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2019年8月

2019年8月31日 (土)

港町memory 40

とかく歴史なんていうものは、なんだかワカランですが、要するに戦争の記録、権力者交代の点鬼簿みたいなもんですから、ナントカ書に書かれたものも時の(当時の)権力者に都合よく書かれ、それは次の権力者に焼き棄てられて、てな具合です。
懸案の3・1運動には、「独立宣言」があります。(もちろん、日本統治からの独立ですが)
/吾らはここに、我が朝鮮が独立国であり朝鮮人が自由民である事を宣言する。これを以て世界万邦に告げ人類平等の大義を克明にし、これを以て子孫万代に告げ民族自存の正当な権利を永久に所有せしむるとする/
ただし、この運動(宣言)は当時の国際社会から認められたワケではナイ。のです。/これを以て世界万邦に告げ人類平等の大義を克明にし/という、うまい具合にはいかなかったんですネ。そんな簡単にいくならば、IS(イスラム国)だってそんなふうにしているでしょうから。
では「大韓民国臨時政府」はどうなったかというと、
/大韓民国臨時政府は、1919年(大正8年)の日本統治時代の朝鮮で起こった三・一運動後、海外で朝鮮の独立運動を進めていた活動家李承晩・呂運亨・金九らによって、中華民国の上海市で結成された朝鮮(韓国)の組織である。日中戦争勃発後は所在地を上海から重慶に移した。たえまない党派間の対立と連合を続けていたため、蒋介石や中国国民党が党派間の融和ために指導を行っていた。第二次世界大戦の終戦後、アメリカや他の連合国諸国は大韓民国臨時政府がポーランド亡命政府のように第二次世界大戦で貢献をしていないことから、何かしらの地位を与えることを故意に控えるなど、国際的な承認が得られることはなかった/。
と、あります。ともかく〈国際的な承認〉とはいかない。
ところで、「なんだそうだったのか」と腑に落ちたは、この大韓民国臨時政府による「制憲憲法」というのがまず、最初にドガ~ンと在るからなのです。その前文には、
/悠久の歴史及び伝統に光輝く我が大韓国民は、己未三一運動で大韓民国を建立して世界に宣布した偉大な独立精神を継承し、これから民主独立国家を再建するに際し、正義人道及び同胞愛により民族の団結を鞏固にし、すべての社会的弊習を打破し、民主主義諸制度を樹立して政治、経済、社会、文化のすべての領域において各人の機会を均等にし、能力を最高度に発揮させて各人の責任と義務を完遂させ、内には国民生活の均等な向上を期し、外には、恒久的な国際平和の維持に努力して我々及び我々の子孫の安全と自由と幸福を永遠に確保することを決議し、我々の正当かつ自由に選挙された代表により構成された国会で檀紀4281年7月12日この憲法を制定する/。
とあります。
これは、もちろん現行憲法をコピーペーストしているワケではありません。
大韓民国の現行憲法の前文には「大韓国民は3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統」と「4・19民主理念」を継承すると書かれています。これが現行韓国憲法の理念であり、大韓民国臨時政府を大韓民国の前身と位置づけているワケです。(驚くなかれと書いたほうがヨカッタですかね。私は驚きましたが)。つまり現行韓国憲法は、日本統治からの独立を宣言した大韓民国臨時政府の「制憲憲法」を法統として継承しているワケで、これは〈いま〉においても、日本統治から独立することをその根本理念としているということでやんしょ。それが日米韓三国同盟関係というのは、あきらかに矛盾です。正確にいうなら、日米、米韓の二つの同盟関係が在る、といったほうがイイ。で、片方は勝ち組の関係、片方の日本とは負け組の関係。勝ったほうが負けた国に「裁判」までして裁きを下すなんてことが出来るのですから、韓国はともかく、戦勝国なんだから、まあ、いいたいことはなんでもいえるわナア。日本は敗戦国だもんね。日本が落とし前はついているというたところで、韓国にしてみれば、政権が変わったらもっぺんや、でイイわけなんですから。(ダメなら改憲すりゃあイイ)現行(文)政権としては、アタリマエのことをしているだけなんだよなあ。そうだったのかぁ。です。
ちなみに「4・19民主理念」というのはナニかにも触れておきましょう。
/四・一九とは一九六〇年四月十九日、李承晩大統領の四選のため政府が不正選挙を行なったことに激憤した学生デモ隊が大統領官邸にまで押しかけて、李大統領をして下野を余儀なくさせてしまった事件をさす。韓国では「東学革命」に次ぐ「四・一九革命」とも呼ばれている/。
だ、そうです。これが革命というほどの騒ぎなら、現状の香港の学生や市民運動も革命闘争と呼べるような気がしますが。それはまあ、曲がりなりにも70年代を生きた個人的感覚の相違ですから、ただ、一つワカルことは、そうなると、前政権(パク・クネ大統領政権)を下野させたのは確かに憲法に則って(「4・19民主理念」を真似て)ということで一応スジは通ります。
さて、従って、以上で韓国「なんでやねん」のための勉強はオワリです。これだけ書けば「なんでや」は氷解するはずです。現状の韓国が、根拠のはっきりしない論理(理屈)をかなり強気になって対日政策をとっているのかは、それが大韓民国臨時政府の「制憲憲法」を法統として継承している現行憲法で保障され、かつ韓国の歴史そのものが物語っているからです。日本の不義(この不義というコトバ、韓国の政治家の好みのようです)である侵略「歴史」謝罪で責め捲くっているのも、この視線で眺めれば「なんだそうだったのか」ということになります。

さて、結語。私の「呟き宣言」です。
一、無辜なる人民の生活と文化を、政権(既得政治権力)の保持と、国家たらゆう亡霊的歴史遺産共同体存続のための犠牲にすることは赦せないことであり、怯懦と、擬制の教育をもって、固有の倫理と歴史を歪めることを私は断固として認めません。
二、韓国が自らの同胞だと〈勘違いしている〉北朝鮮の独裁恐怖政治に対し、義と仁に基づいて対峙し、これを壊滅させない限り、南北統一などありゃあしない。過去の慰安婦問題よりも、現在の北朝鮮の非人道的女性奴隷収容所をなんとかせえやっ、左翼政権お得意の即銃殺刑をどないかせえや、拉致は日本人だけでなく、同胞であるはずの韓国の問題でもあるんちゃうのかっ。

私は、同じ演劇者の私の知己、新宿梁山泊のキム・スジンの次のコトバを尊重したいとおもいます。
「オヤジの時代のことはオヤジの時代のことで、もうイイじゃないか。オレたちはオレたちとして、オレたちの時代の関係をつくったほうがイイ」

