いていてどんなことにも動じないさま。 ▽「泰然」は落ち着いて物事に動じないさま。「自若」は何に対してもあわてず、驚かず、落ち着いているさま)』とは、何の関係もナイ。
「日本は東京オリンピックをやらにゃならんでの。一億玉砕じゃでの」
と、宣伝カーが凍結車道で滑って橋桁に衝突したらしい音がした。ご隠居はクマゴロとニイちゃんに、お茶を出しながら、
「氷河期か。我が人生九十年で、そういう大事に出くわすとはおもわなんだナ」
「おいらなんざ、余命計算てので、アト三十年生きるッテノが出たけど、なんしろ、仕事がねえしなあ。宮大工になったはいいが、『無病息災』の御利益の神社詣ででソーシャルダンスてのは、どう考えても、これ〈矛盾〉じゃねえのかなあ」
クマゴロさん、お薄に口をつける。こういう職種のひとは、一応茶道の仁義はマスターしているようで、碗の正面を避けるために碗を廻す。お薄の場合、流派で多少のチガイはあるが何口で飲んでもよい。飲みやすいように飲めばよく、最後の一口はズズズーと、音をたてて吸い切る。
宣伝カーの音響装置が衝突で壊れたらしく、いまでは楽曲というソレが出鱈目のtuningで流れ始めた。
「どうもなんじゃな。カラオケの文化によってかどうか、みなさん、昨今は~歌をうたう~な。芝居の舞台でも歌が歌われるのう」
「ご隠居、それ、musicalっていうんじゃないんですか」
「musicalでもネズミが齧るでもいいんじゃが、歌というものは、~歌をうたう~というもんじゃないと、わしゃおもうがの」
「じゃあ、何なんです」
と、ニイちゃんがお薄を音をたてて啜る。
「~歌をうたう~のではなく、~歌にうたう~、かなあ」
クマゴロ、首を傾げていたが、
「それって、あれですかい、ご隠居。やつがれの趣味でいうと、渡哲也さんと石田あゆみさんのduet、『鳳仙花』なんかがそうですかい」
「さすが、宮大工っ、お見事っ」
たしかに、石原裕次郎の亡くなったときはそうでもなかったが、渡さんが亡くなったときはなんでなのか泣いてしまったなあと、ニイちゃんは、碗の底をみつめた。
/冬来たりなれど 春唐がらし/
「暮らし」カテゴリの記事
- nostalgic narrative 34(2024.09.21)
- nostalgic narrative 32(2024.09.17)
- nostalgic narrative 30 (2024.08.25)
- nostalgic narrative 23(2024.05.19)
- nostalgic narrative 22(2024.05.16)