港町memory 103
地銀のほうは、本部からの申請書を待たねばならなかったが、りそな銀行傘下のもう一つの銀行は、その日のうちに振り込みがあった。こういうところが、銀行一つとってもチガウんだよな。地銀はいまの日本の縦割りだなあ、などと、またCOVID-19対策のことなど、通帳を睨みながらほんやりおもった。相続といっても、不動産はすべて弟にまわしたし、現金は当人の母親(故人)自身すら、在るのかナイノか知らなかったほどで、相続税などにはほど遠く、とはいえ、コロナ禍で仕事がまったく無くなった私などには、1~2年は年金、年金基金とともに合わせれば、なんとかなりそうな額だったので助かりましたワ。
消毒液を棚にもどしたおばさんが、それから私を観るというふうでなく、独り言のように、しかし、たぶん私に訊ねた。
「日本は、政府は、ナニをいまヤロウとしてるんですか」
私は心許なかったが、一応こたえた。
「たぶん、感染者が突然増えると、もう経済も医療も社会も壊れるので、聞こえは悪いかも知れませんが、罹患者はちょっとずつ増やして、治るひともおってと、時間稼ぎをヤっているのとちがいますかね」
「ナンノ時間稼ぎ」
「社会的なパニックにならない程度に社会を抑制し、医療崩壊にならないように患者数をくい止めて、援助といってもけっきょくは貸し付けみたいなもんなんですが、中小企業を庇護して雇用をなんとかギリギリ保ち、ワクチンと治療薬が出来るのを待つ。その時間稼ぎかな」
「アメリカとかでは、薬はもうでけた、いうてましたで、テレビ」
「でけたというても、効果や副作用がワカリマセンから、なにより安全というのが、日本の金科玉条ですんで、つまりは保証問題になったりすると困るので、日本で使えるようになるには、やっぱりアト2年はかかるとおもいますよ」
「そういうことをテレビではいいませんわな」
「ええ、そういう情報公開には日本は鈍感で狡猾やと私もおもいます。日本の政府は、こういう方針、方法、指針、対策でもってCOVID-19の収束をかんがえていますと、ほんまは最初にゴール地点が何処かをいわなアカン、それがスジやとおもいます。けど、そんなスジの通ったこと、いままでの日本政府はヤったことないし、ともかく、緊急事態宣言でいまは乗り切れ、ですね。でも、いくら延長しても二回までで、三回になると、アホラシイから国民が自粛なんかヤメますね。ヤってもおんなじやないかっ、オレは毎日マジメに自粛しとんのに、ちょっとも終わらんやないかというふうですね。そうなると次は特別事態宣言とか、コロナ対策本格宣言とか新緊急宣言とか、名前を変えて、ちょっと内容変えるとかね。なにぶん、むかしの大本営とおんなじですから。陸軍参謀本部と海軍司令部が、東京都庁と安倍政権になったのとチガイだけですね」
「そんなゆるいことで、けっきょく、コロナに勝てるのか、負けるのか」
「ハッキリいえば勝てないとおもいます。けど、負けたらオワリですから」
「そしたら、どないにしてたら、エエのんや」
「なんとか引き分けに持ち込む、長期の持久戦、我慢の総力戦ですね。日本のお家芸ですね」
「負けたら、やっぱり死ぬんでしょ。どしたら負けないんです」
「やり方は一つだけです。負けんようにしたら負けナイ」
「そんなあんた、何もいうてないのと同じやいかいな。けっきょく生き残れるのですか。生き残るのには、どうしたらええのんや」
「具体的にいえば、死なんかったらエエだけやとおもうてます」
「また、それか。そらそやけど、そんな簡単には」
「簡単やのうて、単純なことなんですワ。死なんようにスル、こういう単純なことというのは案外難しいもんですネン。でも、我々に出来るのはせいぜいがそんなとこです。自分から餌になるために、焚き火の中に飛び込んだウサギですわ。私らは、自分を餌にするしかありません。それはそれで、一生懸命、一所懸命なんです。命懸けで死なんようにスル。これは、難しいですワ。矛盾してますから。それでもそれしかでけることはあらへんと、なんぼかんがえても答えはそれだけやなあ」
「なんやワカランけど、きょうだけ死なんようにするわ」
おばさんは棚にもどした食器用の消毒剤にもう一度手をのばした。
重いなあとおもったら、背負っていたのは自分の死体だった、というjokeがある。
ヨッコイショと死体を下ろしたら、自分は小さな魂だけで立っていた。というオチもつく。
« 港町memory 102 | トップページ | 港町memory 104 »
「暮らし」カテゴリの記事
- nostalgic narrative 34(2024.09.21)
- nostalgic narrative 32(2024.09.17)
- nostalgic narrative 30 (2024.08.25)
- nostalgic narrative 23(2024.05.19)
- nostalgic narrative 22(2024.05.16)