2019年8月30日 (金)

港町memory 39

まず、現行の大韓民国憲法は/3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し/ているのですから、それが何かを調べた結果です。
「三・一運動(さんいちうんどう)は、1919年(大正8年)3月1日に日本統治時代の朝鮮で発生した大日本帝国からの独立運動」だそうです。(だ、そうです、と曖昧に書くのはスキではありませんが、だいたい歴史なんてものに真実があるのかナイのか曖昧なもんですから、ここは、主意を曲げて曖昧にしておきます)。で、これがどういう運動だったのかというと、これも長々となりますからほぼ省略しますが、ここで私などが留意するのは、これが〈大日本帝国からの独立運動〉だったということです。つまり、1919年当時、韓国は大日本帝国に統治されていたのだということです。(ほんとに歴史に疎いものはこんなアタリマエのことにほぉっそうか、などとおもうんだからナァ)。
じゃあ、もう少し勉強するつもりで、韓国の歴史をザッとみてみます。銭出してんだから「ウイキペディア」の記事でまとめていきますが、この記述には〈但し書き〉があります。「この記事は中立的な観点に基づく疑問が提出されているか、議論中です」だ、そうです。
長いので、私たちがガッコの歴史でならった程度に刈り取りマス。
/朝鮮半島において文献に登場する最初の国家は伝説的な箕子朝鮮であり、その後衛氏朝鮮が成立したと伝わる。衛氏朝鮮は三代衛右渠の時、漢の武帝に滅ぼされ、楽浪郡のみが残った。4世紀中頃に、満州の鴨緑江付近で興った高句麗が南下して4世紀末までには高句麗が朝鮮半島北部を制圧し、南西部には百済、南東部には新羅が割拠した。百済は475年、高句麗の攻撃により落城し、熊津に遷都した。南端部には諸小国の雑居する伽耶(加羅、任那)があり、その勢力争いには倭国も影響を及ぼした。後に伽耶諸国は西側が百済に併合され東部も新羅により滅ぼされた。朝鮮半島には中国大陸からの移住者が数多くあったことが古い史書に記録されており、周辺諸地域との密接な関わりがあった。7世紀、新羅は唐と同盟を結び百済・高句麗を相次いで滅ぼし、朝鮮半島の大部分を統一した。しかし、唐は旧高句麗の地に安東都護府を設置するなど、朝鮮半島を統治下に置こうとする。そこで、高句麗復興支援を掲げた文武王の下、新羅軍の支援を受けた高句麗軍が唐軍を攻撃して、唐・新羅戦争が開戦する。この戦いにおいて新羅軍は唐に圧勝し、唐を朝鮮半島から撤退させる。10世紀に新羅は地方勢力が自立して後高句麗・後百済を立てて後三国時代を迎えるが、やがて新しく興って後高句麗を滅ぼした高麗が勢力を持ち、新羅を滅ぼして統一を成し遂げ、勢力を広げた。高麗は13世紀にモンゴル帝国(元)の侵攻を受け支配下に入った。元の衰亡とともに失った独立と北方領土を回復したが、14世紀に元が北へ逃げると李成桂が建国した李氏朝鮮(朝鮮王朝)が朝鮮半島を制圧し明に朝貢した。李氏朝鮮の全盛期には、女真族に対する侵略がたびたび行われた。遂には当時半島北部に勢力を持っていた建州女真の大酋李満住が戦死し、建州女真は李朝の支配下に入った。15世紀4代国王、世宗の時、黄金期を迎える。16世紀に豊臣秀吉の侵攻を受け一時国土の大半を征服されるが、明の救援と李舜臣の活躍と秀吉の死去により国土を回復した。17世紀には女真族が建てた清の侵攻を受け、降伏して冊封体制・羈縻支配下に入った。1776年に22代国王の正祖が即位する。正祖は即位初期には当時、弱まり続けていた王権を掌握していく。いわゆる朝鮮の復興期を導いたが、1800年、正祖の死去と共に、改革の成果は消えていった。19世紀半ばから欧米列強が来訪、開国を要求、そして日本、清、ロシアが朝鮮半島の権益をめぐって対立、日清戦争後に結ばれた下関条約締結によって長きにわたる冊封体制から離脱し、1897年に大韓帝国(朝鮮から国号を変更)として独立するも、伊藤博文を安重根が暗殺し、1910年に全土が日本に併合された。第二次世界大戦での日本の敗戦に伴い、連合国軍によって朝鮮半島のほぼ中央を走る北緯38度線を境に南北に分割統治され、その後に各々独立、南に韓国、これに反抗する済州島は済州島四・三事件で鎮圧がなされ、北には北朝鮮が建国された。1950年に北側から赤化統一を目指して朝鮮戦争が起こるが、統一はならず現在も南北に2つの国家が並立している/。
刈り取っても長いですナ。しかし、歴史ですからね。あったようなナイような終わってしまってなお存在するようなヘンなもんですから仕方ないでしょう。(百済は日本の属国だった史実は、つまり朝鮮半島は、大日本帝国に併合されるかなり以前に、日本の支配下にあった地域があったと言うことはガッコでは教えない、という史家もありますので)。
では、ここはつづくとして、次は私の「ワカラン」が、「なんだそうだったのか」になるところまではいきます。ふーっ(やっぱりヤンなきゃ、書かなきゃよかったと後悔のため息)

2019年8月29日 (木)

