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2020年7月

2020年7月30日 (木)

港町memory 129

「η田舎に出るといたぁ~ 墓場の公演でぇ~🔑
おばさんが歌っている。きょうは二本立てなので浮かれているのかせ知れない。しかし、院外処方箋薬局🏥の入り口付近で浮かれていても、まあ、どうでもイイか。
歌が変わった。たしか井上陽水のfirst album『断絶』に収録されている『愛は君』だ。
「η愛は空 愛は海 愛と鳥 愛は花~」
おばさんいうところ、おばさんの青春時代の歌だそうだ。
それはウソだ。
しかし、いまなら三十二歳でも青春というのかも知れない。
ちょうど、井上陽水のフォークが流行りだした頃、私はあまりフォークソングを聞かなくなっている。高校時代が終わったからだとおもう。フォークは、protest songから、ふつうの歌になったし、余談でいえば寺山修司さんはここで詩を書く筆を折っている。
陽水はブレイクして、η人生が二度あ~れば、なんてのはパチンコ屋でも銭湯でも有線で耳に飛び込んできたし(そのアトにツルコウの『傷だらけの人生』がくるのは毎度のことで、これは、ワザとじゃないかとさへおもえて)
「つまり、ニイちゃんは井上陽水がキライやったんやな」
「いや、そういうわけでは」
キライというよりうざったい/(多摩弁(たまべん)。東京都多摩地域と神奈川県北部、埼玉県入間地域などその周辺で用いられる日本語の方言で、西関東方言に含まれる。隣接する埼玉弁などと合わせて、武州弁(ぶしゅうべん)とも呼ばれる。意味は「くどくて、うるさい」/なあという感じと、本気でそんなふうにおもっていないものを、拓郎なら「なんだこんな歌詞、ふざけんなよ」と、ワカッテいながら投げるところを、大真面目にふざけて歌う初期のものは、敬遠した。
けれど、最近(どうも私は気がつくのが畏るべく遅いのだが)陽水がヤったことは、なんだ、それまでのフォークの解体、ぶっ壊し、踏み潰しではないかとヤっと気づいて、そうして、それ以降、脱構築されることもなく、けっきょく、おいオレたちが、フォークゲリラとか称して鴨川の堤で革命を歌っていた、communeを叫んでいた、ありゃなんだったんだ。そう、なんだったんだ、なので、ありまして、陽水は「なんだったの、んっ、それより僕と踊りませんか」ときたのだ。
η真っ白な掃除機を眺めては厭きもせず~
「ニイちゃん、そら掃除機やナイ、陶磁器や」
「ワカッテますよ」
「η問題はきょうの雨~スマホがな~い~」
おばさんの歌は続いている。そうなんだよねえ、傘なんか無くったってどうにでもなるのよスマホがあれば、当初、世界に合わされつつ登場したスマホは、いまは正反対(真逆というヒトもいるが、あれは/まさか/の充て字)で世界がスマホに合わせている。スマホが二機あれば、もしも明日が晴れかどうかはスマホでワカル。感謝しなくていいスマホ、スマホは君、スマホが泣いている、限りない欲望のスマホ、
「ニイちゃん、何を真面目になってんねん、いまこそ陽水やで」
そういや、パブ・レスト出演のフォーク歌手が熱出して、急遽、おまえ代わりに行ってこいっ」と事務所にギター持たされ、しょうがないので、客が酒呑んで飯食ってる真ん中のステージで、『竹田の子守歌』も~りもい~やあが~るカンガール、と歌いだしたら、客からのclaim(野次)で「陽水歌わんのか、陽水いけっ」と、いわれて、『山谷ブルース』歌って、そんだけで帰ってきたことがあったなあ。


港町memory 128

「うーん、うーん」
おばさんは、コロナ(COVID-19)のハナシをしようとしている。
「あっ、おもいだした。気がついた。そやそや、前から不思議におもてたんやけどな、毎日々々感染者発表して、そうすると、どんどん陽性のもんが増えていってるみたいにおもうやんけ。それな、おかしおもわへんっ」
院外処方箋薬局の入り口付近で、いつもどうして中に入らないのかのほうが奇怪しいワ。
「たとえば、たとえばやで、名古屋市のな、陽性のひとが、まあ10万人おるとするわナ。たとえばや」
「ええ」
「そうすっとな、毎日〇百人ずつ発表やとな、もとから10万人おるんやから、その中から〇百人分数えてるだけで、別に陽性のひとが増えてきている、とはいえへんのちゃうか」
「なるほど、そうですね。東京なんか、1400万人ですから、WHO基準でいくと、700万人陽性にならないと獲得抗体が出来ない。名古屋市の人口は、」
「230万や。よう知ってるやろ。もう八十年以上生きてるとワカルねん」
どうしたらワカルのかはおいといて。
「名古屋市は120万人で獲得抗体になるとして、そういうもんがともかくは出てきていないので、それ以下、たとえば、これも三割程度の35万人がすでに陽性だとして、それをP検査して、百人~二百人毎日発表して、感染者が増えていっているとはいえませんよね。いまが1462人か。35万人にはほど遠い。つまりはパイの欠片の発表ですね」
「ほんなもん、発表までに治っとるヤツかておるワ」
「再生産者数が低いし、死亡者も少ないし、要するに、」
「いつもいうてるのと、おんなじヤ。途中はどないなっとんねん、ちゅうこっちゃ。どうなったら、退院させんねん、ちゅうこっちゃ」
私の知人の映画監督は、イベンターが闇雲に悪くいわれるようになってから、何処でどのように仕入れているのか、その日の感染者名簿までつくりだした。すると、やはりなんのことはない。イベント関係よりも、多いのは、夜の街でもなく、ごく普通のひとの集まるところで、たとえば郵便局や銀行なのだ。ここは、アクリル遮蔽板はあるにはあるが、私、10分ほど見学していたところ、ヒトの習慣とはコワイもんで、わざわざ、アクリル板を避けて、顔を横から突き出してハナシをするヒトのほうが多いのだ。聞こえない、聞き取れないとお互い困るだろうという、これも悲しき配慮なんだろう。たかに聞き取りにくいのも難儀だが、それはともかく、そいつは遮蔽して、銭が現金で素通りしていく。
院外処方箋薬局にも、この遮蔽番やビニール幕さへもあるが、おばさんは、それを捲り挙げて喋っていらっしゃる。
バチンコ屋の景品換金所のようにはいかないねえ。あるパチンコ店では、銭は紫外線消毒してらっしゃると聞いた。商売々々。


