港町memory 140
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「おひさしぶりやんけ、ニイちゃんほいほいと」
おばさんはえらくご陽気に院外処方箋薬局の入り口付近に現れた。ニイちゃんは最近うつ病の症状がひどいので屈託している。
「どうしたんですか、ご機嫌ですね」
「なんやな、あれ、テレビで、ワクチン出来たいうとったんや。テレビ。COVID-19オワリやで」
「そうですか、ほんとなら嬉しいですね」
「ほんでな、ここの院外処方箋薬局にワクチン売ってへんかいなと、ノゾキに来たんや」
「ワクチンは治療薬じゃナイですよ」
「ほな、なんやねん。犀とカインとアベルとかいうのがそれか」
「サイトカインは免疫系を機能させる情報伝達物質の一種です。
「そうしたらあれけ、マックロファー爺、け」
「マクロファージはたしかにキラーT細胞のように侵入異物を殺しますが、白血球の一種ですね」
「ほんなら、ワクチンてなんやねん」
「〈獲得免疫〉を人工的につくったもんでしょ」
「獲得メン駅て、あれか、各停が停車する駅か」
「〈自然免疫〉もあるんです。どちらも身体の中で抗体・・・異物を抵抗殺傷する作用素、機能、このばあい「体」なので、抗体とは免疫によってつくりだされた身体のメカニズム機能と、簡単に覚えておけばイイとおもう・・・になるもんですけど」
「あっ、聞いたことがあるわ。集団免疫とかいうアレやろ。アレはユングのいう集団的無意識と関係あんのか、ニイちゃん」
おばさんは、いきなり賢くなる妄想性躁病だとかいってたなと、ニイちゃんはぼんやり記憶を辿った。
「ユングとは関係ナイですね。集団免疫というのは、うーんと、免疫学の宮坂昌之老師がいうには、/ウイルスに対するからだの防御というのは、獲得免疫だけが規定しているのではなくて、われわれの免疫は自然免疫と獲得免疫の2段構えになっている。自然免疫が強かったら獲得免疫が働かなくたってウイルスを撃退できる可能性がある。自然免疫だけでウイルスを撃退することもあるから、抗体の量や陽性率だけを見ていても集団免疫ができているかは判断できない可能性がある。今回はそういうことが起きているのかも/とおっしゃってますね」
「あら、ま、そんなんがあんのかいな」
「あっても、抗体の中には、善玉と悪玉と役なしの三つがあって、今度のCOVID-19にはこの三種類とも出来てしまうらしいです」
「つまり、要らんもんも出来る」
「というか、逆にキケンなものも出来るということですね」
「そやけど、人工ワクチンには、そんなんナイやろ。それは、COVID-19の獲得免疫各駅停車のハナシやろ」
「私は前々から不思議におもっていたんですが、クルーズ船みたいな密の濃いところで、たとえばWHOなんかがいうように人口の60%が感染しないと、獲得免疫は出来ない理論が、ぜんぜん通用していないことです。WHOの理屈は、いったように「集団の6割程度の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要である」です。実際にそうなってないんです。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で感染した人は全体の2割程度でした。集団の6割も感染をするようなことは観察されていません。つまり、多くの人は感染が成立する前にウイルスを撃退したとのかも知れないんです。
いい方を変えると、この集団免疫の考え方では「われわれはこのウイルスに対して免疫を持たないので、無防備の状態で感染が広がると人口の60%ぐらいの人たちが感染する」になります。実際、イギリスのファーガソン教授もスウェーデンの疫学者アンデシュ・テグネル氏も、さらには厚生労働省クラスター対策班の北海道大学大学院、西浦博教授もこの数字を挙げていました(2020/05)。しかし、この仮定は違うのではないかと免疫学の宮坂昌之老師は述べています。私もそうおもいます。それで納得してます。なぜなら、このようなことは発生地とされている武漢市でも、大密室殺人事件ダイヤモンド・プリンセスでも起こってナイからです。これはスペインでもイタリアでも起きてナイんです。
さらに宮坂老師が述べてらっしゃることを、私の記憶で復唱すれば、
/新型コロナウイルスは抗体のつくり方が弱くて、タイミングも遅い。抗体だけ測っていて良いのか。抗体検査による陽性率は、誰が測定するのか、サンプルの保存の仕方にもよるが、PCR検査の陽性率から見ると、東京では10%を切っているようだ。あれほどPCR検査を実施しているドイツでも陽性率は6%ぐらい。100人で6人ぐらいだ。このことを考えると、おそらく東京でも感染者は100人に数人かそれ以下になる。つまりCOVID-19のウイルスが起こす免疫はあまり高くなく、持続も短いようなので、免疫学者の目から見る限り、集団の60%もが免疫を獲得するような状況は、余程良いワクチンが出てこない限り起こり得ない/」
「なんど、そないなええワクチン売ってないか、いてみてこ」
おばさんは、ニイちゃんのハナシを聴くや、陽気さも薄れ、ご機嫌でもなくなって、院外処方箋薬局の入り口付近でラジオ体操を始めた。ニイちゃんは、「一寸一休」の重複になったなあと、また、うつ病の容態を悪くして、その場にへたり込んだ。あのな、早いとこ、院外処方箋薬局に行って、クスリもらえちゅうねん。
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