港町memory 38

このあいだ、韓国の「わからんなあ」について書いたのは愛知トリエンナーレの例の慰安婦像問題が地元のことだったので、書いてみたんですがね、そのですね「慰安婦」というのは「戦争」には〈つきもの〉のことで、とやかく表立って騒ぐことではなく、そういう女性を公然と売りもの買いものにする「戦争」にこそ問題があるのは自明だとおもったからなんですが、当方も、アスペルガア(アスペルガーと表記しないことにした。理由についてはこっちのほうが〈ガア〉でオモシロソウだからにつきるが)の身上ゆえ、じゃあ、前戦争当時の韓国のほうの「慰安婦」はどうなっていたのか、researchしてみた。
のですが、いやもう想像以上に出るわ出るわで、こういうものは、ブログで茶請け話にするもんじゃないとよ。書けばネットウヨクと勘違いされそうで、興味ある方は面々researchおやりになって下さい。唾棄どころか、反吐が出ます。例えていうなら、あの慰安婦像に頬被りでもさせて展示したならば、あの展示はサイコーの〈不自由な展示〉だったとおもいますナ。しかし、そうとはいえ、なんか変なんだなあ。囲碁でいえば、「味がかなり悪い」一手を観たか、打ったか。
で、ありまするに、要するにこの国(韓国)を識るには、やはり正当に国家の根本基幹の精神土台たる憲法を検討したほうがイイのではナイかというかんがえに至ったの、だ。
で、そうしてみたんだけど、うーん。まあ、いいか、困ったナァ。これ、書けるかなあ。ネトウヨの仲間なんかと一緒にされるのはゴメンだけど、ともかく私の能力で書けそうな分だけは書いてみまっさ。
で、「オッカムの剃刀」を使います。
つまり、私なりの結論を先に書いてしまいます。
/この国の憲法は、当時の政治権力、に、都合良く幾度も修正されている/
これだと、ここんところのさまざまな対日外交路線が何故そうなのかがよくワカリマス。慰安婦にしても、徴用工にしても、なんにしても、どんな条約、約定を結んでも、政権が変われば「あれは、前の〇〇政権が(あるいは○年のナンチャラ政権が)決めたことだから、もう、意味ないのよ。憲法変えればすむことだしね」と、チャラにすることが可能であり、それが常套手段になっていても、なんの不思議もナイんですナ。
もう一つ、私は大韓民国と、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)とは、太平洋戦争が終わって、大日本帝国の統治が廃了したときに、朝鮮戦争(と日本では呼ばれている)当時に、ほぼ同時に建国されたのだと勘違いしていました。
それ以前は、なんだったのかと問われても、さて、まあ、「朝鮮」だったんじゃないの、としかいえなかったんですが、さて、ここで、憲法。
全部は面倒ですから、前文を。
私は日本の現行憲法前文が好きです。そのたった一つの理由において改憲には反対しています。
/日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。/
文節の長いのが欠点ですが、ここに現行日本憲法の主旨はみごとに述べられています。
この〈諸国民との協和による成果〉によって平和を維持する、という部分をして安全保障としては〈無責任〉であるという意見が多々あるようですが、日本国憲法はロマンですし、それは理想です。だから尊いのだと私などはイカレてます。
で、韓国のほうですが、
/悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し、祖国の民主改革と平和的統一の使命に即して正義、人道と同胞愛を基礎に民族の団結を強固にし、全ての社会的弊習と不義を打破し、自律と調和を土台とした自由民主的基本秩序をより確固にし、政治・経済・社会・文化のすべての領域に於いて各人の機会を均等にし、能力を最高に発揮なされ、自由と権利による責任と義務を果すようにし、国内では国民生活の均等な向上を期し、外交では恒久的な世界平和と人類共栄に貢献することで我々と我々の子孫の安全と自由と幸福を永遠に確保することを確認しつつ、1948年7月12日に制定され8次に亘り改正された憲法を再度国会の議決を経って国民投票によって改正する。/
これが現行の第六共和国憲法と称されている9回改正されての前文ですが、一度読んだだけではなんだかワカラナイ、というより何度読んでも、どうにでも読めるようで、と、そういう悪文なところはあまり問題にしないでおきましょう。たしかに上手な文章ではナイんですが、それよりも、憲法の前文なんですから、他国家のもの、あるいは韓国国民が読んで「うん、そうなんだ」とワカルことが出来なくてはハナシになりません。(おそらく韓国国民はワカッテいるのでしょうが)/3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し/と、これ、懐かしい全共闘のアジカンを連想させますが、まあ、その前の「悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は」は、高校野球の選手宣誓のようなもんだとおもえばイイんですが、「3・1運動」「4・19民主理念」とはなんなのか、こういうことを憲法の前文に用いてイイもんなんだろうか。また、「大韓民国臨時政府の法統」とは何か、私の脳髄は錯綜していきます。
で、次回も、アスペルガアをつづけます。

2019年8月27日 (火)

港町memory 37

映画感想。
そういや、そんなことも書いていたなということで、おひさしぶりに書いてみよっと。
古いのと、新しいの。もちろん、どちらもDVD鑑賞(そろそろやっと、ブロック注射99本目にして、自律神経がほぼ正常にresetされたので、これからは、試写会にもいけそう)
古いのは、『疾走』(2005)監督・脚本 SABU 原作 重松清 出演 手越祐也 韓英恵 中谷美紀 豊川悦司。SABU監督はものすごく真面目な方だとおもうのであります。原作をとにかく原作どおりに撮る。もう、ほんとうにシッカリ撮れています。で、原作が一般大衆(差別用語を使うと女子供)にはえらく受けのよい重松清ですので、どうしたって、原作の分は減点になってしまいます(私の感想ですよ)。こういうのが最もキライな私ですので。sympathizerのための映画というモノでしょうか。重松さんって聖書読んだことあんのかね。豊川悦司ってこんなバカなの。(感想ですから)。(でも、こういうの撮ってても、カンヌで受賞している似たような監督もいますけど)。SABU監督は出始めのピンク映画からピンクを抜いたようなときがイチバン良かったネ。
新しいのは『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ The Tokyo Night Sky Is Always the Densest Shade of Blue』(2017) 監督・脚本 石井裕也(キネマ旬報ベスト・テンの日本映画第1位) 原作 最果タヒによる詩集 出演:石橋静河 池松壮 亮 智之 松田龍平 市川実日子 田中哲司。
いいですネ。なんかね、永島慎二さんの青春マンガおもいだしましたワ。青春は暗い、安吾が『暗い青春』なんていわなくても暗いのです。そうして青春は、問えば問うほど自動律、同一原理の自問自答。こういう映画を観るときだけ、自分がもう六十七歳なのだと優越を禁じ得ませんナア。タイトルロールの二人、いいですねえ。それに、市川実日子さん、私にとっては『すいか』以来。ああ、大人になってはる。お母さんになってはる。あのワンシーンの清々しさ。田中哲治さんがまたイイ。『沈黙法廷』で永作さんの弁護士役、あれ、原作のキャラではナイそうだけど、よかったですねえ。
そうして、青春は〈ワカラナイ〉。これが最もタイセツ。逆にいえば〈ワカラナイ〉ならまだ青春しているんだぜ。青春のワカラナサは、政治や大人のワカラナサではナイ。〈愛〉と〈孤独〉、これがワカラナイ。私は未だにこの二つはワカラナイ。「わからない」というせりふがいっぱいのこの映画、よくワカル。泣いたね、「私、フィリピンに帰る。ここでの仕事、ばかばかシイ」このせりふ。外国人労働者の本音ってこれじゃナイの。何の仕事をしていたかというと2020年東京五輪の土方仕事。そりゃあ、ばかばかシイとおもう。
主人公たちの救い、ヒロインのほうに、まがりなりにも(仕送りして父妹を食わせている)のだが、故郷が在るということ。故郷に棄てられた私のように「どこへいってもどこでもナイ」なんてこといわなくてイイからね。まだまだ路頭に迷ってナイ。/若者よ東京へ行くな///しかし、来ちゃったなら仕方ない/東京には鉢植えの花しか花はナイ/まず「毎度バカバカしい東京でございます」から始まって、「そんなアホなっ」で終わればイイのだ/。私の幸運は東京に行かなかったこと。行っていたら、三十才まで生きていられなかったでありましょう。
三年に一本でもイイとおもう。この監督には撮り続けてもらいたいです。