2020年7月25日 (土)

港町memory 127

「浮かない顔してババンバーンッッ」
と、まっこと浮かない顔して、院外処方箋薬局の入り口付近で、おばさんが歌謡showでもはじめたのか、いつもの自棄か。
「どうしたんですか」
と、いちおう、文脈上においても訊かなければならない。
「ニイちゃん、聞いてえなあ」
「だから、聞いてるじゃないですか。訊いて、です」
「うちの嫁のダンナがな、車にオカマで、頸椎を傷めたかなんかで、病院、いきよったんや」
「私と一緒じゃないですか」
「あれって、なんや、脊髄神経科とかいう脳神経外科の領分やねんてな」
「そうですよ。整形外科じゃアリマセン」
「ほんでマールイワイ撮ってな、その医者のせんせが日本で五人しかいない名医やそうで、診てもろたんや」
「MRIね。あれ、ふつうの整形外科より、脳神経外科のほうが、磁場を強めるんだそうですよ。映像がclearになるんで」
「そんなん、どうでもエエねん。そうしたら、その名医、/これは手術の必要ナイですね。整体にでもいって治しなさい/いうたキリ、屁えかまして、アトはナンニも診てくれへんねん。ほんで息子が/どこがどうなってるんでしょう。首、痛いんです。腕も痺れて、私、運転手してますから、困るんです/いうたらな、そのせんせがな、/ボクは、日本で五人しかいないシリツの名人なんですよ。シリツの必要でナイ患者は診ないことにしているんです/やて、テレビ、やないで」
「ああ、それ、透明病院のオミズノdoctorでしょ。あれは、device doctorですから、アキマセンね。残念でした」
「なんやその、device doctorちゅうのんは」
「シリツ、いや、手術専門。いうてみたら、personal computerのdeviceみたいなもんですよ。日本で五人しかいないというのは、その手術方法、内視鏡手術というんですが、それで手術する執刀医が五人ということで、特に優れた技法とかでもナイですよ。頸椎手術の外科医はたくさんいますよ。だいたい、どの手術法が最も優れているかというのは、決められないらしいんです。相性もあるし、執刀医の腕、技術もあるし、まあ、世の中の医者には、私がいつもいうように、〔ふつうの医者〕〔それ以下の医者〕〔最低の医者〕しかいないんですが、例外的に〔device医者〕というのも最近いるようなんです。Personal computer本体(疾病)には興味がナイ、device(手術)の新技術を開発して、シリツしか仕事にしないというのが、device医者。これは疾病より手術の方法に熱心なんです。それに、頸椎手術では、頸椎疾病は完治しないというのは医療業界の常識です。頸椎、脊髄のことは、まだよくワカッテナイんです」
「ニイちゃん、あんた、だいぶんに、トサカにきてるやろ。そやけんど、ヒトを呪わば穴二つやで」
「ええ、そうですね。その穴ですけど、私の場合は、deviceオミズノdoctorの真ん前に掘っておきましたけど。だいぶんに深い穴です。そのまんま、地獄におちるくらいの。だいたい、そのオミズノdoctor、日本国憲法医師法第四章19条の2、ならびに第23条違反ですよ。私はそういうチンケ相手に訴訟するほど余裕ありませんけど」
「あらま、そうなんか。それならそれで良かったわ、そういうdeviceに診てもろてたら、殺されるな」
「そうですね。医者も最近人殺しするようですから。どういうワケか、シリツの場合は、あっ、しもた、別の血管切った、失敗や。でも、人殺しにならないんですけどね」
「さてと、ほんなら、もう、歌謡ショーはオワリや。またコロナのハナシでもしょうか。なんや、東京都知事の小池やら、安倍ちゃんだけとちごうて、今度は公明党まで巻き込んでの泥仕合やで、官房長官もうろうろ、おろおろやで」
と、ウキウキと、おばさん、なんでか万歳三唱した。
「院外処方箋薬局の入り口、バンザーイ」

