港町memory 136
/この世界はbluesに満ちている/と、たなか亜希夫さんは描いたけれど(『リバーエンド・カフェ』・6)、あの感動に満ち溢れた見開きのアトで、このコロナ禍で、職にあぶれた母子家庭の母子が三度の飯を二度にして、さらに一回の分量を減らし、子供は学校の授業に使うremoteが買えずに授業を受けられず、その上イジメにあって、と、いうニュース記事を日経電子版で読んで、やりきれないニイちゃんは自分がかつて理屈った/私と世界の関係/の命題を思い出し、
「世界は私の表現である」「私は世界の表現である」
「現実それ自体は存在しない。虚構は現実がなければ創れない」
これが公理となるのはいつの日だろうとブログに書いて、しかし、世界は「変」だなあ、と首を傾げながら院外処方箋薬局の入り口付近でおばさんと出くわしたのだった。
「ニイちゃん、あんたなあ、remoteとか、オンラインとか、ああいうもんはガッコが、義務教育やから児童生徒に貸し出してくれてるのやとおもてたんか。ほんま阿呆やなあ」
「しかし、おばさんのいうように義務教育なんですから、そこで格差をつけるのは違憲になりませんか」
「それいうんやったら飯の二回かて、母親の児童虐待で犯罪になってまうがな」
「なるほど、しかし政府、行政は、」
「あんな、ニイちゃん、トウメイ党がな、一律十万円の銭のばら蒔きいいだして、すぐそうなったやろ。そらまあ、ジニン党はトウメイ党に弱みを握られとるさけ、しゃあないとして、ああいうのを公平というんやろか」
「私はまったくチガウとおもいますけど。あの公平性は、聖書に出てくる、イエスが天国とはこういうところだと弟子に語った葡萄園の労働者の賃金の譬えですよ。まったく法華経とは宗旨がチガイます」
「ほんでもな、そのほうが手っとり早い簡単、とジニン党もおもたんやな。そんで、マイナンバーカードで、オンラインやパソコン処理や、これがえろうアナログな仕事になって、自治体はもう途中で投げよったワ。ネットちゅうたらあれやで、いっちゃんめんどクサイんやで。うちのお父ちゃん、会員カードつくるのが好きで、なんでもそれでヤっとるわ。一日それや。もうIDナンバーとパスワードがあちこちに貼り付けてあって、あんなもんセキュリティどうすんねん、なあ。そやけど、それをお父ちゃんにいうと、これはタイセツな番号ですから忘れないようにメモをして残しておいて下さいて、注意書きがあるねん、やて。なんのためのパソコンやねん」
/この世界はbluesに満ちている/ことに異論はナイ。しかし、ニイちゃんは、この世界はやはり「変」にも満ちていると、おもいつつ、院外処方箋薬局の入り口をアトにした。
入らんのか、入らんかいっ。
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