2019年8月25日 (日)

第二十四回

「拙者たしかに尾張柳生の門人を斬った。が、しかし、その高弟をいま助けたのだから、仇討ちはチャラにすればヨイのではなかろうか」
 呑気に巫山戯たことをいって、右近、薄笑いさへ浮かべている。
「この鳥の飼い主はどうなった」
「斬り棄てた」
 また、いとも簡単にいう。
「ヒトを斬るのがご趣味でござるのか」
 玄十郎、右近を睨みながらも諧謔の余裕をつくった。
「向かって来るものは、仕方なく斬る場合もある。拙者は、あの羽秤亜十郎くんのように賞金稼ぎではござらぬので、誰彼好き勝手に斬っているワケではナイ」
「しかし、兄弟子のあの袈裟懸けの斬り口は、まるで藁束の試し斬りの如くであった。あの斬り方の理由は如何に」
「それは、あちらの未熟。拙者は貴君のその兄弟子とやらの、その斬り口を真似て、その通りに斬ったまでのこと」
「斬り口を真似てその通りに、いや、いったい貴公がナニをどういうつもりでの刀交えをされたのか、よくワカラヌが、ともかく仕掛けたのは、尾張柳生の剣が先だったというのか」
「新陰流、秘伝の後の先も、仕掛けねば相手は斬れぬ。後とみせかけて、先。だが、幾ら後先を入れ換えても、何れは斬り込むことになる。見事な袈裟懸けだったが、空を斬ってもヒトは斬れぬ」
 玄十郎、右近が何をいっているのか、ますます混乱。暫し脳髄が錯綜した。
「しからば、ともかくも試してみたいものだ。試せばワカル。試さねば何もワカラヌ」
 と、柄に手を添えた。この剣士にしては珍しく心が猿のように動揺していた。
「まあ、待て。そのように気の乱れたままでは充分な闘いも難しかろう。ましてやそのカラダ。火傷だらけのカラダを癒してからにするがヨイのではナイか。拙者が斬った尾張柳生よりも、お主の腕のほうが上だということは察している。しかし、そのhandicapのカラダは相手にしとうはナイのでな」
「剣客の試合にhandicapも何もござらぬ」
「そうか、では、試しに抜いてみやれ」
 そうまでいわれた玄十郎、抜刀、しようとしたが、柄を握る手に力が入らない。
「火傷のせいだ。マズイところを火傷したな。その火傷は丁度、指に走っている神経の経絡に深入りしている。お主ほどの鍛えたカラダだ。三日もすれば、それは戻る。それからでも遅くはあるまい」
 右近は背を向けた。空きだらけだった。しかし、肝腎の指が動いてはくれない。柳生玄十郎、かくなるほどの歯がゆい思いをしたのは剣法修行を含めてなおも、初めてのことだった。

港町memory 36

大韓民国(以下、韓国・・・発音するとハングクになる)は、ワカリニクイ国ですなァ。行ってみりゃ納得するでしょうが、庶民大衆は、あんまり政治なんかにゃ興味(というより信用)がナイ。私のホンを多数、韓国語に訳してくれているパクさんなんかは「韓国人は明日のことなんか考えてませんよ」と、自嘲ともとれるため息でいう。で、河を指さして「あの河、渡ったら北ですよ。日本人の方は勘違いしているヒトが多いけど、北とはまだ戦時中なんですから、明日になったらまた戦争になるかも知れない。だから、今日一日生きられたら儲け物、今日を大事にしています。北もgovernmentもウソつきですから、誰も何も信じてはいません。信じられるのは、北もgovernment信じていない同胞だけかな」
再び戦闘になったら、北は無数のトンネルから庶民に化けて侵入してくる作戦だから、敵味方の見分けがツカナイ・・・ということは、北にとっても同じことなんだけど、なんかサインがあるんだろ・・・アメリカは、地上戦なら二時間でカタがつくと豪語しているが、たしかに、地上戦(たいていの軍部中枢部はすでに地下にあるんだけど)でならそうだろう。ただ、そうなると、難民と脱走兵士が大挙して、日本海を渡る。これにはイージス艦も役に立たない。総力戦ではナイのに、日本本土で民間人を巻き込んでの銃撃戦やら、肉弾戦になる。そんな様相をみせてくるでしょうねえ。そうなると、いうまでもなく悲惨なのは、日本海側の市民県民町民村民だろうなあ。殺略、争奪、強奪、と、これがやがてゲリラ化すると、ますますヤッカイ。熊が里山から出没するのとはワケがチガウ。討伐までにはこれまた時間がかかる。
なんとはなく、おもいますに、いまの文大統領は北をちょっと過信していて、いざとなったら、同胞なんだから、そこで手を組んで日本と一戦交えて、てなふうに、日本を政治的に利用しての楽観で、南北統一を夢みているようなふうですが、北は頭イイから、絶対にそんなことは損なことなのでやんない。韓国ほど、日本の自衛隊の戦力を甘くみておりません。海軍力では、海自の実力は中国なんかよりかなり上ですから。竹島やら魚釣島やら、なんだかかんだかも占領されても、一日で奪還出来る能力があるので、そうジタバタはしてません。
そのうち、韓国の企業が政府に愛想尽かすか、軍部がクーデターに出るか、韓国は、ついこないだまでは軍政だったんですぞ。軍政のほうが、合衆国にしたってハナシが早いから、面倒くさくなくて、すむので、民主化なんかより、そっちのほうがイイとおもってんじゃナイかネエ。ともかくは、両国の話し合いでとトランプでさへ呑気にしていたのに、例の「日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」破棄となると、ほんとに軍部も巻き込むカタチになった。べつに日本と韓国は直截にそのての情報をやりとりしているワケではなく、一度米国に上げてから両国への通達ということになるんですけどね、情報戦では、合衆国をもしのぐといわれている北は、これで、大笑いなんじゃナイかな。軍事情報をハッキングしたって、米国は文句のつけようがなくなるんだから。
いやもう、政治ってのは、軍事で、一事が万事です。このときとばかりに、ほんとに花火のごとく、北もプーチンも、ミサイルの連発試射でお祝いときたもんだ。もちろん、これは米国を揶揄することでもありましょうが、文governmentに対しての威嚇ですな。いわゆるケツに火をつけるというアレね。文governmentにしたって、そういつまでも「悪いのは日本だ」路線は通用しないでしょう。持ち出すネタが過去の歴史の類の博物館モノばかりで、手持ちがなくなったから、ええいもう、GSOMIAだっ、どうだ驚いたかっ、なんだろうけどなあ。チガウ意味で驚いてるようですねえ、日米、かつ韓国の庶民大衆。ワカッタことといえば、つまるところGSOMIAは、さほど重要な戦略事項ではナイんじゃないかという程度かなあ。その程度の情報は、北なんかにゃもうすでにハッキングされてますから。
日本の官邸では「総理、どうしましょう」
安倍「えっ、きょうはウナギの長焼きじゃなかったっけ」
なんて、ランチのハナシしてるくらいだから、ともかく韓国情勢が危うくなって、憲法9条問題が起き上がってくるのを待ってりゃイイ。アジアの安保は、もう独自になんとかしないとダメなのよって、いえるようになりゃあ、しめたものだからなあ。
餓死を賭けた北の頭脳戦は勝利をおさめつつあり、中国は対米貿易戦争で、朝鮮半島なんてどうでもよく、ロシアは、プーチンがのさばってるうちに対ヨーロッパ戦略を強化しているだけでイイ。
いま、文大統領の脳裏にあるのは「ともかく亡命先だな。北なんか、諸手を挙げての大拍手かな」なんて妄想くらいかなあ。

