無料ブログはココログ
フォト

« 第二十回 | トップページ | 第二十一回 »

2019年7月27日 (土)

港町memory 32

手塚治虫さんの『ブラックジャック』は手塚さんの作品の中でも『鉄腕アトム』よりも発行部数が多いのですが(とはいえ、どちらも出版社の累計でいうと一億部は超えていますが、まあ、『ワンピース』には遠く及ばない)、きょうは、そういうハナシではなくて、作品の内容、とくにキャラについてですが、手塚さんはpessimistだったので(ふつうはhumanistということになっていますが、私はそうはかんがえていませんし、pessimistもhumanistも同類ですナ)安楽死のdoctorキリコには手塚さんの親しき思いがいっぱいって感じで、出演作品は手塚さんも楽に描いている、読むほうもホっとするのです、が、ブラックジャックには、なんかいつも腹立てているようで、まあ、それは本論ではナイので、ええ、まだ本論ではナイのです。
本論。
山風老師のエッセー集に『風眼録』(中公文庫)てのがあって、私、これ好きで、ことあるたびに読み返したりしております。ともかくも、山風老師の面目躍如というふうです。
中でも「花のいのち」というたった3pageの作品はイイ。吉行淳之介さんの推理小説批判をピシッと批判しているところも小気味イイのですが、このエッセーは山風老師、ちょっと隠遁されたときのハナシ。隠遁そのものについては、山風老師はべつのエッセーで嘲笑されているのですが、「世に思いを絶って多摩の山上に隠棲(?)してから・・・」庭に花壇を作ったという枕から始まって、「花作りは女房の仕事である。そして、懐手して眺めながら、空理空論を考えている」なんですから、つまりは奥さん同伴ということなんですけど、吉行淳之介さんの「推理ものは再読する気になれない」に対して「再読など期待せず、再読してはならないものなのである」と、吉行淳之介さんが批判した「奇妙な味」(私:注・・これはいまでいう幻想小説のことです。江戸川乱歩は当時、そのての小説をそう名付けたものだから、そう呼ばれました。日影丈吉さんなんかの作品なんかも当時はそう称されていました)の作家ダール、ブラッドベリイを擁護されているんですが、つまりそれをして「花のいのちは短くて、苦しきことのみ多かりき」とまず書いておいて、結びにもう一度、「花作りに精を出す女房の、いささか素枯れて来た後ろ姿を懐手して眺めながら考える。––– 花のいのちは短くて、苦しきことのみ多かりき」と、こうきちゃう。Nihilistの面目躍如。これぞ山風老師のhumanismでござんす。てめえの奥さんと幻想小説、ブラッドベリイを並べるんだから。まあ、たしかに、そういわれれば、女性とは幻想小説だといって過言ではアリマセン。(例外はナニにでも在るでしょうけど)

« 第二十回 | トップページ | 第二十一回 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事