2020年7月23日 (木)

港町memory 126

「あのなニイちゃん、ちょっと勘違いがあるんちゃうやろか、とおばさんおもうねん」
「コロナ(COVID-19)のですか」
「そや、このシリーズはそのシリーズやろ」
そうなのか。なんでもイイけど、わりと好評らしいから。
「なんの勘違いですか」
「あのな、毎日毎日、感染何人、陽性何人て、そればっかりやろ。かんがえてみぃ、わてらの中で、結核菌に感染してないヒト、すけないはずやで。ちゃうの」
「そらまあ、抗体があるということですから」
「たとえばやな、東京、300人感染出た、な、たとえば、や。ほんでも、無症状、軽症多かったら、そのヒトらすぐに治るやろ。ほんで、また感染や」
「つまり、おばさんのいいたいことというのは、感染と発症、罹患、はチガウということですね」
「そやんか。感染感染て、何べんも感染してるヒトと、初めてのヒトと分けて、初めての人を新感染いうの、どやろ。こだま、ひかり、のぞみ、ときて、次は[ころな]とかにすんねん」
「まあ、どういっても、イイですけど、当初いわれていた、国民の60%が感染しないと獲得免疫、抗体にはならないとかいうのはどうなったんでしょうね」
「ほんなこというんやったら、このコロナ(COVID-19)は感染力が弱いから、インフルエンザほど恐くはナイともトウショはいわれてたで。ほんでやな、感染したワ。それからアト、無症状、軽症なら、家でどないして治癒、治療するのんか。医薬品はドラッグスト屋で売ってるのんで、対症療法でエエのんか。どうなったら、救急車やねん。んで、どうなったら治るねん。陰性になった、しばらくおく、また陽性になる、また陰性、また陽性、陰性、陽性、これ、何回でOKやねん。簡易P検査機出ましたナ。よろしいな。いろんなもの計測出来る。あれで、勝手に自分で決めて、家か、ホテル収容所か、選ぶんか。一応、何処でうつされたかいわなアカンのケ」
「此度の、イケメン芝居、劇場が三密を注意していても、握手会したり、土産もん売ったりで、各地にCOVID-19が飛んだワケでしょ。それを観劇、演劇、劇場が悪もんのようにいわれているのは、ライブ・スタジオ・クラスターが落ち着いたら次はこっちか、みたいで、報道もどっかに悪もんつくらないとニュースにならないんでしょうねえ」
「それやったら、報道がいちばん黒いで。あのひとら、あちこち飛び回ってるやないか。べつに防護服着てるワケでもナイし、マイクて、あれウイルスべったりちゃうのん。わざわざ、テレビに映るときは、えらい離れてやるけど、放送終わったら仲間で口角泡を飛ばすてなもんやろ三度笠」
「ともかく、劇場、演劇、観劇の誤解、誤謬はなくしたい。しかし、無観客公演も、スカ屁みたいでイヤですね。オンライン配信とかも、撮り方次第だとおもうんです。臨場感の出し方をこれまでと同じ要領でヤってたらアカンとはおもいます。演劇人、私を含めて賢そうでアホ多いから、〔リーディング〕とかいうのも、朗読とどこがチガウのかと、〔リーディング〕なら、それなりの技巧、工夫があって然るべきと、なんべんも書いたり喋ったりしたんですけど、聞く耳もってくれるひとはおらんかったなあ」
既視感というより、既喋り感がした。
「なんかなあ、ニイちゃん、もう全員感染でエエんちゃうか。ブラジルみたいな自棄やのうて、軽く感染みな安心や。/罹って治そうみなコロナ/こういう標語でエエやろ。そや、 軽症感染薬てナイのかいな。ちょっと聞いてこ。ちょっとおおおっ、軽う、コロナ(COVID-19)に陽性になるクスリ売ってへんのかぁ。寝込まんでもエエくらいの。うつしてもエエくらいのっ」
おばさんは、叫びながら、院外処方箋薬局へ飛び込んで行った。

2020年7月18日 (土)

