珍論愚談 1
タイトルが変わったというより、付いただけ。
「いやあ、困るよなあ、店を早くに閉めろって、江戸時代じゃあるめえし、こちとら-でえく-は朝が早いといっても、宵っ張りで一杯ヤってんだから。神も仏もあるもんけい、でやすねえ」
クマゴロさんが愚痴をいっている相手はもちろんご隠居だ。
「神や仏なんか信じてもいないくせによくいうね、クマゴロ」
「あっしらにだって信心はありますよ。鳥居だって造りますもん。ご隠居は、宗派は何です」
「烏合の宗だな」
「また、冗談ばっかりいうんだから。まさか、信心がねえってワケじゃねえんでしょ」
「それがナイのさ。クマゴロさんよ、年寄りはみな信心深いなんておもってんのかい」
「ナイの、いや、こりゃ、驚いた。そんな年寄りもあるんだ」
「クマゴロさんよ、まあ聞きな。おまいさん、いまここに神様が現れて/わしは神さまだ。だから10000圓貸してくれ/っていったら、どうするね」
「どうするもこうするも、そんな神さまなんかいるワケありゃしませんや」
「じゃあ、どんな神さまならいるんだい。10000圓くれたら神さまかい」
「くれるっていうなら頂きますが、そんなこと神さまがしますかね」
「じゃあ、どうしたら、神さまだと信じるね」
「えええっ、そいつぁっ、こりゃ参ったね。難しいでやすね。こっちが決めなきゃなんねえのか。困るねそういうのは」
ニイちゃんもケツを拭きながらかんがえる。
「わしは神様が出てきなさるより、女がええの。尻の柔らかそうなのがええ。そいで、お爺ちゃん遊っぼ、なんていわれたら、そっちいっちゃう」
「ちょっと、ご隠居、もう九十でしょ」
「九十が百でも、神様より女がええのは男の身上じゃわい。弁天様に人気があるのは、だからなんだな。チガウかい」
「いや、その通りでやすが」
クマゴロのほうがたじたじになっている。こりゃ、エロになる前に話題を変えたほうがイイな。と、クマゴロおもって、
「なんかこう、生きていくの楽になるハナシってのはねえですかい。ご隠居、いろいろと知ってらっしゃるんじゃネエんですかね」
「ああ、あるな」
「ありますか」
「むかし、ある村に六人の兄弟姉妹がおってな、この末っ子が、流行り病でカラダに力が入らん病気になってな。とはいえ兄弟姉妹が多かったからな、特に働くこともなく、野良仕事なんぞせんでも、まんまは食えた。まあ、出来ることは鶏に餌をやることくらいだったな。その当時は、嫁に行くのはいわゆる子供を産んでもらっての労働力増産だけだったからな。そこの男兄弟は嫁はとらんかった。女姉妹も嫁には行かんかったな。いわゆる労働力は間に合っていたということだナ。アッチのナニのほうは、その村では月に二、三度、若衆宿の慣習があったからな、困ることはなかった。いうてみたら、みな兄弟だな。そこで出来たややは、邪魔になったら川に流してしもうたからな。桃太郎のハナシもこういうところに原典があるんじゃな。ところが、ある日、大地震が来てな、六人とも家の下敷きと崖崩れでいっぺんにみな死んでしもうた。末っ子も死んだ。まあ、そんだけのハナシじゃが、楽なハナシじゃろ」
「楽ですかねえ」
「おまいさんたちみたいに-でえく-なんかすることもなかったからな。立派な家に住むこともなかったし、まあ、掘っ建て小屋で良かったからな。陸稲と岩魚と、畑の野菜を食っておりゃ良かったからな。銭なんざ要らん暮らしじゃったらしい。そこへきて、地震で一息に死ねたのじゃから、こりゃ、楽じゃな。博打で苦労することもなかったし、酒はどぶを造っておけば良かったし、もういうことなしじゃな」
クマゴロさんは、だんまりとしばらくかんがえていたが、
「なるほど、楽でやすねえ」
と、ため息をついた。
ニイちゃんも、たしかにそうだとおもった。庄屋や群代とかがいなかったのなら、ではあるけれど。つまり、行政に該るものは要らんほうが楽と。