2019年8月21日 (水)

港町memory 35

今年の夏も、ヒロシマ、ナガサキの虐殺犠牲者たちの沈黙は、ただ、その惨殺の爪痕の深さを物語る怨嗟に係数の度合いを恒例行事の如く合わせただけで、聞こえてくるのは「生き残ったものたちよ、お前たちに何が出来る、何が出来たっ。この世に過ちなどは無いっ、あるのは生物滅亡の連鎖の如き反復のみだ」という、総力戦でもナイのにふいに命を消された無辜の民の、まさに残存している生存者への嘲笑と哄笑だけ、で、なるほど、生存中に核戦争などというお祭りや、自然の大災害を加算した、阿鼻叫喚の地獄、あのね、死後の世界に地獄なんて無いというのは、わりと多くのキリスト教信者に流布さている教示で、つまりは『ヨハネの黙示録』に記されてあるとおり、生きてるうちに地獄観るのよ、という、えらくまあ、サービス満点の世の終末で、それなら、歩けるうちに行きたいところには行ったほうがイイんですから、ヤリたいこと(出来るコトに限りますが)はなるべくヤッておかないと悔いが残るどころか、〈悔い〉それ自体が消滅してしまいますから、残生存者でアル我々、私たちは、相互扶助(共生)しつつ、余命を納めたのがよろしいかと、私なんざおもう次第。
身を固有に転ずれば、このあいだ、イオンモールで200円、ゲームマシンのようなもので血管年齢てのを計測したら、〈57歳~63歳〉となって、そのときにですね、「あれっ、オレって幾つ(何歳)だったかな」というおもいが飛来して、「あっそうか、67歳か。すると、血管年齢は若いということか。そりゃまあ、ポリフェノールの多いウイスキーしか飲んでねえからな。しかし、うーん、まあ、こんなもんなのかなあ67歳というのは」と、少しも嬉しくはなく、67歳なんだなあという愕然と、もうイイよという疲弊に呑み込まれただけ。鬱疾患の定常症状と、湿地の夜の湿度から1時間おきに目が覚めては布団でため息ついて、朝方は、いくらエアコンを調節していたとしても、カラダは冷えており、毎晩「今夜もしんどいんだろうなあ」という寝たくもない諦念と、朝起きたときの自殺念慮の苛みには、「来年の公演までは、もう命懸けだなあ」と、おもいつつ、こういう生活が恒常的になれば、そこはそれ、私の晩年、余生ってのは、こんなもんなのかなあと、これまた諦念しつつ、それでも「ちょっとだけ、幸せになりたいネ」と、秘め事のようにおもい、そういう「ちょっとだけ、幸せ」になれるようなホンを書かなければイケナイなんて、それはですな、昼のハートランドビールと雑炊と同等のものでなければイケマセンと、そういうホンを書こうとしてはいるんですが、ねえ。
書けないナア。劇作家生涯、初めて、slumpとういうのではなく、書けないナア、と、『老人と海』のアーネスト・ヘミングウェイの自死の前の最期の電話のひとこと「書けなくなった」をおもう。あのね、『老人と海』は若い頃に読んだときはまったくワカラナカッタですよ。いま読んだってメカジキの残骸だけしかimageが残らないんですが、それでイイという気にはなれますね。
釣りでも始めようかなあ。餌なんかつけずに、ぼんやり突堤で。いやいや、山中のせせらぎに釣り糸流して。
そうか、これ、ラストシーンに使おう。うん、絵はそれでイイな。

2019年8月19日 (月)

第二十三回

 羽秤亜十郎は、三間を後方にあたかも慣性重力を利用したかのように飛んだ。
 が、着地した刹那、おそらく敵手ギヤマンの投擲武器、透明の細長い手裏剣のようなものだろう、それが亜十郎を襲った。これを下手に弾いていたら、羽秤亜十郎は大火傷を負ったにチガイナイ。投擲具の中には強度の酸が仕込まれていたからだ。ギヤマンが砕けると中身の強酸が飛散するというワケだ。
 そこでなんと、亜十郎は数発の投擲武器を素手で、まるで曲芸師のように受け留めると、それを四方八方に投げ返した。ギヤマンの武器は家屋の庇や戸に当たって砕け、ブススッと煙が上がった。滅多やたらに投げたのはもちろん、その方向に敵手がいると読んだワケではなかったからだ。が、しかし、何処に在ろうと敵手もその様子を観ているはずだ。その観察視線を逆に羽秤亜十郎は探索したのだ。これは極めて高度な術と術の争闘が行われていることになる。羽秤亜十郎、破門の禅坊主とはいえ、こやついったいどんな術をどれだけモノにしているのか、ますます計り知れない。