港町memory 125

~なぜ自粛しないといけないのか~
偉大な人、気さくで、シャイで、日本中を笑わせてきた方。
その命を奪ったのは、わたしかもしれない。
感染とはそういうものです。
どうかどうか、他人事ではなく、
大切な命を自分が守るんだ、
“自粛させられている”ではなく、
“すすんで自粛”する。
(自粛には大きな意味があります。
一助になればと作りました)
有働由美子
「立派な命ですか。立派でもなんでもナイ、ふつうの生活していたひとも死んでますけど」
「またまたまたぁぁ、ニイちゃん、ほんまにエエカッコシーやな。ニイちゃん、有働由美子キライなんか。しかし、あのお笑い芸人殺したのが有働由美子やとは知らんかったワ。知ってたかニイちゃん」
「有働さん、エラクなる前はファンでしたけど、その後キライになったワケでもありませんけど。真犯人ではナイとおもいますけど」
五月雨のはざまの空のなつかしさ、院外処方箋薬局の表かな。
「わてなんかな、この、なんや、詩ィか、宣伝コピーか、プロパガンダか、シュピレヒコールか、リスペクトか、演説の文句か、ワカランけど、読んだとき、あっ、これはあれやっ、センソのとき子供やったとき、ガッコのせんせにこういうの、よう聞かされたなあて、おもいだしたわ。そやさかい「自粛」を「センソ」に置き換えてみてみいな、読めるやろ。/御国のために戦ってきたヒト、ヘイタイさんの命を奪ったのは私かも知れない。大切な命を自分が守るんだ。/ああ、カッコええやんか。テンノヘーカ万歳やで。
「いや、私はこの芸人さんの芸は、その覚悟が見事だとおもってましたよ。あえて新しきを求めず、スラップスティックを貫くというのは、簡単そうでそう出来るこっちゃナイ。しかし、その芸風とコロナ(COVID-19)とはナンニも関係ナイですよ/感染とはそういうものです/て、どういうものなんですかね。いつから有働さん医学に詳しくなったんですかね。感染は人を選ばずといいたいんですかね。私は選ぶとおもいますよ。自然免疫のあるひとと、夜の街で遊んでいるひとなら、どっちが危険かすぐワカルはずです」
「感染と温泉とはチガウわな。そやけどやな、ホテルへ収容、つまり軽症者の療養ちゅうのんはホテルへの監禁やで、ホテルはあら、収容所やで。医者も看護師もおらへん。朝も晩も並んで飯食わされて、脱走してるのいるんちゃうか。大脱走やマックウィーンや」
「国権も東京都知事といよいよセンソ始めましたね。旅行クーポン、東京発着アカンのでしょ。つまり、日本の人口の一割の人間から「権利」を剥奪してる。これ違憲とチガウんですかね。まるで、東京都民全員がゾンビ扱いですよ。それでいて、「オリンピックがんばろー」ですからね。こういう軽~いロックダウンやるのなら、いっそ、ほんとにロックダウンしたらエエんですよ、夏が終わるあたりまで。東京締め出し」
「ロックダウンでもノックアウトでもエエけんど、いまだにわてにはワカランわ。P検査をチョビチョヒやって、チョビチョビ陽性と陰性に分けて、ほんで医療崩壊になるさかいに、ちびちびホテル監禁したり、自宅にもどして、家庭内感染させたり、こういうことをチョビチョビやって、陽性が増えたら「夜の街、イケマセンっ」いうたり、感染症やさかいに、チョビチョビでは一旦、陰性にもどったひとが、また陽性になってたり、こんなん繰り返して順繰りヤっててもいつまでたっても終わらへんで。いったい、為政者のみなさんがたは、コロナをどないしたいねん。そんなことくらい、誰か気ぃ付いてもエエおもうねんけど、ニシムラ大臣さんは、もうあちこちに応えなアカンさかいに、ヘトヘトやで。いまにあのヒト、狂うで。狂うて、コロナ音頭で踊りだしたりすんで」
一気にいろいろと、おばさんはいうと、院外処方箋薬局のお姉さんに、「妊娠検査薬おいてないのっ、うちの孫娘、ちょっと様子がオカシイねん」と、大声で飛び込んでいった

2020年7月16日 (木)

港町memory 124

「ちょっと浪曲聞かしたろか」
と、おばさんはそれほど機嫌良くない顔で、そういうなり、その浪曲をやり始めた。
「η場所は~新宿ぅぅモリエール 出ましたコロナのクラスター イケメン芝居に集まった観客日本のあちこちから~ やったのやらんのコロナ対策ぅぅ..劇場側のいいぶんと、主催者側の陳謝の弁 歌舞伎の大御所っ大激怒っ 「おい、イケメン興行のバックは 何処や。そうか、そんなとこなら、こっちのバックのほうが強いわ。ほなら、一発かましといたろ。こら、イケメンっっ」どっちも出自は同じ河原もん~ビンボ籤引いたのが運の尽きぃ そこで聞きたいおばさんはぁ コロナってなんなのさ」
「なかなかの喉ですね」
「まだつづきがあんねん。おばさん聞いてるいつものらじおぉぉぉ テレビ観ているだけやナイ~ そこでpersonalityのダ・カッポレのおねえがいうことにゃぁ「コロナは、人種も国も宗教も主義思想も超えて、ひろがりました。では、この歌をお贈りします」いや、驚いたでおばさんわぁぁぁ。流れてきたのが、ジョン・レノン『イマジン』ンンンンン~~そこで聞きたいおばさんはぁ コロナってなんなのさ」
「そうですね、それは私も聞いてました。なんだかコロナが平等の使者のようで、まさか『イマジン』がimageされるとはびっくりしました。コロナ(COVID-19)はぜんぜん平等じゃナイですよ。貧困国、貧民は、手も洗えずに死んでいってますよ。トレペもマスクも何もありませんよ。日本はいま豪雨、河川氾濫、交通断絶、それでもコロナ(COVID-19)は容赦しないでしょう。今後は、流通も含めて、すっかり水に浸かった田畑からの食料は減産。マーケット、コンビニではやがて品薄が始まるとおもいますよ。それでも『イマジン』出来ますかね。尾上松緑さんも、ガキを相手に怒ってるのか、日本のコロナ(COVID-19)対策の甘さを怒ってるのか、こんなときに感情的になっても〔大人げない〕だけですよ。山中センセも、村上春樹さんとかYOSHIKIさん(これは対談ですね)とか有働由美子さんとか、いろいろご一緒されて、「新型コロナウイルスとの戦いは、殺しあうための力の戦いではなく、生かしあうための知恵の戦いだ。どれだけ助け合い、励ましあえるかが試されている」(これは村上さんと)とか、有働由美子さんにいたっては、みんなでがんばって、「オリンピックを成功させよう」って、動画を流したり、正直、私、ちょっとアタマ痛いです。こういうの〔コロナ祭り〕というんじゃナイでしょうか。歌舞伎の大御所のご意見も、けっきょくのところサイトカインで敗血症てなことにったらどうすんの、という、やや怯懦感覚を持ちますね」
「あんな、ニイちゃん、わてな、もう感染がどうのこうのはエエわ。陽性何人出た、もうエエ。わてが知りたいのはそのアトや。そのヒトらが、どんな症状になって、どんな治療されて、どんな後遺症があって、たとえば自宅で自分で療養するときは、どういうふうにしたらええのんか、知りたいのはそれやねん。ニイちゃん、知ってんのかいな」
「ああ、それは知らなかったなあ」
二人、ため息している院外処方箋薬局の表。(とはいえ、ネットを探せば、そういうことに応えている医師も在るから、まあ、探してみてください)。
/COVID-19も豪雨被害も知らぬまに逝きたる兄(けい)ら我は悔し/

