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2020年9月24日 (木)

港町memory 139

おそらくもう目は視エテイナイ。散弾銃喰らった森のケモノのように、ベッドを弄るようにして掻きむしっている。鼻孔が開いて、息がさきほどよりさらに荒くなってきた。たぶん明日までもつことはナイ。
「ニイちゃん、あんたも相当残酷なクソガキやなあ、そこで、なんでナースコールせえへんねん」
「看護師さん呼びたかったら、自分で呼んでるでしょう。静かな、安らかな死なんてものを望んでなかったんですよ。夜叉か阿修羅のような眼光だけ鋭く、誰を何を恨んでいるのか、憎しみ吐き出して、」
「それ、じっと観とったんか。どんな目で観てたんか、わしが知りたいくらいやわ。親も親なら子供も子供、悲惨ちゅうやっちゃな」
ニイちゃんは、親というものが何なのかよくワカラズに生きてきた。親になったこともあるが、事情により、親というものが何なのかワカラヌものに親が出来るワケがナイ。親は子供を殴るものだという体験しかニイちゃんにはない。荷物のように投げられて自転車置き場の自転車の上に落下したこともあるが、そのときの痛みよりも、自転車の倒れる金属音だけが耳に残っている。哀しいことに、ニイちゃんは殴られても投げられても、泣かなかった。泣けばそこで終わったろうに。その可愛げの無さに親はさらに角材で頬にカウンターを入れる。殺されるとはおもわなかったが、顔面は片方が腫れ上がって目がみえない。
そこで、ニイちゃんはどうしたか。
さらに角材を振りかざしているものに向かって、笑ったのだ。
さすがに角材は飛んでこなかった。気味が悪かったのだろう。へらへらへら。
丁度、看護師が入室してきて、母親の足を撫でた。
「冷たいなあ。血ぃ、もう通ってませんよ」
「ほんで、どないしたんや。医者呼んだんか」
「おばさん、緩和ケア病棟というのは、治療病棟とチガイマスよ。モルヒネを要請するまで、アセトアミノフェン600㎎飲まされてただけですよ」
「あんなもん、癌痛に効かへんで」
「6000㎎でナイと、アセトアミノフェンでは無理でしょう。桁をマチガッテいるんじゃないのか、と、看護師に訊きましたもん」
「ほんで、ほんで、どないしたんやっ、いうとるやろがっ」
「葬儀屋に連絡入れました。あと、看護師には、モルヒネとセロトニンを医者に頼んでくれ、そういって、葬儀屋と段取りの相談して」
「ニイちゃん、あんた、そういうの冷静というより、冷酷いうのんとちゃうか」
「オレもかんがえましたよ」
「ナニ、かんがえたんや」
「母親が、何を恨み、何を憎んでのたうってるのか。付き合いが薄いんで、よくワカランかったですけど、アト、父親と一緒の墓に入れるのはそれこそ残酷かなとおもったり、骨どうしでケンカしたりして。まあ、死んだらとりあえずプラズマやから、エエかと」
「けっきょく、親の死に目に逢わんかったんやな」
「両親どころか、運がエエのか悪いのか、オレね、誰の死に目にもアってナイんです」
ニイちゃんは、そこで、ふと、二十年飼っていた猫の死に目にも逢わなかったナとおもった。
悔いがあるのは、それだけだった。
院外処方箋薬局の入り口付近だったが、局内から、番号が呼ばれたのが聞こえた。
「ニイちゃん、あんたの番号やろ。わしはもう、さっきもろたさかいにな。しかし、ニイちゃん、あんたロクな死に方せえへんで、ほんま」
「そんなことナイですよ。生き方よりはマシじゃナイかとおもってますけど」
ニイちゃんは、おばさんに背を向けて去っていった。
おいっ、なんで、院外処方箋薬局の中に行かないのだっ。ナニを、格好つけてんねん。入れよっ、もうそろそろ。
不条理劇か、これはっ。

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