 柳生玄十郎の観ている空に黒い雲が湧いてきた。金魚鉢に墨でも落としたような具合だ。
「伴天連幻魔術というのが始まるのかな」
 皮肉をこめて玄十郎は呟いた。
 黒雲から雨が降り始めた。
「風流なことをやるもんだな」
 と、このとき、羽秤亜十郎の声が玄十郎に届いた。
「避けろ、その雨は竜水だっ」
 竜水というのは硫酸のことだ。
 ふと玄十郎が袖をみると、雨水が当たった部分が燻っている。
 その袖を振り回しながら、竜水の雨を避け玄十郎は羽秤亜十郎の指示のもと、黒雲の外に走った。しかし、雲は次第に大きさを増し、竜水の雨は激しくなってくる。とても袖で防げる量ではナイ。玄十郎、肩に熱い痛みを幾つか感じた。硫酸は鉄をも溶かす。さすがの柳生新陰流もこれには窮した。
 そのとき、鳥の鳴き声が玄十郎の頭上に聞こえた。悲鳴に近い禍々しい声だ。
 と、玄十郎の目の前に鳶が一羽、音をたてて落ちた。喉元に小柄が刺さっている。その喉元には鳥自体の半分はあるだろう、ギヤマンの球が結びつけられていて、球に瞬く間に罅が入るとその筋状に球は割れ液体が流れ出た。
玄十郎、よく観ると球体には細かな穴が開けられている。天から降ってきた竜水の正体はそれだったのだ。鳶を使って、雨水に交えて竜水を撒き散らしていたようだ。
 見上げると黒雲は消えている。
「羽秤亜十郎どの、お主がヤってくれたのか」
 そう叫んで、玄十郎、羽秤亜十郎の飛んだ辺りをみたが、亜十郎の姿は見当たらない。
 しからば、誰が。
「やれやれ、柳生新陰流も硫酸の雨にはカタナシでござったな」
 その声に玄十郎、なにやら凍りついたような面持ちで振り向いた。
 胡座をかいて座っている着流し長羽織の男がみえた。陰陽巴の紋所、この男が仇敵楠木右近っ。

2019年8月18日 (日)

港町memory 34

そういうことには素人ですが、電気代ということに関してはいろいろと工夫はしているつもりなので、『人気インスタグラマーが教える!夏のエアコン代をお得に、楽しく節約する方法』(アット・ニフティの記事)で、ワカランことについて書きました。
記事では、
/<目次> •エアコンは1人で使わない!皆とシェアして電気代を節約する方法を紹介
•1. リビングだけ、エアコンをつける
•2. 勉強は図書館でする
•3. 外に出かける
•4. 親戚や友達とみんなで集まる
•5. 旅行に出かける
•まとめ/
となっています。
まず、(1)については私のマンションはエアコンは一台きりですので、意味ナシ。
(2)ですが、/受験生は自分の部屋にこもって勉強するより、図書館や自習室で勉強することをおすすめします。エアコンがきいていて涼しいですし、他に勉強している人も大勢いますから、さらに勉強を頑張ろうという思いがわいてきます。自分の部屋のように、気が散る原因である玩具や漫画も無いので、集中できます。/
となっています。
私は現在受験生ではありませんが、そういう時期もあり、そんなふうに図書館で勉強もしました。
が、周囲の方々の邪魔になってはイケナイと、静かに微塵も音を立てずにと注意を払うことに集中、一度消しゴムを転がして床に落とし、それを拾うという行為だけなのに、「出て行け」というメモが手渡されました。周囲からも睨まれました。周囲が気になってエアコンがどうのというどころではありません。それに、設定温度が28度では、満員の勉強室では、蒸し暑くてたまりませんでした。このあいだ、三時間二十六分のドキュメント映画『ニューヨーク公共図書館』を観ましたが、いまの日本の図書館はあんなふうに図書館と教育が、拡張と収縮の関係を持っているんでしょうか。(そういえば、数年前、図書館に「ここは受験勉強をする場所ではありません、読書する場所です」という受験勉強禁止の貼り紙は観ましたけど)。
(3)です。ハッキリいって外のほうが暑いです。40度くらいでしょうか、都市部ですから。それで、涼しい場所に入ります。すると、coffee代金などの飲み物代金は発生します。なんの〈節約〉にもなりません。ですからイチバンはパチンコ屋です。タダで、お茶くらいなら飲めます。ただし、ウルサイのは我慢せねばなりません。ショッピングモール、映画館、美術館、無料のところは、ありませんナ。
(4)ですが、この何処が節約なんでしょうか。飲み物、食い物買いにいったり、集まれば熱量が増大して、とても28度では過ごせません。
(5)ですが、「別荘を建てる」と書かれたほうが納得出来ます。そんなん無理やわっ、とすぐに理解出来ますから。一回旅に出ると一ヶ月分の電気代くらいになるのではないでしょうか。
さて、私なりのまとめ。
まず「28度」適温というエビデンス(科学的根拠)を解説して頂きたい。いろいろ調べまくりましたが、そういうことが納得出来るよう述べてあるものには残念ながらアタリませんでした。
たとえば、28度でも、湿度が60%以下の場合は、比較的に楽です。しかし、26度に落としても、湿度が70%を上回れば、暑くてイライラするだけです。日本という島国は、それぞれの地方によって、気候(気温ではナイ)がチガイマス。
気象庁はサボってナイで、この地方なら、気温〇度のとき、エアコン設定〇度あるいは、除湿〇%てなふうに、統計調査(科学的根拠)をやってみなさい。
公共放送も、「こまめに水分をとって・・・」てな熱中症注意ばかり放送していないで、経口保水液の正しい摂り方でもヤってみればイイんだ。薄めて飲んでるバカもいるんだから。そうかとおもうと、一日3本飲んでいる豪傑バカもいる。
ああ、今夜も五回、六回と、私は鬱疾患の中途覚醒と頸椎狭窄の痛みに加わる暑さ(湿気)で起こされて、暗闇の中、布団に座り込むんだなあ。
ちなみに、夜は(1)~(5)までみんな無効です。一日24時間には昼も夜もあります。

2019年8月 7日 (水)