2020年7月15日 (水)

港町memory 123

「どないしたんヤ、もう助かりませんとか、治りませんとかいわれたんか」
おばさんが、傘をたたみながら顔を覗き込んだ。院外処方箋薬局のしぐれてゆくか。
「いや、そういうのはこれまでにも何度もあったんですが、まだ生きてますから」
「そうか、そやけどニイちゃん、エライ青い顔してるで」
「いやあ、久しぶりに活字を読んだんで、疲れました」
「鰤(ぶり)と鰹(かつお)食べて食あたりか」
「そういうワザとらしいボケはいいです。決め損ねてます。あのですね、活字をね、思想系のホンをね、もう5年ぶりくらいかなあ、読んでてね、時間をつぶしてたら、ちょっと具合悪くなって」
「死相系のホン、そんなホンがあんの」
「いや、まあ、いまではもう誰も読まないようなホンがアマゾンで出てたんで、」
「どんなホンや」
「『イエスとはなにか』(春秋社)、むかし-80年当時-はよく出版された鼎談集ですね、吉本さんとか、岡井隆さん、笠原芳光さん、懐かしい名前が多かったんで、買ったんです」
「yesとは、noの反対ちゃうんか」
「そうそう、そういうホンですわ。弁証法の〔正〕〔反〕、次の〔合〕に〔脱〕がきたりしてね」
「ああ、なんや菅官房長官のおっさんがいうとるgoなんとか旅行クーポンやろ。手続きいっぱいのああいうので観光して、観光の何処がおもろいんやろな。ああ、そういうたら、アホなことヤっとる連中、ひょっとしたらとおもうたら、いよったで。COVID-19のコロナパーティーやて、アメリカの亜呆がやりそなこっちゃけど、感染者の隣におって罹患するかどうかの肝試しで、一人、死んどるワ。その男が死ぬ前に「ヤメテオケバヨカッタ」とかなんとかいうたそうやで。まあ、それはしゃあないワ。「ウマレテコンカッタラヨカッタ」おもてるひと、いまはたぶん9割以上やろからな。
「しかし、『イエスとはなにか』も、チェスタートンの『正統とはなにか』に比べると、やっぱし、/月とスッポンポン/ですね。あのチェスタートンに一太刀くらいあびせられたらとおもったんですが、カトリシズムは鉄壁の誤謬ですからねえ」
「そうか、絶壁の画鋲か、そら、役に立たんな」
「イエスも悲惨と落胆ですよ。あのひとは、たんにアナーキストで、自分は救世主やみたいなこと、聖書の何処読んでも、いうたと書いてナイんですよ。天国というものは、それぞれにヤッてくるものだと主張していただけですよ。使徒に誤解されて、十字架の磔刑。そういうところは仏陀が阿南に、/私がこれまで語ったことを纏めたらアカン。教団みたいなもんつくったらアカン/と遺言(いごん)して、阿南もそういうふうに、仏陀の弟子(高弟)たちに主張するんですが、けっきょく、宗派団体さま大乗ご一行さまになった。やっぱ、阿弥陀如来なんてのを創作完成させた親鸞は飛び抜けて頭エエですよ。簡単に仏陀(釈迦如来)の遺言を美しく消し去った。日蓮は熱血ですよ。釈迦如来だけを信仰した。しかし、熱血はそう何人も要らんのですよ。結局、信長に殲滅させられましたから。せめてイエスの真意を継ぐものがあればなあ。逆位になるかも知れませんが、ニーチェなんかはわりに、そっちのほうだとおもうんですけど。イエスはあれで、だいぶんに臨済宗一休と同じ、女は好きだったみたいですから、そこらじゅうにイエスの裔がいても良さそうなんですが」
「なんや、きょうはニイちゃん、賢そうなことしかいわへんし、あて、クスリもろてスグ帰るわ。ニイちゃん、ほんま死相出てるで、気ぃつけや」
雨は降る降る人馬は濡れる。おばさん尻を端折って院外処方箋薬局。すぐに飛び出てくると、馬に跨がって去っていった。

