港町memory 42
「生きてネエじゃん」といいながら、布団をはねのけて起きた。
太宰も、安吾も、賢治も、原口統三も、六十、七十の坂なんて知らねえんだ。四十、五十で死んだ輩がナニいったか、ナンダッてんだ、と、くされてみて、せめて原口も『四十歳のエチュード』くらい書いてもらいたかったもんだな。/いい歳してナニいってんのこのヒト/なんていわれたりして、ホンはまず売れねえナ。
良くいえば批判的に、良くなくいえばフテて絡んで、こっちは一日四回鎮痛剤飲まないと普通に出来ないし、夜も鬱疾患と頸椎狭窄の神経痛でもだえつつ、ウイスキー流し込みながら誤魔化して、そういえば十年前は、一日の終りにロック呑みながら静かにjazz聴いていたなあと、いやいや、そういう「むかしがどうの」はいうべきではナイと反省しながら、指関節の痛みと動きの鈍さでミス・タッチの多くなったワードを訂正ばかりしつつ(ここまでで十五回をこえてんだからナア)。
今朝は起床したのでござんした。
オリンピックの年に死ぬのはなんとのう気が進まないものだから、次の年まで仕事をつくったけど、もういい加減ヤメルか、一休禅師のように七十七歳までに子供でも創るか、その子に「行け、地獄へ」と世間を指さして云うとか、それもこれも、どうでもよくなってきて、おう、それならば、観よ、オーソレミヨ、このブログの読者のゼロになるまで気張ってみちゃろかと、オカシナ決意だか覚悟だかしてみたり、キェルケゴールやハイデガーの「反復」とはまったくチガウ、ただの「繰り返し」の毎日に、見切りはつけたいけれど、「死なない」のではなく「死ねない、死なせて」くれないから、オレ、死ぬとずいぶんいろんなところに迷惑かけるからナア、そういうの断遮離(字はワザと違えてます)していって、リチャード・ウー原作の『アブラカダブラ』(画・芳崎せいむ)もいいけれど、このヒトはやっぱ『卑弥呼』がイイっ。「第一回さいとう・たかお賞」受賞はめでたいが、審査員がいうほどの聖書の読み込みが出来ているのかどうかはアヤシイ。たぶん、『アブラ・・』は抽斗から出したのだろうけど、つまり、このての世界は、いっぱい柳の下のドジョウがいるからなあ。しかし、『卑弥呼』はかなり苦労と工夫と智恵を絞って資料と闘ったナアと、六十余年をかけても、和解も折り合いもつかぬ、嫌悪と軽蔑で愛などナンニモナイ〈母〉の終活ケアのプログラムをつくり、朝から洗濯して、さて、乾燥行くかと、ナンダか朝っぱらから二日酔いでもナイのにゲロ吐いたようで申し訳ないが、では、暑さもやっと峠を越えたから、秋風五丈原とまいりますか、丞相病(じょうしょうやまい)あつけれど、/おっ、あの姉ちゃん、お嬢さん、いいケツしてんねえ/と、不良(バラケツ)になってるときが気楽でイイヤ。
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