第二十ニ回

 南蛮鬼退治のアルバイトを追えて、東郷十兵衛は朧と邂逅し、また別れ、柳生玄十郎は江戸徳川の頃には盛んだった道場の、廃墟と化した跡地に立っていた。
「死に損ないの柳生かい」
 その声は羽秤亜十郎だ。
「お主は、たしか」
「たしかも何も、賞金稼ぎの禅坊主くずれ、羽秤亜十郎。ひょんなことで、異人の幻術使いと闘う羽目になっちまったがナ」
「拙者に用事があるワケではあるまい」
 玄十郎の連れない返事に頭を掻いて羽秤亜十郎は煙管を銜えると、
「そうだ。オレの用事は、賞金を稼ぐことだけだ。だけなんだが、旧知の者からの誘いにのって、奇妙な異人の幻術使いを敵にまわしたことはいま喋った通りさ。玄十郎さんよ、あんたもそうらしいが柳生新陰流っ、たぶん仇の楠木右近と相まみえるまでに面倒に巻き込まれたようだナ」
 玄十郎は右近の名を聞いてもとくに動じる様子はナイ。
「楠木右近のことを如何ほど、知っているのだ」
 と道でも訊ねるように亜十郎に質してきた。
「強ええっ。強いんだナァ。悔しいほど強いっ。人魚の肉でも喰らったのか、かなりのむかしからこの世に生きているらしい。で、だ。それ以前は、あの世に生きていたらしい」
「あの世」
「そう聞いた。あの世が終わったので、この世に来たとか、そう聞いたナ。知っているのはそれくらいのことかな。お宝のことなんざ、あんた、興味ナイだろうしね。」
 この男、正気か。玄十郎の瞳に羽秤亜十郎はそう映っただろう。
「楠木右近、まったくふざけた野郎だ。あんたが首を捻るのも無理はねえ。しかし、あんた、小汚ねえ武士くずれと、南蛮人の屍体を観たろう。血反吐を吐いていたほうは、昨夜の用心棒仕事を請け負った帆裏藤兵衛という拙者の旧知のものだ。セッシャは、ソヤツに誘われたってワケだがね。帆裏藤兵衛、血風塵という必殺の技をもちいるはずが、それを使った痕跡はナイ。よーするにっ、俺のみるところあれは相討ちではナイ」
「では、南蛮人は誰が倒したのだ。まさか、その、」
「そのマサカりかついだ金太郎飴だ。南蛮人の額には、そやつの武器とおもわれるギヤマンの鞭が突き刺さっていたろう。あんな真似が出来るのは楠木右近以外、いねえ。何故、ヤツが参戦したのかは訊かれても知らん。まさか藤兵衛の仇を討ってくれたワケではねえしな。おそらく、南蛮人のほうが右近に仕掛けて逆に倒されただけのことだろう。右近というヤツはそれくらいのことは平然と、いや、気の向くままにヤル男だ。まったくいけ好かネエ」
 玄十郎は羽秤亜十郎の苛立ちを察すると、
「ひょっとすると、お主も以前同様のことを、その右近とやらに」
「図星っ。そういのも柳生の技かい。ああ、ヤラれたねえ。悔しかったねえ。とはいえ、こっちはまだ生きてるんだけどナ」
 と、いうや、口に含んだ爪楊枝を玄十郎に向けて吹いた。もちろん、殺意はなかったろう。ちょっと亜十郎のほうも気の向くままに、玄十郎の腕を試したというところか。
 玄十郎は眉間をめがけて、盲点の中を飛んで来る爪楊枝を小指で弾いた。
「この戯れた遊びのようなものが、お主の技ではあるまいな」
「いやいや、ほんとうの遊び心さ。しかしさすが尾張柳生。みえぬものを小指で弾くとは」
「相手の武器がみえるかみえぬかなどは問うところではナイ。危険が迫れば腕でも指でも勝手に動くようにまで、鍛練は積んでいる」
「柳生新陰流春の風とかいう技、いや技というより心の動きだな。かの昔、石舟斎が宮本武蔵にもちいたのもそれか」
 かつて宮本武蔵が、柳生石舟斎に挑んだとき、石舟斎が武蔵に「汝の剣は」と質したのに、武蔵は「電光石火」と応えた。反対に武蔵が石舟斎に同じことを質すと石舟斎は「そよふく春の風」と応えたといわれる。このとき、石舟斎は帯刀していなかったので、如何な武蔵といえども自慢の見切りが成らず、〔無刀取り〕を畏れて斬りこめなかった。で、退散と相成ったが、これは武蔵の負けとみてイイ。『五輪の書』には「諸流の兵法者に行合ひ六十余度迄勝負をなすといへども、一度も其利をうしなはず」とあるが、武蔵は負けそうな試合は必ず避けているか、事前に逃走している。
 では、右近に対して玄十郎が〔無刀取り〕で挑んだとしたらどうなるだろう。後の先の完成形とまでいわれる柳生新陰流の極意〔無刀取り〕、攻撃して来ぬ相手に右近はどう対処するのか。これは東郷十兵衛の示現流秘儀、抜かずの剣にも同様のことがいえる。ますますワクワクしているのは作者だけであろうか(たぶん、そうとチガウかナ)。
「無駄話はここまでのようだな」
 羽秤亜十郎地に伏せて、地面に耳をあてた。柳生玄十郎は、逆に空に顔を向けた。
「南蛮人のほうも次々と簡単に倒されたとあっちゃあ、矜持が崩れるとみえる。敵は二人とみたが、どうだ」
 亜十郎、いうとカラダを起こした。
「確かに二人。ひとりはすでに身を潜め、ひとりは静かに近づいて来る」
「あんた、どっちにする」
「とりあえずは、向かって来るほう、ということにしておくか」
 玄十郎は鯉口を切った。

2019年8月 5日 (月)