2020年7月11日 (土)

港町memory 122

「さあ、ニイちゃん、もうすぐおばさん死ぬけどな、そらまあ、歳やさかいにしゃあないわ。ニイちゃん、アト何年生きんねん。ええっ、コロナの都合でアト三年我慢せなアカンのか。そら、しんどいなあ。ここの院外処方箋薬局がクスリ扱こうてる病院は、あれで救急病院やさかいにな、二十四時間営業や。そやから、医者を集めるのがたいへんやわな。噂、ほんなもん悪いで、ボロクソや。退院するときはみなご臨終やいわれてる。しかし、それを覚悟、というよりも、緩和ケアよりマシやとおもうて、みな入院してんのやから、そんでエエのんや。本田宏ちゅうひとが書いた『「医療崩壊」のウソとホント』いうホンではな、いまの日本の医療は〈医師不足や赤字などが原因で病院や診療科が閉鎖され、患者さんが住んでいる地域で医療そのものを受けられなくなる状態〉なんやて。なるほどそうやわ、そういうのニュースでようやってるわ、テレビ。「救急患者のたらい回し」みたいなもん、COVID-19から始まったんやないで、今の東京では常識らしいわ。2025年になると、団塊世代が75歳(後期高齢者年齢)になるさかいに、救急車がもう、来てくれんようになるらしいしな、doctorがもう60歳超えてくるから、老老医療やねんで。そんな将来、というてももうちょいやけどな。いまみたいCOVID-19と豪雨災害になるとな、/災害時は保育園が閉鎖、医療スタッフ、特に女性が九割を占める看護師に影響/やで、どうおもう。2018年のdataやけどな、人口1000人あたり医師数はなんとまあ、2,4人やで、埼玉県なんかは1,7人やったらしいわ。まあ、おばさんも、地獄みたいな入り口で先に逝けて、ちょっとだけ得したワ。ニイちゃん、あんた地獄やなあ。可哀相になあ」
「けども、私は、この野戦病院好きですよ。私は合わせて六つ病院、医院に通ってますけど、看護師が笑い、患者とため口で話し、平気で患者に「あんた、臭いナ、ちゃんと風呂入らないなら、もう来たらアカン」みたいなことを平気でいってるところはありません。余所のところはみなお上品で息が詰まります」
「ほんなこというて、注射してもろてから、30分もベッドであぐらかいて処置室の様子をボーッと観てる、オカシナ患者やとおもわれてるんやろ」
「イイじゃないですか、私にとっては実に平穏、慰安、鎮静化された時間です。看護師はテキパキと働き、走って引っ繰り返り、医師はそろそろと歩き、/せんせ、しんどいんです/という患者に、/そういう日もある/、といいつつ、滑って転んでしっくり帰り、ちょっとみられない風景ですね」
「ニイちゃん、あんた長生きすんのちゃうか、アホやなあんた、ほんま」
雨は滅びの象徴のように、まるで、ノアの洪水を予兆するかのように、院外処方箋薬局の表に降り続いているのであった。
いつからか、私は、この院外処方箋薬局が担当する病院の処置室の風景を、遊びなれた砂浜に建つ病院、白い塀で囲われた、花々が咲き乱れる墓場がある病院、門という門は閉ざされ、窓という窓には釘の病院、かの唐十郎老師の名作『吸血姫』のシークエンスに重ねているのだった。

2020年7月10日 (金)

港町memory 121

「ほんで、けっきょく、どないやねん。何をどないしたらエエねん」
しとど雨降る院外処方箋薬局の表、路頭に迷ったか、途方に暮れたか、おばさんは傘をさしたまま、しゃがみ込んでらしたのでありました。
「コロナですか」
「なんや、感染症の日本のleadershipみたいなひとが、/現在は野球に例えると二回の表コロナの攻撃中/のようなジョーキョーや、いうてはったで、テレビ。アビガンたらクスリもアカンみたいやいうてたで、テレビ。ほんで、手洗いとヒトの距離やて、ほんなもん、ハナからいうてたんと同じやないか」
「入場制限があるところは次第に徐々に緩和らしいですけど、まあ、そうでもしないと、意気も下がるし、経済的にも逼迫でしょうし、」
「コロナもこの雨もいつまで続くのやら、やなあ。九州でも河川の決壊たら、氾濫たらで家は流される、ひとも車も流される。避難所まで流される。ほんでまた、安倍ちゃん政府は銭出すんやろ。そういう銭は先に出すワケにいかんのかいな。河が危ないんやったら、先に補強でも補修でもしといたらどやねん。降る雨の量みたいなもんは予想でけへんけど、溢れる水の量ならAIたらいう賢い機械で予想でけんのちゃうんか。銭といえば、や。東京新宿で、感染者に今度は10万見舞金が出るんやてな。なんや知らんけど、そういうの、ぜんぜん関係が無うても、なんやら知らん関係がありそう~な気もすんねん。人間さまも一皮剥いたら神経から血管からみな繋がっとるのがみえるやろ。なんでも一皮剥かな、ほんまのことはワカランもんやで。一皮剥いて解剖してみたけど、鍼灸のツボは発見でけへんかったから、鍼灸は疑似科学やいうとる〔科学哲学教〕の学者もおるけどナ、経穴が穴やおもとんねん」
「東京都なんかは、人口1400万人(推計人口、2020年6月1日)ですから、それで、感染者一日200人といわれても200/14000000ですから、percentageで出すのも宝籤に当たるみたいなものになってきますね。十四万人に二人が感染ですから。おまけに、重篤者はいない。しかし、これは確率計算がマチガッテるだけですから。でも、いまの検査数はいくらでも操作が出来るんじゃナイですか。それをなんぼ庶民大衆でも知っているんじゃないでしょうか。驚いてみせてるのは犬あっちイケーのアナウンサーだけで」
「そやろ、ガンと一緒や、四人に一人の確率でガンになるていわれてるけど、ガンになる確率は50%やないか。なるかならんかや。シュレーディンガーの猫ちゅうやっちゃで。そんなもん、コロナかておんなじや。感染するかせんかだけや」
「いや、それはちょっと、」
「チガウことくらいはわかってるワ。しかしな、ヒトが死ぬ確率は100%やろ。みな死ぬねん。それやったら、そんでエエ。平等や。罹患するヤツとせえへんヤツと、その分け方が問題やちゅうとんねん。このさい、悪いことしたヤツはみな感染っ、てな具合にはイカンのか。泡銭で建てた家は豪雨で流されます、ではアカンのか。それやったら、カミュの〔不条理〕文学の立つ瀬がないのか。立つ瀬あらば沈む瀬もある浮世かな、みたいな風流は、神さん知らんわなあ」
いつもより多弁なおばさんに、ニイちゃんはタジタジなのでした。

