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2020年10月27日 (火)

港町memory 148

ニイちゃんは鬱病だが、鬱疾患者の100人中100人(つまり100%ということだが)にすべて該てはまる症状、症例というか、心情、情況とはどんなものかというと、「いまの自己(自分)から逃げたい」、そう、まるで蝉の脱皮のようにだ。ここから演繹するに、よくdoctorの使う「心的要因(たとえば、失恋した)」とか「外的要因(たとえば、オートバイで事故って頭を打った)」とか「内的要因(たとえば、遺伝子の一部に欠陥がある)」とかは、帰納的に用いれば、鬱病と因果くらいならあるかも知れないが、そういうことがまったく無い鬱疾患者のほうが多い。
ヒトの死因を大雑把に分ければ三つになる。(自殺は除く)
・腫瘍・感染症・血管の損傷
だ。
鬱病は、もちろんそのどれにもアテハマラナイ。自殺を除いているからだが、鬱病になる要因(キッカケ)となると前述三つとも入ってしまうから、どれにもアテハマルともいえる。
双極性障害と鬱病とは、よく間違えられることがあるが(精神科医でもマチガエル。同じだと扱う精神科医もあるが)、たとえば双極性障害の有名人を羅列してみると、それはよくワカル。夏目漱石 宮沢賢治 太宰治 北杜夫 田宮二郎 中島らも、外国のほうになると、ヴィヴィアン・リー、 ジャン=クロード・ヴァン・ダム、 キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、マライア・キャリー。こんなふうに並べると、鬱病とはチガイがあるということはなんとなく納得出来る。たとえば、最近自死した三浦春馬や竹内結子の場合はこっちのほうだとおもわれる。双極性障害は、薬で抑制しやすいことが知られているが、鬱病は困ったもので、どんな薬が効くのか百人百様で、かつ加齢とともに症状に変化が出てくる。「いまの自分から逃げたい(認められない)」という本質は同じだが、ここに「いまの自分が何なのかワカラナイ」という錯乱が足し算される。言い換えれば、感情、行動のcontrolが難しい。それでもニイちゃんは、自動航行装置を会得してるので、早朝に覚醒して錯乱が始まっても、まずphysical(体温、血圧)を測定する。これが平均(異常はみられない)となると、鬱病の症状が突発しているということを認めざるを得ない。そうなると、自殺念慮と闘いつつ、時間が過ぎ行くのを(ニイちゃんは非時間論者なので、自身の重力の変容が収束するのを)待つ。つまり、ニイちゃんのかんがえに依ると、鬱病は時間的なものでなく空間的なものだ。ニイちゃんは「場の決壊」と称している。この「場」というのは「電磁場」の「場」と同じだ。つまり、鬱病は、心身のニュートン力学的な異常ではなく、量子力学的変容ということになる。(ニイちゃんは三日前にとりあえず脳のMRIを二年ぶりにヤったが、きれいなものだった。とかく、私たち人間は両方の力学を生きているので、仕方ない。すでに量子コンピュータが存在するのだから、量子というものも、身に近いものになってきた。量子コンピュータでつくられた暗号は絶対に解読不可能といわれているが、それなら、意味ナイじゃんということではナイ、暗号を途中で奪取しても意味ナイということで、それを解読する量子コンピュータでしか解読出来ないということだ。
鬱病はこの量子コンピュータの暗号と似ている。それほどキビシイものではナイが、解きにくさをたとえるならそんなところだろう。
ニイちゃんはとりあえず自動航行装置(のようなもの)を使っているが、加齢によって、これにも次第に頼れなくなってきた。特に感情の抑制が難しくなってきたのだが、他にいまのところ、ニイちゃんには方法はナイ。心身に働く重力をcontrolするにはどうすればイイか。目下のところニイちゃんの課題だ。加速度をさらにupするしかナイのだが、いま以上のGに耐えられるかどうか、院外処方箋薬局の入り口付近でおばさんはきょうもラジオ体操をしている。このひとにGは無い。しからば、ラジオ体操でもしてみるか。ニイちゃんは苦笑する。どこかの町で地回りなんかに因縁つけられて、「なんやねんおまえはっ」といわれても、「オレか、オレは用心(棒が無い)だ」というしかナイだろう。

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