港町memory 33

市県民税の納税通知がいつまでたっても送付されてこないので、市役所の税務課に問い合わせたら、昨年の所得が課税対象に届いていない(低額所得)なので、そういう場合は敢えて通知しないのでおます、と、いう返事だった。そういえば、25000円のものが20000円で買える商品券引換書が郵送されてきていた。20000円も買うものはナイので、そのまま棄却した。この国は贅沢をいわなければ貧乏人は食えることは食えるようだ。食うのに困ったこたはナイ。
補聴器を購入したが、順序を知らずに、というのも、先に耳鼻科の医師の証明書(みたいなもん)を頂戴しておけば、医療費控除になったらしい。耳鼻科にはいったが、耳鼻科の隣の補聴器センターは、お姉さんの態度が横柄だったので、補聴器は理研さんで買った。ここは平身低頭、懇切丁寧にやってくれたので、試聴を半月(二種類)ヤって、そのまま購入ということにした。
難聴は難聴なのだが、加齢によるものとしては、ふつう60点のところを75点とっていて、さほどひどいというものではナイ。というか私の場合右耳が「聞こえすぎて」聴覚過敏になって、音がキンキン響くという難聴なので、これでは、舞台仕事が出来ないので、補聴器購入ということにしたが、両耳でパソコンが一台買える価格だ。
ここで、おもいとどまるヒトは多いそうだ。
おもいとどまるワケにはいかないので、仕方なくこれは経費として扱うことにした。医療費は毎年50~70万あるので、この控除で低額所得にもなるのだが、要するに稼ぎが少ないのがその最もな理由であることはいうまでもナイ。おそらく日本の劇作家で、六十七歳で筆一本の収入で食っているのは、私しかいないのではないか。とはいえ、そんなに高額な脚本料ではなく、日本劇作家協会の規格に準じた程度だ。アトは老齢年金と年金基金でしのいでいるという寸法だ。年金で家賃と光熱費を支払い、アトは食うぶんで、私は外呑みはしないし、賭け事もナシ、映画館にも芝居小屋にもいかない。交通費がかなりかかるが(基本的に高いからナァ)それゆえ、旅費のかかる観劇はしない。いくら招待されても、銭のかかるものはダメ。ただし、弟子の舞台だけは旅費が出なくても観に行く。この辺はみな経費ということになる。女は銭がかかるのでこれもやらない。たとえ銭を貰っても、年齢のワリには心身があちこち壊れているので、つまりは出来ない。
打ち合わせ、インタビュー取材は名古屋駅まで先方に出向いてもらう。そのほうが先方も楽だろう。
その他殆どは、書籍、DVD、CDに費やされるが、これも経費。いまはネットがあるので、参考図書を買わねばならない、てなこともまずなくなった。よほど深く調べたいときだけそのての書籍は取り寄せるが、稀覯本とまではいかないので、1万円近くとなると、たけえ~となるが、しかし、そんなもんだ。
これで、二度目の低額所得者。三度目はナイとおもっている。三度目は銭の切れ目が命の切れ目になるだろうから。

2019年8月 2日 (金)

第二十一回

 切場銑十郎、例の黒塗りの鞘の赤毛結社の剣客だが、どうも自分のことは忘れられているのではナイだろうかと、多少不安げにはなっていた。
 とはいえ、勇んで右近との立ち会いを目的に結社のagitpunktを出たはいいが、その右近とどう出逢えばいいのか。いったい右近は何のため、誰のための仕事をしているのかさへもおぼろげになってきていた。
 たしか、十万両、簪、朱鷺姫とかいうておったな。で、それは何だっけ。こういうのを剣客の維新ボケと、当代では揶揄していたらしい。急激に世界の変化についていけないモノノフの哀れともいえた。
 ぶらりと、いやぼんやりと維新の町、煉瓦町通りと称される商店街を歩く切場銑十郎に近づく者があった。なんのことはナイ行商人なのだが、ワザとなのか脱ぐのを忘れたのか黒覆面をしている。といって、あの左近の遭遇した全裸湯浴の女ではナイ。これまた忘れ去られようとしていた卍組の忍び、手下の変装だ。
 つまり、黒覆面はワザとのボケのウケ狙いとみえる。
「旦那、なんだか困った顔をしてらっしゃいますが、ズバリ、当ててみましょうか。楠木右近をお探しなんでやしょ」
「ナニっ、貴様、何者だ。ただの行商ではナイことはすぐに見抜いたが」
 見抜いたも何も、覆面してんだから。
「あっしは、ただの行商人ではござんせん。実は、覆面を売り歩いております」
 かなり苦しいイイワケ、辻褄合わせだったが、なんとかスジは通っている(のかな)。
「妙なものを売っておるんだな」
「当世、いろんなモノが商売の種(ネタ)になりますゆえ」
「拙者は、」
「存じております。切場銑十郎様でござんすね。赤毛結社随一の腕利きとも聞いております。あっしは、卍組の、」
 と、つい、自らの組織を口に滑らせそうになったところも、手下らしい。
「なに、まんじ、」
「いえ、まんじゅうも売ってまして」
 まあ、誰でもイイわ、ちょっとアホのようだから。それより、こやつ右近の居場所を知っている様な口ぶり。切場銑十郎、懐に手を入れると、
「幾らで買えばよい、右近の居所」
「こいつはハナシがはええ。いえ、銭は、右近が倒されてからでようござんす。実は、楠木右近が尾張の港辺りに出没したという噂がござんす」
「尾張、ずいぶんと遠いな」
「いえいえ、馬なら早駆けで半日もあれば」
 と、覆面行商人の指さすところに、馬が一頭。
「随分と用意がいいな」
「心得ておりますので」
 切場銑十郎が馬に跨がると、覆面の行商人は竹の皮で包んだ握り飯と、竹筒を差し出した。
「どうぞ、召し上がりながら、参らせませ」
「ますます準備がよいのう」
「心得ておりますので」
 手綱を引くと、切場銑十郎、街道への方へ馬を駆った。
「勝てるとはおもわないんだけどなぁ。まあ、いろいろヤラセて、右近の弱点を探せというお頭のmissionだからなあ」
 手下は覆面をとった。覆面の造作とあまり変わらない顔が現れた。覆面はあまり意味がなかったようだ。
「お頭、うまくいきました」
 と、いままで何処に隠れていたのか、ご隠居姿の老人が現れた。さすがの隠れ方だ。こちらも覆面をしている。忍法面隠しだろう。
ともかく、この二人のplotになるとgagが懐かしい『魁、クロマティ高校』になってしまう作者だった。
「よし、では、後を追うぞ。たぶんあの切場銑十郎は右近に敗れるだろうが、右近の〔鍔鳴り〕の研究材料にはなるだろう」
「すげえ作戦ですね」
「名付けて、忍法かませ犬。おい、つまらん忍法なんぞ名乗らせていないで、我々の馬は何処だ」
「我々の馬って」
「だから、あの牢人を追わねば意味がナイだろう」
「そっ、そ、そうですね」
「むっ、キサマ、ひょっとして、」
「いえ、その資金が不足していまして、でも、安心して下さい。さすがに維新の世の中です。馬ではありませんが、この二頭を」
「おう、これはっっってって、これはロバじゃん」
「ダメでしたか」
「驢馬で(と一応漢字で喋ったが)、馬が追えるか」
「でも、たしか『熱血カクタス』という正義の味方はロバに乗ってましたよ。歌だって覚えています。~走れカクタスッ砂塵を蹴って~」
「うーんむむ。まあ、何もいないよりマシかも知れん」
「でしょ」
「仕方ない、これで追うか。それはそうと、オマエもう覆面をとってイイぞ」
「脱いでますよ、とっくに」
 うーん、ますますクロマってきた。

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