2020年7月 9日 (木)

港町memory 120

今週いっぱいまで続く豪雨、九州が終わったら前線は東に移動するらしい。
すでにショボ降る名古屋の院外処方箋薬局の表。どういうワケか、おばさんもニイちゃんも中では待たない。別に予期していたワケではナイが、
「なんや、けっきょく、空気感染しよるんやな。わてもな、エアロゾルがあるのになんで空気感染せえへんのかようワカランかったけど、専門家委員会は〔議事録〕残って、というよりハナからつくってへんらしいから、それについては謎や。あいつらよっぽど自分の理屈がアトでマチガイやといわれるのが恐かったんやなあ。医者も科学者やろ、科学はまちごうてええねん。独りのもんやないんやさかいにナ。もう医療崩壊やのうて、医師崩壊やな」
「しかし、ほんとに謎は残りますね、議事録がナイから、専門家さんたちが、クルーズ船の感染経路をどう判断していたのか、ワカランですね」
「そんなもん、〔夜の街〕と一緒や。どっからどこまでを〔夜の街〕というてたんかワカラン。なにかというたら、夜の街やからな。あんた、新聞、読んでるの」
「電子版で日経を」
「ほんなら、うちも一緒や。日経は記者の賃金が全国紙ではイチバン高額やから、記者も余裕あるみたいやな。朝日、毎日みたいな下手を打ちよらへん。中日(東京新聞)は、真面目過ぎてもう、可哀相になってくるワ。マトモなこというとんねんけど、それが高校生の有権者の発現程度にしか読めてこんちゅうのが、いまの日本の世間やねんな」
「何処が先駆けて取り上げるかとおもってたら、意外に日経でしたね、夜の街」
「〔春秋〕やろ、当たり障りナイ記事やけど、あんなもん、道楽で会社のエライさんが書いてるだけやさかいにな。/ネオン、涙、男と女、酒場……。昭和の歌謡曲には、こういう言葉がよく使われた。ため息、こぬか雨、ゆきずり……。盛り場の濃密な匂いをまとった歌を、みんなが口ずさんだものである。実際に人々はそこにひとときの愉楽を求めて集い、ロマンを見いだしたのだ。/これ、文学かぁ。「盛り場の濃密な匂いをまとった歌」やて、こんなん、男は口ずさんでいたんか。ロマン見いだしてたん」
「うーん、どちらかといえば、そういうのより、三橋美智也さんとか、田端義夫さんの郷愁もの、哀愁もののほうが多かった気がしますけど。 演歌は女性歌手が歌うと愚痴になりますし、男性歌手の場合はいいわけがましくなりますね。むかしは、もちっとベタはベタでもコロナが出てもそれが逆に哀しいと、η泣けた泣けたこらえきれずに泣けたっけ、このフレーズとかいいですねえ。トリス・バーでショットして、可愛いあの娘の横顔みながら帰途につき、ああ、家では、花の命は短くてが股ぐら火鉢で待っている。そりゃあ、泣けますよ」
「ニイちゃん、あんた、だいぶんに女にイジメられてきたクチやな。いまは、ホストの店でコロナが出ると、感染者の女、ベロキスしよったな、とかおもうねん。夜の街が耳障り(耳触りではナイ)になってから、下品な妄想しかでけんようになったわ」
「/「夜の街」。いつの間にか世に知れわたった、このあやふやな言い方はだれの考案なのだろう。どこか蔑みのニュアンスを感じるという声が少なくない/。とかいってて、安いところで済ますからですよ。とはいえ、高い銀座で飲んでた芸人さんもハナにやられましたけどね。安倍ちゃんなんかは自粛解除の晩から三日間、三連ちゃんで基本一席5万円の夜の街で呑んでたみたいですけど。名古屋でも、けったいなとこヘ行くより、白壁町で芸者さん呼んでもそんなにかからんですよ。花代も2~3万ですし、絶対に客に退屈させないという決意と覚悟の芸がみられますし。まあ、一見はダメというのがツライですけど」
「札幌のススキノ、大阪のキタとミナミ、博多の中洲、おばさん、ぜんぜん知らんとこばっかしや。ああいうのが夜の街か」
「それだけじゃナイような気がしますけど。ηよってらっしゃい、よってらっしゃい、おにいさん、で寄っていって、酔っていって飛び降り自殺されるのもイヤですが。私は外呑みしないんで、じっさい、夜の街というのがどういうのかは、取材でしか知らんですね」
「ええなあ、物書きは、呑んでも必要経費で落すんやろ」
「ビール、コップ一杯ですよ」
「雨よ、夜の街に降る雨よ、私の涙とともにコロナウイルス流してよ、どや、文学やろ」
「空気感染の次は、水路感染になるみたいで恐いですよ」

