港町memory 132
「ナニを物騒なもの、懐にしてるんですか。光ってますよ」
「そら、ヒカリものちゅうくらいやさかいにな。出刃や。よう切れるで」
「そんなもの持って、院外処方箋薬局の入り口付近で立ってたら、薬局から麻薬性薬剤でも強盗するんやないかとおもわれますよ」
「伜の弟のほうがな、いよいよ老齢年金支給の歳になりよった。四十年余、ようコツコツ積みよった。ほんでな、幾ら貰えるんやろかと、調べとなるわな」
「私も調べましたよ。私は前倒ししましたけど。でも、あれは調べるのは〈ねんきんネット〉とかいうパソコンの中でしかワカランでしょ」
「そやねん、その〈ねんきんネット〉に必要事項を書き込んで、送信しよった。ほしたらこうや/ご入力いただいた内容を日本年金機構で確認した結果、以下の理由により、ユーザIDの発行が出来ません/と、ハガキが来た。そらなにかのマチガイやろ、ああ、そうかこないだ引っ越したから転入先の届けに不備があったんやな、と、伜は二度目の書き込み送信や。けんども、引っ越したところの住所が書いたるだけで、それが理由でIDが出せへん、とおんなじ返事のハガキや。これはな、米穀通帳世代は震えるで。ニイちゃんも、ギリギリその世代やろ」
「そうですね。通帳持って米屋いきましたし、小学校の修学旅行もそうでした」
「食券食堂ちゅうのもあったわな」
「なんか、あの米穀通帳は、いつの間にか、まさにいつの間にか、無くなりましたね。1979年(昭和54年)7月22日の読売新聞のニュースにこんなんがありますね。/米穀通帳有名無実化、米穀通帳を使っているのは、法務大臣古井喜実だけであると(つまり農林水産大臣すら使っていない)と判明/なんだか知らん間になくなりましたね」
「それやそれ、それとおんなじや。伜は、ユーザIDが無かったら年金の支給がナイのとちゃうやろかとおもて、三通目出しよった。でも応えは同じ」
「電話したら良かったんじゃナイですか」
「アホか、ニイちゃん、電話せな片づかへんもんをなんで、ネットでやんねん」
「それもそうだな」
「可哀相に伜、それを苦にして首、吊りよったワ」
「それで、その敵討ちに出刃ですか」
「嫁は電話しよったんや。そうしたら、いま処理中なんです。とこうや。そんで嫁が、処理中てあんた、引っ越して転出届けマイナンバーの年金紐付きで出して二ヶ月経ってますやん。それに、そういうことやったら返信ハガキや〈ねんきんネット〉の何処かに、/こういう処理にはこんだけかかります。お待たせしているみなさまへ/とか、保険でも、宅配でも、光熱上下水道とかでも、ともかくユーザID使うてるとこ、ちゃんと書いて、お報せありますやん。それ、礼儀ちゃいますのん/」
「そりゃ、そうでしょう。しかし、出刃はちょっと」
「アホかいなニイちゃん、そのとき、年金の公務員こういいよったんや。/うちは民間ではナイのでそういうサービスはありません/、どや、出刃やろ」
「出刃ですね。どうも、その公務員の方を筆頭に年金機構の方々は自分らの仕事を勘違いしてますね。なんか、こないだもそういう事故ありましたね。それから、/年金を納めましょう/とかいうCMに出てた女優が年金払ってなかったり、国会議員の中でも大勢、そんなんがいたり、えらいたいへんでしたね」
「年金七十五歳からになるかも知れへんのにな」
「あれは詭弁ですね。寿命が伸びたから、出来るだけ働いて七十五歳くらいから十年ばかりをのんびりと、て、そんな余裕のある生活しているひといませんよ、この世間」
「さあ、出刃、行くでっ」
と、けっきょくおばさんは、院外処方箋薬局に飛び込んで、出刃を突き付け、麻薬性薬剤をたんまり頂戴して、逃げたのだった。しかし、メーカーのほうでは、これは非麻薬ですと喧伝して販売しているので、そんなキツイ罪にはならなかった。
年金はユーザIDとは関係なく支給される。しかし、ややこしい制度になってきたもんだなあ。米穀通帳の世界は簡単で良かったなあ。大食らいがいて、配給米では足りず栄養失調になったというハナシは聞いたことはナイ。ちゃんとヤミ米があったからだ。きっとヤミ年金もあるにチガイナイ。
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