港町memory 40
とかく歴史なんていうものは、なんだかワカランですが、要するに戦争の記録、権力者交代の点鬼簿みたいなもんですから、ナントカ書に書かれたものも時の(当時の)権力者に都合よく書かれ、それは次の権力者に焼き棄てられて、てな具合です。
懸案の3・1運動には、「独立宣言」があります。(もちろん、日本統治からの独立ですが)
/吾らはここに、我が朝鮮が独立国であり朝鮮人が自由民である事を宣言する。これを以て世界万邦に告げ人類平等の大義を克明にし、これを以て子孫万代に告げ民族自存の正当な権利を永久に所有せしむるとする/
ただし、この運動(宣言)は当時の国際社会から認められたワケではナイ。のです。/これを以て世界万邦に告げ人類平等の大義を克明にし/という、うまい具合にはいかなかったんですネ。そんな簡単にいくならば、IS(イスラム国)だってそんなふうにしているでしょうから。
では「大韓民国臨時政府」はどうなったかというと、
/大韓民国臨時政府は、1919年(大正8年)の日本統治時代の朝鮮で起こった三・一運動後、海外で朝鮮の独立運動を進めていた活動家李承晩・呂運亨・金九らによって、中華民国の上海市で結成された朝鮮(韓国)の組織である。日中戦争勃発後は所在地を上海から重慶に移した。たえまない党派間の対立と連合を続けていたため、蒋介石や中国国民党が党派間の融和ために指導を行っていた。第二次世界大戦の終戦後、アメリカや他の連合国諸国は大韓民国臨時政府がポーランド亡命政府のように第二次世界大戦で貢献をしていないことから、何かしらの地位を与えることを故意に控えるなど、国際的な承認が得られることはなかった/。
と、あります。ともかく〈国際的な承認〉とはいかない。
ところで、「なんだそうだったのか」と腑に落ちたは、この大韓民国臨時政府による「制憲憲法」というのがまず、最初にドガ~ンと在るからなのです。その前文には、
/悠久の歴史及び伝統に光輝く我が大韓国民は、己未三一運動で大韓民国を建立して世界に宣布した偉大な独立精神を継承し、これから民主独立国家を再建するに際し、正義人道及び同胞愛により民族の団結を鞏固にし、すべての社会的弊習を打破し、民主主義諸制度を樹立して政治、経済、社会、文化のすべての領域において各人の機会を均等にし、能力を最高度に発揮させて各人の責任と義務を完遂させ、内には国民生活の均等な向上を期し、外には、恒久的な国際平和の維持に努力して我々及び我々の子孫の安全と自由と幸福を永遠に確保することを決議し、我々の正当かつ自由に選挙された代表により構成された国会で檀紀4281年7月12日この憲法を制定する/。
とあります。
これは、もちろん現行憲法をコピーペーストしているワケではありません。
大韓民国の現行憲法の前文には「大韓国民は3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統」と「4・19民主理念」を継承すると書かれています。これが現行韓国憲法の理念であり、大韓民国臨時政府を大韓民国の前身と位置づけているワケです。(驚くなかれと書いたほうがヨカッタですかね。私は驚きましたが)。つまり現行韓国憲法は、日本統治からの独立を宣言した大韓民国臨時政府の「制憲憲法」を法統として継承しているワケで、これは〈いま〉においても、日本統治から独立することをその根本理念としているということでやんしょ。それが日米韓三国同盟関係というのは、あきらかに矛盾です。正確にいうなら、日米、米韓の二つの同盟関係が在る、といったほうがイイ。で、片方は勝ち組の関係、片方の日本とは負け組の関係。勝ったほうが負けた国に「裁判」までして裁きを下すなんてことが出来るのですから、韓国はともかく、戦勝国なんだから、まあ、いいたいことはなんでもいえるわナア。日本は敗戦国だもんね。日本が落とし前はついているというたところで、韓国にしてみれば、政権が変わったらもっぺんや、でイイわけなんですから。(ダメなら改憲すりゃあイイ)現行(文)政権としては、アタリマエのことをしているだけなんだよなあ。そうだったのかぁ。です。
ちなみに「4・19民主理念」というのはナニかにも触れておきましょう。
/四・一九とは一九六〇年四月十九日、李承晩大統領の四選のため政府が不正選挙を行なったことに激憤した学生デモ隊が大統領官邸にまで押しかけて、李大統領をして下野を余儀なくさせてしまった事件をさす。韓国では「東学革命」に次ぐ「四・一九革命」とも呼ばれている/。
だ、そうです。これが革命というほどの騒ぎなら、現状の香港の学生や市民運動も革命闘争と呼べるような気がしますが。それはまあ、曲がりなりにも70年代を生きた個人的感覚の相違ですから、ただ、一つワカルことは、そうなると、前政権(パク・クネ大統領政権)を下野させたのは確かに憲法に則って(「4・19民主理念」を真似て)ということで一応スジは通ります。
さて、従って、以上で韓国「なんでやねん」のための勉強はオワリです。これだけ書けば「なんでや」は氷解するはずです。現状の韓国が、根拠のはっきりしない論理(理屈)をかなり強気になって対日政策をとっているのかは、それが大韓民国臨時政府の「制憲憲法」を法統として継承している現行憲法で保障され、かつ韓国の歴史そのものが物語っているからです。日本の不義(この不義というコトバ、韓国の政治家の好みのようです)である侵略「歴史」謝罪で責め捲くっているのも、この視線で眺めれば「なんだそうだったのか」ということになります。
さて、結語。私の「呟き宣言」です。
一、無辜なる人民の生活と文化を、政権(既得政治権力)の保持と、国家たらゆう亡霊的歴史遺産共同体存続のための犠牲にすることは赦せないことであり、怯懦と、擬制の教育をもって、固有の倫理と歴史を歪めることを私は断固として認めません。
二、韓国が自らの同胞だと〈勘違いしている〉北朝鮮の独裁恐怖政治に対し、義と仁に基づいて対峙し、これを壊滅させない限り、南北統一などありゃあしない。過去の慰安婦問題よりも、現在の北朝鮮の非人道的女性奴隷収容所をなんとかせえやっ、左翼政権お得意の即銃殺刑をどないかせえや、拉致は日本人だけでなく、同胞であるはずの韓国の問題でもあるんちゃうのかっ。
私は、同じ演劇者の私の知己、新宿梁山泊のキム・スジンの次のコトバを尊重したいとおもいます。
「オヤジの時代のことはオヤジの時代のことで、もうイイじゃないか。オレたちはオレたちとして、オレたちの時代の関係をつくったほうがイイ」
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