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2019年7月18日 (木)

第十八回

 東郷十兵衛は渡屋からの守料を懐に、それを確かめるかのように握ってみたが、この仕事ほんらいは金子目当てではなかった。維新の世に自身の剣を如何にすべきか、剣とともにどう生き抜くべきか、戦国の時代より受け継がれてきた薩南示現流も自分の代で終わることは百も承知だったが、東郷十兵衛に去来するのはそのおもいだけだった。先祖がそうしたのと同様に百姓でもやっていればイイのかも知れないが、どうも当世はそのような気ままな暮らしすらゆるしてくれそうにナイ。とするならば、たしかあの伴天連幻魔術、四人は倒されたが四剣八槍と号していたからアト八人は残党が在るはず。これを機会として、我が示現流果てるまで、我、敗れるまで血にまみれてみるのも一興かも知れぬ。そんな物騒なこともココロの片隅にはあった。
 そんな東郷十兵衛のココロの声に応えたかのように、聞き慣れない声がした。
 それは抑揚や発音の奇妙さからして、この国の者の喋り方ではなかった。
「迂闊といえば、ウカツ。油断といえばユダンだった。維新とやらの端国ガ敷島にどのような武芸者、強者が遺っているノか、この国オ制圧するに如何ほどの戦力が必要か、researchのつもりが、四人もの同じ旗下の道士を失うとワ。何事も侮るべきではないな」
 東郷十兵衛ほどの使い手にも、その声がどの方向から発せられているのか判断が出来なかった。おそらくそれはその者の術にチガイはないのだが。
「伴天連幻魔術の異人の方かな」
 と、立ち止まった十兵衛は俯き加減のままいってみた。
 応えはなかったが、ここまで十兵衛を尾行してきたのなら、十兵衛にも気づかれなかったその気配の消し方はそうとうの術者でしか出来ぬものだ。しかし、東郷十兵衛は剣に手をかけようとはしない。もちろん、東郷十兵衛はすでにその身体を何処からやって来るやも知れぬ敵に対して構えてはいた。
 東郷十兵衛の気は静かに丹田におくられ呼吸は六十秒に4回の腹式呼吸になっていた。全身は脱力して、何処からのどのような攻撃にも反応出来る準備が整っていた。
 だが、おそらく伴天連幻魔術の異人もそれを察知しているにチガイナイ。
 従って両者のみえざる睨み合いが暫し続くことになったのだが、この張りつめた気の闘争を弾き飛ばすかのように一本のクナイが飛来した。
 それは何処かに向けて投げられた類のものではなく、あきらかに両者、東郷十兵衛とその敵手の気力の糸を切り落とすために投擲されたものとおもえた。十兵衛はクナイの投げ手がいるであろう方を一瞥した。不敵、とでもいうべきか微笑みを交えて女がひとり腕組みをしながら立っていた。それは異人ではナイ。また東郷十兵衛の敵でもナイようだ。それは十兵衛自身にも理解出来た。何故なら殺気がまるで向けられていなかったからだ。
 女人の姿格好から、市井の民ではナイことはすぐにワカッタ。黒装束ではなかったが、忍びの者らしい。一重の朱衣に白い腰帯。履物は特殊な足袋だ。いくら維新でさまざまな格好のひとがあちらこちらを闊歩しているとはいえ、新種の芸妓でもなければそんなcostumeはナイだろう。
「敵ではござらぬようだが、味方というふうでもなかろう。拙者か、それとも未だ姿をみせぬほうか、何れに御用か」 
「東郷十兵衛どのですね。不知火朧と申します。貴殿を追尾してきたのではありません。ご存知かも知れませんが、楠木右近と名乗る武芸者を追ってきたら、そちら方の争闘に巡り逢ってしまったという次第です。僣越とは存じますがお教えいたしましょう。貴殿を狙っている気配を消した敵は、貴殿の真下に在ります。」
 とはいえど、そこには東郷十兵衛の影が在るのみ、のようにみえた。
 が、
「なるほど、さすが忍び。おそらく其処許も同じ類の術をおつかいになるとみゆる。それゆえ、この、」
 と、十兵衛のコトバはそこまで。いままで十兵衛の影だったモノがするりと地面を蛇行して、そのまま垂直に立ち上がった。それから例のカタコトの和語だ。
「武芸者だけではなく、ニンジツとやらに多少は長けたものもこの国には未だ健在スルとミエル」
「ほっほっほ。伴天連幻魔術などとは洒落臭い。如何ほどのものか。ジポンには武士(もののふ)も、忍法も健在ぞ」
 朧の高笑いは邪悪な影を包み込むように、その姿なき者に浴びせられた。

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