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2019年9月 7日 (土)

第二十五回

「鞭剣(ウルミ)ってエモノだな。噂には聞いていたが、ホンモノを観るのは初めてだ」
 別の何処かで南蛮相手の羽秤亜十郎、唇を歪めて笑った。
「しかも、鉄製や鋼ではナイ。そいつもギヤマンか」
鞭剣(ウルミ)は名前の示すとおり鞭状の剣なのだが、例のちょっと病的、変態的な(と私-作者の感想だけど)オリンピック競技の新体操にあるリボンを思い描いていただくと理解が早い。新体操がsynchronized swimmingと並んでなぜ不健康なeroticismを醸しだすのかは、私(作者)にはよくワカラナイが、まあ、こんなふうにおもったりする。/たとえば、普通の体操競技を全裸でやったとして、新体操のほうも全裸でやったとして、どうしたって、新体操のほうは「見せ物」だよナア/。
それはともかく羽秤亜十郎の立ち会っている敵手の武器がそれだった。
武器はリボン状態の薄っぺらい帯状の剣なのだが、素材はdiamantであることはマチガイなさそうだ。そうなると、剣スジが常人ならばみえないといってよい。見切りが出来ぬことを念頭におかれた武器だということだ。まず、剣そのものの長さがワカラナイ。撓り、曲がり、渦状になり、あるいは直線となって襲ってくる。中国が発祥とも中東アジアの部族のものだったともいわれているが、何れにせよ殺傷能力のほどは不明だ。
闘っているのが羽秤亜十郎でなければ、ほんの数分でケリはついただろう。もちろん、敵手の南蛮もそのつもりだったらしいのだが、不知火朧と互角の腕を持つ亜十郎を敵にしてはそうはいかない。
亜十郎は当初は軽業のようにそれ躱していたが、
「面倒なオモチャだなあ」
 と懐から網目の武具らしきものを取りだした。だらりと下げると猟師の使う網のようにみえた。というか、まさに形状はそれと同じで、ただそれが極細の鎖帷子のごとき材状で編まれていたというチガイがあった。
 これは、武具というより忍具とでもいうものだ。クナイなどを一斉に避けることも可能だし、敵手の身体をくるみとることも出来よう。
 どういう名がついているのかはワカラヌが、向かってくる鞭剣にめがけて、魚を獲るようにこれを拡げた。次に亜十郎の手首が数度くるくると回転した。鞭剣を絡めとったのだ。
 勝負はここで着くはずだった。
 が、しかし、敵手南蛮人は羽秤の鎖網をいともたやすく絡めとられている鞭剣で破砕させた。
「ほーっ、それがdiamantの強さなり、けりか」
 亜十郎、臆ともせず、今度は小弓を取り出すと矢を放った。まるで、こやつの懐は猫型ロボットのポケットの如しだ。
 もちろん、そんな小さな矢で敵手を貫こうなどとは亜十郎、考えてはいない。 
 南蛮装束に頭巾を被った敵手の姿は、今度のところは実体として、眼中にある。これは幻魔術の影隠れが羽秤亜十郎には通用しないと読んでのことだろう。
 亜十郎の小弓が放った矢は、南蛮の額をめがけて飛んで行く。この攻撃が何の攻撃なのか、南蛮渡りには見当つきかねた。あまりにアタリマエの撃種だったからだ。
 と、その矢が目前でcurveを描いた。放たれてからcomma01second。矢は南蛮野郎の右肩を掠めただけだったが、矢先の逆、矢の緒尾に着いていた羽根が無くなっていたのに気がついたろうか。それはまるでその場の空気抵抗を反対に利用したかのようにして、南蛮男の手の甲に落下していた。そうして、まるで蜘蛛の巣のように密着した。
 これは何のマネだ。南蛮焼きのたじろぐ様子が羽秤には観てとれた。
「蠱術の一種なんだけどね。試すのは初めてだが、さすがに敷島の無頼にはそいつを試す気はしなくてねえ。けれどもてめえが南蛮で、かつ帆裏藤兵衛の仇となりゃ、ヤッてみたくもなるってもんさ」
 羽秤亜十郎、ほくそ笑んでいる。
 その羽秤亜十郎を伴天連幻魔術が襲い始めた。
「そっちも、いよいよ本番ってことかい」
 亜十郎の周囲の風景が変わり始めた。無数の羽秤亜十郎が周囲に立っているのだ。
「ギヤマン鏡の無限というヤツだな」
 羽秤は少しも恐れているふうではナイ。
 無限の羽秤亜十郎、実体ではナイ鏡の世界の羽秤亜十郎は、実体(ほんもの)の羽秤亜十郎に向かって各々の攻撃を開始した。あるものは剣、あるものは槍、あるものは投げ縄、あるものはゴム輪、あるものは勝利の踊り、あるものハンマ・ユージロウの真似をしてオーガを叫び『赤いハンカチ』を歌うに至るまで、およそ考えつく(かよ、そんなもの、というか、ユージロー違いしているのだろう)すべての無駄なものも含めての無限のfighting styleだ。
 実体(ほんもの)のほうは腕組みをして、余裕綽々とそれを眺めている。
 と、南蛮蕎麦のカラダがグラリとゆれて、膝が折れ地に着いた。と、ともに無限に出現した鏡の亜十郎の姿が次々と消えていった。
「いったろ、蠱術だと」
 南蛮うどんはおのれの手の甲を観たようだ。あの矢尻の羽根はそこにはナイ。ほんの少しの血筋の跡が残っているだけ。
「虫は今頃、あんたの心臓に達しているはずだ」
 羽根にみえたのは、毒を孕んだ生物だったようだ。蠱術はそういった毒のある虫や動物を用いる術だ。あの羽根にみえた毒虫は、南蛮揚げの血管を流れながら心臓に到達するや、そこで何らかの強い毒を吐き出したとみえる。
「なかなか効果抜群だな。今度はこいつを右近の野郎に試してみるとするよ」
 鏡の幻術が消え去ったとき、羽秤亜十郎の姿はなく、南蛮弁当の亡骸だけが転がっていた。
 羽秤亜十郎、蠱術まで会得しているとは、さすが賞金稼ぎ、コヤツ人殺しの天才やも知れぬ。

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