港町memory 59
「厭神論者」「嫌神論者」という存在(ひと)もいます。「献神論者」だっているでしょうけど。「厭神論者」「嫌神論者」という存在者は、ともかくも、神が在るということは認めてはいるのです。その上での嫌や厭ですが、「反神論者」とはチガイマス。「悪魔崇拝」というのでもナイのです。私の立場に似てはいますが、私の場合をそんなふうに名付けるとすると、「抗神論者」とか、「無視神論者」「不問論者」てな具合ですかね。
要するに神様がヤルことなんかどうでもイイ、というより、こっちから手出しが出来ないことについてはどうこういっても仕方がナイというふうなんですが、成されるがままというのも癪なので、満身創痍感が強いので、心情的には抗ってみるといったふうですかね。ハルマゲドン戦争(ヤハウェとサタン=ルシフェルの闘い)は永遠の遠くからずっと続いていて、そうなると、私なんかは、どっちかの二級天使なのかも知れませんが、どっちの味方なんだかワカンネので、ワカロウともおもわないながらも、「こりゃ、ネエだろう」という「試練」だか、「災厄」を目の当たりにすると、「辛いねニンゲンは」とおもいます。
たとえば、私の母親は九十歳ですが、口腔癌で、毎日、口や鼻から血を流します。ほぼ一時間単位で。血には驚きはしませんが、その処置はもう素人では無理だと判断したので、看護師二十四時間常駐の施設で、現在の訪問医療のdoctorの医療が出来るところを探しました。
えれえ高額です。クラモチくんも癌で死ぬ前、保健治療が終わるとき(つまりそのアトは保健外になるので、一ヶ月200~300万円かかる)いみじくも、いつもと同じ口調でいいました。「銭の切れ目が命の切れ目だからなあ」
そこで「緩和ケア」なる「死に方」がいまの世界では用意されている。私はこれに頭を抱える。つい昨日、医師、看護師、訪問看護師、ケアマネ、私、弟、当然患者本人(母)とカンファレンスしながら、私に過ったことは「我々は何を何の為に闘っているのだろう」という矛盾と不条理に満ちたな問いです。
患者の死期を遅らせるためなら、患者の苦しみはその分、長引きます。だいたいにおいて「緩和ケア」というものは「楽に死ぬ」という大義名分がありますが、それはのっけから矛盾だということは誰もがワカッテいる。
「生病老死」、いわゆる釈尊の説いた「四苦」は「苦しみ」だから、そこからはニンゲンは逃れられません。つまりは「苦しい」のです、死ぬということは。というか死ぬこと自体は苦しくはありませんが、そこまでの仮定は苦しい。極端にいうなら、ヒトは一生かけて死ぬのです。
カンファレンスが終り、みなさん立ち去られてから、母は疲れて居眠っておりましたが、捨てぜりふのように私はこういいました「面倒くせえナ死ぬことは、願わくば猫の如くふらっと消えて、だれのお世話もお手間も面倒もかけずに、歩けるうちにオレはカタをつけたいね」
釈尊は「解脱」といい、ニーチェは「永劫回帰」をいい、キリスト教は「天国」が売り物で、「天国」については「実に入りにくいところだ」といったり、「誰しも行ける」といったり、罪があるだの「原罪」だの。釈尊の教えは、まったくもう百花繚乱、私は原始仏教の釈尊の遺した「自燈明 法燈明」「諸行無常」「処法無我」「涅槃寂静」だけしか信用してませんけど。
真っ当ななクリスチャンは、キチンと「地獄なんてものはナイんです」とはいいます。そりゃそうです。あったらイエスの諸行はみパーになっちゃう。ゴルゴタの丘で「全てのひとの罪をいっさい背負って処刑された」ひとりの、ニーチェにいわせれば唯一のキリスト教徒の仕事はパーになるということです。
「罪」とか、原罪とか、そういうのもう、反吐が出ます。好きで生まれたんじゃナイのに、生まれたときからニンゲンは罪人(つみびと)で、そんで斬り人教徒(おっと、うまい誤字だなあ)にならないと罪は消えないなんて、そういうのを「手前味噌」というのです。和製英語でいえばmatch pompですな。
いま目前で血を垂らしている者を前にして「ひとは原罪があって」とか、「死んだら極楽浄土に行けて」とか説教しているほど、ヒトは長閑な存在ではナイのです。
「死ぬとは何か」は、「死んだらどうなるか」より重要な、生きているものの課題です。
« 港町memory 58 | トップページ | 港町memory 60 »
「心と体」カテゴリの記事
- 時世録・26(2023.07.24)
- Sophism sonnet・69,8-13(2022.02.09)
- 愛と性をみつめて(2021.10.25)
- 無学渡世・第二幕の6(2021.07.20)
- 無学渡世・第二幕の4(2021.07.10)
「宗教哲学」カテゴリの記事
- アト千と一夜の晩飯 第四十七夜 little think・2(2023.02.01)
- Sophism sonnet return 04(2022.08.16)
- Sophism sonnet・69,8-15(2022.02.12)
- 無学渡世・一(2020.12.07)
- 港町memory 157(2020.11.18)