港町memory 151
ニイちゃんの劇団の稽古が始まったらしい。おばさんが、
「稽古て、どんなことすんねん」と訊ねた。
「せりふ、ですけどね。せりふって〈書いてある〉んです」
「ほら、アタリマエやがな」
「これを役者はまず目で読みます。声に出して読む役者もいますけど。これをね、ちょっと難しくいうと、これは哲学者(ジャーナリスト)のサルトルという方が造っただか、よく使っただか知りませんが〔即自的〕といいます。自分が自分に読んで聞かせるんですから、まあ、その役者さんのイメージのとおりに読んでいればいいんです。それから次に/読み合わせ/というのがあって、そのせりふを音声、声に出して読みます。これは、自分にも聞こえますし、これを〔対自的〕というんですが、他の役者さんにも聞こえるワケですから、それに演劇には観客もいますし、観客にも聞こえますから〔対他的〕といいます。この三つをいっぺんにやらなければいけないので面倒なんです。これはさらに難しくいうと数学的には/微分幾何学されたコトバ/というふうに説明されます。ワカルひとにはワカルでしょうけど、微分を幾何学的にするんですが、簡単にいえば、微分を曲面(曲線)を含む立体にするということです」
「どこが簡単やねん。邯鄲の枕の夢みたいなハナシやな」(おばさんは能の『邯鄲』の知識をそれでも知っているようだ)
「自分の語ったコトバ(のnuance)が正しいかどうか、これってなかなか自分ではワカラナイもんなんです。自分では正しいとおもっていてもチガウときもありますし、正しくナイとはおもうんだけど、どうも正しいのがワカランという場合があります。そこで演出者の出番になります。しかし、その演出者のいうことが正しいかどうかを誰が決めるのかというと、これはもう「永遠回帰」になります。
そこで、インテリや、頭のエエ演出家は、難しい演劇理論とかで説得するんですが、うちの演出はアホではナイのですが、『ホノアノコ』(ある童話の主人公)みたいなもんで、めちゃアタリマエなことしかいいません。まず、
〇そのせりふは、誰に向けて発せられているのか。
〇その相手はどんな役の、或いははどんなヒトなのか。
〇そのヒト、その相手役に対して、せりふは語られるように語られているか。
〇そうして、そのせりふは観客という相手役でナイものにもワカルようにしなければならないので、常に頭の片隅に観客は置いておく。
〇とはいえ、観客といっても数多種類があるので、誰にというワケではなく、観客席に自分を観客としてひとり坐らせておいて、その観客(自分)に向ければイイ。
〇およそ、これがせりふのすべてだ。どんなせりふでも、これだけかんがえておけばイイ。
ですね」
「なるほど、そういわれたら、そやな」
「せりふは、どれが/正しい/のか、というより、語ってみて、なんか違和感がある。不自然だ。相手の役者が受けるのに困っている。観客席の自分が気持ちよく聞いていない。という、/正しくない/というほうを感じたら、それをなおしていくのがイイのです。単純に「おはよう」というのにも、マチガイも正しいも、何通りもあるということです」
「しゃあけど、正しくないのを探すのも、それはそれで難しそうやんけ」
「まあ、そうですけど、それはカラダが教えてくれるんです」
「要するにあれか、よういわれる/カラダでおぼええ/いうヤツか」
「そうです。語ってる自分のカラダが緊張せずにリラックスしてたらそれはそんでもう正しいんです。ここでよくマチガエルのは、リラックスして緊張せずにせりふを語るのではなく、せりふを語るときにリラックス出来なかったらそれは正しくナイということです。ですから、楽に語れるようなせりふの語り方を探すんです」
「なるほどなあ、緊張すると、コトバにならんわな」
「誰(どの役者)に向かって、緊張のナイ語り方でせりふをいう、稽古って、それが出来るように、そういうことをするんですよおばさん」
「演出家とかに聞かせるんやないのけ」
「そんなん、演出家みたい、別に、隣の魚屋さんでもカマワナイんです。/なんや、おかしいで/とか/上手やなあ/というてくれたら、演出家はそれだけの仕事です。まあ、うちの演出は、アホやナイですから、それくらいのことはいいます。役の心理がどうたらとか、気持ちがこもってないとか、そういう手の上に乗らないようなこと、絵に描いた餅みたいなことはいいません。どうせ、なんぼ稽古しても、本番になっていよいよ出番になったら/よし、もうおもいきっていこっ/としかかんがえませんよ役者なんて」
院外処方箋薬局の入り口付近でラジオ体操をしているおばさんは、ふーん、とかいながら、ラジオ体操を続けるのだった。
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