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2019年6月 6日 (木)

第十三回

 帆裏藤兵衛は血風塵の可能な砂地を戦場に選んだが、いきなり周囲が真昼のごとく真っ白に輝いた。まだ夜明けまでには時がある。さらにこの明るさは空にある太陽のものではない。藤兵衛の観たこともナイ真っ白な世界だ。氷の平原というのがあるとすれば、ちょうどそこに立っているのと同じかも知れぬ。藤兵衛は周囲に気をやったが、敵手の位置がワカラナイ。そのうちに藤兵衛の耳に鞭が空を斬るような音が聞こえてきた。しかし、未だに敵手がみえぬ。
 確かに撓ってそれは襲ってきた。藤兵衛の粗雑に束ねた髪の一部が鋭利に斬られた。そうなってもまだ敵手の位置が藤兵衛にはワカラナイ。真っ白に輝く世界に立たされているだけだ。
「こいつは、確かに命懸けになりそうだナ」
 二刀を抜いてみたが、おそらく敵手から自らの位置は完全に間合いに入れられているにチガイナイ。防げるだけ防いで敵手の位置を掴まねば確実に殺られる。帆裏藤兵衛、恐怖の汗を額に浮かべた。と、そのとき。
「精神を統一して気配など探っても無駄だよ、帆裏の藤兵衛さん」
 その声は敵手の声とはおもえなかった。眼球だけを動かして声のした右方向を観ると、そこに胡座をかいて座っている着流し長羽織の男がみえた。陰陽巴紋、風体からして羽秤亜十郎に聞かされた楠木右近、まさにそやつではないか。
「お主はっ」
「いまはあんたの敵ではナイとだけいっておこう」
 胡座こそかいているが、その胡座はいつでも立ち上がって戦闘出来る特殊な胡座。これを物見胡座ともいう。
と、もう一種の声がした。
「キサマ、何処から侵入シタ」
 敵手の声に相違ない。右近に対して問うているのだ。
「どこでもドアという便利なものがあってナ」
 長羽織、そういって白い歯をみせた。
「帆裏の藤兵衛さん、精神なんてものはもとより統一出来る質のものではナイのだ。ここはお前さんの血風塵をおもいだしてみるに限る。チガイといえば、砂嵐か、ギヤマンの微細な粉だけだ。この白い世界は、ギヤマンの微分に包まれているだけだよ」
 と聞いた藤兵衛、みえぬ敵手の鞭を二刀で跳ねると、
「この鞭もギヤマン造りか」
「撓るギヤマンというモノだな。飴細工だとおもえばいいのさ」
 帆裏藤兵衛は二刀の鬼包丁の一方に鎖をつないだ。約二間ばかりの長さだ。それが回転し始める。この武器の動きを避けようとすれば、おのずと敵手の居場所がワカル。
 しかし、砂とガラスの粉とでは吸い込んださいのriskがチガウ。わずか数分だったが、帆裏藤兵衛の肺にガラスの微細な粉が入り込んでいた。しまったと藤兵衛が鼻孔を押さえたときは遅かった。込み上げる痛感。気道から血反吐が飛び出した。
「みえぬ鞭はおとりだったか」
 とはいえ、一矢報いねば気がすまぬ。藤兵衛はギヤマンの微粒空間から抜け出さんと一気に駈けた。
 うっすらと足下に砂地がみえた。その砂地に帆裏藤兵衛は倒れ伏した。両眼は悔しさに見開いたままだ。その両眼のあいだ、眉間を撓るギヤマンの鞭の先端が貫いた。
「これが、南蛮の幻魔術というシロモノか」
 右近、ゆっくりと立ち上がった。鍔が鳴る。ザッという音をたてて、ギヤマンの微細な粉は地面に落ち、白い世界は消え、敵手の姿があらわになった。

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