港町memory 138
アーサー・ヘミングウェイと鬱病についてニイちゃんはかんがえていた。猟銃自殺という悲惨な死に方についてではナイ。六十一年の生涯、ノーベル賞作家、傷だらけの身体、tough、若いときは何のハナシだったかワカラナカッタ『老人と海』を還暦の手前で読んだときの、あの茫漠たる心情。そしてあの晩年。「書けなくなった」というたったひとことの電話での声が最後だったという。
「ニイちゃん、また深酷劇やっとんな。今度はなんや。フラレたんか、て、フラレる前の段階が無くなって何年たつねん。あんた、わしより二周り若いねんで、何をクヨクヨ川端柳。そや、いつかな、訊いたろおもとったんやけど、ニイちゃん、何科に通院しとんねん」
「精神科です、が」
「ああ、なんやキチガイかいな。そら面白そうやな。あのな、最近のスマホたらのメールたらsnショーたら、あれな、キチガイて打鍵するやろ、ほしたらな、キチ+イでしかでえへんねんで。エライ気ぃつことるな」
「ここは病棟はナイんですよ。しかし、一度、そういうところに別の仕事で、取材なんですけど、いったことあるんですが、そこの連中のほうがマトモでした。少なくともいまの政治家とかいう人種より」
「ほらほやがな。いまの大統領も将軍さんも、ひとを殺しても罪にならんからな、まあ、昔っから、戦争の最前線はカラッドばっかやねんけど、映画では白人しかおらんわな。あんな最前線、世界の何処にもあれへんで。うちのお父ちゃんいうてたわ、沖縄で戦こうたときと、負けて終戦、敗戦やのうて終戦や、そうなったときに上陸してきた占領軍、いや進駐軍ちゅうねんな。色がチゴウてたて」
「戦争で闘うなら、オレは絶対、狙撃にまわります。自動小銃やら機関銃で殺しても、弾があたってるのかどうかワカリマセンからね。ヤルなら狙撃です。スナイパーです。いまは二人一組でやるんです。一人はモニター観ながら指示します。/風、東南東、風力0,5、マネキンとの距離689m、弾速計測、修正必要ナシ。ロック、ママウチ命中誤差1㎝以内。着弾点カンヅメ(頭蓋)。トリガーッキィック、よしアリの群れ、OK、スッポン。撤退」
「なんやねん、それ」
「まあ、スラング入ってますから」
「そうでっか。ああ、あのな、オモロイかなとおもて観たらつまらんのが、いつもの性教育番組や。テレビ。今朝は、犬アッチケーで朝からヤッとんねん。観たか、テレビ」
「一応、待合で観てましたけど」
「あの性教育は仕立て落ち。あのな片手落ちやのうて、仕立ての段階で服にならへんことがワカッとんねんテ。いっぺんでも、性感帯とかテクニックとか教育しよったか。しよらへんさかいに、みなマチガイよるねん、アダルトビデオのマネして失敗や」
「おばさん、そういう話題、ここの院外処方箋薬局の入り口付近ではヤメませんか」
「なんでやねん。ニイちゃん知らんやろ。この院外処方箋薬局、裏まわったらエエのんあんねんで」
「また、それですか。この前、パッパも本気にして、裏から入ったら、老人ホームの食堂でした。洗い場で食器洗ってきましたワ」
「惜しかったなあ。そら、入り口マチガイ。裏庭には阿片が咲いとるんやで」
「おばさん、何科に通院なんです」
「わしは、妄想性躁病へ通院や」
嗚呼、きょうもまた、意味なく院外処方箋薬局の入り口付近に陽は落ちていく。
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