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2019年8月 7日 (水)

第二十ニ回

 南蛮鬼退治のアルバイトを追えて、東郷十兵衛は朧と邂逅し、また別れ、柳生玄十郎は江戸徳川の頃には盛んだった道場の、廃墟と化した跡地に立っていた。
「死に損ないの柳生かい」
 その声は羽秤亜十郎だ。
「お主は、たしか」
「たしかも何も、賞金稼ぎの禅坊主くずれ、羽秤亜十郎。ひょんなことで、異人の幻術使いと闘う羽目になっちまったがナ」
「拙者に用事があるワケではあるまい」
 玄十郎の連れない返事に頭を掻いて羽秤亜十郎は煙管を銜えると、
「そうだ。オレの用事は、賞金を稼ぐことだけだ。だけなんだが、旧知の者からの誘いにのって、奇妙な異人の幻術使いを敵にまわしたことはいま喋った通りさ。玄十郎さんよ、あんたもそうらしいが柳生新陰流っ、たぶん仇の楠木右近と相まみえるまでに面倒に巻き込まれたようだナ」
 玄十郎は右近の名を聞いてもとくに動じる様子はナイ。
「楠木右近のことを如何ほど、知っているのだ」
 と道でも訊ねるように亜十郎に質してきた。
「強ええっ。強いんだナァ。悔しいほど強いっ。人魚の肉でも喰らったのか、かなりのむかしからこの世に生きているらしい。で、だ。それ以前は、あの世に生きていたらしい」
「あの世」
「そう聞いた。あの世が終わったので、この世に来たとか、そう聞いたナ。知っているのはそれくらいのことかな。お宝のことなんざ、あんた、興味ナイだろうしね。」
 この男、正気か。玄十郎の瞳に羽秤亜十郎はそう映っただろう。
「楠木右近、まったくふざけた野郎だ。あんたが首を捻るのも無理はねえ。しかし、あんた、小汚ねえ武士くずれと、南蛮人の屍体を観たろう。血反吐を吐いていたほうは、昨夜の用心棒仕事を請け負った帆裏藤兵衛という拙者の旧知のものだ。セッシャは、ソヤツに誘われたってワケだがね。帆裏藤兵衛、血風塵という必殺の技をもちいるはずが、それを使った痕跡はナイ。よーするにっ、俺のみるところあれは相討ちではナイ」
「では、南蛮人は誰が倒したのだ。まさか、その、」
「そのマサカりかついだ金太郎飴だ。南蛮人の額には、そやつの武器とおもわれるギヤマンの鞭が突き刺さっていたろう。あんな真似が出来るのは楠木右近以外、いねえ。何故、ヤツが参戦したのかは訊かれても知らん。まさか藤兵衛の仇を討ってくれたワケではねえしな。おそらく、南蛮人のほうが右近に仕掛けて逆に倒されただけのことだろう。右近というヤツはそれくらいのことは平然と、いや、気の向くままにヤル男だ。まったくいけ好かネエ」
 玄十郎は羽秤亜十郎の苛立ちを察すると、
「ひょっとすると、お主も以前同様のことを、その右近とやらに」
「図星っ。そういのも柳生の技かい。ああ、ヤラれたねえ。悔しかったねえ。とはいえ、こっちはまだ生きてるんだけどナ」
 と、いうや、口に含んだ爪楊枝を玄十郎に向けて吹いた。もちろん、殺意はなかったろう。ちょっと亜十郎のほうも気の向くままに、玄十郎の腕を試したというところか。
 玄十郎は眉間をめがけて、盲点の中を飛んで来る爪楊枝を小指で弾いた。
「この戯れた遊びのようなものが、お主の技ではあるまいな」
「いやいや、ほんとうの遊び心さ。しかしさすが尾張柳生。みえぬものを小指で弾くとは」
「相手の武器がみえるかみえぬかなどは問うところではナイ。危険が迫れば腕でも指でも勝手に動くようにまで、鍛練は積んでいる」
「柳生新陰流春の風とかいう技、いや技というより心の動きだな。かの昔、石舟斎が宮本武蔵にもちいたのもそれか」
 かつて宮本武蔵が、柳生石舟斎に挑んだとき、石舟斎が武蔵に「汝の剣は」と質したのに、武蔵は「電光石火」と応えた。反対に武蔵が石舟斎に同じことを質すと石舟斎は「そよふく春の風」と応えたといわれる。このとき、石舟斎は帯刀していなかったので、如何な武蔵といえども自慢の見切りが成らず、〔無刀取り〕を畏れて斬りこめなかった。で、退散と相成ったが、これは武蔵の負けとみてイイ。『五輪の書』には「諸流の兵法者に行合ひ六十余度迄勝負をなすといへども、一度も其利をうしなはず」とあるが、武蔵は負けそうな試合は必ず避けているか、事前に逃走している。
 では、右近に対して玄十郎が〔無刀取り〕で挑んだとしたらどうなるだろう。後の先の完成形とまでいわれる柳生新陰流の極意〔無刀取り〕、攻撃して来ぬ相手に右近はどう対処するのか。これは東郷十兵衛の示現流秘儀、抜かずの剣にも同様のことがいえる。ますますワクワクしているのは作者だけであろうか(たぶん、そうとチガウかナ)。
「無駄話はここまでのようだな」
 羽秤亜十郎地に伏せて、地面に耳をあてた。柳生玄十郎は、逆に空に顔を向けた。
「南蛮人のほうも次々と簡単に倒されたとあっちゃあ、矜持が崩れるとみえる。敵は二人とみたが、どうだ」
 亜十郎、いうとカラダを起こした。
「確かに二人。ひとりはすでに身を潜め、ひとりは静かに近づいて来る」
「あんた、どっちにする」
「とりあえずは、向かって来るほう、ということにしておくか」
 玄十郎は鯉口を切った。

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