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2019年9月14日 (土)

港町memory 43

毎月無料で送って頂いている『名古屋シネマテーク通信』はたいてい隅から隅までずずずいっっ~っと、読ませてもらっております。
2019/09/10(№447)は、たぶんそういう記事が出ているだろうなあとおもっておりましたが、『あいちトリエンナーレ2019 表現の不自由展』のコラムが三つもありやした。で、比べっこしましたが(もちろん、物書きとしての読み方としてであります。批評家ではござんせんので)、んで、私は「しょう」さんの『視角と死角』がおもしろうごさんした。性奴隷の像と称されている像の正式名称が「平和の少女像」だということを初めて識りました。(そういうこと、新聞・報道・マスコミは書いたりいったりしていたんでしょうけど、テレビ観ませんので)。河村名古屋市長が「日本国民が踏みにじられた」と発言されていることも初めて読んだ次第でどうも浮世離れしております。しかし、「しょう」さん指摘のとおり、この市長の発言はベクトルが変だよなあ。〈性奴隷〉といういい方を韓国がいい出したのなら、踏みにじられたのは「韓国の国民」ですし、少女が性奴隷にされたなら、日本国民は「踏みにじった」ほうになるワケですから。コトバがオカシイです。パフ。
この像は戦時慰安婦の像ですから、戦争の犠牲者は、男性兵士だけでは無いといことのappealなんでしょうけど、たしかに戦時は〈性奴隷〉も〈性暴力〉も在りました。そんな資料はどの国でも処分されているでしょうけど、韓国も、戦時中は韓国の女性を慰安婦として、韓国兵士が性処理していましたし、もちろん、日本軍も日本女性を慰安婦としてましたし、敗戦直後の日本なんかは、一般婦女子の貞操だか、操だかを進駐軍(占領軍ですね)、の兵隊たちから守るってのに、政府は日本国中のプロに募集をかけていわゆるP屋をおっ建てておりますし、そういう施設は幾つも出来まして、そこには「御国のため」「一般女性のため」と義を賭して勇んで参加したプロもいたろうし、「これはいい銭儲けになる」という打算な方もあったでしょう。タダじゃありませんでしたから。慰安婦になったおもいはそれぞれだったとかんがえたほうが妥当でしょう。
ともかく、この少女が戦争の悲惨な犠牲者であるならば、まず、当事国である韓国こそが、その裔、関係者に手厚い庇護、慰安をすべきだと常識としておもいますし、日本だって兵士は靖国に祀って軍神さまで参拝されてんですから、同じ犠牲者、奴隷とされた女性には慰謝料くらいは支払うべきでしょう。それは、勝った国負けた国ともに、何れの国も何れもの使命、仕事です。(この辺りで韓国が何故〈強気〉なのかは、最近ブログに上げております)
戦時性暴力でいうなら、敗戦直後に米兵による性暴力事件は多々あったんです。これは、私、自身の駄小説『怪人二十面相・伝』を執筆したときに、まだ便利なウィキなどが使えなかったので、いろいろと資料にあたりました。けっこう悲惨でしたね。いっぱいあったんですね。戦中と戦後を一緒にしてはイケナイのでしょうか。そうじゃねえだろ、いっしょだよ。どこまでが戦中で、どっからが戦後なんだよ。どこで線引くんだよっ、ということになります。
沖縄などはとくに多かったようです。(ようです、でスイマセン。かなり前の執筆で資料も書庫にしかありませんので)。
ついでにいうなら、沖縄戦で米兵の白人兵士の戦死者はまずいません。なぜなら、沖縄戦で戦ったのは殆どカラード(南アフリカ共和国の住民のうち、アジア系移民、およびオランダ移民とアフリカ人との混血によって生まれた人々の総称。~以上ウィキ~ 要するに米国に移民した有色人種の総称、俗称。いまでいうならメキシコからの難民など)だからです。
これは、私が実際、沖縄のタクシー運転手のオジサンから~兄貴は従軍、私はまだ子供だったけど~、という四方山話で聞いたハナシです。戦った兵士と終戦後上陸してきた兵士は顔や色がチガッタと、そんなハナシでしたね。
沖縄は、返還されるまで、その頃はベトナム戦争の兵士の慰安所としてたくさんの「料亭」が機能しておりました。これは、私が実際に沖縄に「行った。観た。そうだった。浜辺で貝も拾ったけど」のハナシでござんす。竹中労さんなんかは足で、沖縄女性の8割(0歳児から90歳までを含む)が売春の経験があることをリサーチしてらっしゃいますねえ。
なるほど、「過去」の慰安婦性奴隷を政治政略に使うのも国家ですし、ひたかくすのも国家です。「過去」などという妄想の中にしかナイものをどうこう議論するのもよろしゅうござんすが、「いま」の表現の自由をこそ、少女像の足元で論じるべきだと、ちょっとだけカッコよくいわせて頂きまし・・・えっ、あの議論って、中止になったの。いやもう浮世離れもここまでくると、世棄て人だな。

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