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2019年7月12日 (金)

第十七回

 渡屋は、柳生玄十郎、薩南示現流(後に東郷十兵衛と名前が判明)、羽秤亜十郎に金子一円銀貨を五枚包んだ。守り方の犠牲者は皮肉にも羽秤亜十郎を仕事に誘った帆裏藤兵衛ひとり、襲い方、敵手の伴天連幻魔術を用いる南蛮のものたちは四名が倒され、これを見届けた四剣八槍を名乗る生き残り四人は姿を消した。
 以上のことが一夜で起こった殺闘だった。
 すでに夜明けは終わっていた。守り方(用心棒なのだが、渡屋は彼らをそう呼んだ)にはそれ相応の礼の宴席が設けられたが、玄十郎は辞退して店をあとにした。東郷十兵衛も湯漬けをかき込むとその場を去った。羽秤亜十郎だけが湯飲み酒を呑みながらも肴には箸をつけようともせず、遺された帆裏藤兵衛の鬼包丁二刀をお手玉のように操っていた。
 番頭のハナシでは、その武器をわざわざ届けにきた着流しの武士があったという。おそらくは楠木右近だろう。すると、帆裏藤兵衛は相討ちになったか、倒された後、右近が南蛮盗賊のひとりを斬って棄てたか、だナ。と、羽秤はぼんやりした面持ちで湯飲みの酒に上等の酒を注いだ。五円か、安くはナイが高くもナイ。四剣八槍とかいっていたが、すると残りは逃げた四人とアト四人。まさか右近が彼らに遅れをとるとはおもえないが、面倒なことに巻き込まれないうちに右近、倒すべし。いや、残りの八人と少し遊んでみるのも一興かナ。そんなことも妄脳の中で思案していた。この男、とことん酔狂に尽きる。
 と、ふいに鬼包丁の一刀を何かに向かって投げたことに羽秤亜十郎は気付いた。投げてから、そこに気配を感じたのだ。
 いつの間に、いやそういう疑問はこの男に投げかけても無駄だ。無意識のうちに投げられた鬼包丁を受け止めたらしい右近の姿が在った。
「酔狂なのはオレだけではナイらしいな。ダンナもその口かい。朱鷺姫の財宝探しは暫しのお預けということかい」
「それを羽秤亜十郎の口から聞くとは、立場が逆だの。帆裏藤兵衛は、自身と似たような術中にあって倒された。意外におもえるが、そういった場に遭遇すると当事者にとっては最も苦手になる。相手は特殊な武器、これをグラスファイバーという。diamantの鞭のようなものだがそれを用いた。初見の敵で、この武器と対するのは無理だ」
「ところが、右近のダンナはそいつを斬った。つまり一見の敵手ではなかったということだナ。いったいあんたは、南蛮の伴天連幻魔術という奴らの兵法を識っているのか」
「何事もその場で察知することは出来る。それは、お主もご存知」
「ああ、そうか。そういや、いつぞやオレの長年の修行の技を数秒で会得しやがったナ。ともかくも藤兵衛はあの世行きか」
 亜十郎、湯飲みの酒を飲み干した。
「あの世はもう無い。終わった」
 いともたやすく右近がそう応えたので、羽秤亜十郎もさすがに首を傾げざるを得なかった。そうして半ば歪んだ口から、
「あの世が終わったというのは、どういうこった。まさか、禅問答じゃあるまい」
 右近は虚空ともいえる眼差しで羽秤亜十郎をみつめた。
「あの世からみれば、この世はあの世だ」
「ちぇっ、まったく禅問答じゃねえか」
それには応えず右近は鬼包丁を投げ返した。目視出来ぬ速さだったが、羽秤亜十郎、これを簡単に受け止めた。それどころか、くわえていた爪楊枝を吹いて飛ばした。長さ一寸ばかりの楊枝は右近の傍らの柱にめり込んだ。突き刺さったのではナイ。ほんの端部を残して深々と柱を貫かんとばかりに刺さっていた。こやつもさすが、天才肌だ。しかし、その瞬時に右近の姿は消えていた。
「宝は遠くなりにけりだな」
 亜十郎の繰り言だけが残った。

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