第二十三回
羽秤亜十郎は、三間を後方にあたかも慣性重力を利用したかのように飛んだ。
が、着地した刹那、おそらく敵手ギヤマンの投擲武器、透明の細長い手裏剣のようなものだろう、それが亜十郎を襲った。これを下手に弾いていたら、羽秤亜十郎は大火傷を負ったにチガイナイ。投擲具の中には強度の酸が仕込まれていたからだ。ギヤマンが砕けると中身の強酸が飛散するというワケだ。
そこでなんと、亜十郎は数発の投擲武器を素手で、まるで曲芸師のように受け留めると、それを四方八方に投げ返した。ギヤマンの武器は家屋の庇や戸に当たって砕け、ブススッと煙が上がった。滅多やたらに投げたのはもちろん、その方向に敵手がいると読んだワケではなかったからだ。が、しかし、何処に在ろうと敵手もその様子を観ているはずだ。その観察視線を逆に羽秤亜十郎は探索したのだ。これは極めて高度な術と術の争闘が行われていることになる。羽秤亜十郎、破門の禅坊主とはいえ、こやついったいどんな術をどれだけモノにしているのか、ますます計り知れない。
柳生玄十郎の観ている空に黒い雲が湧いてきた。金魚鉢に墨でも落としたような具合だ。
「伴天連幻魔術というのが始まるのかな」
皮肉をこめて玄十郎は呟いた。
黒雲から雨が降り始めた。
「風流なことをやるもんだな」
と、このとき、羽秤亜十郎の声が玄十郎に届いた。
「避けろ、その雨は竜水だっ」
竜水というのは硫酸のことだ。
ふと玄十郎が袖をみると、雨水が当たった部分が燻っている。
その袖を振り回しながら、竜水の雨を避け玄十郎は羽秤亜十郎の指示のもと、黒雲の外に走った。しかし、雲は次第に大きさを増し、竜水の雨は激しくなってくる。とても袖で防げる量ではナイ。玄十郎、肩に熱い痛みを幾つか感じた。硫酸は鉄をも溶かす。さすがの柳生新陰流もこれには窮した。
そのとき、鳥の鳴き声が玄十郎の頭上に聞こえた。悲鳴に近い禍々しい声だ。
と、玄十郎の目の前に鳶が一羽、音をたてて落ちた。喉元に小柄が刺さっている。その喉元には鳥自体の半分はあるだろう、ギヤマンの球が結びつけられていて、球に瞬く間に罅が入るとその筋状に球は割れ液体が流れ出た。
玄十郎、よく観ると球体には細かな穴が開けられている。天から降ってきた竜水の正体はそれだったのだ。鳶を使って、雨水に交えて竜水を撒き散らしていたようだ。
見上げると黒雲は消えている。
「羽秤亜十郎どの、お主がヤってくれたのか」
そう叫んで、玄十郎、羽秤亜十郎の飛んだ辺りをみたが、亜十郎の姿は見当たらない。
しからば、誰が。
「やれやれ、柳生新陰流も硫酸の雨にはカタナシでござったな」
その声に玄十郎、なにやら凍りついたような面持ちで振り向いた。
胡座をかいて座っている着流し長羽織の男がみえた。陰陽巴の紋所、この男が仇敵楠木右近っ。

