港町memory 121
「ほんで、けっきょく、どないやねん。何をどないしたらエエねん」
しとど雨降る院外処方箋薬局の表、路頭に迷ったか、途方に暮れたか、おばさんは傘をさしたまま、しゃがみ込んでらしたのでありました。
「コロナですか」
「なんや、感染症の日本のleadershipみたいなひとが、/現在は野球に例えると二回の表コロナの攻撃中/のようなジョーキョーや、いうてはったで、テレビ。アビガンたらクスリもアカンみたいやいうてたで、テレビ。ほんで、手洗いとヒトの距離やて、ほんなもん、ハナからいうてたんと同じやないか」
「入場制限があるところは次第に徐々に緩和らしいですけど、まあ、そうでもしないと、意気も下がるし、経済的にも逼迫でしょうし、」
「コロナもこの雨もいつまで続くのやら、やなあ。九州でも河川の決壊たら、氾濫たらで家は流される、ひとも車も流される。避難所まで流される。ほんでまた、安倍ちゃん政府は銭出すんやろ。そういう銭は先に出すワケにいかんのかいな。河が危ないんやったら、先に補強でも補修でもしといたらどやねん。降る雨の量みたいなもんは予想でけへんけど、溢れる水の量ならAIたらいう賢い機械で予想でけんのちゃうんか。銭といえば、や。東京新宿で、感染者に今度は10万見舞金が出るんやてな。なんや知らんけど、そういうの、ぜんぜん関係が無うても、なんやら知らん関係がありそう~な気もすんねん。人間さまも一皮剥いたら神経から血管からみな繋がっとるのがみえるやろ。なんでも一皮剥かな、ほんまのことはワカランもんやで。一皮剥いて解剖してみたけど、鍼灸のツボは発見でけへんかったから、鍼灸は疑似科学やいうとる〔科学哲学教〕の学者もおるけどナ、経穴が穴やおもとんねん」
「東京都なんかは、人口1400万人(推計人口、2020年6月1日)ですから、それで、感染者一日200人といわれても200/14000000ですから、percentageで出すのも宝籤に当たるみたいなものになってきますね。十四万人に二人が感染ですから。おまけに、重篤者はいない。しかし、これは確率計算がマチガッテるだけですから。でも、いまの検査数はいくらでも操作が出来るんじゃナイですか。それをなんぼ庶民大衆でも知っているんじゃないでしょうか。驚いてみせてるのは犬あっちイケーのアナウンサーだけで」
「そやろ、ガンと一緒や、四人に一人の確率でガンになるていわれてるけど、ガンになる確率は50%やないか。なるかならんかや。シュレーディンガーの猫ちゅうやっちゃで。そんなもん、コロナかておんなじや。感染するかせんかだけや」
「いや、それはちょっと、」
「チガウことくらいはわかってるワ。しかしな、ヒトが死ぬ確率は100%やろ。みな死ぬねん。それやったら、そんでエエ。平等や。罹患するヤツとせえへんヤツと、その分け方が問題やちゅうとんねん。このさい、悪いことしたヤツはみな感染っ、てな具合にはイカンのか。泡銭で建てた家は豪雨で流されます、ではアカンのか。それやったら、カミュの〔不条理〕文学の立つ瀬がないのか。立つ瀬あらば沈む瀬もある浮世かな、みたいな風流は、神さん知らんわなあ」
いつもより多弁なおばさんに、ニイちゃんはタジタジなのでした。
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