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2019年10月14日 (月)

第二十八回

 月面の様相は姿を変えて、何処やらの荒野に朧は放心したようち立っていた。彼女の術は彼女からかなりのenergieを奪う。そのphysical、mentalな消耗係数には常人におそらく生きてはいられないだろう。
が、しかし、回復もまた常人のレベルではナイ。その朧に、
「不知火朧、何度観てもなかなかの怖いお姉さんだ。いや、強敵だとでもいったら、喜ぶのかな。或いは、驚愕、になるのか」
 我に返った朧は振り返りもせず、声の主に天心通の術(音の場合は天心通、映像の場合は心眼通という通称を用いる)で応えた。いわゆるtelepathyというcommunicationだ。
「右近かっ」
 右近も同様の通信で応答をした。
「そうだよ」
「私の闘いぶりをご観覧だったのかい」
もちろん、右近の姿は何処にもナイ。すぐ近くなのか、一里向こうなのか、気配もナイ。
「まあね。愉しませてもらうつもりだったが、のっけから、術者としての差があり過ぎるとはおもっていた。その通りだったが」
「楠木右近にとっては伴天連の幻術など、意に介せずといったところかい」
「そうでもナイ。他の剣客の方々もお見事な闘いをされているからな。寸でのところでの命のやりとり、立派なものだ」
「気楽なものだね。おのれの命を狙うものたちの闘いを高みの見物とは」
「仕方あるまい。こっちは朱鷺姫の簪なんぞを預かった身上だからな。しかし、もう殺し合いには厭きたというところが正直なところだ。とはいえ、そちら方は命懸けだろうから、お相手はせねばならぬが」
 幾度も朧の唇に変化があったのを右近は観ているようだった。朧は真空の鋭利な塊を創って、時空を貫きながら吹き矢のように右近に向けて飛ばしていたのだが、それらはみな右近の三寸手前のところで、いつだったかの禅坊主崩れの剣のようにcurveを描き、いずこかに消え去っているのを心眼通で当の朧は観ていた。
「この術も効果ナシね。会得修行三年、破られるときは一瞬」
 朧の頬が笑い崩れた。
「そう自棄になるな。どうだ、まだ闘っている御仁が在るかも知れぬが、蕎麦でも一つ」
「えっ」
 脱力。朧、気が抜けた。targetから蕎麦に誘われるとは。
「いやあ、南蛮もんと闘っているところで、ふと思い描いたのが、南蛮蕎麦なんだが、この尾張の飯屋町に開化蕎麦というのを食わせる店があってな。南蛮蕎麦とはまたチガッタ味わいで、幕末のおり、伊庭八郎が懇意にしていた店らしい。店主は二代目だが」

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