港町memory 123
「どないしたんヤ、もう助かりませんとか、治りませんとかいわれたんか」
おばさんが、傘をたたみながら顔を覗き込んだ。院外処方箋薬局のしぐれてゆくか。
「いや、そういうのはこれまでにも何度もあったんですが、まだ生きてますから」
「そうか、そやけどニイちゃん、エライ青い顔してるで」
「いやあ、久しぶりに活字を読んだんで、疲れました」
「鰤(ぶり)と鰹(かつお)食べて食あたりか」
「そういうワザとらしいボケはいいです。決め損ねてます。あのですね、活字をね、思想系のホンをね、もう5年ぶりくらいかなあ、読んでてね、時間をつぶしてたら、ちょっと具合悪くなって」
「死相系のホン、そんなホンがあんの」
「いや、まあ、いまではもう誰も読まないようなホンがアマゾンで出てたんで、」
「どんなホンや」
「『イエスとはなにか』(春秋社)、むかし-80年当時-はよく出版された鼎談集ですね、吉本さんとか、岡井隆さん、笠原芳光さん、懐かしい名前が多かったんで、買ったんです」
「yesとは、noの反対ちゃうんか」
「そうそう、そういうホンですわ。弁証法の〔正〕〔反〕、次の〔合〕に〔脱〕がきたりしてね」
「ああ、なんや菅官房長官のおっさんがいうとるgoなんとか旅行クーポンやろ。手続きいっぱいのああいうので観光して、観光の何処がおもろいんやろな。ああ、そういうたら、アホなことヤっとる連中、ひょっとしたらとおもうたら、いよったで。COVID-19のコロナパーティーやて、アメリカの亜呆がやりそなこっちゃけど、感染者の隣におって罹患するかどうかの肝試しで、一人、死んどるワ。その男が死ぬ前に「ヤメテオケバヨカッタ」とかなんとかいうたそうやで。まあ、それはしゃあないワ。「ウマレテコンカッタラヨカッタ」おもてるひと、いまはたぶん9割以上やろからな。
「しかし、『イエスとはなにか』も、チェスタートンの『正統とはなにか』に比べると、やっぱし、/月とスッポンポン/ですね。あのチェスタートンに一太刀くらいあびせられたらとおもったんですが、カトリシズムは鉄壁の誤謬ですからねえ」
「そうか、絶壁の画鋲か、そら、役に立たんな」
「イエスも悲惨と落胆ですよ。あのひとは、たんにアナーキストで、自分は救世主やみたいなこと、聖書の何処読んでも、いうたと書いてナイんですよ。天国というものは、それぞれにヤッてくるものだと主張していただけですよ。使徒に誤解されて、十字架の磔刑。そういうところは仏陀が阿南に、/私がこれまで語ったことを纏めたらアカン。教団みたいなもんつくったらアカン/と遺言(いごん)して、阿南もそういうふうに、仏陀の弟子(高弟)たちに主張するんですが、けっきょく、宗派団体さま大乗ご一行さまになった。やっぱ、阿弥陀如来なんてのを創作完成させた親鸞は飛び抜けて頭エエですよ。簡単に仏陀(釈迦如来)の遺言を美しく消し去った。日蓮は熱血ですよ。釈迦如来だけを信仰した。しかし、熱血はそう何人も要らんのですよ。結局、信長に殲滅させられましたから。せめてイエスの真意を継ぐものがあればなあ。逆位になるかも知れませんが、ニーチェなんかはわりに、そっちのほうだとおもうんですけど。イエスはあれで、だいぶんに臨済宗一休と同じ、女は好きだったみたいですから、そこらじゅうにイエスの裔がいても良さそうなんですが」
「なんや、きょうはニイちゃん、賢そうなことしかいわへんし、あて、クスリもろてスグ帰るわ。ニイちゃん、ほんま死相出てるで、気ぃつけや」
雨は降る降る人馬は濡れる。おばさん尻を端折って院外処方箋薬局。すぐに飛び出てくると、馬に跨がって去っていった。
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