2020年7月 8日 (水)

港町memory 119

そぞろ雨降る、院外薬局の玄関口、傘さしながら。
「なんや知らん、酷い雨やなあ。九州なんか毎年ちゃうか」
「そんなふうに感じますね」
「ガス、水道止まった、停電や、コロナ禍でボランティア来てくれへん、避難所もコロナやろ。新聞やらネットではきれいな避難所、整った避難所ばっかり映すけど、あんなんあんまり無いんやろなあ」
「そうでしょうねえ」
「これからは、毎年、こんなんやろなあ」
「だとおもいますよ。氷河期始まってますから。けど、ガス、水道、電気ナシ、救急車なんざ生涯観ることもナシ、食料備蓄聞いたことなし。これ、いま世界は七十七億の人間いますけど、2050年には98億人になると予測されていますが、世界の飢餓人口は8億2160万人。9人に1人が飢餓になるといわれていますね」
「気象変動で穀物がとれへんねんな」
「そうでもナイんです。毎年世界では、約26億トン(国連食糧農業機関(FAO)2017‐2018概算値/2019年)の穀物が生産されていて、もしこれが世界に住む77億人に平等に分配されていれば、1人当たり年間340キログラム以上食べられることになります。日本人が実際に食べている穀物は、年間154キログラム(厚生労働省「国民健康・栄養調査(2017年)です。
「えっ、ほな、倍以上食えるやんか」
「いつだったか、そうそう、1993年に日本で起こった米騒動。冷夏による米の不足で困った日本が世界中から米を買ったことありましたね」
「ああ、あの不味い米なあ」
「けれども、日本がそれをヤったんで、穀物を輸入に頼る開発途上国は米を買えなくなり、飢餓に陥ったという報告もあります。これは資料が見当たらないんですが、ほんとうのことでしょう」
「ほんでニイちゃん、いいたいことは、なんや。ワカッとるで、おばさんには。こんなふうな災害後のような日常を毎日暮らしている人間は、世界に仰山おるいいたいんやろ。ニイちゃんはもう、なんにもでけへんくせに、humanistのふりだけはすんねんから」
「(無視して)2016年から2030年の間に、6,900万人の5歳未満児が亡くなります。これはもう始まっています」
「ニイちゃん、いまナンボくらい預貯金持ってンねん」
「およそ、1000万」
「よういうわ、そんだけ持ってて、世界の飢餓がどうの、子供の飢饉がどうの。その銭、ポンと寄附したらどうやねん」
「そうしたら、明日から、いや、今日午後から私が食っていけません。こういう院外処方箋薬局にクスリを貰いに来ることもでけません」
「やっぱ、みんな、自分大事やねんなあ。いや、そやろか。うーん、ようワカランわ。チガウよう気もすんねんけど、おばさんもな、不動産入れたら1億くらいはあるねんで。これでもすけないほうや。いまおばさんくらいになると、なんとまあ、平均二億やそうや。なんや投資とかでムシって儲けとるらしワ。冥途には持っていけへん、チンポコは勃たへん、オメコは濡れへん、そんなこと知ってるねんで。そやけどなあ、哀しいなあ、人間はなあ、歳とったら遠い親戚より近くの他人、近くの他人より、身近な銭、いうてなあ、これはもう人の業(ゴウ)やな。なんや知らんけど、ここでもらうクスリより、深夜の銭勘定のほうがよう効くワ。通帳とか観てな、「うふ、あるある」いうて、あっても、どないもならん、病気は治らんし、楽にもならん。死に銭やてワカッテんのに、持っててもしゃあないとはおもうねんけど、なんでやねんうっうっうっ」
1000万はちょっとoverに威張り過ぎたかなあ。ここ3年間低額所得者だったもんで、ひさしぶりに、今年は年収が350万以上(賞金含まず)になりそうなんで、ドヤといってはみたが、どっちみち紙切れやからなあ。
おばさんは、その場に泣き崩れてしまった。しかし、1億は多いなあ。ナンボかくれへんかなあ。くれたぶんは寄附してもええワ。

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